世帯視聴率から個人視聴率重視へ テレビ界のパラダイムシフトはお笑い番組を増加させたか - 松田健次
※この記事は2021年06月16日にBLOGOSで公開されたものです
お笑い番組は増えている? ゴールデン帯では千鳥、霜降り明星のメイン番組が増え、準じてかまいたちがレギュラー&ゲストの露出を急増、深夜帯ではテレビ朝日が「バラバラ大作戦」と称して月~金深夜に20分枠のバラエティ番組を連ねる新編成を打ち出しているし、以前だったら「まだ早いのでは」というような若手芸人の登用もあちこちで積極的だ。
ネクストブレイク的な位置のある若手芸人が、最近こんな言葉も発していた――、「なぜか急にバブルになった」。うーん、やっぱり増えているのか?
テレビ視聴率は「世帯」から「個人」重視の時代へ
この状況を説明するひとつの前提に、民放各局による視聴率の重視基準の変更があるだろう。「世帯視聴率」から「個人視聴率」の重視へ・・・。(これはテレビ関連の記事やコラムでも昨年から今年にかけて表立って論じられるようになってきた。)
テレビ放送が日本でスタートしたのが1953年だから、それ以降かれこれ70年近くテレビの視聴率とは視聴者の全年齢層を調査対象とした「世帯視聴率」のことだった。要するに、子どもから高齢者まで全世代を統計の対象にしたものだ。
視聴率は番組の支持率であり、その高低がCM広告の価値である。
しかしネット時代になってから、その様相が変わってきた。企業はより費用対効果が高い広告を求め、そのニーズを満たすネット広告に宣伝広告費をそそぎこむようになった。すべての年齢層を対象にするのではなく、消費者個々人の興味に紐づける「リスティング広告」が企業ニーズに直結した。
ネットへの企業広告費は年々右肩上がりを続け、テレビのそれはデータ的には微減状態となっている。微減のわりにはそれ以上の深刻さで、テレビの様々な現場でコストカットや人員削減が続いているから、そこにはさらに踏み込んだ「お金」の問題があるのだろう。
でもって、テレビにおける広告もより時代に即した「モノサシ」に捉え直さないと取り残されてしまうということになり、「視聴率」の見方を全体から個へ、「世帯視聴率」から「個人視聴率」の重視に変更し、企業が望む視聴年齢層の数字が高い番組を作り、CMの価値を上げなければ、となった。
そして民放各局は重視する視聴者層のことを、
・日本テレビ・・・13歳~49歳「コアターゲット」
・TBS ・・・13歳~59歳「ファミリーコア」/4歳~49歳「新ファミリーコア」
・フジテレビ・・・13歳~49歳「キー特性」
という呼称にして、これからはこの数字(視聴率)を取ることが全社方針なので、番組編成、番組制作もこの年齢層が相手ですよ、と。ちなみにテレビ朝日はスタンス変わらずで、・・・というような話がここまでの説明となる。ほぼあちこちからの受け売りだけど。
しかしながら視聴率はテレビに関わる人々にとって「人生」と「収入」を左右するシビアな数字として君臨してきた。70年近くも。その基準が変わるということは一国の憲法改正ぐらい重い事変だ。このパラダイムシフトが今まさに進行中なのである。
お笑い番組は本当に増えたのか
そして各局はその方針を番組で具体化、例えば番組ゲストで高齢層の誰もが知るようなベテランタレントがブッキングされていたイスが、音もなくツーっと消えて、その場所に若年層に知名度を誇る人気ユーチューバーやTikTokのフォロワー数を誇るファッション誌のモデルが座るようになったりしている。
テレビを見ていて「誰これ?」という新顔を見かけたら、その大半はパラダイムシフトが招き寄せたブッキングだ。と思う。
そして、このパラダイムシフトにおいてお笑いというジャンルは「それなりに見られている」らしく、なんだかその手の番組も放送時間もグイグイと増えてる気がするぞ・・・ということで、原稿冒頭の「お笑い番組は増えている?」に戻るのである。
ならば、本当に増えているかどうかカウントしてみよう、と思い立ち過去のテレビ欄を遡り、1980年以降5年ごとに「お笑い系バラエティ番組」の放送時間量を抽出してみた。
対象は在京キー局の地上波(NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京)であり、どの年度もすべて6月上旬の1週間に放送された「お笑い系バラエティ番組」の放送時間が採取データだ。
< 在京キー局 お笑い系バラエティ番組 放送時間量の変遷 >
1980年・・・28時間30分
1985年・・・44時間50分
1990年・・・40時間
1995年・・・44時間30分
2000年・・・41時間
2005年・・・63時間30分
2010年・・・72時間30分
2015年・・・83時間
2020年・・・75時間
2021年・・・74時間40分※(時間量のカウントはすべて6月上旬の1週間)
ちなみにこのデータ、個人でざっくりと作ったものなので、あくまで暫定的な参考であるとしつつ、「お笑い系バラエティ番組」の条件としては、以下のどれかにハマるものをカウントしてみた。
・ネタ(演芸)番組である
・コント番組である
・お笑いメインのロケ番組である
・MCがお笑い芸人のトーク番組である
・パッと見てこれは「お笑い系バラエティ」だなという番組である
逆にカウントしなかったのは、MCがお笑い芸人であっても生活情報、トレンド、教養知識を扱う番組だ。例えば「あさイチ」「ラヴィット!」「ノンストップ!」「ヒルナンデス!」・・・という情報バラエティはメインMCが芸人だがカウントからは外している。
そして、1980年からのカウントとしてみたのは、この年の春から漫才ブームが勃発し、テレビにおいてバラエティ番組の増殖が始まるおおきな起点と見るからだ。1980年を皮切りにデータ採取年度は5年ごと。対象とする放送期間は春秋の改編期や年末年始の特番シーズンを外し、ごく平常な時期のひとつとして「6月上旬の1週間」を抽出のサンプルにした。
さて、このデータから何が見えてくるのか・・・。
まず1980年、漫才ブームによってB&Bやツービートなど、新進の漫才コンビが既存の番組に次々に出演するようになり、漫才師を集めた特番が増え始める。漫才師をメインにしたレギュラー番組が本格的に増え出すのは1980年秋からとなる(例「笑ってる場合ですよ!/フジテレビ」)。
予備的にブーム翌年の1981年のデータを採取してみたら前年の1.5倍「43時間40分」に跳ね上がっていた。
「お笑い系バラエティ番組」の放送時間は1970年代まで週平均20時間台と見られる。そこから1980年の漫才ブームを境に、80年代、90年代、2000年代前半にかけて週平均40時間台を保ち続ける。
言うなれば、大革命が起きた結果、バラエティ番組の放送時間量は大幅に拡大し、その領土が長く安定化したわけだ。
そして、2005年以降、バラエティ番組の放送時間量はさらに膨張を始める。5年ごとに60時間台、70時間台、80時間台と右肩上がりの増加となっている。
いったい何が起きたのか? 2005年から2015年にかけてテレビ史を揺るがす笑いのブームがあったとは言えない。この時期について説いてみるなら経済的理由だろう。バブル崩壊後の90年代以降「失われた20年」と呼ばれる不景気が、テレビ局に及ぼした影響は番組制作費の縮小だった。
その結果、番組制作の選択肢が狭まり、全般に制作コストを抑えることが可能なお笑い系バラエティ番組が増えていった・・・というところか。
その頭打ちを経て、2020年、2021年は70時間台という高めの位置が続いている・・・、これがこのデータから見える、おおまかな分析だ。
お笑い以外の番組で増える芸人の露出
となると・・・、テレビ局による視聴率の重視基準が「世帯」から「個人」に変わったことで「お笑い系バラエティ番組」が増えたのではないか? という疑問は「否」となる。
「お笑い系バラエティ番組」の放送時間量はすでに2010年以降70時間台に達していて、2020年、2021年はその延長上にある。バラエティ番組の放送時間量は10年前から基本的には横ばい。だが自分は、今年春以降「お笑い系バラエティ番組」が増えた印象を抱いた。
なぜそう感じたのか? 後出しの解釈をしてみるなら、「お笑い系バラエティ番組」の総量増減はさほど起きてないが、その他の「情報系バラエティ」「教養系バラエティ」「ワイドショー」「ニュース&スポーツニュース」「ドラマ」などの番組でお笑い芸人の起用が増加していて、その累積が自分の中で「お笑いが増えている」というイメージを形成したのかもしれない。
別途、年度ごとの「お笑い芸人」のテレビ露出量を、もしデータ化できるならば、そこをぐりぐりと深堀りできるだろう。それはまたいずれの機会で・・・。
<追記>
今回、仮説の実証までには至らなかったが、作成したデータによって別の「驚き」を覚えた。それは1980年代と比べて現在(2021年)は「倍」近い量の「お笑い系バラエティ番組」が編成されているという事実だ。テレビはこの40年の間にそういう数値の体質になっていた。
果たしてここから先、視聴率の基準を変更したテレビはどんな体質になっていくのか。それについては2025年、2030年のテレビ欄を一緒に待ちましょう。