米中対立が激化するなか、日本はどんな進路をとるべきなのか。経済評論家の加谷珪一さんは「これまで日本の最大の貿易相手国は米国だったが、2015年以降は中国に変わっている。中国への輸出額はさらに増える可能性が高く、そうなれば日本は中国の言いなりになるしかない」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、加谷珪一『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleksii Liskonih

■中国が「IT技術」を決定する領域が増えている

ITというのは従来技術とは異なり、経済的に貧しい国でも容易に社会に浸透し、経済成長に寄与するという特徴があります。鉄道や道路、ビルなどのインフラを整備するためには、多額の資金と年月が必要となりますが、ITインフラの整備にこうした手間はかかりません。このため新興国でもあっという間にインフラを整え、ビジネスにITを応用してしまいます。

中国はすでに日本を追い越し、米国と並ぶIT大国となっていますが、従来の工業インフラではそうはいかなかったでしょう。そして困ったことに中国がIT大国として台頭した結果、世界経済には極めて深刻な影響が及んでいるのです。

ITは基本的に米国で発達した技術ですから、技術の基本仕様はすべて米国企業が策定していました。各国のIT企業は米国が作った標準仕様をベースに製品を開発していたわけです。ところが中国が米国と並ぶIT大国に成長したことから、すべての技術仕様が米国で決まるという従来の常識が通用しなくなりつつあります。現時点において米国IT企業の競争力は圧倒的ですから、今でもIT業界を牽引しているのは米国ですが、一部では中国が標準技術仕様を決定する領域が出始めているのです。

ITという今後の成長の原動力となる重要技術において、大国間の分断が生じると、世界経済に深刻な打撃を与える可能性があります。そして困ったことに、米中の政治的な対立が、こうした分断を加速しつつあるのです。

■トランプ政権以降、政治対立を背景に貿易が停滞

1972年のニクソン訪中以後、オバマ政権の時代まで、米中両国は多少の政治的対立はあったものの基本的には友好関係が続き、双方が必要とする商品を貿易で融通することができました。価格が安い商品は中国が一手に製造を引き受け、規模のメリットを追求することで、さらに値段を下げることに成功しました。米国人は旺盛な消費欲を背景に、安価な中国製品を次々と購入できたわけです。

ところがトランプ政権以降、米中の政治的な対立が激しくなり両国の貿易が停滞。米国企業と中国企業はそれぞれ個別に商品を発注するようになってきました。米国企業の中には、調達先を米国内、中南米、あるいは東南アジアに変更したところも多く、これらの国は中国のような大量生産ができないため、調達コストが上昇しています。モノの流れも大きく変わり、時間をかけて構築した従来のサプライチェーンは再構築を余儀なくされています。

これだけでも大変なことですが、同じタイミングでやって来たのがコロナ危機です。

物資の輸送には船舶が多く使われますが、新型コロナウイルスの感染が世界各地で拡大したことから、コンテナ船の運航が乱れ、物資が届かないという事態が頻発するようになりました。米中の政治的対立でサプライチェーンの再構築が行われていたところにコロナ危機が発生したことから、物流網はダブルパンチを受けてしまったわけです。

この状態が解消されないうちに、今度は、ロシアによるウクライナ侵攻が重なり、世界経済の混乱にさらに拍車がかかっている状況です。米中対立は今後も継続する可能性が高く、各国企業はこれを前提に調達網を再構築せざるを得ません。

■世界経済は「3大ブロック制」にシフトしつつある

加えてコロナ危機によって各国の企業は巨大なサプライチェーンをリスク要因と見なすようになっており、近隣調達比率を高める動きも顕著です。中国は経済成長率が落ちてきているとはいえ、当分の間、1ケタ台後半の成長ペースを維持することでしょう。そうなってくるとGDPの大きさで中国が米国を追い越すのは時間の問題となります。

実際、多くのシンクタンクが2030年頃までには米中経済が逆転するという予測を行っています。米国が世界で唯一の超大国であるという従来の枠組みが変化するのはほぼ間違いありません。一連の出来事が複合的に絡み合った結果、世界経済は、米国を中心とした米国圏、中国と東南アジアを中心とした中華圏(場合によってはここにロシアが加わる)、そしてこれに欧州という3大ブロック体制にシフトしつつあります。

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これまで、米国を中心に1つに集約されていた世界経済圏が3つに分断されれば、規模のメリットが消滅し、各経済圏における調達コストは上がらざるを得ません。しかも中国の台頭によって新しい技術標準が生まれつつあり、近い将来、米国と中国の技術には互換性がなくなる可能性も指摘されています。

東南アジアを中心に新興国がめざましい経済成長を実現しており、2020年代半ば以降には、日本の経済的な地位がさらに低下する可能性が濃厚です。日本はこうした世界経済の変化を前提に、成長のシナリオを考えなければなりません。

■最大の貿易相手国は米国から中国に変わった

世界経済が米欧中という3ブロックに分断された場合、日本は否応なく中国経済圏と対峙(たいじ)せざるを得なくなります。

戦後の日本は、一貫して米国への輸出で経済を成り立たせてきました。旺盛な消費欲を背景に米国が大量の製品を日本から買ってくれたので、日本は黙っていても輸出を増やすことができたのです。日本の基幹産業である自動車メーカーの主戦場は日本市場ではなく米国市場ですし、他の業種も米国販売を強化することで業績を拡大させてきました。

出所=『縮小ニッポンの再興戦略』

つまり戦後の日本経済は、米国人の旺盛な消費欲によって支えられてきたわけですが、世界経済に構造的な変化が生じたことから、この図式が変わりつつあります。図表1は年代ごとに、日本の貿易相手国1位の国と貿易額を示したものです。

かつての日本は輸出・輸入とも米国が最大の取引相手でしたが、近年、中国との取引が増え、貿易総額ベースでは2015年以降、日本にとって中国が最大の取引相手となっています。輸出については米国が最大の取引相手であり続けましたが、2020年における中国への輸出額は約15兆820億円と、とうとう米国(約13兆3849億円)を上回り、すべての面において中国が1位となっています。

すでに中国との関係は米国よりも緊密という状況ですから、世界経済のブロック化が進んだ場合、日本はますます中国との取引を増やすことになるでしょう。日本が物作りの国として輸出を重視する限り、必然的に中国を顧客にせざるを得ない状況が続くことになります。

■なぜ日本はアメリカとの貿易交渉で負け続けたのか

一連の変化は日本の外交政策に極めて大きな影響を与えると筆者は考えています。その理由は、「売る」「買う」というビジネス上の関係というのは、多くの人が想像する以上に両国の力関係に影響を及ぼすからです。

日本は戦後、米国に対して外交的な交渉力をほとんど行使することができませんでした。日本が政治的に米国の言いなりになっているというのはよく指摘されることですが、それは日本が太平洋戦争の敗戦国であり、かつて米国の占領を受けていたことが原因であるとの見方が大半を占めています。

確かに日本が戦争に敗北したことや、その結果として締結された日米安全保障条約の存在によって、日本の交渉力が削がれていた面があったのは事実でしょう。しかしながら、安全保障とは直接関係ない貿易交渉などでも、常に日本は圧倒的な譲歩を強いられており、それは安保条約の存在だけで説明できるものではありません。日本が米国に対して交渉力を発揮できなかったのは、日本企業にとって米国は最大顧客であり、ビジネスの利害関係上、米国に強く出られないという事情が存在していたからです。

ビジネス的立場の違いが国家間の交渉力に影響するというのは、ドイツを見れば明らかでしょう。ドイツは日本と同様、米国への輸出で経済を成り立たせてきましたから、政治的に米国に対して強い交渉力を発揮することができませんでした。ドイツはその現実をよく理解しているからこそ、米国の対独世論に常に神経を尖らせ、輸出が外交的なトラブルに発展しないよう、細心の注意を払ってきたのです。

■日本の中国に対する交渉力は大幅に低下する

現在、ドイツは米国に対して相応の交渉力を持っていますが、最大の理由はEU(欧州連合)が発足したからです。

ドイツ単体では米国への輸出依存度は相変わらず高い状態ですが、EU全体として見れば米国への依存度はそれほど高くありません。ドイツはフランスと並んでEUの盟主ですから、米国側はドイツに対して以前ほど強く出られなくなっています。

こうした現実を考えると、日本が輸出主導で経済を回すという従来の産業構造を維持した場合、中国に対する交渉力は今後、大幅に低下する可能性が高くなります。しかも、中国は米中分断に伴って、内需主導型経済に急速に舵を切っており、消費者の購買力が拡大し、それに伴って輸入も増えることが予想されています。

出所=『縮小ニッポンの再興戦略』

図表2は2018年時点における日米中の輸入品目(サービスは含まない)の構成比率を比較したものです。中国の輸入のうち最終製品が占める割合は21.4%となっており、残りの78.6%は素材や部品など製造業が必要とする品目です。

一方、米国は輸入の総額も大きいですが、その中で最終製品が占める割合は50%に迫る状況です。

モノというのは、最後の最後には最終製品(完成品)として消費されますから、世界で作られた製品の多くは、各国を経由して米国に向かっていることが分かります。一方、消費財など消費者が購入する最終製品の比率は約2割ですから、中国は今のところモノの最終消費地ではありません。

ところが中国が近い将来、消費を大幅に拡大させるとなると状況は大きく変わってきます。

■中国が世界最大の「お客様」になる恐れ

中国が日本並みに消費を拡大させた場合、近い将来、輸入の3割程度を最終製品が占めることになると予想されます。現時点における中国のGDP予想値にこの比率を当てはめると、中国は2030年には何と150兆円もの最終製品を輸入する計算になります。

加谷珪一『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)

繰り返しになりますが、米国が強大な交渉力を維持しているのは、世界でもっとも多くの最終製品を輸入しているからです。輸入額が多くても、それを加工して再輸出したり、再輸出する目的でその製品を輸入している国は、結局、誰かに最終製品を売らなければ経済が成り立ちません。

一方、米国は最終製品を買うだけの立場ですから、すべての国にとって「お客様」となります。中国が米国以上に最終製品を輸入するようになるということは、中国が米国を超える購買力を持つことを意味しており、これは、国際的なモノやお金の流れを大きく変えるだけでなく、最終的には中国に強大な交渉力をもたらす結果となるのです。

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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。
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(経済評論家 加谷 珪一)