「上司はムダな存在でしかない」と思っていたが…管理職を全廃したグーグルがたった1年で元に戻した理由【2022下半期BEST5】
※本稿は、佐々木俊尚『Web3とメタバースは人間を自由にするか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「Web3」は巨大企業の独占支配を変えられるのか
大手IT企業による「支配と隷従」に対抗しようという動きが、二〇二〇年代になって活発になってきた。それが「Web3(ウェブ3)」と呼ばれるムーブメントである。ウェブ3はインターネットがふたたび「支配と隷従」へと回帰してきていることに対して、「自由」へと揺り戻そうという思想を持っている。
ウェブ3について、できるだけわかりやすく説明していこう。ウェブ3は、ビットコインで有名な技術、ブロックチェーンを中心に考えられている新たなインターネットである。
ブロックチェーンというのは、ごく単純化して説明すると、「あらゆる取引が記録されている台帳」である。そしてこの台帳は、GAFAMのようなビッグテックが独占所有しているのではない。ビッグテックのサーバーに保存されているのではない。そうではなく、インターネットで相互につながった無数のコンピューターに、同時に保存されている。
一台だけの台帳をこっそり改ざんしたとしても、他のコンピューターの記録と一致しなければ、その改ざんは許容されない。分散することによって、改ざんが非常に困難になり、それが台帳の情報が正しいことを担保しているのだ。
■そもそも完全な「自由」はあり得るのか?
ブロックチェーンの台帳には、大きく言えば次の二つの特徴がある。
「台帳を独占管理している企業が存在しない」
「台帳の改ざんがほとんど不可能」
このブロックチェーンの分散のしくみを使えば、プラットフォームの支配から逃れられるのではないか、と多くの人が考えるようになった。そこでウェブ3というムーブメントが生まれてきたのである。
しかし、ここでひとつの問題が立ち上がる。そもそも完全な「自由」は持続可能なのだろうか、という話である。
会社組織の新たな考え方であるDAO(自律分散型組織)で検討してみよう。経営者や管理職がおらず、メンバーによって自主的に運営される。こういうやりかたはブロックチェーン以前から注目されており、「ホラクラシー」とか「ティール組織」などと呼ばれて、「未来の組織形態」だと注目されてきた。これにブロックチェーンでのルール保存を加えたのがDAOということになるのだろう。
■堀江さんが即答した「ちょうどいい会社規模」
能力の高さが均一な、少数精鋭のチームならこういうフラットな組織は成り立つ。実際、そうやってうまく行っているスタートアップはけっこうたくさんある。しかし社員が十人や二十人ぐらいのときなら大丈夫だが、百人を超えるような組織になってくると、能力にばらつきができてきて、メンバー個人個人の見ている方向もそれぞれ異なってきて、どうしても「管理」が必要になってくる。
昔、起業家の堀江(ほりえ)貴文(たかふみ)さんに取材していたときに「会社規模がどのぐらいの時が楽しかったですか?」と尋ねてみたことがある。
「三十人ぐらいまでがいちばん楽しかったよ」
即答だった。そしてこう説明してくれた。「三十人ぐらいだと、同じ方向を全員で見て向かっていくことができる。『我らがチーム』って感じがある。でも百人を超えると、たとえば会社の文房具をちょろまかすヤツとか出てくるんだよね。会社をチームとしてじゃなく、給料をもらえる場としてしか見てないからそういうことができちゃう」
■管理職を“悪”とするスタートアップは多いが…
「ダンバー数」という有名な数字がある。ヒトが安定的な社会関係を維持できるとされる人数の上限のことで、百人から二百人前後だとされている。ロビン・ダンバーというイギリスの人類学者が提唱したことから、ダンバー数と名づけられている。堀江さんの「百人を超えると」という感覚は、ダンバー数とも一致する。この数を超えると、そもそもフラットな組織というのは成立しにくくなるのではないだろうか。
ロニー・リーというペンシルベニア大学ウォートンスクールの経営学者が、「(フラットなスタートアップ企業の神話)」という論文を書いている。「米大学で意外な研究結果『スタートアップが失敗する原因は、組織にヒエラルキーがないことだ』」(クーリエ・ジャポンウェブ版、1月22日)という記事で、リーはこう語っている。
「“ヒエラルキー”や“管理職”という概念を嫌う起業家は多いですが、結局のところ管理職は絶対に必要です。起業家が考えるよりもずっと早い段階で組織構造について計画し、適切なヒエラルキーを設計しなくてはいけません」
「フラットな組織構造においては、初期段階では試行錯誤が可能になり、創造性を育(はぐく)むことができます。一方、従業員間の調整がうまくできず、従業員の対立や離職が起こり、最終的に商業的な失敗に至る可能性もあります」
■「管理職は要らない」初期のグーグルの失敗例
まったく同じことを、アメリカ・シリコンバレーの伝説的な経営コーチであるウィリアム・キャンベルも語っている。キャンベルはグーグルの創業者たちやスティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス、ジャック・ドーシー、シェリル・サンドバーグといった綺羅星(きらぼし)のような経営者たちに相談役としてコーチしたことで知られている。
グーグルCEOだったエリック・シュミットらが書いた『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(ダイヤモンド社)という本では、こんなエピソードが紹介されている。
グーグルが、創業からまだわずか三年しか経っていなかった二〇〇一年のこと。すでに社員は数百人にまで大きくなっていた。
そこに途中入社してきたウェイン・ロージングという幹部が、グーグルの管理職の働きに不満を感じ、開発部門の管理職を全廃して、組織をフラットにしようという提案をする。創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、自分たちもきちんとした会社員の経験がなかったこともあって、大学のように緩やかな体制を好んでいた。
■伝説のコーチが職場の様子を見て一言
ペイジとブリンがイメージしたのはこういう組織形態だった。優秀なエンジニアたちがプロジェクトに取り組み、そのプロジェクトが完了したら、次のプロジェクトを好きに選ぶ。経営陣がプロジェクトの進捗(しんちょく)を知りたかったら、管理職など間にはさまないで直接エンジニアに尋ねればいい。
このイメージはまさに、ホラクラシーやティール組織として知られているのと同じものである。そしてフラット化計画は実行に移された。
そしてこのタイミングで、ウィリアム・キャンベルがグーグルにやってくる。キャンベルはオフィスに夕方ごろにふらりとやってきては、経営陣や社員たちが何をやっているのかをつぶさに観察しまくった。
そしてキャンベルは、ラリー・ペイジにこう言った。
「ここには管理職を置かないとダメだ」
ペイジは言葉につまった。せっかく管理職を全廃したばかりで、それに満足していたからだ。どのプロジェクトも着々と進んでいるのに、なぜ管理職を戻す必要があるのか? 議論したが、堂々めぐりになってしまって二人とも譲らない。そこでエンジニアに直接聞いてみようということになり、オフィスの廊下を歩いていたエンジニアのひとりにキャンベルが管理職がほしいか聞いてみた。答えはイエスだった。
理由を尋ねると、
「何かを学ばせてくれる人や、議論に決着をつけてくれる人が必要だから」
■クリエイティブな人間だけが組織を成長させるのではない
二人はその日のうちに他の何人かのエンジニアにも聞いてみたが、答えはほとんど同じだったという。そこで結局、グーグルは翌年になって管理職をもとに戻したのだった。人間はだれもが創造性を高めて、すばらしくクリエイティブな仕事をできるわけではない。優秀な人もいれば、仕事ができない人もいる。やる気のある人もいれば、意欲などかけらもない人もいる。しかしだからといって後者のような人たちを放置してもいいわけではないし、そのような人たちも仲間としていっしょに仕事をしていく必要がある。
そもそも「多様性」というのは、いま現在は「できなさそうな人」「無能な人」に見えてしまう人でも、どこかで何らかの役割を発揮して、ひょっとしたら社会を救うかもしれないという可能性を考え、あらゆる多様な人を包摂しておこうというものである。
ビジネスジャングルで生き抜ける人、クリエイティブな人だけを重用し、その人たちだけが能力を発揮できるようにするというのは、社会にとっては健全ではない。そのバランスを調整するのが企業においては管理職の仕事であり、社会においては政治なのである。
ウェブ3の「自由」の問題は、ここにある。
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佐々木 俊尚(ささき・としなお)
ジャーナリスト、評論家
毎日新聞社、月刊アスキー編集部などを経て2003年に独立、現在はフリージャーナリストとして活躍。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆を行う。『レイヤー化する世界』『キュレーションの時代』『Web3とメタバースは人間を自由にするか』など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。TOKYO FM放送番組審議委員。情報ネットワーク法学会員。
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(ジャーナリスト、評論家 佐々木 俊尚)