「なおエ」の大谷翔平、7月トレード移籍の現実味
大谷翔平に移籍の可能性が高まってきました。7月1日ホームランを放つ大谷(写真:時事)
エンゼルスの大谷翔平の周辺がにわかにあわただしくなっている。MLBでは7月31日がトレード期限となっている。この日が近づくと、例年大きなトレードが決まることが多い。アメリカのメディアは「フラッグシップディール(大取引)」「ファイアーセール(たたき売り)」と書き立てるが、今年は大谷翔平が「目玉商品」になりそうだというのだ。
その背景にはエンゼルスの台所事情がある。
エンゼルスはチームの「顔」であり、MLB最強打者の評判も高い外野手マイク・トラウトと2019年に10年総額3.6億ドルの巨額契約を結んだ。円安の今の換算では年50億円もの年俸を2030年まで支払う計算だ。
その上で、2019年オフ、ワシントン・ナショナルズからナ・リーグの打点王、アンソニー・レンドンを獲得した。この時29歳、ここから全盛期と思われるレンドンと7年総額2.45億ドルで契約。今年の年俸はトラウトとほぼ同の50億円だが、来年から2026年までは毎年52億円を支払う計算になる。
レンドンは今季絶望に
しかしレンドンは移籍1年目の2020年こそまずまずの成績だったが、2021年は故障で58試合の出場にとどまり、今季も5月下旬に負傷者リスト入り。そして6月に右手首を手術、わずか45試合に出場しただけで今季絶望となった。
MLBでは大型契約をした選手が、故障がちになったり不振に陥ることはよくあるが、レンドンもエンゼルスの「不良資産」になりそうな様相である。
大谷翔平は2021年に2年総額850万ドルの契約を結んでいる。大谷のFA年限は2023年だからあと1年ある。本来ならこのオフにエンゼルスと大型契約を結び直し、トラウト、レンドンとの揃い踏みで「黄金期」を迎えるはずだったのだ。
チームは昨年に就任した名将マドン監督の好采配で、今季序盤には西地区1位の座をアストロズと争っていたが、5月後半から6月にかけて球団史上ワーストの14連敗を記録、マドン監督は解任された。大連敗の主な原因は「救援投手陣の崩壊」だったが、このさなかにレンドンが今季絶望となり、チーム構想は水泡に帰したのだ。
トラウトとレンドンで合わせて100億円を超す年俸の支払いは2026年まで続く。ちなみに2人の年俸は今季MLBで2位と3位だ(1位はメッツの投手シャーザーの58.5億円)。それでもチームが好調で、売り上げ拡大の見込みが立つのなら、大谷と大型契約を結ぶことは可能だが、お先真っ暗の現状では、とても大谷を抱えておくことはできない。ということなのだ。
「なおエ」の大谷翔平
日本のメディアは連日、大谷翔平の投打の活躍を報じているが、エンゼルスは不振が続くため「大谷翔平は大活躍、なおエンゼルスは負けました」を省略した「なおエ」なる言葉が作られ、ファンはSNSで「また『なおエ』だった」と嘆くようになった。「なおエ」が続けば大谷はエンゼルスにいることはできなくなるのだ。
大谷翔平のビジネス的な価値は、日米ともに極めて大きい。
1995年に野茂英雄がドジャーズに移籍して活躍すると、試合を生中継していたBSNHKの加入者が急増。NHKのBS普及に大きな貢献をしたと言われている。投手の野茂の出場数は年30試合前後だが、2001年に外野手のイチローがマリナーズに移籍して大活躍をすると、出場数は5倍以上となり、野球ファンは連日、午前中からBS放送にかじりつくようになった。
イチローが出る試合では、ホームベースの後ろに日本企業の広告が表示されるようになった。日本の広告代理店がMLBから広告枠を買い付け、日本企業に販売したのだ。ただし、野茂英雄やイチローの注目度は「全米」と言うわけではなかった。あくまで野球ファン限定、そして「日本で特に人気が高かった」というレベルだった。
大谷翔平もエンゼルス移籍の時点で日本では大人気だったが、アメリカでは西海岸限定の「ローカルタレント」に近い印象だった。ニューヨークで「大谷についてどう思う」と聞かれて「誰だい?」と問い返されるインタビューもあった。
しかし2021年、打っては一時、ベーブ・ルースのシーズン60本塁打に迫ろうかと言う活躍をし、投げてもエースとして好成績を残すと、大谷翔平人気は全米級になった。長引くコロナ禍で全米に漂う暗雲を吹き飛ばす存在として絶賛されたのだ。オールスターのファン投票では191万票余を得てDH部門で初選出された。そしてアメリカン・リーグのMVPを獲得した。
球場で配られる大谷のボブルヘッド人形やTシャツなどには高値が付き、世界的なスポーツ誌「GQ」の9か国版の表紙を飾った。大谷はスーパースターの仲間入りをしたと言ってよい。
今、大谷翔平はアメリカのファナティクスや日本のアシックス、デサント、三菱UFJフィナンシャル・グループなど、日米合わせて15社と広告契約をしている。これはMLBで最多だという。
またエンゼルスも船井電機やJAEなど日本企業のスポンサードを受けている。大谷翔平が球団にもたらす「マネー」も巨大だ。
MLBのMVPは全米記者協会に所属する記者の投票によって決まるが、近年、最重要視されるのがWAR(Wins Above Replacement)と言う指標だ。この指標は投球、打撃、守備のあらゆるデータを複雑な計算式で統合したものだが、投手も野手も同一の基準で比較できるので、MVP選出の重要な根拠とされている。
去年の大谷翔平のWARは断トツ
代表的なデータサイトの一つ、Baseball Referenceによれば昨年のアメリカン・リーグのWARのランキングは
1. 大谷翔平(エンゼルス)9.0
2. M・セミエン(ブルージェイズ)7.3
3. C・コレア(アストロズ)7.2
4. V・ゲレーロ(ブルージェイズ)6.8
5. J・ラミレス(インディアンス)6.7
だった。大谷は打撃タイトルなし、投手としても規定投球回数に到達しなかったが打者、投手の「合わせ技」で断トツのMVPを獲得したのだ。
今季は、ここまで打者としては昨年ほどの活躍ではない。しかしそれでも7月8日時点で大谷はWARでリーグ1位に位置している。
2. Y・アルバレス(アストロズ)4.1
3. M・トラウト(エンゼルス)3.8
4. K・タッカー(アストロズ)3.7
5.A・ジャッジ(ヤンキース)3.6
WARは投手と打者を同じ指標で比較するために考案されたものだが、考案したアナリストも、まさか一人で投手でも打者でも数字を残すような選手が登場しようとは、夢にも思わなかったことだろう。
今後も投打で大谷が活躍する限り、大谷翔平は、MVPの有力候補として名前が載るだろう。記者の一部からは「二刀流」大谷の出現を受けて、MVPの評価基準を見直すべきと言う意見が上がっている。
そしてWARはMVPだけでなく、「年俸査定」の重要な指標となる。そのために大谷の年俸がどうなるか、が大きな話題となっている。
単独の打者、投手の場合、類似の成績、年齢の選手の年俸査定が参考になる。しかし大谷は、打者としては屈指のスラッガーであり、投手としても先発ローテーションの1,2番手を担える実力がある。
WARと同じように単純にスラッガーとエースの年俸を合算すると年俸は5000万ドル(67億円)〜6000万ドル(81億円)と破天荒な数字になってしまう。メディアではすでにニューヨーク・メッツが80億円で獲得か、という記事も踊っている。
しかし「二刀流」の大谷は、怪我、故障のリスクも普通の選手よりも大きいとされる。MLBに来て5年目だが、すでにトミー・ジョン手術、左膝蓋骨手術と2回の手術を経験している。現在のようなフル出場がいつまで続くかも心もとないところだ。そのリスクも含めての「査定」が行われるだろう。
MLBの年俸は天井知らずである。イチローがマリナーズに移籍した2001年頃は1000万ドル(当時のレートで11.6億円)プレイヤーがトップ選手の証だったが、今ではレギュラークラスの年俸は2000万ドル(今のレートで27億円)を下らない。
ちなみに今年のNPBの最高年俸は楽天、田中将大の9億円、続いてソフトバンク柳田悠岐の6.2億円だ。円安の影響もあるが、諸物価値上がりの中でも経済拡大を続けるアメリカと、経済が萎縮する日本の格差を、野球でも感じるところではある。
弱いチームには大谷翔平も不満
弱いチームにいてポストシーズンに出場できないことには当の大谷も不満を漏らしている。昨年、既に「(フラストレーションは)ありますよ。やはり。もっと楽しい、ヒリヒリするような(ポストシーズン進出をかけた)9月を過ごしたい。クラブハウスも、そういう会話であふれるような月になるのを願っています」と語っている。
7月末に移籍が決まる可能性は今のところ5分5分だと思うが、その時には日米に大きなセンセーションを巻き起こすのは間違いないところだ。成績もさることながら、それまで大きな怪我なくプレーしてほしいと思う。
(広尾 晃 : ライター)