生産緑地&第一種低層住居専用地域問題を一気に解決!コロナ時代の「郊外住宅」の作り方 - 中川寛子

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※この記事は2021年06月28日にBLOGOSで公開されたものです

郊外住宅地が抱える2つの課題

これからの郊外住宅地には2つの課題がある。ひとつは一般に「生産緑地2022年問題」と言われる、1992年の生産緑地法改正時に生産緑地として指定された土地が、期限の30年を迎えて2022年に指定解除されるもの。この土地の多くが宅地となって市場に出回ると推察され、不動産市場が大きな影響を受けるのではと懸念されている。

生産緑地は三大都市圏で約1万3000haあるが、駅から距離があり、交通、生活の利便性に乏しいエリアも多く、宅地として歓迎されるかどうかは微妙という声も。

もうひとつは用途地域のうちでもっとも規制の厳しい、生産緑地と隣接することも多い「第一種低層住居専用地域」のこれからという問題。第一種低層住居専用地域は駅から遠い不便さに加え、他の用途地域と同じ広さの土地により小さな建物しか建てられず、店舗やオフィスは建設できない地域である。いわゆる閑静な住宅だけしかない地域であり、空き家も増えている。

不人気立地を逆転させる秘策 住居と仕事場をはっきり分けない「兼用住宅」

どちらもそのままでは選ばれない郊外の不便な土地というわけだが、そんな不人気立地を今の時代にあった使い方で大化けさせた例がある。世田谷区内で2つの最寄り駅のいずれからも30分近くかかる場所に誕生した(仮称)トカイナカヴィレッジ(企画・リーシング・管理/トライクコンサルティング、NENGO。以下トカイナカ)である。

建物が完成し、入居が始まったのは2021年6月だが、募集が始まったのは2020年10月末。しかも、募集開始から1カ月ほどで全13戸が満室になっており、いかに人気を集めたかがお分かりいただけよう。

その人気にはいくつかの理由があるが、もっとも大きなものは規制の厳しい第一種低層住居専用地域ながら兼用住宅という扱いで、自宅の一部を店舗やオフィスとして利用できるという点である。

コロナ禍で在宅勤務が増えていることもあるが、2011年以降、自宅あるいは自宅の近くで働きたいというニーズが確実に増えている。だが、市場には兼用住宅、併用住宅は少なく、たいていの場合、住居として借りる話を進めつつ、営業が可能かを確認していくことになる。だが、トカイナカでは最初から可なのである。

そのため、問い合わせてきた人のうちの実に8割がこの条件に関心を持っており、どれだけ仕事場兼住居のニーズが高いかが伺える。実際、同物件ではとりあえず副業やトライアルとして始めてみて、いずれ本業にしていきたいという意向も含めると、飲食、サロン等を開く予定が4戸、オフィスとして使う予定が4戸となっているという。

中にはすでに固定客の多いサロンを経営しており、場所がどこになっても顧客は来てくれるはずという選択もあった。かつて店舗は視認性の良い場所に店を構えて一見客を多く獲得することが成功への道とされていたが、今は固定のリピーターを相手にするという方法もあり得るのである。

13戸プラスαという規模もポイント

また、ここでの営業を考えて問い合わせしてきた人たちには13戸というまとまった戸数に加え、共有の中庭も魅力だったという。何もない地域にぽつんと1軒店舗ができただけでは地域にインパクトを与えることはできないが、数軒がまとまって立地、中庭を利用してイベントを開催するなどすればその存在感は大きくなる。

トライクコンサルティングの藤田弘之氏は隣接する敷地に建つ、元々は同じ大家が所有していた集合住宅との連動も考えているという。

「ファミリー向け10戸の集合住宅で、DIY可、クリエイティブ系の住民が多く、コミュニティを大事にする方々がお住まいです。今後はトカイナカの住民と集合住宅の方々で敷地を一体化して使う、ワークショップを開くなども考えています」。

同物件で13戸、既存集合住宅で10戸あり、入居者の数はそれ以上。それだけの人たちが交流を始めれば面白いイベントもできようし、地域へのインパクトも大きい。これまでカフェや広場のなかった住宅地にそうした場ができれば人が集まり、新たな拠点となって地域が変わることすら考えられるのである。

賃貸なのに好みの間取り、内装を自由に選べる楽しさ

通常の賃貸住宅は建物が完成してから入居者募集が始まるが、トカイナカでは先に入居者を集め、間取り、内装等を入居者の希望に合わせて作るというやり方を取っており、これも人気を呼んだ要因のひとつ。どの住戸も1階には土間スペースがあるのだが、それをどこまで拡張するか、床はどこまで貼るかなどに始まり、キッチンや洗面等の住宅設備機器や内装仕上げのカスタマイズが可能で、間仕切り壁、建具も同様。

また、自分でDIYを行い、手を加えることもできる。普通なら家を買わないとできないことが、ここでは賃貸で可能なのである。

さらに面白いのは、一般には室内だけがカスタマイズの対象だが、ここでは敷地内の植栽その他も住民全体でワークショップなどを開催して考えていくことになっており、関与できる範囲が広いこと。自分で考えて行動したい人なら楽しいはずである。

それ以外ではペット可、専用庭付という条件を魅力に感じた人もいたそうで、利便性という条件に代わる、それ以上の魅力を付加できれば駅から遠い場所にも人気物件を作ることはできるのである。

駅から遠くても物件が魅力的なら選ばれる

入居者にとっての魅力は同時に土地所有者にとっての福音でもある。借り手優位の賃貸市場で、ハウスメーカーに言われるままにフツーの賃貸住宅を建てても新築時以外は満室を続けることは難しい。特に前述したような駅から遠く、規制の厳しい住宅地に若い層を呼び込むのはほぼ不可能に近い。

分譲地として売ろうとしても同時期に大量の宅地が販売されるかもしれない2022年以降は競合が多すぎ、買い叩かれることもあり得る。

だが、賃貸住宅でもこれまでにない要素を盛り込んだ住宅なら話は変わって来る。自宅で働け、好きに間取りや内装を選べ、ペットも可と条件が加わってくれば選ばれやすさはぐんと変わる。賃貸でもそこで商売をするとなれば、長期間住んでもらいやすくもなる。

加えてもうひとつ、こうした住宅ができることで地域に魅力が付加される期待もある。これまで店のなかった住宅街に店ができれば、地域の利便性がアップするし、駅からは遠くても個性的な店、人のいる面白い地域と思われるようになれば、そこに住みたいと考える人も出てくる。住宅地に住宅以外の要素を盛り込むだけで地域には可能性が生まれてくるのである。

ちなみにトカイナカは木造2階建の長屋タイプと戸建てタイプからなっており、長屋タイプは60㎡代前半から後半の広さで賃料は15万円台~17万円ちょっと。戸建てタイプは約80㎡で賃料は20~21万円台。戸建てと一部長屋住戸には駐車場がついているが、それ以外の長屋には専用の駐車場はない(敷地内に3台分はあり、希望があれば3人までは利用可)。共益費は3000円。

駅徒歩30分となると相場はあってないようなものだが、一応、最寄り駅から徒歩20分までで80㎡の物件を検索すると家賃は25万円前後となっており、それより10分ほど遠いことを考えると、戸建てタイプの賃料自体は相場並み。遠いと安くせざるを得ないと考える賃貸オーナーにとってもこれは朗報で、これまでにないモノを生み出せば、不利はカバーできるのである。