3月1日に、国際オリンピック委員会(以下IOC)は初の世界的なeスポーツ大会を発表するも、人気タイトルが不足していることでeスポーツ界から批判された。だがIOCがメインストリームの人気タイトルとは外れる形でeスポーツを新しく定義づけたことは、競技ゲームシーンやそれに参加したいブランドにとって良いニュースだ。オリンピックeスポーツシリーズ2023の予選はすでに始まっている。このイベントは、オリンピックeスポーツウィーク2023(Olympic Esports Week 2023)の一環として2023年6月にシンガポールのサンテックセンターで開催される対面式の決勝大会で締めくくられる。大会では9つのゲームが特集される:「ティック・タック・ボウ(Tic Tac Bow)」「WBSC eBASEBALL パワフルプロ野球(WBSC eBaseball: Power Pros)」「ズウィフト(Zwift)」「ジャスト・ダンス(Just Dance)」「グランツーリスモ(Gran Turismo)」「バーチャル・レガッタ(Virtual Regatta)」「バーチャル・テコンドー(Virtual Taekwondo)」「テニス・クラッシュ(Tennis Clash)」とチェスの9つだ。それぞれの競技は、ゲーム開発者と各ゲームの(eゲームではない、実際の)スポーツに対応する統括団体との協力のもとに行われる。

IOCのラインナップは的外れか

IOCが選んだゲームの中には、独自の活気あるコミュニティや競技シーンを持っているものもある。例えばチェスや、仮想サイクリング・プラットフォームのズウィフト、人気の自動車レースゲームのグランツーリスモなどだ。「ズウィフトは『リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends、以下LoL)』『カウンター・ストライク(Counter-Strike)』『オーバーウォッチ(Overwatch)』のような従来のeスポーツ領域でよく見られるタイトルではないが、私たちはズウィフトをeスポーツとして分類するのは適切だと考える」とズウィフトは取材に回答した。「ズウィフトは、個人的にであれ、他のプレイヤーと競いあう目的であれ、メタバース環境の中で選手たちが自分の運動能力を測定するためのソフトウェアだ」。しかし、多くのeスポーツ業界関係者たちはIOCの発表が的外れだと感じたようだ。このイベントには、LoLや「カウンター・ストライク」のようなタイトルは含まれておらず、「NBA 2K」「FIFA」「ロケットリーグ(Rocket League)」のような、従来のスポーツに近い人気競技ゲームも含まれていない。選ばれたタイトルの中には、「ティック・タック・ボウ」や「テニス・クラッシュ」のように、主にモバイルゲームで、組織化された競技シーンがほとんどないものもある。
ー eスポーツの種目、直しておきました(メインストリームで人気のeスポーツゲームタイトルが列記された形でオリンピックの発表ツイートの画像が加工されたものが添付されている)

今回のタイトルが意味する意義

IOCにとっては、eスポーツ業界のベテランたちの不平不満の存在は、ちょっとしたノイズ程度にすぎないかもしれない。もっとも人気のある従来のeスポーツの多くは、銃やテロリスト、激しい戦闘が含まれる暴力的なゲームであり、それゆえに「スポーツを通じた平和」というオリンピックのマントラにとって本質的に不適合だ。IOCは初のeスポーツイベントを開催するにあたり、伝統的なスポーツを模倣するゲームに焦点を当てることで、ゲームに興味のあるオリンピックファンをターゲットにしている可能性が高く、オリンピックに興味のあるハードコアなeスポーツファンがメインのターゲットではないのかもしれない。「オリンピックがテニスゲームや野球ゲームのような、選択に妥当性のないタイトルを含めたことで、今回の取り組み全体が、真剣ではない、ちょっとした暇つぶしのように見えてしまう」とeスポーツジャーナリストで業界のインサイダーであるロッド・ブレスロー氏は厳しく指摘する。それでも、IOCがeスポーツに対してメインストリームとは異なるアプローチを取ることには、大きな潜在的な利益がある。オリンピックeスポーツウィークは、Airbnb、パナソニック(Panasonic)、ビザ(Visa)、そしてオリンピックeスポーツウィークの「公式タイムキーパー」としてリストされているオメガ(Omega)を含む大手ブランドパートナーによって支持されている。競技ゲームをオリンピックブランドに結びつけることで、IOCはこれらの顕著なスポンサーがeスポーツにも足を踏み入れることをさらに促すかもしれない。(現時点で、基本的な4年間のオリンピック・スポンサーシップ・パッケージは約2億ドル(約268億円)で売られており、長期パートナーシップの相場は最大30億ドル(約4000億円)になることがある)。「オメガは高級腕時計会社であり、ゲーマーに本質的にアピールするブランドとはすぐには結びつかないブランドだ」とデジタルエージェンシーAFKのCEOであるマシュー・ウッズ氏は言った。「そのことから、ブランドとオリンピックが(eスポーツに対して)あえて伝統的なマインドセットでアプローチしていることがわかる」。

より「一般的」なゲームイベント

つまり、オリンピックeスポーツシリーズは、少なくとも、メインストリームにおいてフランチャイズリーグを構築し、それらの中で競っている多くの関係者が言う意味での「eスポーツイベント」とは異なる物となっている。オリンピックの既存のファンベースとスポンサーグループの中で競技ゲームに対する関心を喚起するために、オリンピックの強力なブランド認知度をうまく活用した、より一般的なゲームイベントだと理解すべきだろう。また、オリンピックeスポーツシリーズに対する批判の多くは、イベントの国際的な範囲にもかかわらず、欧米のeスポーツ視点から来ていることにも留意すべきだろう。モバイルeスポーツは、平均的なゲーマーが高価なゲーム機やパソコンを手に入れることができない多くの国際市場で非常に人気がある。欧米のeスポーツファンはIOCの発表でモバイルゲームの存在をあざ笑ったが、他の地域のゲーマーは、このイベントの側面をより歓迎する可能性が高い。「eスポーツ業界で確立された地位にある人々や意見は、南アメリカ、アフリカ、中東、東南アジアなど、世界中からの参加者が、モバイルを通じてのみ参加の機会を持っていたことを必ずしも理解できていない」とウッズ氏は言った。「その観点から、IOC(の判断)は実際には称賛されるべきことだと思う」。記事公開後、IOCの代表者から、オリンピックeスポーツシリーズのゲーム選択に関するより詳細な文脈を提供するために連絡があった。「オリンピックは常に多様なプログラムを提供しており、他の人気のあるスポーツが持つような影響力を持たない、スポーツも提供する。オリンピックeスポーツシリーズ2023でも同様に多様なプログラムを構築するために、我々は国際競技連盟(IF)と提携しており、それぞれがゲーム開発者との提携を提案する形となっている。これらの提案を検討する際、注目されるゲームがオリンピックの価値観に合致することが我々にとって重要だ。これには参加の包括性、技術的な参入障壁、プレイヤーベースの性別分布、人間間の暴力を避けることが含まれる。これは、IOCの使命である世界を平和な競技で結束させることを背景にしている」。[原文:Why the esports industry is up in arms about the Olympic Esports Series]Alexander Lee(翻訳:塚本 紺、編集:分島翔平)