トランスジェンダー女性当事者の俳優オーディションを日本で初めて開催 ~映画『片袖の魚』主演イシヅカユウさんインタビュー~ - 羽柴観子

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※この記事は2021年06月24日にBLOGOSで公開されたものです

トランスジェンダーの女性役を当事者が演じる映画『片袖の魚』

自分を不完全な存在だと思い込み、自信を持てないまま社会生活を送るひとりのトランスジェンダー女性が新たな一歩を踏み出そうとする―。
映画『片袖の魚』は、文月悠光の詩「片袖の魚」を原案として、東海林毅監督が脚本・映像化した作品だ。

制作にあたり、日本で初めてとなるトランスジェンダー女性当事者の俳優オーディションを開催。多数の応募者のなかから、ファッションモデルとして活躍するイシヅカユウさんが主演に選ばれた。
今回、映画初主演となるユウさんに役を演じるうえで意識したこと、そしてLGBTQを取り巻く現在の状況について聞いた。

日本では少なくとも10人に1人が「LGBT」

電通ダイバーシティ・ラボによる2018年の調査によると、日本におけるLGBTの割合は8.9%、博報堂DYグループによる2019年の調査では10.0%。この数字が示すように、その割合は決して少ないものではない。

―オーディションを受けたきっかけを教えてください。

東海林監督の作品に以前出演されていたダンサーの方に今回の募集について教えて頂いたのがきっかけです。正直、演技経験は全くと言っていいほどないのですが、こういったオーディションが日本であるということにすごく勇気づけられて。主演というよりかは、何らかのかたちでも良いので作品に関われたら、という気持ちで応募しました。

―理解ある同僚や友人に囲まれながらも、トランスジェンダーであるがゆえに自分に自信を持つことのできない主人公「ひかり」についてどんな印象を持ちましたか?

前提として、ひかりは私と近い境遇にはあっても全く違う人間です。ただ、自分に自信が持てないがゆえの葛藤であったり、モヤモヤすることがあったり、そういったものがちょっとずつ積み重なっていくということは誰しもあると思います。

そんななかで、自信を持てるようになるために勇気を持って自分でそのきっかけを作っていく。そういった点に共感しました。
また、オーディションの段階ではひかりが観賞魚のことが好きだという設定は知らなかったのですが、私もひかりと同じく魚が好きなんです。そこは共通点ですね。

―原案の詩「片袖の魚」にはどんな印象を抱きましたか?

文月悠光さんの詩は以前から好きだったので、原案ということで率直に嬉しかったです。劇中で朗読もさせて頂いたのですが、日常に寄り添いながらもドラマティックに描かれる世界観にダイブするような感覚がすごく心地よかったです。

トランスジェンダー当事者が演じる意味、LGBTQを取り巻く現在の状況

―モデル業や俳優業における、LGBTQを取り巻く環境で改善すべきだと思う点はありますか?

トランスジェンダーに限らず、モデル業や俳優業はこれまでセクシャルマイノリティの人が参入しにくい業界でした。もちろん、自分がそうであるということを“殺して”、自分の望まないかたちで参入するということは可能だったのかもしれません。しかし、ありのままのかたちでお仕事をするということが難しかった。ですから、そういった人たちの参入の場を増やすためのひとつの手段として、今回のような当事者が当事者を演じる、という流れが生まれましたし、私もそれが良いと思っています。

また、トランスジェンダーに限らず、LGBTQの人たちがもっとオーディションを受けたりワークショップに行きやすかったりする環境を作っていくことも重要です。例えばモデルのお仕事でも、オーディションを受ける前の段階で難しかったり、先ほども言いましたが、自分の望むかたちで事務所に入ることが難しかったりという状況があります。もちろん以前に比べれば、少しずつ潮目が変わってきているとは感じるのですが。

―ハリウッドなどでは近年、当事者役を当事者が演じるという風潮が高まりつつありますが、一般公募のオーディションは日本では今回が初の試みと聞きました。確かに潮目が変わってきていることを感じますね。

一方、この「当事者が当事者を演じる」ことへの反対意見として、当事者性がなければ当事者を演じてはいけないのか、という主張もありますが、そんなことは全くありません。ただ、これまでLGBTQ当事者ではない人たちだけの現場で、何の監修も入らないままキャラクターが作られてしまうことが多くありました。それは幻想のキャラクターでしかありません。

そのような現場で魅力的なキャラクターが作られたこともあるとは思いますが、当事者が作品を観てそのキャラクターをどう受け止めるのかというところまでは想定されていないのではないでしょうか。やはりそういうことはあってはいけないと私は思うのです。

―幻想のキャラクターではないということを、作り手側も観る側も、もっと意識的に認識していくべきですね。

「当事者が当事者を演じる」ということをもっと増やしていくことで、そういう人々が実際にいるんだ、ということが作る側にも観る側にも想定された作品が生み出される状況を作り出していく。それが良いのではないかと考えています。

初主演を演じきったイシヅカユウさん すべての人々を勇気づける作品へ

何気なく放った一言が思いもよらず人を傷つけてしまうことは、残念ながら往々にしてあることだ。しかし、そうしたことが無自覚や無理解から生じるものであれば、意識的に理解を深めていくことで減らしていくことができるのではないだろうか。作中では、無神経な言葉を投げかけられ、主人公のひかりはまるで水槽のなかの魚のように “潜って”いってしまう様が描かれる。

トランスジェンダーであること、セクシャルマイノリティであること。一昔前に比べればそれらの偏見は多少減ってきているのかもしれないが、それは先人たちのたゆまぬ努力のうえに積み重なってようやくできてきた流れだ。そして、いまだ偏見や心無い扱いに苦しみ悩む人たちは少なくない。

―演じるうえで難しかったところ、役作りで工夫した点などはありますか?

もともとファッションモデルをやっているのですが、自分の表現方法として、自然に撮られるというよりかは、違和感のようなものをわざと強調することを足掛かりにしています。しかし、今回演技をするうえではそれと真逆のことをやらなければいけなかったのが難しい点でした。

役作りに関していうと、歩き方には人柄が出ると普段から思っていたので、例えば自信なげな歩き方をしてみるなど、そこを起点に考えました。あとは…ちょっと不審者みたいなんですけど、新宿駅の構内ってたくさん人が歩いていますよね。そこで人と待ち合わせをするふりをしながらいろんな人の歩き方を観察したこともありました。

―高校時代の友だちと再会する居酒屋のシーンでの、ひかりの表情は印象的でした。
トランスジェンダーかどうかということを越えて、誰しも一度は抱いたことがあるであろう感情がとてもよく表現されていて、共感しました。

あのシーンの撮影時には、たくさんの俳優がいて、演出やスタッフを含め、みなさんが場を作り出してくれたことが大きかったです。それで表情がうまくできたというのもあるし、実際に私も同じような経験をしたことがあるので、ちょっと思い出す部分もありつつ、という感じでした。

演じてみてわかった、モデルと俳優における表現方法の違い

―監督との現場はいかがでしたか?

映画の現場自体に慣れておらず、余裕がなさすぎてあまり覚えていないのです(笑)。でも、「こうした方が良い」というのをあまり強くおっしゃる監督ではなくて、むしろ私の方が撮影の移動中に「これはどういうことですか」などと聞いた記憶はあります。

―モデルと俳優との大きな違いは何だと思いますか?

モデルも演技を求められることはあるのですが、俳優との大きな違いは、やはり発声を伴うか否かだと思うんです。それがひとつあるだけで、脳の使う部分が全く違ってくる。慣れもあるとは思うのですが、声を発するという行為と、体のほかの部分を使うということをどういう風に同期させていくのか。そういったことを意図的ではなく自然と芝居にあったものにしていくというのは大変なことだと感じました。

もともと映画が好きなこともあって、映画に対するリスペクトの気持ちが強いので、今後ももっと勉強してきたいと思いますが、そのなかでもやはり声の出し方は重要だと思いました。

―好きな映画を教えてください。また、目標にしている俳優やモデルはいますか?

俳優の若尾文子さんがすごく好きで、なかでも川島雄三監督が大映で発表した3作品のうちの『女は二度生まれる』が特に好きです。
目標にしているというとおこがましいのですが、やはり若尾文子さんですね。かっこいいですし、言語化できない得も言われぬ魅力があるのですが、ひとつそれをあげるとすると、声の使い方なのかなと思います。台詞がのったときの、感情の揺れのようなものまで声の出し方で表現していらっしゃるんです。

■イシヅカユウ
ファッションモデル。ファッションショー、スチール、ムービーなど、様々な分野で個性的な顔立ちと身のこなしを武器に活動中。また、体が男性として生まれながら女性のアイデンティティを持っているMtFでもあることから、最近ではテレビやラジオ等で意見や体験を発信するなど、活躍の場を広げている。

(撮影:Inouwye Yuta)

<ストーリー>
トランスジェンダー女性の新谷ひかり(イシヅカユウ)は、ときに周囲の人々とのあいだに言いようのない壁を感じながらも、友人で同じくトランス女性の千秋(広畑りか)をはじめ上司である中山(原日出子)や同僚の辻(猪狩ともか)ら理解者に恵まれ、会社員として働きながら東京で一人暮らしをしている。ある日、出張で故郷の街へと出向くことが決まる。ふとよぎる過去の記憶。ひかりは、高校時代に同級生だった久田敬(黒住尚生)に、いまの自分を見てほしいと考え、勇気をふり絞って連絡をするのだが――

『片袖の魚』
https://redfish.jp/
2021年7月10日(土)より新宿K’s cinemaにて公開