不妊治療中のこころの守り方、3つのポイントから生殖心理カウンセラーが解説
不妊治療では多くの人がストレスを抱えがちです。こころない一言で傷ついたり、何気ない会話を深刻に受け止めてしまったり……。ストレスは不妊治療に悪影響とわかっていても、こころが傷つくことはあるでしょう。そうしたとき、どうやってこころを守れば良いのでしょうか。ぜひ知っておきたい3つのポイントについて、生殖心理カウンセラーの平山先生が解説します。
ポイント①不妊治療中に陥りがちな自己嫌悪への対処法
編集部
妊活がつらく、友人の妊娠を喜べない自分が嫌になるという悩みをよく耳にします。このような悩みは多いのでしょうか?
平山先生
とても多いですね。患者さんがよくおっしゃるのは、「友人の妊娠を喜べない自分がいや」「自分がこんなにこころの狭い人間だったなんて……」ということです。自分が望んでいることを、いとも簡単に成し遂げたように見える友人はとてもまぶしい存在でしょうし、妬んだり、うらやんだりすることもあるでしょう。そんな友人を妬んだり、うらやましく思ったりするのは当然のことです。それを「友人の幸せを喜べないとは、なんて私はこころの狭い人間なんだ」と、自分を否定してしまうから、余計に辛くなるのです。
編集部
そういうときは、どのように考えるようにすれば良いのでしょうか?
平山先生
「いま、友人のことをうらやんでいる私がいるな」「私は彼女を妬ましく思っているな」と認めてしまうことが大切です。良いとか悪いとか、善悪の判断をせずに、ただそう思っている自分がいるということを認めてしまうのです。すると、感情から少し距離を置くことができ、こころのなかに余裕が生まれます。そうすれば、「友人が妊娠を報告したのは、私に対する嫌がらせではない」と理性的に考えることができるようになるでしょうし、単なる出来事として受け止められるようになるはずです。
編集部
まずは「自分を受け入れる」ということが大事なのですね。
平山先生
よく患者さんは、友人に対するねたみのことを「黒い感情」と表現します。しかしその黒い感情を持ってはいけないと否定するのではなく、黒い感情を持つ自分をやさしく受け止め、思いやりを持って受け入れてあげるのです。このように自分を思いやることを、最近では「セルフ・コンパッション」といいます。このような姿勢は、学んで身につけることができる事をぜひ知っていただきたいです。このように「黒い感情」を自分なりにあつかう方法も色々ありますので、専門家に相談してみると良いでしょう。
編集部
そうしたテクニックを身につけるのも役立ちそうですね。
平山先生
日常的なストレス対処はとても大切です。たとえば嫌なことがあったときに、「布団にくるまる」「一心不乱に掃除をする」「ぬいぐるみを抱きしめる」「好きなドラマを観る」など、どんなことでもいいので、「これをすると自分の気持ちが楽になる」ということを思いつくだけ、ノートに書き留めておくことも、ストレスを解消するのに役立つでしょう。こころが不安定になったときは何も手に付かないかもしれませんが、その中にひとつくらい、できそうなことがあるかもしれません。不安は長くは続きません。不安が生じたときに、気を紛らわし、自分を楽にする方法を普段から見つけておくとよいでしょう。
ポイント②こころを守る周囲との付き合い方
編集部
妊娠や子育ての話が出るコミュニティからは、意識して一定の距離を取るのもひとつの方法ではないかと思いますが、いかがでしょうか?
平山先生
専門家によっていろいろな意見があるかもしれませんが、私はいいと思います。もちろん、自分がこれまで属していたコミュニティを失うことになり、不安を感じるかもしれません。しかしまずは、「そのコミュニティは、一生付き合いたいと思う存在か?」ということを考えてほしいと思います。もし、一生付き合いたいと思う存在なら、「いまはプライベートのことで頭がいっぱいで、なかなか一緒にいられないんだけど、落ち着いたらまた連絡するね」と戻るときの道筋を作っておくと良いのではないでしょうか。
編集部
人間関係や関わるコミュニティを見直すきっかけになるのですね。
平山先生
そうです。たとえば同年代の友人が集まるといつも子どもの話ばかりで肩身が狭く、苦しいということもあるかもしれません。その場合、そうしたところで使うエネルギーを、新しいコミュニティを探すことに費やしてもいいのではないかと思います。患者さんのなかには、「同年代の友人たちと距離を置き、50~60代のコミュニティに参加したら視野が広がった」という人もいます。あえて距離を取ることで、新しい世界が見えてくることもあるだろうと思います。
編集部
とはいえ、近しい友人や親せきなどの身内だと、なかなか難しい時もあります……。そういった場合の対処方法はありますか?
平山先生
まず覚えておいていただきたいのが、「みんなにわかってもらいたい」という考えが辛さを生んでいるということです。特に身内だと距離をとるにとれず、「自分の気持ちをわかってもらいたくて一生懸命思いを伝えるのだけど、全然わかってもらえない」と悲しんでいる方も多いでしょう。そういうときは、「正直に自分の気持ちを伝えた」という事実で満足すれば十分です。相手が理解したかどうかは、あなた自身ではなく相手の問題なのです。自分の思うような反応がなくても落ち込まないことが大切です。
ポイント③コントロールが難しい、辛い感情への対処
編集部
妊活が上手くいかないことによるストレスの解消法はありますか?
平山先生
大事なのは、「ストレスをなくすこと」ではなく「ストレスと上手に付き合うこと」を考えることです。ストレスそのものをなくす必要はありませんし、ある程度のストレスはモチベーションやエネルギーになり、役立つものです。また、ストレス解消法として、誰でも実行しやすいもののひとつに「呼吸法」があります。呼吸法は様々ありますので、自分に合うものに挑戦されると良いと思います。基本的に呼吸法を実践する時は、「吸う」より「吐く」ことを大事にしましょう。深呼吸などでも、息を吸うことに意識を向けがちですが、息は吐くときにリラックスするものなので、「吐く」ことを意識すると良いと思います。
編集部
ほかに、誰でもできるストレス解消法はありますか?
平山先生
漸進的筋弛緩法(ぜんしんてききんしかんほう)といってわざと筋肉を緊張させ、そのあと脱力することを繰り返す方法もストレスを解消する効果があるとして、科学的にも立証されています。YouTubeなどでも多くの解説動画がありますが、精神科医や臨床心理士などの専門家が監修しているものを選んで参考にしてみてください。
編集部
街で妊婦さんや小さいお子さんの姿を見るのも辛いというような自分ではコントロールできない感情にはどう対処したらいいのでしょうか?
平山先生
もし、「外に出るのも辛い」という状況なら、メンタルヘルスがかなり悪化している状態です。精神科や心理カウンセリングの手助けも考えた方が良いでしょう。不妊治療中の患者さんは投薬治療を嫌がることが多いのですが、そもそも精神状態が悪い時に不妊治療はすべきではありませんし、治療中でも問題が少ないと考えられている薬もあります。また、無事に子どもを授かったとして、その後、親になることを考えれば、心身の不調はきちんと治療をしておくべきと考えます。「妊娠すること」がゴールではありませんから、早いうちに治療をする勇気を持つことも大切です。
編集部
心理カウンセリングを受けた方がいいとされる、メンタル状態の基準はありますか?
平山先生
妊活をサポートすることを目的としたアプリでメンタルチェックができるものもあります。そうしたものを活用すると、客観的に自分のこころの状態を見ることができて良いでしょう。気をつけたいのは、日常生活に不自由がなくてもストレスがかかっていることがあるということです。ちょっとでも「おかしいな」「辛いな」と感じたら、それ以上悪化させないためにも、ぜひ積極的に心理カウンセリングなど専門家によるサービスを活用してほしいと思います。
編集部
最後に、読者へのメッセージがあればお願いいたします。
平山先生
不妊治療中は、ちょっとしたことで落ち込んだり、イライラしたり、こころが不安定になりがちです。さらにひどくなると、日常生活でちょっと上手くいかないことがあると、たとえ妊活と関係のないことでも「私が不妊だから……」と考えてしまいがちです。そんなときは、「私がダメなんだ」ではなく、「私の『不妊さん』が私をこんなに傷つけているんだ」と考えるようにしてみましょう。つまり「不妊という状況が自分を苦しめている」というように、原因を外在化し、状況を客観的に理解してみるのです。そうすれば「不妊さんと上手く付き合っていくにはどうしたらいいのかな」と理性的に考えられるようになるかもしれませんし、「自分がダメなんだ」と自己否定しなくて済むかもしれません。辛いときにはカウンセラーなど専門家の力も借りながら、ぜひこころを守っていって欲しいと思います。
編集部まとめ
ちょっとしたこころの持ち方を変えるだけで、不妊治療を行っていくうえでこれまでストレスに感じていたことも、自分の中で上手く処理し受け流せるようになるかもしれません。すぐに変化が起きなくても、日常の意識づけが大切のようです。ぜひ、「思考のくせ」を習慣化してみてください。