亡き名馬へ贈る17年ぶりのGⅠ勝利 2018年宝塚記念で和田竜二が起こした奇跡 - 村林建志郎
※この記事は2021年06月27日にBLOGOSで公開されたものです
「オペラオーが後押ししてくれたと思います」
2018年の宝塚記念。ミッキーロケットに騎乗し勝利した和田竜二は、勝利ジョッキーインタビューで声を詰まらせ、目に涙を浮かべながら言った。GⅠを勝ち、涙を流すことは決しておかしいことではないが、和田の言葉と涙に込められた意味を競馬ファンはよく理解しているはずだ。私もテレビの前で号泣したのは言うまでもない。
17年ぶりのGⅠ勝利は、かつて共にGⅠ戦線を盛り上げた盟友へのはなむけのようにも思えた。その盟友とは、テイエムオペラオーという。
和田竜二とともにGⅠ7勝 獲得賞金は当時の世界最高記録
テイエムオペラオーは1998年にデビューし、2001年の有馬記念で引退するまで通算26戦14勝、そのうちGⅠでは7勝をあげた。皐月賞を勝ち、日本ダービー3着、菊花賞2着と1999年のクラシックではすべてのレースにおいて上位に入線。その年の有馬記念では、グランプリ3連覇がかかる栗毛の怪物グラスワンダーと、私の大好きな馬であり同レースでラストランを迎えたスペシャルウィーク、オペラオーと同世代の菊花賞馬ナリタトップロード、後に海外GⅠを勝利するステイゴールドなどと対戦し、3着に食い込んだ。
だがそれも通過点に過ぎず、翌年はなんと無敗。この年だけでジャパンカップや有馬記念などGⅠを5勝し、年度代表馬に輝いた。
引退した時点での獲得賞金は当時の世界最高記録である18億3518万円。日本では2017年にキタサンブラックに抜かれるまで首位の座を守り続けた。また、デビューからラストランまで一度も掲示板を外すことがなかったその安定感は目を見張るものがある。左回り・右回りに関係なく、2000mから3200mまでこなせる強さと器用さを備えた馬は容易く現れるものではない。
私は当時、父親が見ていた競馬新聞をよく覗き込んでいたものだが、オペラオーの戦績欄が「1」で埋まっていた光景を今でも鮮やかに記憶している。
そんなオペラオーの全26戦で手綱を取ったのが、和田竜二だった。
和田はJRAが運営する競馬学校の12期生で1996年にデビュー。同期には今年の日本ダービーを制した福永祐一や、JRA史上初の女性騎手で現在は解説者として活躍している細江純子（2001年に騎手引退）などがいる。
12期生の中では最速となる、デビューしたその年に重賞初勝利を飾った和田は、弱冠21歳でオペラオーに初騎乗。それからオペラオーとともに歩んだ日々は、まさに人馬一体を体現したものだった。
しかし、2001年にオペラオーが引退してからというもの、中央競馬でGⅠを勝てない日々が続いた。ナムラクレセントで勝った阪神大賞典やタマモベストプレイで勝ったきさらぎ賞など、重賞自体は勝つことができても肝心のGⅠで勝つことができない…。私が個人的に印象深いのはモズカッチャンという牝馬だ。オークスでソウルスターリングに敗れ2着に甘んじた後、その年の秋にモズカッチャンは別の騎手の手によってエリザベス女王杯でGⅠ初勝利。この勝利自体は喜ばしいものの、和田に騎乗してほしかった私はテレビの前で複雑な気持ちになったことを覚えている。
そうして中央競馬でのGⅠ未勝利の日々は、約17年も続いたのであった。
オペラオーの突然の訃報…直後に迎えた宝塚記念
2018年5月17日、オペラオーは北海道の新冠町にある白馬牧場で放牧中に倒れ、息を引き取った。死因は心臓麻痺だった。種牡馬としても元気だったというオペラオーの突然の訃報に恐らくすべての競馬ファンは驚き、言葉を失ったはずだ。
私もこの時のことはよく覚えている。というのも、オペラオーの訃報の約1か月前にスペシャルウィークの訃報が飛び込んだこともあり、同時期に競馬界を盛り上げた名馬たちが立て続けに天国へ旅立ってしまったことが、寂しくてたまらなかったのだ。正直に言えば、私は引退した馬について「あの馬今ごろどうしてるかな」としきりに思うことはない。ただ、自分が胸を焦がした馬が死んでしまったという喪失感に、どうしても耐えられなかったのである。
無論、和田も胸中を語っている。オペラオーの死亡から3日後、東京競馬場で「まだまだ元気でいてほしかった」「思い出は尽きないし、これからも見守っていてほしい」と冥福を祈った。（https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=137390）
その後、和田と同期の福永祐一がダービーで初勝利を手にするなど、オペラオーの死後も尚続いた競馬界の熱狂は、やがて上半期の集大成である宝塚記念へと向かう。
有馬記念と並んでグランプリレースに位置づけられる宝塚記念は、阪神競馬場で開催される2200mのレースで、グランプリレースの名にふさわしくこれまでディープインパクトやオルフェーヴル、ゴールドシップなど幾多の名馬が駆け抜けてきた。
また、宝塚記念はファン投票で出走馬を決めることができる。このため、自分の好きな馬に夢を託すことが可能な宝塚記念は、元関西テレビのアナウンサー・杉本清さんの「今年もあなたの、そして私の夢が走ります」という実況があまりにも有名だ。
2018年の宝塚記念は、それまでにGⅠ2勝をあげていたサトノダイヤモンドや前年の菊花賞馬キセキ、海外遠征帰りの秋華賞馬ヴィブロス、連覇を狙うサトノクラウンに、香港の年度代表馬ワーザーが参戦するという顔ぶれだった。
和田が騎乗したのは、サトノダイヤモンドと同世代のミッキーロケットだった。単勝人気は7番人気で、2017年1月の日経新春杯以来、実に1年5か月も勝ち星から遠ざかっていた。
稍重のコンディションで始まったレースは、第4コーナーで1番人気のサトノダイヤモンドが早くも先頭に並びかける。ミッキーロケットはその内を突くコース取りだった。サトノダイヤモンドを追うようにヴィブロス、最後方からキセキが追撃する態勢となり最後の直線、ミッキーロケットは先頭に立つ。そして、強烈な末脚で猛追してきたワーザーを振り切りそのまま先頭でゴール板を駆け抜けた。
ゴール直後、和田は左腕で顔を拭った。きっと泣いていた。
17年ぶりに中央競馬でGⅠ勝利を手にしたことへの喜びだけではなく、「これからも見守っていてほしい」と願った天国の盟友に捧げる惜しみない感謝――そんな涙に思えた。
涼しい顔で走り続けるミッキーロケットは、そうした和田の込み上げる思いなど知る由もなかっただろうが、この馬もまた1年5か月ぶりの勝利どころか、GⅠ初勝利という大変な栄光を手にしたのである。
「勝ってオペラオーに報告したかった」
レース後に行われる勝利ジョッキーインタビューでは、グランプリレースということもあり多くのマスコミが和田を囲んだ。
インタビュアー：17年ぶりにGⅠ勝利を飾りました和田竜二騎手です。おめでとうございました。
和田：まあ長かったですね、はい。
インタビュアー：久しぶりのGⅠ勝利の味、いかがでしたか？
和田：そうですね、もう…この一戦に賭ける思いというのがね…オペラオーが後押ししてくれたと思います。
インタビュアー：17年、非常に長い年月だったと思いますが、改めてこの勝利、いかがでしょう？
和田：僕は若いつもりでいたんですけど（苦笑）、さすがにちょっと…長すぎたんでね…勝ってオペラオーに報告したかったんですけど…まあでも、やっと…ね、胸張っていきたいと思います。
インタビュー終了と同時に、和田は瞳を閉じ、握りしめた両手を頭上に掲げた。天に捧げるような、ガッツポーズのような、どちらともとれる格好を見せた。そして涙から一転、表情を緩めた。それは、騎手の表情でありながら、子どもに初めてGⅠ勝利の姿を届けたパパの表情にも見えた。ちなみにこの時、私はテレビの前で引くほど泣いている。
2002年に開催されたオペラオーの引退式（ライバルのメイショウドトウとの合同引退式だった）で和田は、「オペラオーにはたくさんのものを貰ったが、あの馬には何も返せなかった。これからは一流の騎手になって、オペラオーに認められるようになりたい」と語ったというが、宝塚記念で和田は返せたはずだ。17年ぶりのGⅠ勝利という形で、最高のプレゼントを天国の盟友へ贈ったのだ。
この物語は、和田が17年もの間GⅠ勝利から遠ざかっていたこと、宝塚記念の直前に盟友のオペラオーが天国へ旅立ったこと、宝塚記念で和田が勝利したこと、これらの出来事が偶然にも重なったからこそ生まれた奇跡だ。普通ならば何度でも和田のGⅠ勝利が見たいし、オペラオーにはまだまだ元気で生きてほしかった。その意味では、この物語がくれる感動にはあまりに大きな皮肉が宿る。
それでも、私は一競馬ファンとしていつまでも忘れずにいたいと思う。
和田竜二が、テイエムオペラオーとともに17年ぶりのGⅠ勝利を手にしたという真実を。
そして、和田竜二とテイエムオペラオーの絆は、永遠であるということを――。
