さまざまなものの値上げラッシュが起きているなかで、日高屋は看板メニューの価格を据え置いている(筆者撮影)

原材料価格の高止まり、人件費・物流費・光熱費の上昇などを背景に、空前の値上げラッシュが日本経済に波及している。外食産業も例外ではなく、最近では日本マクドナルドが今年1月に主要メニューを値上げしたのは象徴的だ。代表的なメニューの1つであるハンバーガーは150円→170円となった。平日65円という破格の値段で売られていたこともある2000年頃を思い出せば隔世の感がある。

そんな中でも看板メニューの低価格を守り続ける外食チェーンがある。今年2月に創業50周年を迎えたハイデイ日高が関東地方を中心にチェーン運営する「熱烈中華食堂日高屋」の中華そばだ。税込み390円。チャーシュー、焼き海苔、ネギ、メンマが添えられたシンプルな醤油ベースのラーメンで、庶民の味方ともいえる価格設定である。

タンメン、餃子、定食などは10〜50円値上げ

ハイデイ日高は2月15日、3月から日高屋のセットメニューのリニューアルとともに主なメニューの価格を引き上げると発表した。昨年8月に続く値上げとなる。たとえば以下のような内容だ。

野菜たっぷりタンメン 570円(+20円)(昨年8月にも30円値上げ)
餃子(6個) 270円(+20円)(昨年8月にも20円値上げ)
チャーハン 490円(+10円)(昨年8月にも20円値上げ)
肉野菜炒め定食 780円(+30円)(昨年8月にも40円値上げ)
唐揚げ定食 790円(+30円)(昨年8月にも50円値上げ)
キリン一番搾り(中ジョッキ) 340円(+20円)(昨年8月にも30円値上げ)

一方、昨年8月の値上げに概ね10〜50円を上乗せしたのに、中華そばは390円のまま据え置きにした。

日高屋」の始まりは現会長・神田正氏が1973年2月にさいたま市大宮区で開店した中華料理 「来来軒」。一軒の町中華だった。1994年には「ラーメン館」の展開を開始、1998年に商号を株式会社ハイデイ日高に変更し、2002年から現在の主力業態である「日高屋」の展開を開始する。


中華そばの価格はオープン当初から変わらず据え置き(筆者撮影)

中華そば390円の歴史はこの日高屋とともにある。2002年の1号店オープン当初から390円。もっと言えば当時は税抜きだったが、2004年に税込み表示に切り替えて(当時の消費税率は5%)今に至るまで税込み390円を続けている。その間、消費税は2014年に8%、2019年に10%へと上がっているので、中華そばは実質値下げした価格を、今なお据え置いているのだ。

もちろんほかのメニューの価格を上げざるをえない状況にある中で、日高屋が中華そば390円を守り抜く理由は何か。東洋経済オンライン編集部の取材にハイデイ日高の経営企画部は、以下のように答えてくれた。

「『中華そば』は『日高屋』の看板メニューの1つとしてお客様に広くご愛顧いただいております。単品の価格を390円とすることで、手ごろな価格でお楽しみいただけるだけでなく、『生ビール』と『餃子』、『中華そば』を召し上がっていただいても1000円以内で満足していただきたいという、『日高屋』業態開始以来の想いを込めた価格設定でもあります」

生ビール、餃子、中華そばのセットは990円

実際、3月1日から、生ビール、餃子(6個)、中華そばのセットは990円で提供する。仕事帰りに夕食を兼ねて1杯ひっかけて帰路に着くビジネスパーソンを狙いすました価格設定といえる。

さまざまなコスト高が外食産業を覆う中、中華そば・税込み390円という看板メニューの価格だけは崩さないことで、「手軽に行きやすい外食店」というイメージを根付かせ、来店してもらい中華そば以外のメニューとの組み合わせによって収益を上げていくという狙いなのだろう。戦略的な価格設定といえる。

日高屋」の中華そばは創業50周年の今でも、あっさりしていてノスタルジックな見た目と味わいだ。神田会長が目指しているのが“おふくろの味”。インパクトのある味のラーメンも良いが、時代を超えて愛される懐かしい味わいの一杯を貫く。商品開発の担当者には「おいしくしすぎないでね」と声を掛けているという。

1966年からロングヒットを続けるインスタント麺「サッポロ一番」を開発したサンヨー食品の前社長・井田毅氏も、その人気の秘密は「美味しすぎない味にある」という。 長く愛されるお店を時代を超えて続けていくには尖りすぎないことも大事だということを思い知らされる。


日高屋の看板メニュー「中華そば」(筆者撮影)

日高屋は現在、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県、群馬県、栃木県の1都6県で店舗展開し、2017年5月に店舗数400店舗(FC含む)を達成した。

2023年2月15日時点では440店舗を運営。東洋経済が発行する『会社四季報 業界地図 2023年版』を見ると、「餃子の王将」(王将フードサービス)734店、長崎ちゃんぽんが特徴の「リンガーハット」688店、横浜家系ラーメン「町田商店」などを運営するギフトホールディングス652店などに次ぐ、中華・ラーメン系のチェーン店としては業界4位級の規模とみられる。

創業当初は、当時のサラリーマンが弁当を持たずに出勤する姿が散見され始めたことに外食産業の可能性を感じ 、お店を開いたという。夜の時間帯は駅前の屋台がにぎわっており、いずれは屋台がなくなって飲食店がそれにとってかわる時代が来ると神田会長は考えていた。

コロナ禍の厳しい局面を抜けて回復基調

日高屋」はラーメンのメニューが多く、ラーメン店というイメージが強いかもしれないが、店名の頭に「熱烈中華食堂」とある通り、“ラーメン専門店”という打ち出し方はしていない。

ここ数年は「ちょい飲み」のニーズも高く、昭和の町中華のように気軽にお酒が飲めるお店としても人気がある。「日高屋」はアルコールや一品料理の単価が安く、お通しも深夜料金もないため、一般的な居酒屋に比べ圧倒的に安く済む。最近は看板にも「ちょい飲み」の文字が入っている。


日高屋なら「ちょい飲み」も可能(筆者撮影)

昼はリーズナブルなランチ、夜はちょい飲みとうまく見せ方を変え、安定した客単価を保っているところが巧みである。ラーメンだけでここまで店舗数を伸ばしていくことは難しかっただろう。「日高屋」の前身である「来来軒」の“町中華”としての役割が令和の今も続いているのだ。

そんなハイデイ日高も行動制限を強いられたコロナ禍の初期には苦戦した。2021年2月期、2022年2月期は営業赤字に沈んだのは、居酒屋的な業態のためだろう。


一方、昨年3月〜今年2月の売上高は前年同期比43%増、客数は同29%増、客単価も11%増とコロナの落ち着きとともに回復基調。2023年2月期は営業黒字への復帰が見込まれている。焼き鳥やパスタなど業態を多角化して収益をカバーしてきたが、ウィズコロナの流れとともに「日高屋」をメインとする本来の動きに戻りつつある。


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)