※この記事は2021年06月23日にBLOGOSで公開されたものです

規格の拡大・税制面での優遇が普及を後押し

軽自動車は現在、大都市での宅配から地方での買い物まで、さまざまな場面で活躍している。販売台数は乗用車の3分の1以上を占めている。なぜここまで普及したのか。筆者はユーザーの声に応えて規格そのものを何度も拡大してきたことが大きいと思っている。

軽自動車が生まれたのは1949年。日本が第2次世界大戦で敗戦国となり、甚大な被害を負った中で、安価に入手できて経済的な自動車が必要とされたことから規格が制定された。

ところがその規格は全長2.8m、全幅1m、全高2m以内で、排気量の上限は150ccと、2輪車を念頭に置いていたような内容だった。それが証拠に翌年には2輪の規格が分かれ、3、4輪の規格はボディサイズ、エンジンの排気量が拡大していく。

1950年に制定された、全長3m、全幅1.3m以内、排気量360cc(1955年)という規格は20年以上続き、これで落ち着くかと思えた。

しかしその後、高速道路が生まれると、軽自動車も高速道路の走行が許されたために、さらなる安全対策が求められた。加えて1970年代になると排出ガス規制が実施され、対策も必要になった。

よってその後も何度か規格の改定が行われ、1998年に全長3.4m、全幅1.48m、全高2m以内、排気量660cc以下という現在の姿になり、1リッター前後のエンジンを持つコンパクトカーに近づいた。

となれば、税金面などで優遇されているこちらを選ぶ人が多くなるのは当然だろう。

海外展開が難しい理由は軽自動車より便利な乗り物の存在

このように軽自動車は日本独自の規格であるが、海外展開がまったくなかったわけではない。たとえばスズキは、日本でも販売している軽自動車「アルト」をインドで生産し、ベストセラーカーに成長させた。

とはいえインド製アルトは、ボディは日本で売っていたものとほぼ同じだったが、エンジンは排気量を拡大している。同じインド製スズキの「ワゴンR」は、ボディもエンジンも日本のそれよりひとまわり大きい。

日本でこれだけ売れている軽自動車がなかなか通用しない理由は、海外には超小型モビリティという、コスト面で軽自動車より圧倒的に有利な乗り物が存在しているからだ。

欧州では第2次大戦直後、日本と同じ敗戦国になった旧西ドイツやイタリアを中心に、キャビンスクーターと呼ばれる車種が数多く誕生した。それは、当時の日本の軽自動車と似た車両だった。

しかし、現地では戦前から高速道路があったので、性能を考えて高速道路は走れないというルールになった。

欧州の超小型モビリティは現在も、高速道路は走れない。一方L6eとL7eという2つのカテゴリーがあるうち、最高速度45km/h以下と性能の低いL6eは運転免許不要で、フランスでは14歳から運転可能と、多くの人に移動の自由を提供しようという方向性を打ち出している。

このL6eクラスで現在注目を集めているのが、シトロエンが2020年に発表したアミだ。

2人乗りのEV(電気自動車)で、前後左右のパネルを共通としたデザインだけでなく、シェアリング、長期レンタル、購入の3つの乗り方が選べる。販売価格は6000ユーロからとなっている。

大型車が多いというイメージの米国にも、ロー・スピード・ビークルという似たようなカテゴリーがあり、富裕層向けのニュータウンでゴルフカートなどが近場の移動の足として使われている。

中国では上汽通用五菱汽車が2020年に発売した「宏光MINI EV」が、ベースグレードの価格を約45万円としたこともあり大ヒット。世界一EVが売れている中国でベストセラーEVに躍進した。

つまり軽自動車のようなカテゴリーは世界各地に存在する。しかし、高速道路の走行はできないので、安全基準は2輪車と同等。おかげで安く作れる。

こうした車種が普及している土地で、コンパクトカー並みのコストを掛けた軽自動車が勝負するのは無理だと、多くの人が思うだろう。

安全性能や快適性能を追求するあまり高価格化する軽自動車

電動化が進んでいるのも、高速道路を走れないので近距離移動用と割り切れるからだ。そうすれば満充電での航続距離の短さや充電時間の長さはさほど気にならず、逆にバッテリー容量を抑えることで低価格が実現できる。

実は日本でも2012年に、欧州を手本にした超小型モビリティの認定制度が生まれた。

軽自動車をベースとしながら、高速道路の走行を不可とする代わりに、衝突試験を免除とするなどした車両を、一定地域でシェアリングする制度で、EV限定とすることで環境にも配慮した。

ところがその後、国土交通省は一般向けの販売ができる型式指定車については、衝突試験を義務づけるという新しいルールを制定した。

トヨタ自動車はこれに対応した「C+pod(シーポッド)」という車種を2020年12月に発売したが、価格は165万円からと、アミや宏光MINI EVと比べるとかなり高価だ。

もちろん自動車において、安全性能や快適性能を追求するのは大切なことだ。しかしその結果、一部の人しかそれを手にすることができず、多くの人に移動の喜びを与えるという目的が二の次になっているのが現実である。

軽自動車には向かない「電動化」適用を目指す政府

その軽自動車は今、新たな試練に直面している。欧米に追従する形で菅義偉首相が発した2050年カーボンニュートラル宣言で、自動車産業も温室効果ガス削減に向けて努力していくことが目標に掲げられたからだ。

2020年末に政府が発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では自動車について、遅くとも2030年代半ばまでに乗用車新車販売で電動車100%実現を目指すと表明。電動車についてはEVだけでなく燃料電池自動車やハイブリッド車も含めている。

現在販売しているEVの軽自動車は、三菱自動車工業の商用車「ミニキャブ・ミーブ」しかないが、同社はアライアンスを組む日産自動車と共同で乗用EVを開発中で、国や自治体の補助金を使えば200万円以下で買えるという報道がある。

しかし、これ以外のメーカーから軽EVの話は聞こえてこない。さすがに200万円の軽自動車はあまり売れないと思っているからだろう。

燃料電池自動車は長距離走行を想定したメカニズムであり、搭載する機器も多いので、軽自動車には向かない。ハイブリッド車も、電動化による車両重量の増加を考えればメリットは少ない。

しかし、政府はそんな軽自動車にも、電動化のルールを適用しようとしている。

軽自動車を性能によって2つのレベルに分けるメリット

一方では高速道路の一部区間で最高速度を120km/hに引き上げるという動きも出てきている。軽自動車の最高速度も120km/hになった。

しかし、現行の軽自動車は140km/hでスピードリミッターが効くようになっており、筆者の体験では100km/hで長時間走り続けるのは心理的に厳しそうな車種が複数ある。

とはいえ120km/h化に対応して、再びボディサイズや排気量を拡大することは難しいだろう。コンパクトカーとほぼ同じ車格になるのに税金だけ安いというのは不公平だからだ。

ではどうすべきか。個人的には欧州の超小型モビリティのように、軽自動車も2つのクラスに分けるべきではないかと思っている。

仮に低速型をK1、高速型をK2とすると、K1は高速道路を走行できない代わりに衝突安全基準などは免除して、EVのみとして税金も下げ、気軽に買えて気軽に使える、環境に優しい車両にしたい。

運転免許は、さすがになしにするのは行き過ぎだが、基準を緩和すれば、高齢者の近場への足に適した移動手段になりそうだ。

そして、K2は120km/h巡航が安心してできる性能を備えた車両が該当する。こちらはハイブリッド車が主役になりそうだ。当然ながら税金はK1より高く、コンパクトカーに近づける。

日々の移動に困る人々に寄り添った自動車を提供すること。それが70年以上前に軽自動車が生まれた理由だった。

急速な高齢化と過疎化が進み、交通弱者が増え続けている今こそ、本来の役目をもう一度見つめ直す好機だと思っている。