いじめ対策、世田谷区では子どもの人権擁護機関「せたホッと」が相談・調査にあたっている - 保坂区長インタビュー - 渋井哲也
※この記事は2018年02月19日にBLOGOSで公開されたものです
世田谷区内でいじめが発生し、不登校になる「重大事態」になっていたことは、拙稿「『学校のいじめ対応が酷すぎる』両親が学校に助け求めるも状況は改善せずフリースクールへ」で指摘した。取材をしていると、このケースのほかにも、同区内でいじめが起きていた。そのため、教育ジャーナリストとしていじめ問題を取材してきた、保坂展人・世田谷区長にインタビューを申し込んだ。区長は、個別案件に答えられないとしながらも、区長としての姿勢や、区内のいじめ対策について話を聞くことができた。
ーー個別案件には答えないということですが....
保坂:説明させてほしいのですが、僕もジャーナリスト時代からずっといじめを取材をしてきました。事例によっても違いますが、いじめは相当複雑なものが多く、長い時間、関与している人がいます。そのため、全容を把握するのは簡単ではありません。うろ覚えに報告を受けた範囲で「こうでした」というのも無責任かな、と考えました。そのため、区長として、こういうスタンスとで臨んでいるという範囲でお答えさせていただきたい。
区独自に子どもの人権擁護機関「せたホッと」を設立
ーー区内でのいじめの件数の推移はどのくらいなのか?
保坂:いじめが激増しているとは聞いていません。世田谷区では、子どものいじめ、暴力等の相談を直接受ける、子どもの人権擁護機関「せたがやホッと子どもサポート(せたホッと)」があります。
・「せたがやホッと子どもサポート」
当然、世田谷区にもいじめがあります。それを子どもたちからキャッチし、ケースによっては、学校に出向いて、校長や担任に「こうした訴えがありますよ」「実情はどうか」「どうすれば解決ができるのか」と聞きます。最終的に解消に向かったあたりで、いじめ防止の授業をやっています。
例えば、川崎市では「子どもの権利条例」があり、権利侵害について相談にのり、救済をしていますが、こうした自治体はそうは多くはありません。世田谷区でも、こうした施策に取り組むことで、一定の成果があります。もちろん、すべての子どもが電話をしてくる、通報してくるわけではありません。そのネットからも漏れているケースはあると思います。
ーーいじめ防止対策推進法では、自殺や自傷行為、不登校などにいたる「重大事態」の場合、学校や教委が調査委員会を立ち上げることになっています。区内の実情は?
保坂:「対策法」ではそう書いてありますが、世田谷区では、新たに調査委員会を立ち上げることはありません。何故かと言うと、日常的に子どもの声を聞いている「せたホッと」という組織があるからです。「対策法」による「重大事態」になった場合は「せたホッと」が調査します。2012年、区の子ども条例を改正しました。子どもの人権擁護機関「せたホッと」を常設にし、そこで調査し、結論を出すことになっています。今のところ、その段階まで来る事態には至っていません。
・「子どもの条例」
「せたホッと」は、教育委員会と区長部局の共管
ーー「せたホッと」へは、子どもや保護者の訴えがあって情報が届く。第三者性が高い機関ということでしょうか?
保坂:まさに「第三者」機関です。教育委員会が教育相談をしているのは全国的に同じですが、そうした相談は委員会内でなされます。なかには「対応が遅い」とか、「きちんと対応してくれない」という声がかつてはあったことは事実です。
「せたホッと」は、教育委員会と区長部局の共同所管(共管)になっています。多くのオンブズマン組織は首長の部局に所属しているんですが、そうなると、学校の協力をうけるのは間接的になってしまいます。
「子ども条例」では、人権擁護機関を作って、「必要に応じて、子どもの権利の侵害についての調査をするものとします」と書いてあります。つまり、学校はかならず受け入れることになります。ただ、区内には私立の学校もたくさんあります。条例上は、区立は義務規定ですが、私立の場合は努力規定になっています。これまで私立学校も協力してくれていると聞いています。
ジャーナリストとして区内でのいじめ問題に取り組んでいた
ーー区長はジャーナリスト時代いじめも取材もしていましたし、国会議員時代はいじめ関連の質問などもしていました。現在は区長という立場で、どのように取り組んでいるのでしょうか?
保坂:僕自身、世田谷区で地域活動をしていたのはいじめの問題でした。「いじめよ、止まれ」というシンポジウムを1995年に準備して、翌96年に開催し、区内の親たち、先生たち、子どもたちが500人集まったのです。連続して3回ほど実施しました。そうした体験を通じて、いじめを受けた場合、子どもが頼るところ、いわゆるセーフティネットがないという現実を直視することになりました。そんな中で、僕がイギリスに行き、チャイルドラインを取材したことをきっかけに、世田谷でもチャイルドラインを学んでみようとなりました。
96年に衆議院議員に当選しましたが、97年11月に「チャイルドライン設立議員連盟」(05年からは「チャイルドライン支援議員連盟」)が作られました。文科省の招きで、イギリスの代表者を招いて、シンポジウムを開催し、世田谷区でも代表者にきてもらい、勉強会を開きました。これをきっかけに、世田谷区では、全国に先駆けて「せたがやチャイルドライン」ができました(設立は2000年6月)。学校でカードを配って、相談事業をしたのです。
・「せたがやチャイルドライン」
区長になってからすぐの11年10月には、滋賀県大津市でいじめ自殺問題が起きます。市長と市教委の認識のずれがあったことが報道されました。その後、夏休み明けの「9月1日」に亡くなっている子どもが多いということから、世田谷区では、チャイルドラインを使って、9月3日からの1週間、「いじめ専用電話」キャンペーンを行い、報告会もしました。
ただ、「チャイルドライン」は民間の機関です。いじめの構造に介入することができません。そのため、条例上の根拠を作り、「せたホッと」で取り組むことになりました。今年で5年目です。
改善されない場合は「要請」や「意見」ができる
「子ども条例」では人権擁護委員を委嘱しています。弁護士や大学教授、子どもの人権の問題に取り組んできた3名の方々です。その3名のもとに4人の「相談・調査専門委員」がいます。彼らは相談の現場で、子どもの声を聞いてきた人たちです。そのもとに事務局があります。
もちろん、すべての相談電話を介入対象にできません。優先順位としては、暴力の問題、金銭のトラブル、本人の精神状態、健康といった観点で子どもの権利侵害を放置できないと判断した場合、学校等に出向き、必要な助言や支援を行なって相談することになっています。権限としては、一向に改善がみられない場合など、擁護委員が必要と認めるときは、「要請」や「意見」ができることになっています。
要請までした例は今までにはありません。一方、障害を持っている子どもが一般の子どもと交流する中で配慮が必要ではないかと意見書を出したことはあります。区教委に改善をしてもらうようにお願いをしました。
ただ、区教委の独立性と区長の責任の問題はきわめて難しい。学校で起きている子どもたち同士のいじめとか、あるいは大人を含めて関わっているトラブルや問題は、第一義的には区教委が解決することになっています。改善されない場合に、「せたホッと」という仕組みを用意しているのです。
何か起きてから、ではなく、常設されている
私が(区長として)しなければいけないのは、「せたホッと」で調査したこと、改善をお願いしたことを、現場の学校に浸透させることです。そのために教育長や教育委員会とコミュニケーションをとる場を設けています。区長が直接、校長や現場の教員に何かを言うことはありませんが、「せたホッと」や教育委員会からも話を聞くことがあります。
たとえば、組体操で怪我をしたケースでは、のちに裁判になりました。このケースでは、教委から報告を受けながら、なるべく早期に和解をしようということになり、実際に和解となりました。
「子ども条例」で位置付けられているため、「せたホっと」は機関としては強いのです。「いじめ防止対策推進法」では「調査委員会」は何か起きてから、つくることなっています。一方、「せたホッと」は、その手前で未然に解決しようとする役割も担っています。ただ、子どもが知らないと使えません。そのため、カードを学校で配っています。
相談の内容については、「相談の秘密」の問題があります。親にも学校の先生にも知られたくないことは子どもだからありますよね。そういう子どもの意思を最大限尊重しながらも、刑事事件に巻き込まれそうになったり、生命や身体の危機につながる場合は、関係機関に連絡するということを決めています。
学校や教育委員会だけで情報をとどめないように....
ーー「いじめ防止対策推進法」は施行後3年目を目処に見直し規定があるが、一度も見直されていない。たとえば、批判の声として、いじめの定義に「教職員」が入っていないことや、第三者といいながらも教委や学校の下にあることがあげられています。しかし、改正のための議論が進まないのが現状です。
保坂:世田谷区でも4万6千人の小・中学生がいます。その中で、SNSを含めていじめがあります。「いじめ防止対策推進法」の目的は、端的に言えば、いじめで命が絶たれるような事態を繰り返すなということだと思います。特に、最近でも相次いでいますが、学校や教委の枠の中で情報が閉じ込められていて、首長の部局では知らないということがああります。情報を教育委員会だけにとどめてはいけないということだと思いますので、それを第三者調査という形で反映しています。
「せたホッと」は調査権があります。そうした子どものための組織があればいいのでしょう。しかし、それでも万能ではありません。もちろん、いじめを起こさないということは結論から言えば無理です。集団があれば、軋轢、衝突、喧嘩がある。そのため、いじめがあっても修復ができる、喧嘩があっても仲直りができるということが大事なんです。
いじめは関係のねじれ。「せたホッと」の活用を
元教育ジャーナリストとしての発言になりますが、いじめというのは、関係のねじれなんです。子ども同士の関係が、歪んだ形でねじれて、固定化してしまう。こんがらがった毛糸のたまのようになり、ほどけない。そのため、そうなる手前でほどいていくことが求められます。異常な関係を正常な関係にもどしていくトレーニングが必要になるのです。
昔は異年齢集団の外遊び、ガキ大将がいて、弱い子に対する配慮があって、いじめがあるとガキ大将が怒るといったように、子どもの中の序列で解消できた部分があります。いまはそういう環境はない。たとえば、ロールプレイングゲームで、いじめのシチュエーションで、止めたりするといったいじめ防止教育があるので、積極的に取り入れたいと考えています。
また、横浜市では、生徒同士が支え合う「スクール・バディ」があります。学校内でいじめや暴力防止の委員会を作り、子どもたち自身がいじめをチェックしていきます。こうした取り組みは有効だろうと思います。たしかに、ひどいいじめは刑事事件にしなければなりません。しかし、同時に子どもは可塑性にとんでいるので、大人が責任を持った環境を再設定して、重篤化するのを防ぐ。そして、子どもの関係性の修復、構築しなおしていきたいと思います。
行政のやっている相談機関は「せたホッと」以外にもあります。一般的に相談というと教育委員会、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーといったように、いろいろあるわけです。ただ、改善しなかったり、話を聞いただけで終わったということもあり、相談機関に不信感を持っている可能性があります。
「せたホッと」の場合は、暴力やいじめがエスカレートしないようにやっています。5年間で積み上げもあります。世田谷区内で起きているいじめや暴力をすべて把握することはできませんが、「せたホッと」を知ってもらい、活用してもらいたいと考えています。
ただ、拙稿で取り上げた保護者も「せたホッと」の存在は知っていた。昨年7月ごろ、母親が教育委員会と話し合っていた中で、「連絡を取った」と聞かされていた。しかし、それ以降、返事がないという。取材後、「せたホッと」は子ども、保護者からの相談も受け付けていると母親に伝えたところ、「直接、連絡を取ってみます」と話していた。