【寄稿】日本衰退の抱き締め方 - 山本一郎 - BLOGOS編集部
※この記事は2015年01月01日にBLOGOSで公開されたものです
山本一郎です。今年も新たな一年ということで、いろんな取り組みに没頭していきたいと強く思う毎日でありますが、皆様はどんな新年を迎えられたでしょうか。本稿のテーマは、日本の衰退と、その過程で起きるだろう諸現象を、どう私たち日本人が受け止めていけばよいのかです。去年12月の選挙では、国民のおおむね6割強がアベノミクスに対して満足、または概ね満足という立場を取り、選挙ではあまり大きな争点になりませんでした。投資を生業とします私としても、アベノミクスの恩恵を蒙った側であり、あくまで個人としては良かったなあとは思います。
でも、国民全体の利害からしますと、アベノミクスの先行きは決して明るくないことは明確です。というのも、本来であれば日本の経済効率を引き上げ、競争力を高めて貴重な経常収支を稼いでくれるはずの成長戦略が実を結んでいるようには見えないからです。幸いにして、昨今の原油価格という意味では歴史的な安値圏に入ってくれて、一連の円安を埋め合わせる格好でエネルギー関連収支は奇跡的に一服している状態です。これは本当に天佑と言って良い。ただ、この次の世代を担う日本の新しい産業や、行政のあり方といったものはまだはっきり見えてきておらず、バイオ、創薬、ソフトウェアといった各種産業も海外で頑張っているもののまだまだ既存産業の落ち込みをカバーできるほどの内容ではありません。
日本貿易会は、2015年の貿易見通しを発表しました。良くも悪くも円安に助けられる分野はある一方で、円安の進行は貿易赤字を促進させる可能性を否定できません。
2015年度わが国貿易収支、経常収支の見通しについて ・http://www.jftc.or.jp/research/statistics/mitoshi_pdfs/2015_outlook.pdf
逆に、経常収支の推移については、各種データから見ても分かるとおり、好調な所得収支に引っ張られて14年10月で8,334億円の黒字、14年累計で2兆9,000億円あまりの経常黒字となりました。
国際収支状況
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/
【図解・経済】経常収支の推移(最新)
http://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_bop-balance
今年度上半期の経常収支は2兆0239億円の黒字=財務省
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKCN0IV00320141111
短期的に見れば、アベノミクスの効果というよりは、日本企業など民間の頑張りもあって、円安を背景に経常収支を好転させていると考えることはできます。ネットでは、たまに「ドルベースで見るとアベノミクスで日本経済はますます衰退している」という珍説も散見されますが、その一方ですでに日本国債発行の担保で入っているはずの米国債を売るべきという不思議な議論とセットになっていますので、あまり大騒ぎしなくて良いのではないかと思います。
むしろ、問題とするべきは日本社会が抱えてしまった負債と、この後支出するであろう社会保障費の増大こそに懸念があるのであって、いまでこそ世界的なクレジット余り、過剰流動性でどうにか成り立っているものが、いったん逆回転を始めると大変なクラッシュを起こしてしまうのではないかと懸念するのであります。
というのも、現状でのわが国の社会保障費は106兆円、うち国庫負担分が42兆円あまりであり、今後、2025年から2030年に向かってわが国最大の人口ボリュームゾーンである団塊の世代が続々と後期高齢者に入ってまいりますと、年間国庫負担が1兆円ずつ増加していくという大変しんどい局面に入ります。
当然、財務省や厚労省以下、事務方は問題の発生についてはすでに十分すぎるほどの理解をしており、財務規律の問題と併せて社会保障の改革については待ったなしで進めるべきという立場でおります。平成25年(2013年)の社会保障関連予算をまとめたサマリーが財務省に揚がっているのですが、これがまたお先真っ暗と申しますか、借金漬けで首が回らない家庭のような内容になっていて恐ろしいわけです。
平成25年度社会保障関係予算のポイント
https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2013/seifuan25/06-5.pdf
しかも、削減しなければならない予算だと卓上で計算できたとしても、その先にあるのは日本人の生活であります。医療費が大変だから削ろう、と考えたところで、その割を食うのは病気をされて通院されている方や、高齢者、そしてそれを支える家族です。そこに、国庫の金が尽きそうだからといって「社会保障費を減額します」と突きつけたときに訪れるのは貧困であり医療の打ち切りであって、それは死以外の何者でもありません。
私がこの点で問題意識を持つのは、やはり旧ソ連のペレストロイカで体制が崩壊したとき、ゴルバチョフ元大統領が市場経済への移行を断行する中で行った社会保障費の打ち切り、切捨てです。文字通り経済の混乱と年金支給の打ち切り、またソ連時代は医療が無償だったのを半額自己負担とした医療改革を行った結果、それまで63歳前後あったロシア人男性の平均寿命がわずか3年で57歳と6年近く急落するわけです(ロシア人女性も74歳から71歳に下落)。
ロシア人の平均寿命
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8985.html
社会保障制度の崩壊は、社会の自壊、すなわち弱者へのしわ寄せによる国民の大量死に繋がるということです。そして、ソフトランディングが可能なのかどうかは、これらの高齢者を社会がいかに受け止めるか、労働人口を拡大するために少子化に歯止めをかけるのか、アベノミクスでも何でもいいから経済効率を引き上げ成長戦略をどのように軌道に乗せるのかを、かなり真剣に考える必要があります。ライフワークバランスとか言ってる場合じゃないぐらい、わが国の社会保障は危機的な状態に瀕しており、同様に、人口をどう社会が保つのか、子供たちに教育を施すのかといった、社会全体のお金の使い方をもう一度しっかりと見直さなければならない局面に入っているのだと言えましょう。
しかしながら、今回の国政選挙においてはアベノミクスの信認についてや、100万人増えたとされる非正規雇用の是非についてが主たる争点となり、国民の関心事もその上位になぜか「この選挙に大義名分はあるのか」といった、政策吟味や争点とはとてもいえない内容ばかりが並ぶことになりました。そもそも非正規雇用の増大といっても、正社員雇用自体も増えており、また増えた非正規雇用は65歳で定年を迎えた団塊の世代の再雇用が40万人強いる計算になるため、全体の雇用としては増えて、とりあえずアベノミクスで景気は拡大していて良かったね以上の結論は見当たらないのです。それを、民主党が選挙にあたって「夢は正社員」などとピントの狂った広告を打ってしまい、国民としては争点がぼやけてしまったのは政治家たちは強く反省するべきだと思うわけです。
学歴・業種別などの若年労働者の変化をグラフ化してみる(2009年→2013年)(2014年)(最新)
http://www.garbagenews.net/archives/2198595.html
世代別に正規・非正規就業者数の詳細な推移を確認してみる
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fuwaraizo/20141203-00041175/
まだ団塊の世代が元気に働けているうちに社会保障の改革を推し進めて、私たちは次の世代に日本社会を良い形で引き渡さなければなりません。「地方消滅」の議論までは良かったのに、生き返る可能性の乏しい地方経済に対して貴重な資金を地方創生と称して再びばら撒くことがわが国にとって本当に良い政策なのかどうかも含めて、しっかりと考えていく必要はあろうかと思います。
いま必要なことは、しっかりとしたデータに基づいて政策を吟味することと、将来はこのような形でナショナルアイディアを作り上げていくのだというビジョンを掲げることだと考えます。
為替や貿易、産業といった不確実な経済の良し悪しを考慮することも大事ですが、それを支える日本人の人生や健康、家族といった「暮らし」そのものに必ず起きる問題を、もう一度見直すタイミングが今年は来るといいなと願っております。