「息をするように嘘をつく」三遊亭円歌の落語界への貢献は計り知れない - 松田健次
※この記事は2017年05月03日にBLOGOSで公開されたものです
2017年4月23日、落語家・三遊亭円歌、永眠。三遊亭歌奴(うたやっこ)と名乗っていた若き二つ目時代から売れて全国に知られる顔となり、後年は落語協会会長を10年務めるなど落語界への貢献は計り知れない。
三遊亭円歌に感じた「声」の凄み
自分は五年前に都内の寄席で師の高座を聞いたのが最後となった。その日は座席の位置によるものだったのかスピーカーを通して聞こえる演者の声がかすかにこもるようで「この寄席って、こんな(古いタイプの)音質だったっけ?」と、ぼんやり思いながら高座を眺めていた。その中で円歌が登場した。
喋り始めると聞こえる音質が変わったのがわかった。それまでに聞こえていたこもりが影を潜め、やや硬質なフォルムの声がまっすぐ耳に届く。「この人だけ違う」と思った。そのせいかとは言い切れないが、円歌の高座で客席のウケがひときわ大きくなったのを覚えている。その後、別の演者に替わると音質は元に戻り、かすかなこもりが続いた。
この日の出演者には売れっ子と言われる人気真打も数名いた。だが、「声」に限って言えば最も鮮明に耳に届いたのは既に80歳の大台に乗っていた円歌だった。若き日に「浪曲社長」などで得意ののどを売りにした美声の持ち主だが、声帯が細くなっておかしくない高齢になっても、その本質的なものが衰えない凄みを感じた。「やはり特別な人なんだな」とその声質を記憶にとどめた。
円歌の「うそ」は「人生のシークレットブーツ」
三代目・三遊亭円歌――、芸界の仲間内からは「うそつき」と言われた。昨今よく耳にする揶揄表現「息をするように嘘をつく」は、落語界に照らせばまさに三遊亭円歌のことだ。しかしこの「うそつき」は蔑称ではない。愛称だ。自身をどう見せるか、笑わせるためにどう言うか、使えない「ホント」よりも使える「うそ」を芸人としての武具にまとってきた生き様がこの愛称を定着させた。
身長150センチに満たない「小ささ」も同業者からよくいじられた。ゆえに円歌にとっての「うそ」は、自身と笑い、どちらも大きく見せるための「人生のシークレットブーツ」だったとも言えるだろう。
この「うそつき」の才は、代表作「中沢家の人々」に結実している。「中沢家」は円歌が自身の半生記を語る漫談形式の新作落語だ。山あり谷ありの半生記はどこが真実でどこが「うそ」か判然としない。おおむねフェイク版の「ファミリーストーリー」(HNK)という様相だ。その中で両親とのエピソードがひとつの柱となっている。
< 三遊亭円歌「中沢家の人々」より >
「あたし達が落語家になったときはね、落語家なんてのはスターでもなんでもねぇんだから。あたしゃ親父のとこ行って落語家になるって言ったらいきなり『コノヤロウ!』って蹴飛ばされたよ。昔はすごいね。親父なのに子ども蹴飛ばしやがるの。
『コノヤロウ、親って字をよく見ろ!立つ木を見ると書いて、木立ちを見る、コタチ(子達)を見るというから親ってんだこのバカ!その親に逆らいやがって落語家風情に成り下がるとは何事だ。てめえみてェなヤツは親でもなけりゃ子でもねえ』
そいで最後にたったひと言、『出てけー!』。おん出されちゃった。昔の親えらいだろ、子どもおん出したんだから。
『ちょっと待てコノヤロウ、ただおん出すとこのバカ戻って来るといけねェから、戸籍謄本からも抜いといてやる』
親父は小林松次郎ってんですよ。親父が『出てけ―!』って言ったら、たいていおっ母さん止めそうなもんでしょ。おっ母さん止めないよ。タバコ吸ってニヤッと笑って、鼻の穴からケムリ出しやがって、
『あたしゃお前を生んだ覚えがないね~』
このジジイとババアが今、俺のうちにいるんだよ! ※(客席大爆笑)
このあと「中沢家の人々」は、落語家となり功名遂げて千代田区麹町に構えた自宅に、この両親だけでなく、前妻の両親、後妻の両親と計六名もの年寄りが同居した日々を綴る。江戸っ子の円歌にとって面倒見の良さと口の悪さは一体で、中沢家で繰り広げられる「ジジイ、ババア」達の日常を描写しては、舌鋒鋭いツッコミで毒づく。
この向島生まれの荒っぽい伝法な口調で吐き捨てるボヤキがおかしくてたまらない。笑いのゾーンに入ると客は掌上だ。円歌が放つ言葉、一行ごとに笑い転げることになる。無駄を削ぎ落したフレーズ、畳み掛けるリズム、饒舌なモールス信号が進化するといずれこんな話芸に辿り着くのかもしれない。
春風亭昇太「もうね、いつもバカウケだった」
師の訃報を受け、落語家・春風亭昇太が円歌の芸に言及した。
< 「ラジオビバリー昼ズ」(ニッポン放送) 2017年4月26日より >
昇太「円歌師匠はネタの数ってことで言うと、そんなにたくさんやってなかったんだけど、もうね、いつもバカウケだったの」
乾貴美子「ええ~」
昇太「どうやったらそんなこと出来んのかってぐらい。僕らはね、どうしてもネタを喋ってると、段々飽きてくんだよね。自分が喋ってることに。なんていうのかな、感動みたいなものがなくなって来るわけよ。そうするとトーンが落ちてくるわけですよ。笑いの量も何もかも落ちてくるんですよ。それが(円歌師匠は)全然落ちないでずーっとこのネタ(「中沢家の人々」)、盤石なネタがあって、それ喋ってたらもう絶対バカウケっていう、ずーっとおんなじ勢いで新鮮に語るのさ」
乾「凄いですね」
昇太「それは凄かったですよ。もうね、こういうのをプロって言うんだなって感じ。だからこう、次の(新)ネタ、次の(新)ネタってふうにいく人じゃないんだけど、(持ちネタ「中沢家の人々」が)確実にウケるの」
爆笑系の落語家の中で、円歌のような寡作派は珍しい。同じネタをかけ続けてもモチベ―ションが下がらないのはなぜか?
円歌自身は「中沢家の人々」に対してこう述べている。
< CD 「三遊亭圓歌 中沢家の人々 完全版」ライナーノーツより >
『中沢家』は昭和の四十年代から練りに練って、オレのスタイルに作り上げたものだからね、どんな客にだって対応できる。同じに聞こえる『中沢家』でも、その日の客席によって、微妙に中身は違ってるんだよ。
同じようで微妙に違う・・・日々の僅差に話芸の深みを見出し、常に満足のいくものを提供する職人気質が長年のモチベーションを支えていたのだろう。
どんな客にも対応した「中沢家の人々」――、例え持ち時間が数分でも一時間でもネタは伸縮自在だったという。そして観客の趣向を察し、即妙に内容の微調整が可能という話者としての高いスキルが、全国各地ですべらない高座の連続記録を更新し続けてきた。昭和平成の演芸史における高座漫談の完成形が「中沢家の人々」だと言っても「うそ」ではないだろう。
ゴールデンウィークに聞きたい落語
もし、この「中沢家の人々」に触れたことが無いのなら、ゴールデンウイークに手を伸ばしてみてはいかがだろうか? 幾つかのソフトが市販されている。
<CD>
◎NHK落語名人選100(70)三代目 三遊亭圓歌「浪曲社長」「中沢家の人々」
※1996年の収録。放送用に編集されて約18分半。これが最も頻繁に口演されたサイズの「中沢家」。必聴盤。
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◎「三遊亭圓歌 中沢家の人々 完全版」(オーマガトキ)
※2005年、鈴本演芸場でなんと一時間以上に渡った高座を収録。ファンにはたまらない希少な長尺盤。このとき76歳。年齢を超越した闊達な口跡に敬服する。
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<DVD>
◎NHK DVD 落語名作選集 三代目 三遊亭圓歌
※表情と仕草、高座をまるごと楽しむなら映像で。笑い待ちする際の目がキュート。百戦錬磨の話芸者が到達した芸の記録。
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ネット上にも動画や音源があるので、そこから入ってもいい。その際は出来るだけ口演時間が短いものから選んだほうが、噺のキレをより感じやすいだろう。
そして「中沢家の人々」にハマり、落語家による爆笑漫談系の高座をさらに聞きたくなったなら、多士済々な円歌一門から三遊亭歌之介を検索してみてはどうだろう。まだご存知なければだが、歌之介は円歌門下のベテラン真打。漫談・地噺が主だった円歌の話力を見事に受け継ぎ、そこに自身のネタを注ぎ込んだ爆笑高座は全国から引く手あまただ。人気落語家である。
多忙な歌之介が五月は都内各寄席に出演する。
<三遊亭歌之介 寄席出演情報>
◎ 五月上席(1日~10日)鈴本演芸場(昼) 浅草演芸ホール(昼)
◎ 五月中席(11日~20日)鈴本演芸場(昼) 末廣亭(昼トリ)
◎ 五月下席(21日~30日)浅草演芸ホール(夜)
この時期、弟子の口から師匠を偲ぶ話も聞けるだろう。そこに師匠ゆずりの「うそ」があっても話半分で笑って追悼したい。そして、高座から聞こえてくる音声に耳を傾けながら、円歌師匠の天賦の声に思いを馳せてみたい。