「孤独な暮らしをするなら刑務所に戻ったほうがいい」60歳以上の女性受刑者が急増している衝撃の理由
※本稿は、猪熊律子『塀の中のおばあさん』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■女性受刑者の中で65歳以上が約2割を占める
年々、“おばあさん”世代の高齢受刑者割合は上がっているが、最初に受刑者全体の状況を見ておきたい。
令和3年版犯罪白書によると、2020年に刑務所に入った受刑者(男女計)は1万6620人(男性1万4850人、女性1770人)。人口減少や少子化などの影響もあり、5連続で戦後最少を更新した。戦後、最も人数が多かったのは1948年の7万727人。平成時代に最も人数が多かったのは2006年で、3万3032人だ。
受刑者を性別で見ると、減少ぶりが著しい男性に比べ、平成期以降、増加や高止まりの傾向が見られるのが女性だ。2020年の受刑者数は1770人。入所受刑者全体に占める割合は10.6%で、戦後初めて10%を超えた。終戦直後の1946年には2.5%、平成元年である1989年には4.2%だった。
女性の中でも増加ぶりが目立つのが、65歳以上の高齢女性だ。女性受刑者全体に占める割合は、1989年にはわずか1.9%だったが、今では19%と、ほぼ2割を占める。高齢化の影響が塀の中にも及んでいると考えられるが、この値は、男性受刑者に占める65歳以上の男性の割合(12.2%)と比べても高い(図表1)。
女性全体で最も多い年齢層は40代で、26.1%と、全体の3割近くを占める。
■逮捕された理由はほとんどの高齢女性が「窃盗」
犯罪の内容はどうか。
男性、女性とも、罪名のトップは「窃盗」で、次が「覚醒剤取締法違反」であるのは共通している。両者をあわせた割合が男性受刑者では6割弱なのに対して、女性の場合は8割を超える。窃盗が46.7%、覚醒剤取締法違反が35.7%というのがその内訳だ。
女性で次に多いのが「詐欺」(6.7%)で、以下、「道路交通法違反」(1.9%)、「横領・背任」(1.3%)、「殺人」(1.2%)、「その他」(6.6%)の順となっている。
高齢受刑者の犯罪の内容はどうだろうか。
高齢受刑者全体(男女計)では、罪名は「窃盗」がトップで約6割(59.4%)を占める。次いで「覚醒剤取締法違反」(10.2%)、「道路交通法違反」(6.1%)と続く。
これを男女で比較すると、高齢男性では窃盗が5割程度(53.8%)であるのに対して、高齢女性ではほぼ9割(89%)を占め、高齢女性の犯罪として窃盗が断トツに多いことがうかがえる。窃盗の中でも多いのが「万引き」だ。万引きは通常、微罪とされる。それにもかかわらず刑務所に来るということは、それが何度も繰り返されていることを意味している。
■刑務官が認知症対応の講習を受けるようになった
ここで、私がそもそもなぜ刑務所の取材をするようになったのか、その理由についても触れておきたい。
きっかけは10年以上前。刑務官全員が認知症の講習を受けた施設があると知ったことだった。そこは福島県にある「福島刑務支所」で、女性受刑者が入る刑務所だった。
認知症は、高齢化が進む日本社会において重要な取材テーマだ。長年、年金や医療、介護、子育てなどの社会保障制度を取材してきた者として、「これは現場を見なければ」と思ったのが始まりだ。
高齢者による犯罪が全国的に増えており、この支所でもその割合が増え、約550人中、100人が60歳以上(2009年取材当時。60歳以上で統計をとっているとのことだった)。認知症の疑いのある人が増えてきたことから、2008年末に100人いる刑務官全員に「認知症サポーター」の講習を受けさせたという。
「認知症サポーター」は、認知症に関する知識と理解をもち、地域や職域で認知症の人や家族に手助けをするボランティアだ。自治体などが養成を手掛け、今ではサポーターの数は全国に1400万人を超える。
■硬いものが食べられない高齢者には粥を用意
支所の中を案内してもらうと、認知症の人がたくさんいたわけではなかったが、高齢化の進行を実感した。驚いたのは、受刑者が暮らす部屋の入り口に「軟」「副食きざみ」「湯」などの札があったことだ。
聞けば「軟」は軟らかい食事のことで、歯が悪く、硬い食べ物が食べられない高齢者には、軟らかいお粥などを用意しているという。「副食きざみ」は、刻み食のおかずのこと。おかずを細かくみじん切りにして食べやすくしている。「湯」は湯たんぽのことで、寒さを訴える高齢の受刑者には湯たんぽを用意しているとのことだった。
■刑務所が孤独な高齢者の「居場所」になっている現状
もうひとつ驚いたのが、女性の副看守長の次の言葉だ。
「刑を終えて社会に復帰しても、家がない、出迎えてくれる人もいない。ならば刑務所のほうがいいと、何度も戻ってきてしまう高齢者が多い」
犯罪で多いのは万引きなどの窃盗で、経済的困窮はもとより、「寂しかった」などの理由で罪を重ねるケースが目立つとも聞いた。
これは福祉施設や住宅整備が十分でないなど、ハード面の政策の貧しさからくるものなのだろうか。それとも、孤独や孤立など、ソフト面のニーズに対する政策の不十分さからくる結果なのだろうか。刑務所が高齢者の「居場所」になっていいはずがないと、当時、強く思ったのを覚えている。
■悪い犯罪者というイメージとは異なる受刑者たち
福島を訪れた後、編集局の部長職となり、自分で取材する機会がなかなかなかったが、2017年、編集委員となったのを機に刑務所取材を再開した。高齢の女性受刑者はその後どうなっているのだろうかと、ずっと気になっていたからだ。ほぼ10年ぶりに福島刑務支所を再訪し、その他の女性刑務所も訪れた。
そこでわかったことは、高齢受刑者の割合は増え、刑務所の福祉施設化はますます進んでいるということだった。
刑務所のイメージが、世間一般がもつものと随分様変わりしていることも実感した。一般に、「刑務所」というと、男性、しかも暴力団ややくざなど、屈強で極悪非道な男性が服役しているイメージが強いのではないかと思う。統計を見ると、今から約30年前、1990年には、新規に刑務所に入る受刑者の約4人に1人(24.7%)が暴力団関係者だった。
それがどうだろう、今ではその割合は約25人に1人(4.2%)にまで減っている。反対にこの30年間で割合が増えたのが女性で、受刑者全体の1割を占め、しかも65歳以上の女性が顕著に増えている。男女あわせた65歳以上高齢者の割合は約13%と、約30年前の10倍に増えた。さらに、受刑者全体(男女計)の約2割は知的な障害をもつ可能性が高いともいわれている。「極悪非道な大犯罪人」とはだいぶ異なる印象のデータが並んでいるのが現状だ。
■「起訴猶予」「執行猶予」がありながら塀の中へ
刑務所に来るまでにはさまざまな段階がある。
令和3年版犯罪白書に掲載された犯罪者処遇の概要(令和2年)によれば、警察などに検挙され、検察庁に新規に受理された約80万人のうち、起訴されたのは約25万人。そのうち裁判所で有罪判決を受けたのは約22万人。そこから刑務所に入ったのは約1万7000人。
日本の司法制度には、できるだけ刑務所に入らせない「起訴猶予」や「執行猶予」などの仕組みがある。それにもかかわらず、最終的に塀の門をくぐってきてしまう人たちがいるのだ。
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猪熊 律子(いのくま・りつこ)
読売新聞東京本社編集委員
1985年4月、読売新聞社入社。社会保障部長を経て2017年9月、編集委員に。専門は社会保障。1998〜99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。著書に『#社会保障、はじめました。』(SCICUS)、『社会保障のグランドデザイン』(中央法規出版)、共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)など。
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(読売新聞東京本社編集委員 猪熊 律子)