高級タワマンに住むセレブ妻が、夫から突然離婚を迫られ…。動揺した女は…
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン！」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女だ。
◆これまでのあらすじ
麗香と菜々子は、パーティーで紹介されたエステサロンを経営している男性から、妻と離婚するための手助けをしてほしいと頼まれた。菜々子はエステサロンに探りにいき、麗香はその妻を呼び出した。
Vol.6 不倫関係を見破る方法
「そうですか…。主人は、私と離婚したがってるんですね」
公佳は、同じ六本木の高級レジデンスに住む鷺坂なるみから「ダイエット食品やコスメのモニターに協力をしてあげて」と言われ、天堂クリニックにやってきた。
だが、いきなり麗香から“離婚問題”について切り出されたのだ。
「なるみさんから、美容クリニックにお誘いいただいた時から、変だなとは思っていたのですが…」
「なるみにそうお願いしたのは、私です。
彼女は意図して嘘をついたんじゃないってことは、ご理解ください。私はなるみの友人で、あなたのご主人とは先日知り会ったばかりです」
麗香から突然こうなった成り行きを聞かされにもかかわらず、公佳は、意外と冷静だった。
2人の会話の邪魔にならないよう、菜々子は麗香の隣の椅子に座り、話を聞くことにした。
「主人は離婚の相談をあなたにしていたんですね…」
「ええ。あなたのご主人から、離婚したいけど妻が承諾をしてくれないので、間に入ってほしいと頼まれました。
私は弁護士とかではありません。ただ、この界隈では比較的顔が利くので、いろんな仲介を頼まれることが多いんです。人を紹介したり、不動産を仲介したりと。
……で、お2人は、すでに別居なさってるんですよね？」
「はい、もう1年になります」
「別居に至った理由って？」
「彼は子煩悩でしたし、私たち夫婦の間にもこれといって大きな喧嘩もありませんでした。ある日突然、“しばらく離れて暮らしたい”と」
「初対面の私たちに、言いづらいかもしれませんが…。公佳さんが、離婚したくない理由を伺ってもいいかしら」
公佳は、しばらく考え込んだあとゆっくりと口を開いた。
「離婚したくないのは、やはり子どもに申し訳ないという気持ちもありますし、今、離婚したら仕事ないし…住まいだって」
麗香は、「そうですよね」「確かに」と相づちを打ちながら、聞いている。
公佳は、聞いてもらうことに安心感を覚えたのか、次第に心を開き始めているように菜々子には見えた。
「自分で働いて子どもを育てていく自信がないんです」
公佳の言葉に、麗香が大きくうなずく。
「まあ、養育費はもらえるでしょうけど、今まで主婦だったのにいきなり働くって大変ですよね。何か資格とかお持ちなの？」
「いえ、何も…。でも音大出身なのでピアノが弾けます。子どもに教えたり、ラウンジで弾いたりするくらいは」
意外な特技が出てきたことに、菜々子は驚く。
「え〜素敵！できることあるじゃないですか！」
麗香が、大袈裟に褒めると「ありがとうございます」と公佳は小さく笑った。
麗香は、人の感情を操るのがうまいと菜々子は思う。
それができるのは、麗香がいつだって丁寧に相手の話を聞き、その時々で適切な言葉をかけているからだ。彼女と話して、多くの人が凹まされたり、持ち上げられて喜ぶ姿を菜々子は何度も見ている。
「あの…。主人には何て伝えるのでしょうか？」
ひとしきり話した後、公佳が尋ねる。
「公佳さんには離婚の意思はないようなので、話し合いが必要です、と伝えます」
「本当ですか？ありがとうございます」
公佳の顔色がパッと明るくなった。
「ただ、1つ提案が…」
麗香は、人差し指を立てて、にっこりと微笑んだ。
「公佳さん、せっかくなので、少しダイエットしてみませんか？」
「えっ…」
驚く公佳に、麗香は彼女に2つのことをアドバイスしたのだった。
「ご主人は、エステサロンを経営なさっているので、毎日綺麗になりたいと努力をする女性を見ています。
公佳さんが何も努力をしていないという訳じゃないけれど…、もう少し痩せるといいわ。ご主人のことは置いておいても、痩せて損することは1つもない」
「それと、パートでもなんでもいいから、お仕事を見つけるといいわね。
今は息子さんとご主人のことだけに気を取られている。仕事をして少しでもお金を稼ぐことができれば、その分あなたの心に余裕ができると思うの」
麗香が公佳に伝えたことは、どちらも離婚を前提としているように聞こえた。
しかし、公佳はハッとした表情ののち、慎重に言葉を連ねた。
「おっしゃる通りです。私、何の努力もしないで、夫と元に戻ろうなんて無理な話ですよね。ダイエット、うまくいくか分からないですがが、痩せてみようと思います！
それにしても、痩せた方がいいなんて言われたのは、主人に数年前言われたきり。他人から言われたのは初めてだわ」
「あ、そうだ。あなたにプレゼントがあるの」
麗香が麗しの燕コラーゲンゼリーと、ファスティング用に開発した冷凍スムージーを差し出す。
「ここにいる菜々子だって、ちょっと前までかなりぽっちゃりしてたんだけど、これで綺麗に痩せたのよ。よかったら飲んで！」
麗香がチラリと菜々子を見た。
引きつる顔の皮を伸ばすように「そ、そうなんです、実は」と菜々子は笑ってみせた。
◆
「それで、菜々子。公佳さんの夫はどうだったの？」
公佳が帰った後、菜々子は、燕コラーゲンゼリーをチューチューしながら、エステ潜入の報告をした。
「あの院長、多分エスティシャンの女性とデキてますねー」
エステルームには、菜々子が施術を指名した院長と、30歳前後のエスティシャンの2人がいた。
「なんでわかったの？菜々子がエステ中にいちゃついてたとか？」
「まさか、違いますよ。そう思ったのは、パーソナルスペースの取り方です。私、一応、心理学を専攻してたんで」
パーソナルスペースとは、人が持つ心理的な縄張りのことだ。
例えば、空いている電車では端っこから順に席が埋まる場合が多い。端が埋まっていたら、ひとつ飛ばして座ったりする経験があるだろう。
「あの院長、別に取り立ててイケオジって感じでもないし、私が部下だったら、無意識的にもっとパーソナルスペースをとっているはずなんです」
パーソナルスペースは、相手との関係性によって変わってくるのだ。
「いくら仕事とはいえ、近すぎる。いわゆる恋人や夫婦でないと許されないレベルの距離感でした」
例えば、パーソナルスペースは、友人レベルでも45センチから120センチといわれる。
逆に、どちらかが離婚したい夫婦だと、パーソナルスペースが無意識に空いてしまったりする。家の中で妻とすれ違うときに、夫が一歩下がったりといったことがあれば、浮気を疑っていい。
授業で聞いた心理学の知識を菜々子は、麗香に披露する。
「院長がかなり近くにきても、彼女は避けることはなかったですし、その逆も。あと、見てるとアイコンタクトの回数も多いですね」
「へえ、すごい！もしかして、菜々子って、社内不倫とか見破るの得意だったんじゃない？」
「ええ、まあ。なのに、なんで自分の恋人の浮気を見破れなかったのか、不思議です…」
「それ自分で言う？」
「あとは、周りに遊んでいる友人が多い人は、浮気を肯定しやすい環境にいるので、浮気に走りやすいって言いますね。
人間ってとても環境に左右されやすい生き物だって教授が言ってました。
アマダイ釣りのパーティーでお会いしましたが、皆さん色気のあるオジ様ばかりとお見受けしました」
「確かに…。すごいわ！菜々子に、そんな特技があったなんて！」
麗香は素直に感心している。
「ところで、麗香さん、彼女どうなると思います？」
「うーん、わからないけど。危機感は持ったんじゃないかしら？」
公佳の夫は、“妻は一緒にいても、話題も乏しいし文句ばっかり。養育費はちゃんと払うから、別れたい”と麗香に訴えていた。
「結婚はゴールじゃないわ。なのに、ゴールだと思っている人、意外と多いのよね。不誠実な男が夫でも」
麗香はスマホの画面をスクロールしながら、カレンダーやメールをチェックし始めた。
「結婚はゴールじゃない」
菜々子は、麗香の言葉を復唱する。
「当たり前じゃない。私もそれで一度失敗してるの」
麗香がポツリとつぶやいた。
― えっ？麗香さんって、再婚なの？
その時、来客だろうか。向こうから誰かの声がする。
「私、出ますね」
立ち上がって部屋を出るとエントランスに男性の人影が見えた。
「MRの早坂と言いますが、院長とアポを」
男性の顔を見ると、どこかで会ったことがある気がする。
180センチ以上はありそうな高身長、細身のスーツ、手にはゼロハリバートンのアタッシュケースを持っている。
「すみません、この階は商品開発のフロアで、クリニックの受付は上の階になります。去年まではこのフロアだったんですが…」
そう答えたと同時に、菜々子はこの人物が誰を思い出すことができた。
― あっ！この人…。鳩仲さんのパーティーにいた…。
一方、早坂という男も、菜々子を思い出したらしい。
「あ、確か、近藤の彼女？」
「違います！」
菜々子は、即座に否定をしたものの、嫌な予感がした。
▶前回：離婚したい夫と、離婚したくない妻。両者の言い分には相容れない理由があって…
▶1話目はこちら：港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…
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麗香の過去が気になり始めた菜々子。そんな時、あるインスタアカウントの過去ポストに麗香の姿が…
