12年前の7月16日、JR山陰本線の余部鉄橋が運用終了となりました。

約100年の歴史に幕


在りし日の余部鉄橋(画像:写真AC)。

 今から12年前の2010(平成22)年7月16日。兵庫県香美町にある、山陰本線の旧余部橋梁、通称「余部鉄橋」が運用を終了しました。

 余部鉄橋は珍しい「トレッスル橋」です。通常の桁橋は橋桁をコンクリート橋脚などで支えますが、トレッスル橋は橋脚が「A」型の断面のトラス構造となっています。各部材が華奢で優美な印象となり、風景に比較的溶け込みやすいのが特徴です。同形式で似た外観の例が、南阿蘇鉄道の立野橋梁です。

 余部橋梁の歴史は1912(明治45)年、山陰本線の香住〜浜坂の開業とともに始まりました。この区間の開業により、京都と出雲市が一本の線路で結ばれたのです。難所であった当区間では、深い谷の高低差をどうしてもパスすることができず、国内最長のトレッスル橋が架けられることとなりました。

 海沿いの高い位置の橋梁ということで、強風の影響による運休が相次ぎました。それでも1986(昭和61)年には回送列車が地上へ落下する事故が発生しています。

 老朽化にともない、2007(平成19)年から新たなコンクリート製の橋の建設がスタート。新橋は鉄橋の真横に設置され、約3年半の工事を経て完成。2010年のきょう、鉄橋をわたる最後の列車が通過した後、線路が切り替えられました。

 かつての鉄橋は、餘部駅のある西側の一部が橋脚とともに残され、観光スポットとなっています。残っているのは橋脚11本のうち、3本がそのまま、4本が土台付近の一部。かつての姿を今に伝えています。