結婚していても、忘れられない人はいる。元カレに、4年ぶりにLINEを送ってみると…
きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依（28）は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね？LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
◆これまでのあらすじ
ライターの希依は、大学時代から3年付き合った元カレ・想太との思い出をエッセイに綴った。エッセイが公開された直後、見知らぬアカウントからInstagramのDMが届く―。
『この「彼」って、青崎想太くんのことですよね？』。
突如届いたDMを、希依は何度も読み返した。
「急にDMしてきたけど…この人、いったい何者なの？」
恐怖に顔を歪めながら、送り主のプロフィールを確認する。アカウントを開いてみると、アイコンは黒一色の画像だ。しかも投稿数は0件。
― これじゃあ、誰なのか見当もつかないよ…。
混乱して、天井を仰ぐ。
― でも、私のエッセイを読んで、想太との話を書いてるんだってわかるのは、大学時代の人だけよね？じゃあ、私が知ってる人なのかな？
考えても一向にわからない。
― 本当になんなんだろう。気持ち悪い…。
不安になった希依は、大学時代の親友・咲に相談してみようと思った。さっそくInstagramを閉じ、LINEを立ち上げる。
『希依：ねえ咲、聞いて』
咲に、謎めいたDMについての概要を送った。
すると10分もしないうちに、咲から電話がかかってくる。
「希依、大丈夫？LINE見たけど、なんか変なことに巻き込まれてない？」
「ああ、咲。やっぱりそう思う？なにかのいたずらなのかな？」
「わかんないけど…。希依、いまどこにいるの？会いにいこうか？」
咲は昔から、希依になにかあるといつでも飛んできてくれるのだ。咲のそういうところを、希依は心から信頼していた。
「ううん、今日は私が咲のところにいく！」
白金台に住んでいる咲のもとへ、タクシーを飛ばす。
待ち合わせのカフェに着くと、咲はすでにアイスコーヒーを飲んでいた。そして隣には、大学時代の仲間である顕彰（けんしょう）が座っている。
「咲、お待たせ。あれ、顕彰も一緒だったんだ」
顕彰は「おう。久しぶり」と言って、にこやかに片手を上げた。
希依と咲と顕彰、そして想太は、大学1年生のときに一般教養のクラスで出会い、仲良くなった。
授業後はいつも4人で食事をした。夏には軽井沢にある咲の別荘で遊び、冬にはスノーボード旅行をした。
しかし、大学4年の夏の終わり。希依と想太が付き合ったところから、なんとなく4人で遊ぶ機会は減っていったのだった。
「希依と想太が付き合ってから、4人で集まるのが居心地悪くなって…」というのが、いつか咲が漏らした本音で、それはもっともだろうと同意したのを希依は覚えている。
しかし、そう言っていた咲は、今では顕彰と付き合っている。
希依は、咲と顕彰の右手の薬指に輝く、ゴールドのペアリングを交互に見つめた。2人は付き合ってもう4年。想太が音信不通になってからしばらくして、2人が付き合い始めたのを覚えている。
「こうして集まると、懐かしいよな」
顕彰がテーブルに肘をつき、目を細めながら言った。
「ね。大学時代に戻ったみたい」
「懐かしいね」
ぽつりぽつりと言葉を発し、すぐに沈黙が訪れる。全員が今、唯一欠けてしまった想太について考えている。そのことが手に取るようにわかった。
「で、DMって？どんなのが届いたの？見せて」
咲が、仕切り直すかのように切り出した。
スマホを差し出すと、咲と顕彰は肩を寄せ合って覗き込む。しばらくしてから、咲が泣き出しそうな表情で言った。
「なんかこれ、気持ち悪いね。意味わかんないもん。この人、なんであのエッセイだけで想太の話だってわかったの？しかも想太のLINEまで送ってきて…」
それに対し顕彰が、口元に指を当てながら言う。
「でもこれ、本当に想太のアカウントなの？」
顕彰のまっすぐな目が希依を捉える。希依は、首をかしげるほかなかった。
「私にもわかんない。でもこのアイコンの深緑色を見て、もしかしたら本当に想太なのかもって思ってる。想太はね、この色が好きだったの」
切なくなりながら、話し続けた。
「違ったら違ったで笑い話にすればいいし、想太だと信じて連絡してみようかな。本当に想太だったら、会いたいし。咲、どう思う？」
尋ねると、咲は困惑した様子で言った。
「別に連絡してもいいと思うけど…どうするの？会って、何を話すの？だって…希依にはもう旦那さんがいるんだよ？」
咲は芸能人の不倫スキャンダルを目にするたびに、「最低」と憤慨する。そして今、そのときのような険しい表情を希依に向けていた。
既婚者の希依が、過去の恋人に対して頭を悩ませている…。そのこと自体が気に食わない様子だ。
「大丈夫よ、安心して」
希依は口を開いた。
「想太が今どうしてるのか、ちょっと気になるだけだもん。元気に過ごしてるのか知りたいだけ。別にもう未練はないから、だからこそ逆に会いたいの」
「…じゃあ、もしもだよ。想太が希依に前みたいに優しくしたら？好きになっちゃわない？」
「そんなこと、ありえない！」
強い口調で希依は言う。
夫の正介を悲しませるようなことは絶対にしないと、心に決めているからだ。
咲は「そっか」と言った。そして「ならいいけど」と不服そうに続ける。
「でもね、希依。なんかあっても知らないよ？それがきっかけで今の幸せな結婚生活が破綻したりしたら、希依の自業自得なんだから。私は一応、止めたよ？」
― 自業自得か。
カフェラテに口をつけながら、希依は突如冷静になった。咲がとがめるのは、ごもっともだと思えてきたからだ。
― たしかに、もし正介にバレたら…怒られてしまうかも。悲しませてしまうかも。
やはり想太と接触するのはやめようか。ひそかに諦めたとき、咲がトイレに立った。
希依は、顕彰と2人きりになる。
「咲さ…ちょっと怒ってたよね？」
希依が聞くと、顕彰は笑った。
「咲は真面目なんだよ。一途なの。そこが咲のいいところだよ」
「そうね。ねえ、顕彰はどう思う？ LINEしないほうがいいかな？」
顕彰はうなりながら、「でも」と言った。
「ちょっとでも気になるなら、連絡してみたら？俺だったら連絡しちゃうな」
「え、そう？」
「咲はああ言ってるけどさ…」
顕彰は、いけないことを話しているかのようにコソコソした声で続ける。
「連絡しなかったら、逆にずっと気になっちゃうんじゃない？だったらちゃんと連絡して、本当に想太なのか、なんかのいたずらなのかを確かめたほうがいいよ。
会うなら会って、じっくり話して、スッキリしたらいい。俺だったらそうするね」
◆
日付が変わり、深夜2時前。ベッドで天井をにらんでいた希依は、暗闇の中で身体を起こした。
「ずっと気になっちゃうんじゃない？」という顕彰の言葉が、頭から離れない。
― たしかに、顕彰の言う通りだ。ずっと気になっちゃう。
考えないようにしようとすればするほど、目が冴えた。
正介の規則正しい寝息を聞きながら、枕元で充電していたスマホを手に取り、ベッドから出る。
リビングのソファに腰掛けると、例の『想太』のLINEアカウントを立ち上げた。
― いたずらだったらそれはそれでいいわ。とにかく、このまま無視はできない。
希依はトークボタンをタップし、震える手でメッセージを入力した。
『希依：ひさしぶり。希依です。わかる？』
深夜なので、返事はすぐには来ないだろう。そう思って、水を一杯飲む。
しかし、飲み終わってすぐに、手の中のスマホが振動した。通知には『想太』の名前がある。
『想太：え？久しぶり。なんで僕の連絡先わかったの？』
鼓動が速まる。
『希依：本当に想太なの？』
『想太：うん。本当に希依なの？げんき？』
― げんき…。
その3文字に、希依は一気に過去へと引き戻された。
想太は「元気」という言葉を、なぜかいつもひらがなで書く人だった。そんなひょんなことから、LINEの向こうにいるのが本当に想太であると確信する。
『希依：げんきだよ。想太は？』
しばらくして、また返事があった。
『想太：げんき。会いたいね』
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