「有料版なら広告なし」が生む、持つ者と持たざる者の情報格差 - 御田寺圭
※この記事は2021年06月28日にBLOGOSで公開されたものです
YouTubeで癒されているときにガックリする、あの広告
唐突で恐縮なのだが、近頃の私は疲れている。
世間もネットも殺伐とした話題でもちきりで、どこを見渡してもギスギスした人びとの感情のぶつかり合いを見せつけられてしまうからだ。
ほとほと疲れているので、インターネットもせず、かといって地上波を見たりもせず、テレビでYouTubeのアプリを起動し、情報量の少ない動画をゆったりと見るのがすっかり日課になってしまった。
最近とくにお気に入りのチャンネルといえば「WILDERNESS COOKING」である。
「WILDERNESS COOKING」は、アゼルバイジャンの山間にある小さな村で暮らす、いかにも生活力や包容力がありそうな大柄なおじさんが、屋外でワイルドすぎる料理を黙々と披露する様子を動画配信しているチャンネルである。
中央アジアの雄大な自然の恵みをふんだんに活用した料理を豪快につくるが、しかし「野蛮で雑な前近代的調理」などではない。どれも繊細な味わいが予想できそうで、美味しそうである。料理が完成したら、それを一人で試食するのではなくて、村の子どもたち全員を集めてテーブルに並んで座らせて気前よくご馳走し、カメラにニヤリと笑顔を向けてサムズアップ――までがお約束の流れとなっている。
日本のYouTuberにありがちなド派手な効果音やカメラの演出などはなく、作業をするおじさんの背景ではただただ静かな自然の音が流れている。なんともいえない魅力に詰まったチャンネルは世界中の人びとを惹きつけてやまない。ただぼんやり眺めているだけで、イライラ感やギスギス感が蔓延する世界から離脱させてくれる。
……だが、近頃YouTubeの広告表示の仕様が変わったらしく、人が苦々しい現実からせっせと離脱しているときにも、無遠慮に広告を流しはじめたのだ。またその頻度も増えている。それだけでも興覚めでガッカリするのだが、またこの広告の内容がキツい。
「不動産投資でだれでも資産形成!」
「オンラインサロンで儲けるためのセミナー!」
「驚きの新事実です! タバコは違法薬物より有害!」
「空間除菌装置ですべてのウイルスを撃退!」
人生一発逆転を謳う怪しげな投資話、空間除菌でウイルス退治、似非科学……憂き世の「しんどさ」が凝縮された広告の雨あられである。
せっかくアゼルバイジャンの壮大な自然の恩恵と、やさしそうなおじさんの力を借りて穏やかな時間を過ごしていたのに、これでは台無しだ。いきなり冷や水をぶっかけられたような気分になってしまう。せっかくの動画再生中にこういうのを見せられたくなければ、プレミアム会員になれということなのだろう。
広告でストレスを味わいたくないなら、課金しろ
YouTube視聴中にこうした残念な広告を表示しない方法はある。有料会員になることだ。
YouTubeの有料会員に相当する「YouTubeプレミアム」の月額会費は1180円(iOSアプリの場合は1550円)である。べらぼうに高いというわけではない。それこそ、お金持ちの人からすれば毎月1180円の出費などまったく気にも留めないだろう。しかしながら、たとえば学生はもちろん、経済的な余裕のない層にとっては、大金ではないものの気楽に支払える出費というわけでは必ずしもないだろう。すでに無料で楽しめるプラットフォームに対してならばなおさらのことだ。
結果として、経済的に余裕のない層があえてプレミアム会員になることは少なく、動画視聴中に時折強制的に表示される「怪しげなもの」に時間だけでなく注意機能も奪われる(さらには時々カネまで奪われる)ことを余儀なくされる。言い換えれば、富裕層はかれら貧困層がウェブコンテンツを楽しむときに強制的に奪われた時間・注意・カネから間接的に「所得移転」を受ける形で、ストレスのない動画サービスを(彼らの感覚的には)比較的安価な料金で楽しめるということでもある。
「もとよりタダでYouTubeを楽しめているのだから、無料ユーザーは広告表示くらい我慢しろ」――といってしまえばそれまでだし、たしかに一理も二理もある話だ。フリーミアムというビジネスモデルはそもそも広告によって利益を得ているのだから。
しかしながら、その広告の質が問題だ。上述のとおり、保有している知識や情報量が少なく、相対的な判断力に乏しい人びとにあえて「刺さる」ような、センセーションかつミスリーディングなものばかりだ。カネに窮している人がビットコインをはじめたり、不動産投資をはじめたら、たいていはロクなことにならない。謎の空間除菌装置でウイルスは撃退できない。人間は物事についてたくさんの情報を知っていればより多面的かつ賢明に判断ができるようになるとはかぎらない。むしろたくさんの情報はときにノイズとなり、人を混乱させ、正常な判断能力を低下させることの方が多い。
YouTubeはもちろん、TwitterにしてもInstagramにしてもTiktTokにしても、なんらかのインターネット・サービスの利用がほぼすべての人には密接不可分になった時代において、「ノイズ(広告)の発生源を元から断つ」ことができるのは、有料で快適なサービスを受けられるごく一部の人に限られる。その他の人びとは、さまざまなサイトを利用するたびに広告映像に曝され続けることになる。これらはいずれも些末なこと……本当にそうだろうか?
ウェブで拡大する目に見えない情報格差
富裕層は手持ちの豊かさをほんのひとつまみ用いるだけで、ネット利用時における時間や注意力をたっぷりとセーブできるだけでなく、こうした煽動と誤解を招きうる情報に触れる機会が《根本的に》消滅する。
こうして富裕層と貧困層の間で、目に見えない情報格差――可処分時間・認知的リソース・リテラシー・判断能力の格差など――はさらに拡大していくことになる。
判断力や注意力を奪うことに最大限の努力が注ぎ込まれたプロの仕事は、画面にデカデカと表示され、貧しい人びとから多くのリソースを搾りとっていく。彼らから搾り取られた経済的・認知的リソースでプラットフォーマーや広告業者は潤い、富裕層はさらにその「アガリ」を手に入れる。これが資本主義社会だ。
これは「SNS時代にやがてやってくる未来」ではない。すでに私たちを包囲している現実だ。私たちはインターネットを利用する場合、スマートフォンの活用することがずっと多くなっているし、人によってはすでにデスクトップPCを持たないこともある。驚くべきことかもしれないが、スマホでのブラウジングなど、コンテンツ視聴で発生するデータ転送量のうち、およそ4割以上はすでに広告データになっている(※1)。
画像広告、動画広告――文字情報よりもはるかに注目をひきつけるデータを小さな画面に強制表示させるために、私たちは毎月のデータ使用料金のかなりの割合を支払っていることになる。こんな釈然としないことはない。しかし、私たちが毎日無料でエンジョイしているフリーでオープンなインターネット世界は、私たちがお金の代わりに時間や注意機能を支払うことで成り立っている。
有料のアクセスフィーを支払って、ノイズレスな空間を楽しんでいる人びとは、意図せず「認知的搾取」から守られている。当人たちが自覚しているかどうかは別として、これは現代社会では大きなアドバンテージとなる。人びとがほとんどの情報をインターネット・メディアを経由して入手する時代になると、貧富の格差が情報を収集する際に支払う余計な認知的コストの格差に直結する。
いまはまだ両者の格差の影響は小さいかもしれないが、しかし小さな蓄積はやがて大きな断絶として社会に顕在化することになる。
「ググれカス」から「ググったらカス」の時代へ?
近頃のインターネットときたら、ちょっと調べものをしようと検索エンジンにキーワードを入力しても、ヒットするのは怪しげなランキングを表示するアフィリエイトサイトや、「~~についででしたが、詳しくはわかりませんでした! いかがでしたか?」と締めくくるブログばかりだ。
「ググれカス」というネットスラングが一定の真理を衝いていた時代は遠い彼方へと去り、さながら「ググったらカス」の時代になってしまった。
「ノイズの少ない場所」でセーブされるのは時間だけではない。心の平穏、冷静な判断力、ストレスの少ない生活――これらは私たちがインターネットを無料で楽しめば楽しむほど失われていくようになる。しかも私たちは、カネを支払わない代わりに、ともすればカネよりも大事なこれらを自分の懐から差し出していることにほとんど気づいていない。
ウェブメディアの紙面上で、堂々とこんなことを書いてしまうのは自己矛盾も甚だしいのだが、私はここで皆さんに無料で文章を読んでもらう代わりに、時間と注意機能をこっそり頂戴している。皆さんがカネ以外のものをBLOGOSというプラットフォームに支払ってくれているからこそ、私はそこから原稿料をいただいて、ありがたくも生活ができている。皆さんもお勤めの会社がインターネットに広告を打ったりしているのであれば、間接的には同じような仕組みで多かれ少なかれ利益を得ている。
私たちがいま、「無料」の世界を楽しむ代償としているものは、本当に取るに足らないものなのだろうか?