※この記事は2018年04月15日にBLOGOSで公開されたものです

日本の財政の立て直しをはかるため、財務省が増大し続ける医療費や介護費を抑えるための提案をした。内容としては「風邪などの比較的軽い症状で診察を受ける場合、自己負担を引き上げる」「診療報酬を自治体の判断で引き下げる事ができるようにする」そして「生活援助サービスで、住民ボランティアを活動する」というものだという。(*1)

ハッキリ言って、ツイッター上だったら「おまえは何を言っているんだ」という字幕のついたミルコ・クロコップの画像を1枚貼って終わりにしてしまっていいレベルの内容である。

だが、笑って済ませるわけにもいかないので、しっかりと言及しておきたい。

この提言の中で、一番気になったのは財務省が「日本は、ほかの国に比べて、風邪など比較的軽い症状で診察を受ける頻度が高く、それが医療費の増加につながっていると指摘」しているという点である。別に検討するだけなら何を検討してもいいのだけれど、それにしても酷すぎる。

問題となるのは2点。まずは「軽い風邪かどうかを判断できるのは医者の診察を受けてからである」という事実である。つまり医者の診察を受けなければ、患者の発熱や咳といった症状が軽い風邪なのか、もしくは別の病気なのかを判断できないのに、診察自体に対して、さも無駄な診察を受けた罰則であるかのように、自己負担を上乗せするというのは明らかにおかしいだろう。

たとえ風邪のような症状であっても、診察してみたら肺炎だったということも決して珍しい話ではない。(*2)

せめて軽い風邪と診断された後のお薬に対して自己負担を上乗せするということなら、かろうじて話はわからないでもないが、診察自体に上乗せするのはむしろ大病の見逃しに繋がり、かえって治療を困難にし、医療費を増大させる可能性もある。

わずかな身体の異変でも、こまめに医者にかかって診てもらい、病気を初期症状のうちに発見することが、医療費を抑える本当の近道であろう。

そしてもう1点が「そもそもどうして風邪程度で医者にかかって、お薬を貰わなければならないのか」という点である。 まず医者の診察を受けることは、先にも述べたとおり、とても重要といえる。しかしその一方で軽い風邪で医者にかかる人の心理としては診察は重視しておらず、「さっさと風邪と診断してもらって薬をもらおう」という気持ちがあるのではないだろうか。 風邪薬というものは、市販薬であろうと処方薬であろうと、熱や咳や体の痛みといった諸症状を緩和するものであり、風邪のウィルスを撃退する治療薬ではない。

もちろん、諸症状の緩和によって、より安静に過ごすことができるのだから、薬を飲むことに意味はあるのだが、じゃあ薬を飲んだ人たちは安静にしているだろうか?

いいや、彼らは「仕事をするために薬を貰いに行く」のである。

本来、風邪を引いたのであれば家で布団に潜っているなり、のんびり過ごすなりするべきだが、彼らは仕事を休めない。どうして休めないかと言えば、単純に「日本の社会保障や労働者の権利が脆弱だから」だ。

風邪でのんきに会社を休めるのは一流企業の正社員様くらいなものだろう。非正規の立場であれば会社を休んだ分だけ自分のクビが切られる確率は高くなる。またアルバイトであれば休んだ日は無給だ。アルバイトにも有給休暇はあるが、ほとんど認知されていない。

もし風邪で会社を休んで、賃金が減るようなことがあれば、とたんに生活は危機に瀕する。そうした脆弱な状況があるからこそ、「風邪を引いても休めないから、医者に行って薬を飲んで働こうとする労働者」が他の国に比べて多いのである。

もし本当に軽い風邪で薬に頼る人を減らしたいのであれば、誰もが風邪で会社を休めて、美味しいものをちゃんと食べて寝ていられる社会状況を構築するのが行政の仕事であろう。仕事ができないことを棚に上げて、診察代金を引き上げることで受診者を減らそうなど、責任転嫁であり、施策としても本末転倒と言うしかないのである。

他にも生活援助サービスを、介護士や国の基準を満たしたヘルパーなどが担うのではなく、ボランティアに任せて低コストにしようというのもすごい話だ。

財務省は善意のボランティアが集まるだろうと思っているのかもしれないが、どう考えても集まってくるのは高額な契約書を握りしめた百鬼夜行どもである。そんなことを許せば、数年後には日本中の老人が、何かを希釈した水が染み込んだ数万円の砂糖玉をありがたく舐め、何十万円の羽根布団に包まり、月額数万円でレンタルした機械に健康を委ね、ガンになっても医者の治療を無視して代替療法に頼る。そんな状況になるだろう。

金を持った最後の世代である老人たちの世話をボランティアに明け渡すなど、百鬼夜行にとっては夢のフロンティアの解禁であろうが、その他の人たちにとっては悪夢である。

と、財務省というそれなりに優秀な人達が集まったはずの組織で、こんなしょうもない話し合いが行われているのかと思うと情けなくなってくる。

なんとかこれらの提案を意味のあるものにしようとするならば、加計学園問題で注目されている中、財務省の安倍寄りな人たちが、財務省の信頼を落とすために、わざと低レベルな提案をしたという陰謀論を考えることしかできない。それほどまでに今回の提言は酷いものである。

もう少し真面目に頑張って欲しい。

*1:軽いかぜは患者の自己負担上乗せ 医療費など抑制へ提案(NHKニュース)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180411/k10011399291000.html

*2:肺炎は、かぜと勘違いしやすい病気! - 肺炎球菌感染症とは?(ファイザー)http://otona-haienkyukin.jp/about/attention.html