朝日新聞が月ぎめ4400円に 27年ぶりの購読料値上げは吉と出るか、凶と出るか  - 木村正人

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※この記事は2021年06月15日にBLOGOSで公開されたものです

[ロンドン発]朝日新聞は7月1日から、朝夕刊月ぎめ購読料(消費税込み)を現在の4037円から4400円に9%値上げします。消費税を除く本体価格の改定は金融バブル崩壊後の1993年12月以来、27年7カ月ぶりです。

5月に創刊10周年を迎えたデジタル版も月額1980円で記事を無制限に読める「スタンダードコース」を新設。「シンプルコース」(月額980円)は9月8日から「ベーシックコース」に名前を変え、閲覧本数の上限を月300本から50本に減らし、事実上の値上げになります。

2015年を100とした消費者物価指数と朝日新聞の朝夕刊月ぎめ購読料の推移をグラフにしてみました。

日本の消費税は1989年に3%で導入され、97年に5%に引き上げられました。14年に8%に、19年には10%に引き上げられました。朝日新聞は消費税率の引き上げ分を購読料に転嫁してきましたが、定期購読されている紙の新聞の消費税率は19年、8%に据え置かれました。

コロナ危機で部数・広告・イベント減の三重苦にあえぐ新聞

今回の値上げは消費者物価を反映したものではなく、ネットメディアの台頭で新聞発行部数の減少が続いていることに加えて、コロナ危機で新聞広告の出稿が激減し、イベントや公演の中止による収入減に見舞われ、赤字が膨らんだのが原因です。

頼みの不動産事業もふるわず、中間決算では減収減益となりました。

日本経済新聞は17年11月に朝夕刊月ぎめ購読料(消費税込み)を4509円から4900円に8.7%値上げしました。電子版は4277円(同)です。

読売新聞は19年1月から、西日本新聞も同年5月から、中日新聞と北海道新聞は昨年10月から、京都新聞は今年4月から4400円に値上げしており、コロナ危機で441億9400万円の赤字を出した朝日新聞も値上げの流れに抗し切れなくなったというわけです。

朝日新聞の発行部数は1993年12月には約820万部でしたが、昨年8月には500万部を割り込みました。朝夕刊セット4037円から消費税8%分を除いて単純計算すると、約119億6150万円の減収です。今回、363円値上げすると約18億1500万円の増収になります。

新聞経営にかかる三大経費は人件費、販売経費、紙代ですが、営業損益で70億3100万円の赤字を埋めるとなると、値上げだけではとても追いつかず、人件費(平均年収45.4歳で1228万5534円)と販売経費を相当、削らないといけないでしょう。

しかし新聞を経営する上で、労働組合と全国に専売店網を広げる販売局は最大かつ最強の抵抗勢力です。

三度の緊急事態宣言で落ち込む日本経済

コロナ危機で三度、緊急事態宣言に追い込まれた日本経済も落ち込んでいます。昨年10~12月期の潜在成長率は0.04%。昨年の消費者物価指数は2015年を100にすると101.8、それと比べると今年は1~4月の平均で101.6に下がりました。

麻生太郎財務相は今年5月、1~3月の実質国内総生産(GDP)が年率換算でマイナス5.1%と3四半期ぶりにマイナスになったことについて、個人消費の落ち込みが一番大きかったと話しました。個人消費が落ち込む中、朝日新聞は値上げしても大丈夫なのでしょうか。

朝日新聞は値上げの理由について「ネット上にフェイクニュースが飛び交う今、新聞の役割は増している」とする一方で「長年の経営努力が限界に達し、ご負担をお願いせざるを得ないと判断した」と説明しています。

アメリカではドナルド・トランプ前大統領がツイッターで「フェイクニュース」をまき散らしました。その反動で米紙ニューヨーク・タイムズ電子版の購読者は昨年だけで230万人も増え、有料読者は750万人を超えました。読売新聞の発行部数715万部を逆転しました。

ニューヨーク・タイムズ紙のメレディス・コピット・レヴィエンCEO(最高経営責任者)は「10年後には1億人がデジタルの英語ニュースサイトを購読する。その半分はアメリカ市場だ」と強気の予測を披露しています。

英メディア業界誌プレス・ガゼット(昨年12月)によると、世界で最も人気のある有料ニュースサイトは次の通りです。

(1)ニューヨーク・タイムズ
(2)ワシントン・ポスト 300万部
(3)ウォール・ストリート・ジャーナル 240万部
(4)ガネット 100万部
(5)アスレチック 100万部
(6)フィナンシャル・タイムズ 94万5千部
(7)ガーディアン 90万部
(8)エコノミスト 79万6千部
(9)ニューズ・コープ・オーストラリア 68万5千部
(10)バロンズ45万8千部

朝日新聞社の経営センスに感じる疑問

朝日新聞はいくら部数を減らしたとはいえ、475万の部数を持っています。朝夕刊セット4400円で売れば、当面持ちこたえることができるのかもしれません。

今回のコロナ危機で、筆者が暮らすロンドンの自宅近くにあるケバブ店もシシカバブの値段を6.5ポンドから8ポンドに、最近、とうとう10ポンド(約1552円)に値上げしました。

露店のフードストリートに行けば6ポンド(約931円)で日本食からタイ料理、ギリシャ料理まで実にさまざまなランチボックスを買うことができます。シシカバブを10ポンドに値上げして赤字を埋めようとするケバブ屋さんはほぼ確実に潰れるでしょう。値上げで売り上げがさらに落ちるのは必至だからです。

朝日新聞は企画や連載、調査報道で紙面を充実させると言っていますが、基本的にはこのケバブ店と同じような経営センスなのかもしれません。

総務省の情報通信白書によると、新聞の閲読時間は1日平均で15年の11.6分から19年には8.4分まで短くなりました。19年には10代で0.3分(ネット利用時間167.9分)、20代で1.8分(同177.7分)、30代で2.2分(同154.1分)、40代で5.3分(同114.1分)、50代で12分(同114分)と悲劇的な状況です。

紙の新聞はもはや60代以上にしか読まれていないと言っても過言ではありません。

情報の流通インフラをおさえていた新聞

インターネットが登場する前、新聞が媒体として圧倒的な優位性を誇ったのは印刷、配送、宅配という情報の流通インフラを完全におさえていたからです。しかし今やインターネットが瞬時にコンテンツを世界中の読者に届けてくれます。

ネット上には映像や音楽など若者をひきつける割安のコンテツが氾濫しています。ニュースは無料のネットで済ませ、浮いたお金でネットフリックスに入会しようというのがごく普通の消費者心理なのではないでしょうか。

米紙ニューヨーク・タイムズ=17ドル(約1870円)
米紙ワシントン・ポスト=5.99ドル(約659円)
英紙タイムズ=26ポンド(すべてのデバイス、4037円)
ネットフリックス=990円(標準画質、1台)
アマゾンミュージック=980円(プライム会員は月額780円、年額7800円)

少子高齢化が進む日本の市場はだんだん縮んでいます。

コンテンツが大切なのはいつの時代も変わりません。しかし良い原稿を書けば、スクープを出せば読者はついてくるというのは新聞記者の独善に過ぎません。朝日新聞デジタルは、良い記事は多いのですが、海外メディアに比べると少し見辛いような気がします。

新聞社にはデジタル時代にあった取材の仕方、原稿の書き方、写真や動画の撮り方、読者への伝え方、紙面の作り方をゼロから考え直す抜本的な改革が求められています。そのためには値上げより徹底したコストカットと編集局、専売店網の合理化が先決ではないのでしょうか。