男の人と2人で飲むの、久しぶりかも…。深夜3時まで一緒にいたら意外な展開に…
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン！」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女だ。
◆これまでのあらすじ
ある夜、菜々子が麗香と出かけたパーティーに途中からやってきた早坂。「抜け出してビールを飲みに行こう」と誘われたが…。
Vol.8 久しぶりのサシ飲み
菜々子は、早坂と、パーティー会場を抜け出した。冷たく乾いた外気がピリリと頬を刺す。
麗香には「会場で知り合った方と外でお茶してます」とLINEしておいた。
「近藤さんとは、大学の同級生なんですか？」
横を並んで歩く、早坂を見上げ聞いた。
「うん。かれこれ、14、5年の付き合いかな。
近藤は幼稚舎から、俺は一浪して必死で入ったんだ。それ以来ずっと腐れ縁ってやつ？」
彼は今年32歳、自分は33歳だと早坂は言った。
「彼はこの界隈で顔が利くし、俺はこうやって女の子を誘うのがうまいから、持ちつ持たれつ、って感じでいまだにツルんでる」
「女の子を誘うのがうまい」という言葉に妙に納得し、菜々子は笑った。
だが、別に遊び人というわけではない気がした。
根は真面目そうだし、表情やちょっとした仕草に、だらけたところがない。
だから、菜々子は、警戒することなく、付いてきたのだ。
「ここの道狭いから、こっち側歩いて」
菜々子を道の内側に歩かせようと肩に触れた早坂の腕は、細身だが硬質な感じがした。
少し歩いて路地裏のバーに入り、カウンター席に並んで座る。
「何飲む？」
早坂に聞かれ、菜々子は「生」と即答した。
「いいね、生。じゃ、生2つとポテトフリッツ」
きめ細かな泡がのったビールが運ばれてきた。
底から小さな気泡を立ち上らせるさっきのシャンパンとは、見かけも味わいもまったく異種なものだ、と菜々子は思う。
「麗香さんとご一緒して高級シャンパンたくさん飲んでるけど、やっぱりビールが美味しいです」
早坂も、同感だな、とグラスを掲げる。
住んでいる場所、最近見ているNetflixとYouTube、休日の過ごし方…。
もともとパーティーでアルコールが入っているだけに、どうってことのない会話が続いていく。
― 男の人と2人で飲むのって、久しぶりかも…。
ふと早坂と目が合った時、カウンターに伏せた早坂のiPhoneが震動し始めた。
早坂がスマホを手に取ると「近藤から着信」と言って着信画面を菜々子の方に向ける。
「嘘つくのもなんだから、ここに近藤呼んでいい？」
菜々子は「それはちょっと…」とは言いづらくて「はい」と答えた。
「はい」と答えておきながら、実は、菜々子は近藤にあまり興味がなかった。
“アマダイパーテイー”で知り合って以来、インスタのメッセージ経由で連絡が来るたびに、返信はしている。
だが、お茶や食事の誘いは、仕事が忙しいことを理由に断り続けていた。
近藤は、容姿だって一般的には素敵なほうだし、学歴や家柄を考えると、真面目に付き合っていいはずの優良物件。
― でも直感的に違うのよね…。
早坂に比べたら、近藤からはおっとりとした育ちの良さを感じる。着ているもの、つけている時計、彼のディテールは一流。
さっきのパーティーのシャンパンの話も、きっと彼からすれば自慢というよりは日常なのだ。
「実は、近藤さんからお食事とかお茶によく誘われているんです」
早坂なら察してくれそうな気がした。
「で、君は何度もそっけなく断っている？」
「まあ、そうですね」
「近藤の口ぶりから、てっきり何回か会ってると思ってたんだけどな」
一瞬沈黙し、それぞれグラスのビールを飲み干した。
「君みたいなコがタイプなんだ、アイツ。きれいなロングヘア、細身で背高めで、気が強そうな感じ…。そこは昔からブレないの」
少し痩せたのも、ストレートパーマをかけたのも、ヒールを履き始めたのも菜々子にとってはすべて最近のことだ。以前からの素の自分ではない。
「うーん、でも別にそれって見た目だけのことですよね？」
「そうだけどね。ちなみに、彼氏はいないんだよね？」
早坂はいつの間にかおかわりを注文していて、新しいグラスを菜々子の前に置いた。
「いないです」
菜々子は即答する。
「近藤の誘いは断っておきながら、俺の誘いには乗ってきた。それを良い方に解釈して、困ってそうな時は助け舟を出すよ」
― えっ？
早坂の言ったことを頭の中で反芻していると、入り口のドアが開く音がした。
「お！いたいた！早坂」
近藤が嬉しそうに店に入ってきた。
「菜々子ちゃん、ようやく一緒に飲めるね」
菜々子が早坂と近藤の2人に挟まれる形で、3人はカウンターに並んだ。
「いつも誘っていただいているのに、すみません」
菜々子は形式的に謝った。
「忙しいらしいよ、彼女。そりゃそうだよな、麗香さんのところだもんな」
早坂がさりげなく菜々子をフォローする。
「そうだよな」
近藤いわく、麗香の夫と近藤の父は古くからのゴルフ仲間なのだそうだ。
「うちの親父は、麗香さんの銀座時代からの知り合いだから、かれこれ10年くらい前から麗香さんのことを知っている」
銀座という思いもよらない2文字に、菜々子は思わず聞き返す。
「あの、麗香さんって銀座で何やってたんですか？」
「麗香さんは、20代の頃は女優志望で…。なかなか芽が出なくて、銀座のクラブで働いていた時に、うちの親父や今のご主人と知り合ったらしいよ」
近藤は、麗香の過去について語る。
麗香の夫となったクリニックの院長である天堂氏は、彼女に一目惚れし、毎夜クラブに通い、彼女を落とした。
「天堂院長とは話したことある？」
早坂が菜々子に尋ねる。
「ありますけど、なんか美容クリニックの院長先生にしては、寡黙で地味な感じの方ですよね？麗香さんよりだいぶ年上に見えますけど」
「そうだね。だから毎夜パーティーに出かけても、おおらかに見守っているんだろうね。
それに、ああ見えて、麗香さんって紆余曲折あったみたいで。だから、人の相談とか親身になって聞いちゃうんだってさ」
菜々子は、近藤が合流したバーで少し飲んで解散…のつもりだったが…。
「菜々子ちゃん、送るからもう一軒行こう」という近藤の誘いを断りきれず、六本木の会員制カラオケバーの個室に3人で移動した。
たわいもない話をしながら順繰りに歌い続け、気がついたら夜中の3時を過ぎていた。
すっかり酔いが回った近藤は、「菜々子ちゃんを送る！送りたい！」と喚いている。
だが、早坂が呼んだタクシーに強制的に押し込められ、その場からいなくなった。
「あー、楽しかった」
六本木通り沿いを歩きながら、真夜中の冷たい空気を思い切り吸い切って、菜々子は言った。
「さ、家まで送るよ。上原だっけ？俺、中目だから」
「ありがとうございます。早坂さんって、第一印象とだいぶ違う〜」
酔っているから何でも言える。
「だって、アマダイのパーティーの時、私を無視して感じ悪かったよね？」
「だいぶ酔ってるな。明日仕事大丈夫？
たしかにあの時は、君のこと“婚活目的でパーティーに来ている子”だと思ってたから」
早坂に腕を取られながら、空車が通るのを待つ。
「でも意外に君は、真面目で可愛いよ。ほら、タクシー乗ろう」
そう言うと、早坂は菜々子の手を引いた。
― あれ？今、可愛いって言った？？
車内でも菜々子は手を繋がれたまま。
でも、嫌じゃないし、どうせ酔ってのことだ。
だから、骨張った早坂の手の温度を感じながら、流れる車窓を眺めた。
「この辺でいいの？」
代々木上原の住宅地の一角に滑りこむように車は停車した。車で多少酔いが覚め、遠回りして送ってくれた早坂に申し訳なくなる。
「はい。ご迷惑おかけしました」
菜々子が詫びると、今更気づいたかのように、早坂は繋いでいた手を離した。
そして、何事もなかったかのように言った。
「じゃあ、最後にLINE交換するよ」
QRコードを差し出され、菜々子は素直にそれに応じた。読み取ったLINEアカウントには「REN」と表示されていた。
― へえ。れん、って言うんだ…。
なんだか楽しい夜だった。
早坂が乗ったタクシーのテールランプを見送りながら菜々子は思った。
▶前回：「出会ったとき、彼は既婚者でした…」わかっていても別れられない女の本音
▶1話目はこちら：港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…
▶NEXT：12月29日 木曜更新予定
早坂との距離が縮まった一方、近藤からの猛プッシュに拍車がかかる。こまった菜々子が相談したのは…
