※この記事は2015年02月12日にBLOGOSで公開されたものです

杉本祐一氏(編集部撮影) 写真一覧
12日、シリアへの渡航を計画、渡航自粛の求めに応じなかったとして外務省にパスポートの返納を命じられた新潟市のフリーカメラマン・杉本祐一氏が会見を行った。この措置に対しては、憲法が保障する「移動の自由」の観点から批判の声も上がっているが、外務省は邦人保護の観点から、今後もISIL支配地域への渡航自粛の求めに応じない場合、旅券返納を行う方針だ。

杉本氏は会見で、シリアへの渡航について「(ISILの)支配地域に行くつもりはなかった」とし、「パスポートを失うということは、私のフリーカメラマンの仕事を失うということであり、また私の人生そのものが否定されるということ」と述べ、外務省に異議申し立てを行い、場合によっては法的措置も取ることも検討する、とした。

冒頭発言

 この度、私、フリーカメラマン杉本祐一のために、このような場を提供いただき、まことに有難うございます。

 私は、この20年間、旧ユーゴスラビアや、アフガニスタン、パレスチナ、イラク、そしてシリアで写真を撮り続けてきました。紛争地で生きる人々、難民キャンプでの生活、自由と民主主義を求め戦っている青年達の姿を、私の地元、新潟県の新聞やテレビなどを中心に、各メディアを通じて日本の人々にお伝えしてきました。その度に大きな反響をいただき、感謝しております。

 今回、突然、パスポートの強制返納という事態に直面し、大変驚き、またショックをうけております。パスポートを失うということは、私のフリーカメラマンの仕事を失うということであり、また私の人生そのものが否定されるということだからです。

 事の起こりは、今月はじめ地元の新聞に取材を受けたことでした。記者にまたシリアに行くのか、と聞かれ、何度も取材を受けてきた信頼していた媒体だったので、シリアでの取材を検討している、と答えてしまいました。ところが、新聞記事で、私がシリアに行くこと、さらには詳しい日程まで、掲載されてしまい、本当に驚きました。私は静かにシリアに行き、また静かに帰国することを望んでおり、全く不本意なことだったのです。

 それから、すぐに外務省から電話がかかってきました。確か2月の2日から3日だったと記憶しております。その内容は、「新聞記事を読んで杉本さんがシリア行きを計画していることを知った、今回の取材はやめて欲しい」旨のお話でした。しかし、私は、昨年11月、シリア北部のコバニでの攻防戦を取材し、そのコバニがイスラム国から開放され、クルド人部隊による海外記者を案内するプレスツアーも行われているというので、是非取材に行きたいと思い、現地行きのチケットを手配していました。

ただ、イスラム国の支配地域に行くつもりはありませんでしたし、そもそもシリアに入るかどうか現地の信頼できる仲間と相談して、現地情勢を見定めながら判断しようと思っておりました。刻一刻と情勢が変わる紛争地域では、当初の予定通りにことが運ぶとは限りませんから、遠くはなれた新潟ではなく、シリア国境近くで情報を収集し、判断したかったのですが、外務省の職員の方とは「中止して欲しい」「行きます」とのやりとりが続きましたが、その電話は15分から20分ほどで終えたと記憶しております。

「返納しない場合は逮捕する」と言われた

 その翌日に、今度は新潟県警の中央警察署の警備課長からお会いしたいとの電話をいただき、喫茶店でお会いしました。その時も「シリア行きをやめて欲しい」「行きます」とのやり取りだったのですが、警備課長は最後に家族の連絡先を教えて欲しい、無事に帰ってきて欲しい、と言ってくれたのを記憶しております。その後の7日の午後7字頃、私が外出先から自宅へと戻ると、近くの駐車場にライトをつけっぱなしの車が止まっており、その光の中に浮かんだ数人の男達の姿がありました。そして、自分が自宅玄関を開けようとした際に、男達は駆け寄ってきて「杉本さんですか?」と声をかけてきました。「あなた方は?」と聞くと「外務省から来ました」と答えたのでした。

正面に外務省領事局旅券課の外務事務官が座り、その横には、課長補佐がたっておりました。その後ろには警察官2名がたっていました。そこでまた「行かないでくれ」「行く」とのやり取りとなったのですが、「パスポートを返納しろ」とも言われ、「返納しない」と応じました。その後、外務事務官は、岸田文雄外務大臣の名前入りのパスポート返納命令書を読み上げ、旅券法の辞典を開き、ここを読め、と言われましたので、読みました。

こうしたやり取りの中で、「返納しない場合は逮捕する」と2、3回言われました。どうしようかと悩みましたが、どちらにせよ逮捕されてしまえば、パスポートは没収されること、狭いところに押し込められ、事情聴取を受け、起訴され裁判になった際の弁護士の費用を考えました。これらのリスクを考えた際、パスポートの返納に応じざるを得なかったのです。そして、夜7時55分頃、外務省の職員らは私のパスポートを持って引き上げていったのでした。

私もシリアに退避勧告が出されていることは知っており、外務省からもそうした説明を受けていましたが、退避勧告とは、あくまで危険情報であり、強制力を持たないものだったはずです。確かに、旅券法には、旅券名義人の生命・財産を保護する目的で返納を命令できると書いてありますが、一口にシリアと言っても場所により状況はまったくことなります。

先程も申し上げたように、私はイスラム国の支配地域に行くつもりはありませんでした。コバニはイスラム国から解放されており、クルド人部隊の警護の下でプレスツアーが行われ、多くの外国の記者が取材に入っておりましたので、コバニならば、大丈夫であろうと私は判断しました。

また、今回、もし可能であれば、自由シリア軍の支配地域での取材は考えておりましたが、私も20年間の経験から、決して無理はしないと決めており、あくまっでコバニやトルコ側のアクチャガレの取材を優先しておりました。

報道関係者が、外務省にパスポートを強制返納されたのは、戦後、日本国憲法が公布されて以来、初めてのケースだと聞いております。私としましては、自分のパスポートを取り戻したいのはもちろんのこと、私の事例が悪しき先例になり、他の報道関係者まで強制返納を命じられ、報道の自由、取材の自由が奪われることを危惧しております。つきましては、できるだけ早くに、外務省に異議申し立てを行い、場合によっては法的措置も取ることも検討したいと思います。

みなさまのお国ではこのようなことがあるのでしょうか。教えていただければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。
杉本祐一氏(編集部撮影) 写真一覧
―イタリアでは返納はありえません。基本的には憲法の下、刑事事件で確定判決が出ていない限り、また、医学的に正常な判断ができないという限り、どの市民にもパスポート持つ権利がある。この件について、裁判で争うつもりはあるか。

私の理解している限りでは、旅券法において取り上げる権限があると外務省にあるので、なかなか勝てないないでのはないか。一方、外務省が取った措置は旅券法に則しているが、警察の行動については理解できない。旅券を返納した場合に逮捕する、あるいは訴追される、そういう法律があるのか。(イタリア人記者)


杉本氏:私は法律にはあまり詳しくないのですが、イタリアについては、素晴らしい国だなという印象を受けました。ありがとうございます。

昨日急遽東京に来たので、弁護士さんとはあまり接触しておりませんで、異議申し立てを一応検討をしているが、訴訟もということも念頭に考えておりますし、弁護士さんとは正式にお会いして、そのへんをこれから詰めていきたいなと思っております。

パスポート返納の時に、外務省の係官2名は名刺を置いて行って下さったんですが、後ろに立っている方々に、「あなた方は誰ですか」と聞くと「警察官です」と。「ここは日本です。礼儀として、名刺を置いていくのが当然ではないか」と聞きましたら、無礼な警察官で、「名刺は持ち合わせていない」と。非常に儀礼的な美しいこの日本で、この警察官が取った態度は非礼に当たると僕は思っております。

彼らが外務省の職員に付いてきたというところも、私は法的に合法なのかどうなのかはわからないので、お答えはそういうことで勘弁していただきたいと思います。

―今回シリアに行くということでパスポートを取り上げられたわけだが、例えばフランスやイタリアに行くということで返していただく、というようなことは考えているか。

杉本氏:例えば韓国に焼肉食べに行くとか、中国に万里の長城を見に行くとか、そういうことは全然考えてもいないんですが、やはり20年間紛争地でやってきたことを継続してやっていきたいという希望を持っておりますので、出来る限り何の制限もない、今までどおりの普通のパスポートとして返納していただきたいと思っております。

「どんな条件のもとでも、お返しすることはありません」

―パスポートを預かる期間について何か言われたのか。また、どういう条件の下であれば取り戻せるのか。外務省職員の名前は。

もしこのようなことが英国で起これば、大きな論争が起こると思う。日本の皆様の話を聞いてると、多くの方は社会や政府にあまり迷惑をかけてはいけないので、外務省は正しい判断をしたのではないか、という雰囲気を感じる。これについて、どういう印象を持っているか。(イギリス人記者)


杉本氏:外務省領事局旅券課の外務事務官、ヨシトメ・オサムさんという方が私の前に座りまして、その後ろに同じく外務省領事局旅券課課長補佐の外務事務官、ヤマザワ・ヨシチカさんという方が座りました。ヤマザワさんは終始無言でした。ヨシトメさんとのやりとりでは、「(シリア渡航は)初めてのことではないですし、1月の頭から行くということでチケットも手配しておりましたし、2012年にはコバニの取材をして、もう3年目、4年目です」と。「やっぱり取材はある程度継続性が必要ですから」ということでお話をしました。

「ただ、外務省としてはとにかく行かないでもらいたいんだ」の一辺倒でしたが、杉本さん"だったのが"杉本先輩"とか、立ててくれてるのかヨイショしてくれてるのか。ヨシトメさんもだんだん言葉遣いが変わってきました。ただ、僕としてはそういうことには気にも留めず、「とにかく行かせてください」と。

それからは「行かせない」「行く」のやりとりで、そのうちに「杉本さん、そうなると、あなたを逮捕するということになりますよ」と。そのあと「じゃ逮捕ですよ」と、計3回、「逮捕しますよ」という言葉を私に言いました。

また、パスポートについては、「(返納は)無期限です、返納しません」「どんな条件のもとでも、お返しすることはありません」というお答えでした。

その後は、いつものようにニュースなんかを見ていたんですが、50歳男性に強制返納命令を出して、返納させたというニュースが11時過ぎに流れたそうですね。私はそのニュースは全然知りませんでしたが、時事通信社さんなど日本のメディアから、何件か問い合わせの電話が来たんです。僕はその発表を全然知りませんでしたので、外務省の職員がきて返納しろと。しなければ逮捕するぞ、みたいなやりとりがありましたという事実をお話しました。多分、深夜の2時くらいまでそういった連絡が入った次第です。

―パスポートは一生戻さない、もう発行してもらえないという認識でしょうか。

杉本氏:一生とは言っていませんでしたが、返納はありえません、ありませんと言っておりました。

―フランスでも、ISILに属して仕事をするなどしていたらもちろん取り上げられるかもしれないが、そうでなければ取り上げられるということはない。

私の理解する限り、日本人とパスポートの関係は、他の国とはちょっと違う気がする。つまり欧米では市民の権利だが、日本では、"政府が与えてあげる"という感覚があるのではないかという感じがする。

ISILは欧米諸国、日本もターゲットにしており、戦略的にジャーナリストを拉致するということが続いている。難民キャンプを取材するだけと言っているが、取材先で捕まる、ターゲットにされるという可能性についてはどう考えているか。(フランス人記者)


杉本氏:コバニの攻防戦を、国境線沿いにあるトルコ側の小高い丘から取材しておりました。スルチという街がトルコ側にありまして、そこに去年10月末に僕が行った当時は、そのスルチ周辺に十数カ所箇所くらい、クルド人の難民キャンプがありました。その周辺はトルコ軍は張り付いて、トルコ軍の戦車部隊、装甲車部隊がいて、戦車の砲塔はシリアに向けてありましたし、コバニ市内には重武装の治安部隊が何百人も警備・警戒している状況でした。

ISILの協力者やスパイがいる可能性はわかりませんが、戦闘員が入る余地はないというという状況で、間違いなく、拉致される、誘拐されるという状況はないと確認した上で、難民キャンプの取材を行いました。

今の質問で僕も燃えました。最後まで行きます。

―他のジャーナリストに累が及ぶことを危惧されて、このように会見されたことに敬意を表します。

先ほどの質問で、日本では得てしてこういう場合に、"世間に迷惑をかけて…"というような声が上がるということで、そういう反応があるのかどうか。

もし今回、裁判で争うということになると、旅券法19条の条文があるが、一方憲法22条では渡航の自由があると、これまで解されているので、旅券法の19条の4項が合憲か意見かを争う裁判となり、最高裁判断が必要になってくる。旅券法をめぐっては、1952年に最高裁の判断があるが、先ほど、逮捕されると大変だいうことでパスポートの返納に応じたということだが、裁判の費用の問題、時間の問題を踏まえて、最終的には最高裁による憲法判断まで行かれるつもりがあるのか。


杉本氏:反応は「国賊」っていう電話が来たりとか、非通知の無言電話が来るんですが、それよりも、「とにかく頑張ってくれ」と。いままで新潟県内で講演を主催していただいた人々がいますので、その人たちの激励が圧倒的に多いです。「頑張ってください、できることがあれば協力しますよ」とそういった反応が圧倒的に多いです。

街に出たら、「写真を撮っていいですか」って言われたことがありました。「国賊ですけどいいですか」って言ったら「国賊大好きです」って言われたり。「あんたこそ侍だよ」と言ってくれた人もいます。

後半の質問ですが、これは私事であると同時に、多くの仲間たち、フリーランスのジャーナリストやカメラマンの人達の問題でもあります。その人たちが仕事を失うということは、もうあってはならないことですので、それを許してしまうと、もしかしたら日本の報道機関、大きな組織にも影響が出るおそれがあると心配しています。

とにかく、そんな取材や渡航、表現の自由への制限があってはならないという思いを持っておりますので、最後まで闘うつもりでおります。

―先程、まだ弁護士に会っていないとおっしゃっていましたが、本気で訴訟を起こす気持ちありますか?事は重大です。日本の報道のあり方にも影響があると思いますし、売名行為ではないかと謗りも出てくると思います。もう一度伺います。本気で訴訟を起こすつもりですか。

杉本氏:弁護士の方とは、昨日の夜、ちょっとお会いして、ご挨拶程度の接し方をしただけです。この会見にもご同行をお願いしたんですが、別の用事があるということで、じゃ一人でということだったんですが、今の質問で僕も燃えました。最後まで行きます。

―本気で訴訟を起こしますね?

杉本氏:起こします。

―杉本さんが仮に外務大臣だったとしましょう。外務大臣として、日本の国民を守らなければいけないが、翌日何が起こるかわからないような非常に危険なところに行く人がいるという話を聞いたとします。2週間前には人質事件で大臣として苦しい思いをした経験もあるわけです。もし杉本さんが外務大臣だったら、どういう判断をされますか。

杉本氏:フリーのジャーナリストであれカメラマンであれ、あなたの渡航先は危険である、で、あなたはどういう安全対策を持っているんですか、と聞きます。その問いに対して、かくかくしかじかで…というお答えが万全だなという答えでありましたら、僕はパスポートの返納を求めませんし、じゃあ、十分気を付けて取材をして下さいね、と僕は判断します。

僕のシリアにおける安全対策は、日本語のわかる自由シリア軍の元兵士の方、何年も付き合ってもらっております。また、同じタクシードライバーの方にお願いして行動しております。それとトルコのキリスには定宿があります。トルコ人が経営していて、シリアから逃れてきた難民の方がアルバイトで働いておりますが、その人達との信頼関係がございます。

アレッポであれ、日帰りで、自由シリア軍の兵士のガイドさんとともに、国境まで送って頂いて、目の前のトルコの国境を超えて、キリスのホテルに行くんですがとにかく行って帰ってくる。毎日です。取材に行くたびに守られて、ガードマンも二人ついております。行って帰って、必ずトルコ国境の手前のシリア側で下ろして頂いて。一歩踏み込めばトルコですから、歩いてキリスの定宿まで行きます。安全第一で行っております。

関連リンク

・アンケート:"パスポート返納"、賛成?反対?
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新聞各紙の社説

・旅券返納命令 前例にしてはならない - 毎日新聞
・旅券返納命令 シリアの危険考えれば妥当だ - 読売新聞
・旅券返納命令 国民を守る判断は妥当だ - 産経新聞