「30歳を過ぎると市場価値が下がる！？」焦った女がマッチングアプリで19歳上の男と知り合うも…
29歳―。
それは、節目の30歳を目前に控え、誰もが焦りや葛藤を抱く年齢だ。
仕事や恋愛、結婚など、決断しなければならない場面が増えるにもかかわらず、考えれば考えるほど正解がわからなくなる。
白黒つけられず、グレーの中を彷徨っている彼らが、覚悟を決めて1歩を踏み出すとき、一体何が起こるのか…。
▶前回：「女同士でつるむのが、急につまらなくなった…」29歳女に訪れた気持ちの変化とは…
愛の歪み【前編】
「晴夏さん…また男漁りですか？」
吉永悠梨は、食事中もスマートフォンを手放さない晴夏を諫める。
丸の内にある外資系生命保険会社に勤める悠梨は、先輩の晴夏とランチに来ている。
「晴夏さん美人だから、男なんかすぐ見つかりますって」
「そんな悠長なこと言ってらんないのよ」
悠梨のヨイショを、晴夏が突っぱねる。
晴夏は、悠梨の5つ上の34歳。絶賛、婚活中である。
「吉永ちゃんだって、彼氏いないんでしょう？そろそろ30歳なんだし、相手探したほうがいいんじゃない？」
「私は、晴夏さんに比べて“ストライクゾーン”が広いんで」
悠梨は、男性の容姿にこだわりはなく、年齢に関しても上限はない。
両親も10歳差で、姉夫婦もひと回り差があることから、年上男性のほうが性に合う血筋なのだと自覚している。
「年上なら、いくつでもいいって言っても、自分の年齢が上がれば、年上の独身男性は年々減ってくるよ」
晴夏のいう通り、職場でも後輩が増え、年下扱いされる機会も減ってきている。
「それに、歳をとっても結婚しないで残ってる人って、何かしら問題があるから残ってるんだから」
「モラハラとか、持病を持っているとか…？」
「あと…犯罪者とか…」
「ええ…。怖いこと言わないでくださいよ」
「まあ、ちゃんとした人選びたいなら、婚活は早く始めたほうがいいよ。試しに登録だけでもしておいたら？」
悠梨はあまり乗り気ではなかったが、晴夏のレクチャーを受けながら、マッチングアプリに登録することになった。
◆
仕事を終えた悠梨は、自宅である築地のマンションに戻る。
ソファに腰をおろし、ひと息つきながらスマートフォンを開くと、見慣れないアプリのアイコンに気づく。右上には、通知の表示がついている。
― そうだ。マッチングアプリに登録したんだった。
晴夏とのランチタイムを思い出す。
登録はしたものの、写真を選ぶ時間がなく、簡単なプロフィールだけを載せてそのままにしていた。
「女も30歳を過ぎると、市場価値が一気に下がるよぉ」
晴夏の言葉が頭をよぎる。
何気なく囁かれた言葉だったが、どこか身につまされるような感覚をおぼえた。
悠梨は自分の結婚年齢に対してもこだわりはないつもりだったが、30歳を目前にして、焦りのような意識の芽生えを感じた。
気がつけば、前の恋人と別れてから、3年も経っている。
結婚は急がないとしても、29歳の今、彼氏さえいないのはいかがなものか…。
気が進まないながらも、アプリをタップする。
すると、10人ほどの男性から『いいね』が届いているのが確認できた。
― なんだぁ。まだまだ需要あるじゃん！
悠梨はホッと胸を撫でおろす。
◆
週末、悠梨はある男性に会うため、待ち合わせ場所に向かっていた。
あれから、マッチングアプリ上で、数人の男性とメッセージを交わした。
しかし、ろくにやり取りもせず、「早く会いたい」「写真を見せて」と訴える男ばかり。傲慢ともとれる態度に辟易させられた。
そのなかにひとりだけ、丁寧に挨拶を述べる男性がいた。
それが、待ち合わせの相手、高橋和生だ。
プロフィールによると、年齢は48歳の会社経営者。前妻とは死別し、すでに成人している息子がいるとのことだった。
20歳近い年齢差に、さすがに少し抵抗はあったが、メッセージのやり取りをするうちに不信感が払拭された。
誠実な対応に好感を抱き、会ってみたいと思うようになり、食事の申し出を受け入れた。
丸の内のイルミネーションを抜け、『MARUGO（マルゴ）』の前を通ると、窓際の席に和生らしき男性の姿を見つける。
― あの人かな…？写真よりも意外と若い感じ…。
悠梨はいったん立ち止まって、ガラス窓に映る自分の姿を確認する。
扉を開けて店内に入ると、先ほどの男性と目が合った。
会釈をすると、男性が立ちあがる。スラッと背が高く、40代前半ぐらいに見える。
「高橋さん…ですよね？お待たせしてすみません…」
「こちらこそ。お呼び立てして申し訳ありません」
初対面ならではのぎこちない笑顔を浮かべながら、月並みな挨拶を交わして席に着く。
和生が店員を呼び止める。
悠梨の好みに配慮しながら、オーダーを進める。
和生の穏やかな口調に、緊張がほぐれていく。
言動の端々に感じる気遣いに、落ち着きのなかった空間が居心地のいいものに変わっていく。
「でも、悠梨さんがこんなキレイな方だったなんて。お会いできて光栄です」
和生も口もとを緩め、やや饒舌になる。
「いや、やめてください。私なんて、そんな…」
「それに比べて、私はこんな年寄りで…。ガッカリしませんでしたか？」
「私はそんなに年齢は気にしないので…。それに、高橋さんとてもお若く見えますよ」
「私なんてもうジジイですよ…。やっぱり歳が近いほうが、話も合うでしょう？」
― 年齢のこと、気にしてるのかな…。
和生が年齢差を引き合いに出す様子から、引け目を感じているのが伝わる。
そこで、話題を変えてみることに…。
「高橋さんは、なんで私に『いいね』をくれたんですか？写真も載せていなかったのに」
和生はいったん口をつぐみ、「実は…」と切り出す。
「何人かの女性とメッセージを交換して、実際に会ったんです。ただ、実物と写真との印象がだいぶ違う方ばかりで…」
― なるほど。写真詐欺ってやつね…。
「そこで、写真を載せていない悠梨さんを見つけました。もしかしたら、写真を見ていないほうが、先入観がなくフラットな気持ちで会えるかもしれないと思ったんです。それで、『いいね』を送らせてもらいました」
和生の説明に納得がいき、悠梨は大きく頷いた。
「悠梨さんは、ご趣味は…？」
「あ、趣味ですか。ええっと…」
悠梨の頭に、いくつか選択肢が浮かぶ。
カフェ巡り、コスメ集めにスキューバダイビング…。
ここで、年齢差を気にしている和生を突き放すようなことはしたくない。
共感を得やすく、かつ、健康的なイメージのあるものをピックアップする。
「スキューバダイビング…とか？」
顔色を窺いながら答えると、和生が表情をパッと明るくした。
「スキューバダイビングですか！いいですね！」
― よかった。ナイスチョイス！
「でも、最近行けてないんですけどね…」
「じゃあ悠梨さんは、海も好きですか？実は私、クルーザーを所有していまして。といっても、会社のものですが…」
「お仕事は確か…輸入中古車販売の会社を経営してるんでしたよね？」
和生がスマホを取り出し、画面をタッチして悠梨のほうに向ける。
「これが一応、そのクルーザーなんですが…」
画面にはクルーザーの写真が表示されていた。白い船体が、周囲の海の青さに鮮やかに映える。
「うわ〜。素敵！」
「40フィートとそんなに大きくはないんですが、10人ほど乗れるんですよ。船内はこんな感じです」
和生が得意気に画面をスクロールする。
ウッド調のシックなデザインの内装に、キッチンやソファ、ベッドまで完備した船内。最新機器搭載の運転席と、浮世離れした空間を写した画像が続く。
すると、船体のアップが表示されたところで、悠梨はあることに気づく。
「これって、船名ですか…？」
船首に『MANAMI』というアルファベットの表記があった。
女性の名前であり、船名と思われるが、ランダムに選んで付けたとは考えにくい。
「それは…亡くなった妻の名前なんです」
― やっぱり…！
「妻の真奈美は、とても海が好きだったんです」
和生が、過去を懐かしむような優しい口調で語る。
「私たちは大学の同期で、学生結婚だったんです。卒業して子どもが生まれて、これから私がバリバリ働いて家族を幸せにしていくぞ…と思っていた矢先に病気で亡くなってしまって…」
「そうだったんですね…」
悠梨が、和生の顔をそっと覗く。愁いを湛えたような、なんとも言えない表情を浮かべている。
― 奥さんのこと、愛してたんだなぁ…。
亡くなって数十年も経つ妻に寵愛を向ける姿に、胸を打たれる。
「悠梨さん。よかったら今度、クルージングでもご一緒しましょう」
「はい、ぜひ！」
新たな約束を交わしたところで、和生が窓の外に視線を向ける。
そして、誰かに気づいたように手を振った。
― ええ？知り合い…？
偶然通りかかった誰かに挨拶をしただけだと思ったが、和生は手招きしている。
その人物が店内に入ってきた。
「ごめん。遅くなって」
「いいんだいいんだ。座りなさい」
― え、誰よ？会社の人…？
会話からは、関係性がつかめない。
やや肥満体型の男性で、悠梨よりも少し若いぐらいの年齢に見える。
「悠梨さん。断りもなくすみません。実は、紹介したいと思って呼んだんですが…」
「あ、はい。どなた…」
「息子の航基、27歳です」
― 息子！？なんでこのタイミングで…。
「あ、どうも。高橋…航基です」
息子と紹介された男が、くせ毛の頭を下げた。
「いやね。この子が、どうしても早く悠梨さんにお会いしたいと言うもので…」
「やめてよ、父さん！そんなこと言ってないって」
微笑ましい親子のやり取りが繰り広げられているようだが、いまいち状況が飲み込めない。
― まだ初対面だよ？息子を紹介するの、早くない…？
「この子ね。SEをしているんですけど、こう見えてすごく優秀でね。うちの会社のホームページなんかも作ってもらったりしてるんですよ」
和生が息子の仕事ぶりを自慢げに語る。
その隣で、航基はただ黙って話を聞いている。
― 三者面談じゃないんだから。きっと過保護に育てられてきたんだろうな…。
何もできない息子を、親が必死にサポートしているようにも見える。
ただ、和生から伝わるのは家族愛のようではあるものの、別の意図があるように感じられなくもない。
「意外と、いい男でしょ？ねえ？」
熱のこもったアピールに、悠梨は苦笑いを浮かべる。
どうも、当初予期していたものと、違う方向に話が進んでいるような気がしてならなかった。
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