窪塚洋介、18年ぶり主演映画で“どん底”の役に。過去の自分を振り返り「どん底では負けない」
2016年にオーディションでマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 −サイレンス−』に出演し、ハリウッドデビューした窪塚洋介さん。
圧倒的な存在感と表現力で海外での評価も高く、外国映画にも出演。俳優だけでなく、モデル、レゲエDeeJay、カメラマン、ミュージック・ビデオ監督としても活動。幅広い分野で才能を発揮。
私生活では子どもの気持ちを第一に考えた子育てで良きパパとして知られ、人気育児雑誌が選ぶ「ペアレンティングアワード2017」のパパ部門を受賞して話題に。
2020年には、角川春樹監督の『みをつくし料理帖』に出演。2021年には『池袋ウエストゲートパーク』の堤幸彦監督とタッグを組んだ映画『ファーストラヴ』に出演。2023年2月10日(金)には18年ぶりとなる邦画長編主演映画『Sin Clock』(牧賢治監督)が公開される。
©2022映画「Sin Clock」製作委員会
◆虚勢を張らず、身の丈に合ったことを100%やる
『沈黙 −サイレンス−』で俳優として海外でも高く評価された窪塚さんは、2019年、イギリスと日本を舞台にした英国ドラマシリーズBBC×Netflix『Giri/Haji』に出演。現在も海外の作品を抱えている。
−海外の俳優さんたちは結構アドリブを入れて来ませんか?−
「そうですね。でも、僕がネイティブではないので、英語を話さなければいけないシーンに関しては、アドリブしないでくれって言っています。返せないから。
そこは彼らにとっては退屈にさせてしまうこともあるかもしれないけど、背伸びして、身の丈以上のことをしてもいいことはないと思うので。役を演じるという時点でずいぶん嘘をついているわけじゃないですか。俺はその人そのものじゃないわけだから。
その嘘で十分、100パーセントの力を使うべきところなので、それ以上のことはできないと思う。弱いところも見せておいて、『ごめんなさい』って言って、身の丈のことを100パーセントやるということのほうが120点出る可能性はあると思うんですよ。
アドリブを出されたら返せないのに、『OK、OK』とか言っていて、本番で『…』ってなっちゃうんだったらそれはちょっとナンセンスかなと思うので、虚勢を張らない」
2020年には、角川春樹監督の『みをつくし料理帖』に出演。この映画は、大洪水で両親を亡くした少女・澪が蕎麦処「つる家」の店主に助けられ、さまざまな困難に立ち向かいながらも女料理人として成長していく姿と幼なじみ・野江との不変の友情を描いたもの。
窪塚さんは、主人公・澪を温かく見守る御膳奉行の小松原を演じた。江戸の味に慣れていない澪の料理を基本がなっていないと助言するなど、澪の成長に一役買うことに。
−それまでとまったく違うイメージの役柄でしたが、いかがでした?−
「やっぱり所作が難しい。武士とか公家とかなると、所作があるので、それで芝居の結構なところを持って行かれちゃうから、これは難しいなあと思いました。だけど、本読みの段階で涙が出るなんて初めてのことだったし、いい経験でした」
◆『池袋ウエストゲートパーク』の堤幸彦監督と12年ぶりのタッグ
2021年に公開された映画『ファーストラヴ』で窪塚さんは、女子大生が父親を刺殺するという衝撃的な事件のドキュメンタリー本の執筆を依頼された主人公・公認心理師の真壁由紀(北川景子)の夫・真壁我聞を演じた。
由紀とともに事件の真相に迫る敏腕弁護士・庵野迦葉(中村倫也)の兄で、写真家として活動する傍ら、仕事にまい進する由紀を家庭で支えるという役どころ。温和な人柄を漂わせ、すべてを包み込む深い海のような我聞を味わい深い演技で体現し観る者を魅了した。
−堤幸彦監督と12年ぶりとなるタッグで窪塚さんが演じた我聞さんは本当にすてきな男性でした−
「そうですね、本当に。お客さんには最後まで疑われていましたけど(笑)。『絶対にこいつ何かあるからって思いながら観たら、何もなくて驚いた』という声が結構ありました」
−本当に誰もが理想とするすてきなパートナー像でした。深い深い海のような包容力があって−
「本当にそうですね。あの優しさをもたねばって思いますね。あれだけの器の大きさをもって人に接することができたらいいなあって。
最初お話を頂いたとき、『ちょっと永平寺にでも修行に行ってきます』って言ったぐらい(笑)。人に優しくありたいとは思うけど、それが自然とできるやつ、してしまうやつみたいな役柄だったから。
ただ、『この役は君しか考えられなかった。1周回って君はこれがもうできるだろう』って言ってくれた堤さんの言葉もうれしかったですね。その期待に応えたいと思ったのは本当に大きいです」
−お子さんのお話をされていたりするのを聞くと、深い愛が感じられて我聞さんは窪塚さん以外いないなあって思いました−
「子どもがいる役ではなかったけど、人に対する深い愛というか。2人目の子どもが5歳なんですけど、一緒にいるようになって、やっぱりすごく力をくれるというか、いろんな種類の力をくれるなあと思って。愛流と娘が俺を親にしてくれたというか。この子たちがいなかったら、俺は親ではないわけですから。
もはや愛流に関しては、俺をおじいちゃんにすることすらできるわけで。そういう脅迫もそろそろしてくるかなあと思っているんですけど(笑)」
窪塚さんが24歳のときに誕生した長男の窪塚愛流さんは、俳優・モデルとして活躍中。2012年に前の妻と離婚。2017年に現在の妻と再婚し、長女が誕生したが、前の妻も含め、家族みんなで出かけることもあるという。
−お嬢さんがまだ赤ちゃんだったとき、愛流さんが哺乳瓶でミルクを飲ませてあげているお写真をインスタで拝見したのですが、優しい眼差しでとてもすてきでした−
「ありがたいです。家族みんなが仲良くあってほしいと思っていたから願った形になれているというか、みんなでしているという感じなので。
それぞれが我慢して、それぞれが努力してっていうところはもちろんあると思うけど、前の妻も含めて自然な形でみんなでご飯が食べられるような状況になっているので、本当にありがたいです」
−奥さまと前の奥さまが一緒に旅行に行かれたりもされているそうで。お子さんからしたら理想的でしょうね−
「そうですね。まず愛流が気楽にどっちの家にもいられる、どっちの親とも一緒にいられるという環境を作るということが一番の目標だったので、そういう風になれた結果、愛流が穏やかに大きくなってくれて。
『グレるかな?』って思っていたんだけど、グレもせず、まっすぐ育ってくれたっていうのは、そこにみんなが費やした時間だったり、我慢したことの積み重ねがそういう風になってくれたのかなあって思うので、本当にありがたいと思っています」
初めてお嬢さんを連れてUSJに行ったとき、乗り物の座席にひとりで座るのを嫌がって泣きじゃくり、窪塚さんの膝から降りようとしない様子を見て、即座に乗せることを諦め、散歩に来たことにしたという。つねに子どもの目線で、子どもの気持ちを第一に考えているところがすごい。
−高い入場料も払っているので、今日は散歩に来たと思おうなんて、なかなかできないことですよね−
「でも、せっかく楽しいところに来たのに、無理やりひとりで座らせて乗せても怖いという思いが残るわけじゃないですか。トラウマになってしまったら、それはやっぱりかわいそうなので」
−良いお父さんですね。IndeedのCMのお父さん役もステキでした−
「ありがとうございます。40代になって、ようやくお父さん役もアリになってきたんだなって(笑)」
©2022映画「Sin Clock」製作委員会
※映画『Sin Clock』
2023年2月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給:アスミック・エース
監督・脚本:牧賢治
出演:窪塚洋介 坂口涼太郎 葵揚 他
「一度つまずいたら、再起のチャンスはどこにもないのか?」そんな現代を生きる“持たざる者”のリアルな空気をスクリーンに焼き付け、想定外のラストへと走り出す新時代のサスペンス・ノワールが誕生。
◆どん底から這い上がった経験を役作りに活かして
窪塚さんの18年ぶりとなる主演映画『Sin Clock』が2023年2月10日(金)から公開される。窪塚さんが演じたのは、理不尽な理由で会社をクビになり、社会からも家族からも見放されたタクシードライバー・高木。
偶然巨額の“黒いカネ”強奪のチャンスが。偶然の連鎖が引き起こす、たった一夜での人生逆転計画を描く“予測不能”の犯罪活劇。
「人生ついてない男が一発逆転を狙って…という令和のサスペンス・ノワール。そういう映画になったなあって思います。
手前味噌ですが、『うだつの上がらない、パッとしないくすんだような男』っていう冒頭の設定をうまく表現できたかな。観てくれた方に『そう見えたよ』と言ってもらえることが多いので。
で、犯罪だから悪いことなんだけど、強奪計画によってちょっと希望の灯が点くことで目の色が変わっていく。
最初は、『えっ?大丈夫窪塚?っていうくらいパッとしない感じで、中途半端で澱(よど)んで見えました』って言ってもらえるのでうれしいです。
場末の生まれで貧乏で暮らしている男なのに、出て来た瞬間に『嘘つけ!』っていうくらいキラキラしちゃっていたりする役って、よくあるじゃないですか(笑)。
『アルアル』ではあると思うんですけど、それがちゃんとカッコ悪く、ダメな男に見えるというのが、オーラとか目に宿らない光とかで表現できるようになってきたのかなと思うと、昔オヤジに『役者っていうのは、その眼差しまでも変えられるのか?』って言われたことを思い出しますね」
−牧監督の印象はいかがでした?−
「自分の体温が上がっていく感じで脚本が読めたというのがすごく大きくて、これを同い年の監督がオリジナルで書いたということに驚かされて。
牧くんが海外のショートフィルムの賞を受賞したことがあるとか、そういう情報なしに本当に脚本とだけ向き合って。牧くんの人となりも知らずに、読んで引き込まれたので、これはきっとおもしろくなるな、自分にできるかなって思ったというのが、率直なところで。
やっぱりどんな作品も、どんな役者を使ってもぶっちゃけいいと思うんですよ。ただ、脚本がどんなものでもいいわけじゃなくて、脚本次第だというところがすごくあると思うので、そういう意味で、一番信頼のおける屋台骨みたいな部分が良さそうだなと思えたことが一番大きいですね。
牧くんに会ったときに、『これをドラマ的に撮るんだったら、俺はやりたくない。でも、ドキュメンタリーとまでは言わないけど、そういうリアリティのある感じで描くのであれば、とてもおもしろくなると思うから参加する』という返事の仕方をしたんです。そうしたら牧くんは『当然です。僕もそう思っていました』って。
会った瞬間にすごく気のいい人間だということがわかったし、波長も合うなあというのがすぐにわかって。それで、現場を一緒にやってみたら本当に真摯(しんし)なんですよ。
真摯に現場に向き合って、真摯に人に向き合って。キャストにもスタッフにもそうやって向き合って、助監督がする仕事まで自分でやって、車を停めたりしていて。『そんなのやらなくていいから。まかせようよ』って言うと、『すみません。癖で』という感じで。
一生懸命に自分の作品をみんなに感謝して、盛り上げたいという思いが溢れ出ていたので、より好きになって、『この人に懸けてみよう。こいつに全部委(ゆだ)ねて自分はもう全力でやるだけだな』っていうのを、わりと早い段階でそう思わせてくれたんですよね。そういう人です」
©2022映画「Sin Clock」製作委員会
−オール関西ロケというのは、いかがでした?−
「全部大阪、神戸なんです。それで、キャストもスタッフもほとんど関西なんですよ。ちらほら関東の方がいたかなみたいな感じだったと思うんですけど、メインどころもほとんど関西人なので、ずっと関西弁でみんなしゃべっていて。
俺は大阪に引っ越して11年目になるんですけど、いまだかつて俳優の仕事で家から現場に行くということがなかったので、それがすごい違和感があって(笑)。
うれしい違和感だったんだけど、『ああ、こんな日が来るとはなあ』って思いながら新鮮な気持ちで現場に臨めたし、本当に良いキャストとスタッフに恵まれて、めっちゃ楽しかったです。
それはやっぱり監督の人徳というか、人となり、人がなすところだったと思うんですけど、結果、エグゼクティブプロデューサーの藤田(晋)さんを口説き落としてファイナンスを獲得して、俺を口説き落として主演に据えてってやって、現場で交通整理までやっている男なので。
本当に一生懸命自分の作品を良くするために、日々粉骨砕身(ふんこつさいしん)で臨んでいるのが滲み出ていたので、自然とスタッフもキャストもみんな全力でこの作品をよくしたいと思えていたと思うんですよ。その求心力含めて才能だと思うので、すごいなあって思いました」
−高木の一番理解できるなと思ったところは?−
「うまくいかないときって、自分の根本的なところでうまくいかない、向く方向が間違っちゃっているからすべてがうまく回らなくなるという悪循環を起こしてしまう、そういう状態なんだろうなあというのは、当時の自分を振り返って思う。
これはどん底の3人が…となっているんだけど、マンションから落ちたときに俺が経験したどん底はかなりどん底だったので、どん底負けはしないなあっていうのはあって(笑)。
そのときの不甲斐なさだったり、不安だったり、自信のなさだったり、うだつが上がらないとか、くすんだ感じというか…。
自分の心がくすんでいるから、多分出ている空気感や雰囲気もくすんでいただろうなあと思うと、何かあのときの引き出しの奥に突っ込んである思いを引っ張り出してくればいいんだなあみたいな感じはあったので。そこの気持ちがわからないわけではないっていうアプローチができるなって思いました」
−今後はどのように?−
「今やっている作品が引き続きあるので、とにかくそれに打ち込んで。結果それがもっと広い世界につながって、もっと深い世界につながっていって、もっともっと自分の力を活かせるようなフィールドで勝負できるというか、楽しめるんじゃないかと。
それで、いいものを残してみんなに感動してもらったり、笑ってもらったり、泣いてもらったり、奮い立ってもらったりしたいなあと思います」
活動の場も役柄の幅も広がり、俳優として新しいフェーズに入った窪塚さんには、やっぱりスクリーンが良く似合う。今後の活躍も楽しみにしている。(津島令子)
ヘアメイク:佐藤修司(botanica)