オウムアムアの“謎の加速”をシンプルに説明する新たな仮説 正体は小さな彗星だった?
【▲ 観測史上初の恒星間天体「オウムアムア」の想像図(Credit: NASA, ESA, and J. Olmsted and F. Summers (STScI))】
カリフォルニア大学バークレー校のJennifer Bergner准教授とコーネル大学の博士研究員Darryl Seligmanさんは、恒星間天体「オウムアムア(’Oumuamua)」で観測された重力だけでは説明できない“謎の加速”について、内部から放出された水素ガスによるものだったとする研究成果を発表しました。
研究チームはオウムアムアのように「物質の放出が観測されないのに加速している天体」が太陽系にも存在すると考えており、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」の拡張ミッションに期待を寄せています。
■加速の原因は宇宙線によって生成・蓄積されていた水素ガスだった可能性
2017年10月に発見された観測史上初の恒星間天体であるオウムアムアは、幅110〜120m・厚さ20m程度の小さく扁平な形状をした天体だと考えられています。発見時点で太陽や地球から遠ざかりつつあったオウムアムアを観測できた期間は数週間程度と短いものでしたが、重力だけでは説明できない非重力的な加速が観測されており、その正体や非重力的加速の原因については今も結論が出ていません。
重力以外に加速の原因として考え得るのは、太陽に接近した彗星でみられるようなガスや塵の放出です。ところが、オウムアムアではそのような目立った物質の放出は観測されませんでした。観測できなかっただけで実際には物質が放出されていた可能性はありますが、オウムアムアが受け取る太陽エネルギーを考慮すると水分子や有機化合物の放出では不十分であり、検出された加速を説明できるのは揮発性の高い水素分子・窒素分子・一酸化炭素分子などが放出された場合だと考えられています。
観測結果をもとにオウムアムアの正体と加速の原因を検討した天文学者からは、これまでに「分子雲の内部で形成された水素分子の巨大な塊」だとする説(Seligmanさん自身がシカゴ大学在籍中に提唱)や「冥王星に似た天体から衝突時の破片として飛び出た窒素分子の氷の塊」だとする説などが提唱されています(本稿では詳しく触れませんが、オウムアムアの正体を巡っては地球外文明の探査機だった可能性を指摘する説さえもあります)。
関連
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・恒星間天体オウムアムアの正体は「水素分子の氷山」ではなかった?(2020年8月18日)
【▲ 観測史上初の恒星間天体「オウムアムア」の想像図(Credit: ESO/M. Kornmesser)】
今回の研究でBergnerさんとSeligmanさんが辿り着いた結論は、オウムアムアの正体と加速の原因をよりシンプルに説明するものでした。2人はオウムアムアが彗星のように水の氷が豊富な天体であり、非重力的な加速の原因は宇宙線(銀河宇宙線)によって内部で生成・蓄積されていた水素ガスが放出されたためではないかと考えています。
オウムアムアは誕生した惑星系を飛び出してから太陽系に進入するまでの間、星々の間に広がる星間空間を移動し続けていたとみられています。星間空間を移動中のオウムアムアは、長期間に渡って宇宙線を浴び続けることになります。
20世紀後半に発表された様々な実験結果を参照したBergnerさんとSeligmanさんは、宇宙線に似た高エネルギー粒子(電子や陽子など)が非晶質氷に衝突した時に氷の内部で大量の水素ガスが生成されることや、雪玉のような構造の彗星でも氷内部の気泡にガスを閉じ込めておけることを実証した、幾つもの成果を発見しました。
過去の実験によれば、太陽に温められた非晶質氷の形態が結晶構造へと変化することで、内部に閉じ込められていた水素ガスが氷から放出されます。2人が計算したところ、オウムアムアのような小さな彗星の軌道に十分な影響を与えられる量の水素ガスが、細く絞られたビーム状または扇形のスプレー状となって彗星表面から放出される可能性が示されたといいます。
つまり、オウムアムアの正体はどこかの惑星系を飛び出した小さな彗星であり、その内部では星間空間を移動中に飛来し続けた宇宙線によって大量の水素ガスが生成・蓄積されていたのではないか。太陽系に進入したことで温められた氷の形態が非晶質氷から結晶構造へと変化したことで水素ガスが放出された結果、非重力的な加速が生じた可能性がある、というわけです。
彗星核の直径が数kmに達する一般的な彗星でも同様の現象は起きているかもしれませんが、水素ガスが放出されるのは彗星核表面の薄い層からのみとなるため、検出できるレベルの効果が生じることは期待できないとBergnerさんは指摘します。いっぽう、オウムアムアは非常に小さな天体だったため、十分な加速が実際に生じたとみられています。
また、太陽系の彗星には氷だけでなく塵も含まれていますが、Seligmanさんによると、水素ガスの放出は氷が昇華することで生じるのではなく氷の形態が変化することで生じているため、仮にオウムアムアに塵があったとしてもこのプロセスで放出されることはない(従って放出された塵を観測することもない)だろうということです。
■「物質の放出が観測されないのに加速している天体」は太陽系にも存在する?
非重力的なオウムアムアの加速の原因を探り続けているSeligmanさんは、太陽系にも「物質の放出を確認できないのに加速している天体」があるのではないかと考えるようになったといいます。Seligmanさんはそのような天体を「dark comet(ダークコメット)」と呼んでいます。
ダークコメットは日本語では「暗い彗星」や「暗黒彗星」といった意味ですが、これは彗星のような弱い非重力的加速をしているのにコマ(彗星の核から放出された物質でできた明るいぼんやりとした領域)がみられない天体であることを示しており、電磁波で観測できない謎の物質「暗黒物質(ダークマター)」との関連性を示しているわけではありません。その性質を考慮して日本語に訳すなら「隠れ彗星」といったところでしょうか。
BergnerさんとSeligmanさんは今回のオウムアムアに関する研究の他にも、アメリカ航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)のDavide Farnocchiaさんらとともにダークコメットに関する研究も行っています。ダークコメットの非重力的加速が起きている原因は特定されていませんが、何らかのガスが穏やかに放出されることで生じている可能性が高いと考えられています。Bergnerさんはダークコメットについて「太陽系の小天体に関して学ぶべき性質がまだまだあることを明らかにするものです」と指摘しています。
これまでにダークコメットの候補とみなされている天体は小惑星「2003 RM」をはじめ合計7つありますが、そのなかには小惑星「1998 KY26」も含まれています。1998 KY26は平均直径約30mと推定されている小さな小惑星ですが、JAXAの「はやぶさ2」拡張ミッションの目標天体となっており、2031年に直接観測が予定されています。
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「それら(ダークコメット)はオウムアムアとは異なる新しいタイプの天体ですが、オウムアムアが発見に導いたのです」Seligmanさんがそう語るダークコメットの性質に関する貴重なデータが、「はやぶさ2」の観測によって得られるかもしれません。
【▲ 小惑星「1998 KY26」と小惑星探査機「はやぶさ2」の大きさを比較した図(Credit: Auburn University, JAXA)】
Source
Image Credit: NASA, ESA, and J. Olmsted and F. Summers (STScI), ESO/M. Kornmesser, Auburn University, JAXAUC Berkeley - Surprisingly simple explanation for alien comet ‘Oumuamua’s weird orbitCornell University - First known interstellar interloper resembles ‘dark comet’Bergner et al. - Acceleration of 1I/‘Oumuamua from radiolytically produced H2 in H2O ice (Nature)Farnocchia et al. - (523599) 2003 RM: The Asteroid that Wanted to be a Comet (The Planetary Science Journal)Seligman et al. - Dark Comets? Unexpectedly Large Nongravitational Accelerations on a Sample of Small Asteroids (The Planetary Science Journal)
文/sorae編集部