ミルウォーキー猟奇連続殺人事件を扱ったドラマ「ダーマー: モンスター: ジェフリー・ダーマーの物語」が歴代最も成功を収めた世界のNetflixシリーズにランクインした(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

身の毛がよだつほど残虐な実在する事件

非難の声が上がり、いったい何を伝えたい作品なのか、それすらもわかりにくい。にもかかわらず、「ダーマー: モンスター: ジェフリー・ダーマーの物語」は歴代最も成功を収めた世界のNetflixシリーズの2位に位置づけるほど爆発的な人気ぶりです。日本でも異例のトップ10入りが続いています。「ミルウォーキー食人鬼」として知られる犯罪者の超凶悪事件を扱ったドラマがなぜ話題を集めているのでしょうか。

実在した事件や人物をフィクション化するケースが後を絶ちません。世界的なトレンドであり、人気ドラマの条件として定着しています。Netflixドラマ「ダーマー」はアメリカの連続殺人犯で性犯罪者のジェフリー・ダーマーが実際に起こした歴史に残る事件を題材にしていますから、話題になるのも想像にたやすいものだったと言えます。

ましてや、身の毛がよだつほどの残虐性を伴う事件です。1978年から1991年の間にウィスコンシン州ミルウォーキーなどで罪なき17人の男性と少年をバラバラにして殺害し、屍姦や人肉食まで犯すに至る背景には警察組織の怠慢や人種差別、家庭問題なども含み持ちます。

被害者とその家族の無念さとともに、画面からはつねに死臭が漂ってくるような物語は気分のいい展開をいっさいみせませんが、興味関心を惹きつけるキャスティングと制作体制であることは確かです。


ジェフリー・ダーマーを演じるエミー賞受賞のエヴァン・ピーターズ(写真:Netflix)

ジェフリー・ダーマーを演じているのは、脂ののったハリウッド俳優のエヴァン・ピーターズです。そして、エヴァンの名前が売れた人気テレビシリーズ「アメリカン・ホラー・ストーリー」をプロデュースしたライアン・マーフィーが今回の「ダーマー」を手がけています。

ライアンはNetflixと300億円超と言われる破格の金額で契約しているヒットメーカーでもあります。彼の別の代表作にあるミュージカルコメディ「glee/グリー」で組んだもう1人のクリエイター、イアン・ブレナンと共に製作総指揮として、潤沢な資金で「ダーマー」を作り上げています。

ホラー要素が強すぎた前半戦

ただし、期待以上の作品とは言えません。描き方にいくつか問題があるからです。1つ挙げるなら、主軸テーマがブレがちです。物語は冒頭、ミルウォーキーの善良な住民でダーマーの隣人、グレンダ(ニーシー・ナッシュ)の視点から始まり、ラストもグレンダの目線で語られるのですが、一貫性はありません。


ミルウォーキーの善良な住民でダーマーの隣人グレンダ(ニーシー・ナッシュ)の視点も語られる(写真:Netflix)

少なくとも全10話のうち前半戦の5話はジェフリー・ダーマーそのものがテーマであることを色濃く印象づけたまま進んでいきます。「ダーマー: モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語」というわざわざ「ダーマー」を主題と副題で重複させていることに象徴されてもいます。

それが突如、第6話から変化します。犠牲者とその家族がテーマになることに異論はありませんが、これ以降、後半戦は10年以上にわたって平然と繰り返される殺人を野放しにした警察組織にも問題があったことや、同性愛者や黒人、アジア人への差別が根強い社会も関係していること、父親の想いなども浮き彫りにしていくものの、前半戦以上のインパクトを残せていません。


事件背景にある黒人やアジア人への差別問題も描かれているが、被害者家族への考慮が足りない点において非難の声も上がっている(写真:Netflix)

グレンダの「これはハロウィーンの話ではない」という力強い台詞でさえも、前半戦の凝った演出のホラー要素のほうが打ち勝ってしまっているかのようです。主軸テーマはいったい何なのか。盛り込みすぎてかえって、ボヤけてしまっている中途半端さは否めません。

もう少し筋を通して描くことはできなかったのか。そんな疑問も生まれます。被害者家族への考慮が足りない点において非難の声も上がっています。悲惨な事件現場を巧妙に追うよりも、今この事件を描くのならば、背景にこそ主軸を置くべきという意見があるのは当然です。

ドラマ「ダーマー」の配信直後に追加された3部構成のNetflixドキュメンタリー「殺人鬼との対談: ジェフリー・ダーマーの場合」のほうがむしろシンプルに訴えてくるものがあります。

「ジェフリー・ダーマーは正気かどうか」という問いから、なぜ彼が「ミルウォーキー食人鬼」になってしまったのかという答えを視聴者1人ひとりに考えさせます。これまで表に出ることがなかった弁護団と面会するダーマーの音声記録を公開しながら、時系列で追うわかりやすさも伴います。「殺人ピエロ」と呼ばれたジョン・ウェイン・ゲイシーに続く実録犯罪ドキュメンタリーシリーズとして見る価値があります。


3部構成のNetflixドキュメンタリー「殺人鬼との対談: ジェフリー・ダーマーの場合」でダーマーの音声記録が公開されている(写真:Netflix)

「ストレンジャー・シングス」に次いで歴代2位

Netflixの発表によると、ドキュメンタリー版ジェフリー・ダーマーは配信開始の初週で世界のトップ10リストにランクインし、早くも関心を集めています。さらに、ドラマ「ダーマー」の勢いも止まりません。

9月21日の配信開始からわずか3週目でドラマ「ダーマー」は視聴7億137万時間を達成し、その記録はNetflix英語シリーズ最大のヒット作「ストレンジャー・シングス 未知の世界 4」に次いで歴代2位に浮上するほどの人気ぶりです。

Netflixが独自に調べた世帯視聴の目安についても発表され、2週間未満で世界の5600万世帯が視聴したことがわかりました。日本でも配信開始からTOP10入りが続いています。世界で人気を博しても大抵の作品は日本では響かないか、遅れて話題になることが多いなか、珍しいことです。


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そもそも本国アメリカでもドラマ「ダーマー」の人気は予想以上だったはず。大規模な宣伝などいっさいなく配信開始されたのにもかかわらず、各国で揃いに揃ってのっけからTOP10入りを果たしたからです。

世界的にあまりにも知られた事件であり、連続殺人事件の中でも後にも先にも起こらないような内容だからという単純な理由だけではなく、結局のところ、謎が深く多いジェフリー・ダーマーという実在の犯人像にギリギリまで迫った危うさが視聴を伸ばしたのだと考えることができます。

今後も変わらず実在した事件がドラマの題材に取り扱われていくでしょうが、今回の成功例はあくまでも危うさが前提にあり、それを忘れた後追いは避けるべきだと思います。

(長谷川 朋子 : コラムニスト)