「本当のことを教えて…」結婚式を控えた元カレと再会。女は“禁断の質問”をしてしまい…
東京…特に港区は、ウソにあふれた街。
そんな港区を走る、すこし変わったタクシーがある。
ハンドルを握るのは、まさかの元・港区女子。美しい顔とスタイル。艶のある髪。なめらかな肌…。
乗客は皆、その美貌に驚き、運転席の彼女に声をかける。
けれど、彼女と話すには、ひとつルールがあった。
「せめて乗車中はウソ禁止です」
乗客たちは、隠れた本音に気づかされていく――。
◆これまでのあらすじ
元港区女子の柊舞香は、突然に自分のもとから去った菅家涼太と再会できると信じ、タクシードライバーになった。それから4年。運命に導かれるように、舞香は客として涼太を拾う。しかし涼太は結婚式を挙げるため、沖縄に向かう途中だった。
西麻布〜羽田空港 菅家涼太を乗せて（後編）
港区を走るタクシーはどれくらいあるのか？
同じ瞬間、港区でタクシーを拾いたい客はどれくらいいるのか？
…そのどちらも、とてつもない数だろう。
もしかすると港区は、日本でもっともタクシーの“人口密度”が高いエリアかもしれないと、舞香は思う。
― だから私が涼太さんと再会できたのは、奇跡…。
ずっと待ち望んでいた奇跡だった。運命的な再会だった。しかしそれは、舞香が夢に見ていたかたちとは違った。
現実は厳しい。舞香は、羽田空港の出発ゲートにタクシーを寄せながら思う。
「とりあえず…結婚おめでとう」
舞香はタクシーの表示ランプを『回送』にしてから、4年も恋焦がれていた相手にそう告げた。
「ああ、ありがとう…」
涼太は、歯切れが悪い。
「驚いたでしょ？私がタクシードライバーになってたなんて」
「うん、びっくりしてる…。えっ？どうしてタクシードライバーになったの？」
いきなり、核心をついた質問だ。
「4年前、涼太さんに『港区でまた会おう』って言われたから。タクシードライバーになったら、いつか本当に再会できるかと思ったの」
「そんなこと言ったっけ？」と返されるかと思ったが、涼太の口から出た言葉は違った。
「ああ、そう言ったよね。覚えてるよ」
涼太はためらうこともなく話す。
「すごくよく覚えてるよ。俺がアメリカに旅立つとき、舞香は電話くれたよね？そのとき俺が『港区でまた会おう』って言ったんだ。
むしろ忘れたことなんてなかった」
平然とそう言ってのけた涼太を、舞香は驚きの表情で見つめた。
「忘れたことなかった…？じゃあ、どうして日本に帰ってきてるのに、私に連絡してくれなかったの？」
「それは…」
涼太は言いにくそうに、うつむいた。
「アメリカで妻と出会ったから」
舞香は押し黙った。
― 妻。
何気なく涼太が発した、その一言が、とてつもなく重たい。
それから涼太は、アメリカでの4年間について語りだす。
涼太は、まずはロサンゼルスでホテル暮らしを始めたそうだ。
「最初のほう、仕事はほとんどうまくいかなくて…」
「そりゃそうよ。ニューヨークとロサンゼルスの区別もつかない人だったもの」
舞香は皮肉のつもりで、出国直前の涼太の言い間違いを指摘した。
― もう涼太さんは、言い間違いのことなんて、覚えていないと思うけど。
「あれは、ただの言い間違いだよ」
意外なことに、涼太は覚えていた。
「でも、向こうで日本人の女性と知り合って、仕事はうまく回り出した。彼女が、俺をマネジメントしてくれるようになったんだ」
「…それが今の奥さん？」
「うん、そう。妻がマネージャーとなってから、俺の作品は売れ始めて、個展を開いたり、向こうのサーフブランドとかスケボーブランドとコラボできるようになった」
話の流れから、涼太が現代アートの作家だと、舞香はこのとき初めて知った。
現代アートにまつわる仕事だと聞いていたが、作家だったとは知らなかったのだ。
「妻と知り合って、付き合うようになって結婚した。だから、舞香との約束は覚えていたけれど、君とはもう会っちゃいけないって思ってた」
「…そう」
なるべく平静を装いたくて、舞香は精一杯、声を張って返事をした。
「妻は沖縄生まれで、日本とアメリカのミックスなんだ」
結婚式は、ロサンゼルスで挙げたという。
しかし改めて地元の沖縄でも挙式するために、涼太夫婦は一時的に帰国していた。
妻のほうは沖縄に先に向かったが、涼太はかつての友達と会うため、たった1日だけ東京に滞在したのだ。
「でも、そのたった1日で、まさか舞香と再会するなんて…」
そこまで言って涼太は口を閉じた。舞香は思わず、言葉の続きを期待する。
― 再会するなんて、運命？奇跡？もしかして、そんなふうに思ってくれてる…？
しかし涼太は何も言わなかった。
期待してしまった分、落胆する。
― 相手のことを『運命の人』と思っていたのは、私だけなんだ…。
事実、付き合っていなかったし、涼太の職業すら把握していなかったのだ。
― よく考えれば、私のような相手が他にいた可能性もある。私は、ワン・オブ・ゼムに過ぎなかったのかも。
それなのに、勝手に運命を感じ、奇跡的な再会を信じ、タクシードライバーになった。そんな自分を情けなく思う。
「バカみたいだね、私」
心の声が漏れる。
「そんなことないよ…」
涼太はフォローのつもりで言ったのだろう。しかし、舞香にはなんの意味もなさなかった。
― こうなったら、とことん絶望させてほしい。
舞香はそう思い、最愛の人へ、禁断の質問を口にする。
「私、タクシードライバーになって、ひとつのルールを決めたの」
突然に舞香が話を変えたせいか、涼太は不思議そうな顔をした。
「ルール？」
「港区にはウソが溢れてる。だから、せめてこのタクシーの車内だけでは『ウソは言わない、本音で話す』っていうルール。
だから涼太さんもウソは言わないで、本音で答えて」
「…わかった」
舞香はフーッと大きく息を吐いてから、涼太に尋ねる。
「私たち、付き合ってたの？」
「…」
涼太は何も言わなかった。どれだけ待っても、何も言わない雰囲気があった。
「涼太さんは、私のこと、好きだったの？」
「…」
やはり涼太は何も言わない。何度尋ねても、きっと答えてはくれないのだろう。
― うん。それでいいの。その反応が正解よ。涼太さん。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
― 私は男を見る目がなかった。
思い返せば、港区で遊んでいたころからずっと、舞香は男を見る目がなかった。男と付き合っては、傷つけられ、別れ、そしてまた新たな男と出会い、付き合い、傷つけられ、別れ…。
いつも自分から男のもとを去っていた。
しかし涼太のときは、違った。涼太のほうが、舞香のもとを去っていた。
― だから私には未練があったんだ…。
コロンブスの卵のような、気づいてしまえば単純明快すぎる真実に、舞香は今になってようやくたどり着いた。
すると、これまでタクシーの中で“ウソなく本音で”話してきた数々の乗客の顔が、走馬灯のようによみがえる。
― 何もわかっていない私が、偉そうにアドバイスしてきたなんて…最低だ…。
すべての乗客に謝りたい気分だった。
「もう行っていいよ。そろそろ飛行機の時間でしょ？」
舞香は、言葉を発しようとしない涼太に、告げる。
「どうぞ、お幸せに」
「うん…行くよ」
やっと涼太は口を開いた。
だが、なかなか立ち上がらない。タクシーから降りようとしない。
「どうしたの？」
しびれを切らして舞香が言う。
「もう行ったほうがいいよ」
「最後に本当のことを答えるよ」
「やめて！」
反射的に舞香は声をあげた。嫌な予感がした。
「さっきの質問に、もう答えなんていらない。早く行って」
涼太は、やっとタクシーの外に出た。しかしターミナルに行こうとせず、タクシーのそばを離れなかった。
舞香もまたドアを開けたまま、タクシーを発進させることができない。
「ウソなら聞いてくれる？」
涼太が言った。
「えっ？」
「ここはもう車の中じゃないから、ウソを言ってもいいよね？」
「…」
「俺は、舞香のこと、好きじゃなかった」
そう言うと涼太は、舞香のことを一度も振り返らないまま、まっすぐにターミナルに向かって歩き出し、まもなく見えなくなった。
ランプを『回送』にしたまま舞香は都心に向かったタクシーを走らせる。その間、ずっと泣いていた。
「好きじゃなかった」
言葉の真の意味は、考えればよくわかる。
しかし、奇跡的な再会を夢見てタクシードライバーになるほど、恋焦がれた相手の最後の言葉が…。
― 好きじゃなかった、だなんて…。
舞香は自分を哀れに思った。
ただただ、涙が溢れていく。
― 私の4年間は一体、何だったのだろうか。
都心に戻るころ、舞香はようやく気づく。
― これでタクシードライバーを続ける意味もなくなったんだ…。
その日、舞香は『回送』のまま仕事を終えた。
▶前回：ずっと忘れられなかった彼と、4年ぶりの再会。運命だと思ったが、彼からまさかの報告が…
▶1話目はこちら：港区女子を辞め、運転手に転職した美女。きっかけは？
▶Next：12月16日 金曜更新予定
次回、最終回。その後の舞香はタクシードライバーを辞めて…？
