【寄稿】「国力を総動員しなければ領土領海をまもれない」 - 一色正春 - BLOGOS編集部
※この記事は2014年12月30日にBLOGOSで公開されたものです
一色正春(元海上保安官)
今年秋に小笠原諸島海域で我が国の海洋資源を根こそぎ奪っていった中国漁船団の数は約200隻。
それに対して日本国海上保安庁が逮捕したのは、約10名。この数字が多いのか少ないのかは、主観の問題なので意見の分かれるところですが、おそらく多くの方が200隻の泥棒船に対して10名程度の逮捕では少ないと感じられるでしょう。
私も、それが普通の感覚だと思うのですが、実際の現場においては、なかなかそうもいかないというのも現実です。
それは、自由に動きまわる船を捕まえるのが物理的に困難であるということや、人一人に懲罰を与え前科者にするためには様々な手続が必要で、そのために時間や手間がかかるという、手続き上の問題があるからです。
刑事ドラマでは犯人が、すぐに逃走を諦めたり、足の早い刑事が格好良く犯人を捕まえたりしますが、現実には、そんな都合の良い話など滅多にありません。また、ドラマは犯人を逮捕すれば終わりですが、現実社会においては警察官(海上保安官)の仕事は、検察官が起訴するまで(まれに証人として裁判に呼ばれることもありますが)続くのです。
いずれにしろ、はっきりと言えることは、日本政府がこの程度の対応を続けるのであれば、一時的に来なくなったとしても中国漁船は日本近海に資源がある限り、彼らの都合で何度でもやってくるということです。では「どうすれば良いのか」という話になりますが、その前に実際の現場が、どう対応しているのかということを、検挙から起訴までの流れにそって説明いたします。
まず、違法操業の疑いがある船を発見した場合、該船の位置を特定し、違法操業中の写真を撮影するなどの証拠固めを行ってから該船を停船させようとしますが、普通は素直にとまりません。該船が逃げれば当然追いかけるのですが、その間も撮影等の記録や停船命令を発するなど、やるべき事がたくさんあります。ということは、該船を追跡する間は他の船のことなどかまっている暇がなくなるいということです。逃走劇は多くの場合、数時間続き、時には10時間を超える事もあり、その間、他の船は余裕で逃げることができてしまうのです。
なぜ、逃走劇が長時間続くのかと言えば、一つは指揮命令系統の問題です。
相手が外国船の場合は現場で判断するのではなく、いちいち上にお伺いを立てなければいけないので、その分余計な時間がかかります。
もう一つは物理的な問題で、通常、相手が停船しない場合は、巡視船を該船に並走させながら接舷し海上保安官が該船に飛び移り強制的にエンジンを止めさすのですが、船は車とは違い波などの影響で真っ直ぐ走らせる事自体が難しいので、相手のスピードに合わせて並走させるのは容易な事ではありません。しかも、相手は協力しないどころか妨害してくるのですから。ようやく並走したとしても、自船と相手船の舷の高さが合わないと人間が飛び移る事が出来ませんので、両船の高さが合うタイミングで接舷させなければいけないのですが、これが結構難しいのです。
特に外洋の場合は、波とは別に「うねり」があるので、船体が数メートル上下することもあり、タイミングを間違えると大事故に繋がり兼ねません。その難関をクリアして首尾よく接舷出来たとしても、そのような理想的な状態は、あっという間に終わってしまうので、今度は甲板上にいる人間が間髪いれずに相手船に飛び移らなければなりません。
このような難しい連携プレーを駆使して相手船に乗り込んだとしても、まだ最後の難関が残っています。
それは、相手船の乗組員です。韓国の海洋警察官を刺殺するような、他国の官憲を屁とも思わない人たちが、海上保安官がやって来たからといって簡単にエンジンを止めてくれるはずがありません。そんな乱暴な人達が、日本近海までくる大きさの船には少なく見ても一隻に10人以上乗っていますから、物理的に抵抗する彼らに言うことを聞かせるためには、それなりの人数(通訳を含む)が必要です。
過去、逃走する韓国船に一人だけ飛び移り(他の者はタイミングが合わなかった)、相手船の乗組員に海に放り込まれた事例もあるくらいですから。口で言うのは簡単ですが、実際はこのように、たった1隻の船を捕まえるだけでも数多くの人員と手間暇が必要なのです。
このように数々の難関を潜り抜けて検挙したとしても、前述したように、それで終わりというわけではなく、それからも大変な作業が待っています。
まず、相手船に乗り移れば普通は現行犯逮捕をするのですが、現行犯に限らず被疑者を逮捕をすれば刑事訴訟法の規定により48時間以内に検察庁に送検するか釈放しなければなりません。ところが小笠原諸島付近海域の場合、逮捕した場所から最寄りの検察庁まで約1000kmの距離があるので、船で被疑者を移送するだけで30時間くらいかかります。被疑者は逃走の恐れがあるので釈放するわけにはいきませんので、その間も、なんとか時間内に送検すべく、海上保安官は不眠不休で書類を作成したりするのですが、外国人が被疑者の場合、通訳を間に挟むため何をするにしても2倍以上の時間がかかります。
また、海上保安官を不眠不休で作業させても問題は生じませんが、被疑者に対しては睡眠時間を含む休憩時間や食事等の生理的要求にこたえなければ大問題になりますので、その手間暇だけでも結構大変なのです。そうやって必死で必要書類を作成するなどの作業を行い、送検したとしても、それで終わりではなく、勾留中も裁判で被疑者の犯罪を立証するために証拠を揃え、それに関する様々な書類を作成しなければなりません。
具体的に言いますと、被疑者や参考人を取り調べて供述調書を作成するわけですが、被疑者の場合、取調官、通訳、取調監督官の最低3名の人間が必要となります。他にも乗組員10人以上に対して似たような形で事情聴取する必要があり、それだけでも大勢の人員が必要です。他にも、船体や漁具の実況見分(船や漁具の計測等)、漁獲物の換価処分(違法採捕した漁獲物を売却する)、供述の裏付け捜査などなどやることがたくさんあり、その作業の分だけ人手が必要になります。こういうふうに船1隻捕まえるだけでも、日を追うにつれて必要な人間の数は少なくなりますが、だいたい20~30人の人間が3週間ほど、専従しなければなりません。
このような現状を踏まえると、現在、尖閣海域に沢山の船艇や人員を割かれている海上保安庁としては、よくやっている方ではないかと思えてくるのではありませんか?
しかし、これは海上保安庁の一現場の話であり、日本国の総力をもってすれば、もっと多くの船を捕まえることは可能です。ただ、具体論を述べる前に、あの中国漁船の乱暴狼藉を、どうとらえるのかということをはっきりとさせておかねばなりません。
マスコミは、こぞって「密漁」という言葉を用いますが、はたして、あのように数に物をいわせて堂々と盗みを働く人たちと普通の泥棒(官憲の目を盗んで悪事を働く密漁者)を同じ扱いにして良いのでしょうか。
例えば、スーパマーケットで一人の人間が、こっそりと盗みを働けば「万引き」ですが、一挙に200人以上が押し寄せて、警備員の制止を無視して盗みを働くのは「万引き」とは呼ばないでしょう。
マスコミにどういう意図があるのか分かりませんが、ニュースである以上は正しい言葉を使ってもらわなければ、多くの国民が誤解してしまいます。あれだけの大船団が、統一された行動をとるということは、何らかの大きな力が働いているとみるのが妥当で、本来であれば侵略者として対応すべきところですが、表面上は民間漁船であり工作船であるという確たる証拠がない以上、日本側としては犯罪行為として警察権を行使する方が賢明です。
とはいえ、その規模や場所を考えると、通常の体制では対抗できないことは明らかです。相手が国家レベルの犯罪行為を仕掛けてきているという認識のもと、日本政府は一省庁に任せるのではなく総力戦体制で挑まねばならないことを覚悟してかからねばなりません。
そこでようやく具体案です。まず、政府内に特別対策本部を設置し、本部長は内閣総理大臣または国務大臣クラスの人間をあて、全省庁が本部長の命令一下で動く体制を作ります。
そして、その権限において海上保安庁と水産庁及び東京都から密漁取り締まりの経験豊富な職員を、警察庁からは制圧技術に優れた機動隊員や捜査員を、防衛省からは運行要員込みで航空機と艦船を、法務省からは検察官を含む検察庁職員と裁判官を含む裁判所職員及び刑務官を、全省庁から中国語に堪能な者を広く全国から集めます。また公判に備え、弁護士会に要請し一定数の弁護士を国選弁護士として確保してもらいます。
こうやって集めた人間を小笠原の島に集結しますが、足りないであろう宿泊施設や留置所の代わりには大型旅客船を数隻チャーターします。そして、父島や母島にある警察署、海上保安署を増員し、検察庁や裁判所の出張所を開設して被疑者の拘留から判決までを現地で行える体制を整えます。
そのうえで密漁取り締まりに長けた海上保安官、水産庁や東京都の職員と中国語通訳官で10名程度のチームを可能な限り多く作り、警察の機動隊とともに自衛隊の艦船や航空機に乗り組ませて現場に権限を与えます。
そして違反行為を発見次第、遂次検挙していきます。相手船に乗り込む段階で抵抗が激しい場合は機動隊員が制圧し、海上保安官、水産庁や東京都の職員は証拠保全を行い、自衛官は艦船や航空機の操縦に専念し警察活動には直接かかわらないようにします。(自衛官は通常時、警察権を持たないため)検挙した漁船は、乗り込んだチームが漁船乗組員に指示して近くの島まで航行させます。
そしてできるだけ早く陸上班に事件を引き継ぎ、検挙活動に復帰します。自衛隊の艦船には、あらかじめ複数のチームを乗り組ませておき、島と艦船の間を高速艇で結べば、艦船が現場海域を離れることなく切れ目のない検挙体制をとることが可能です。
また、逮捕した漁船員は、刑務官が乗り組む大型旅客船に拘留し、臨時に設置された検察庁と裁判所で司法手続きを行い、最終的に刑が確定すれば定期船で本土に送還します。そして犯行に使われた漁船漁具は順次手続きを経て没収し、それをフィリピンやベトナムに無償で払い下げ、南シナ海で使ってもらいます。このような一連の流れをベルトコンベアー式に行えば100隻程度なら一か月もかからずに一掃できるでしょう。
また、中国漁船の乱暴狼藉におびえて漁ができない地元の漁船に対しても、東京都の漁業調査指導船などに機動隊員を乗り組ませ護衛につけるなど、地元漁師が普通に操業できるような措置も講じなければなりません。地元漁民が憂いなく操業できてこそ実効支配と言えるのですから。
ただ、個々の問題に関しては縦割り行政の弊害や法令の不備などが予想されますので、政治家が迅速な立法措置を含め現場の人間が最大限能力を発揮できる素地を作る必要があります。
おそらく多くの人が、このような案は非現実的と思われるでしょう。しかし、従来の方式に固執していては、中国の物量に対処することはできません。だからこそ、このように(これはあくまで一例)、前例にとらわれない手法を用いて日本国の実力を最大限発揮するしかないのです。
そして、これが成功すれば尖閣や五島における抑止力になるだけではなく、様々なケースに応用が可能です。彼らが犯罪行為という皮をかぶって来る以上は、こちらも粛々と犯罪者を検挙するのが一番効果的なのです。ただ単に「撃沈」などと掛け声だけ叫んでみても意味がありません。ちなみに、私は取締りの際に必要があれば銃器を使用することは当然だと思いますが、勘違いしてはならないのが発砲は単なる手段でしかないということです。
あくまでも目的は海上における法令の励行、即ち犯人を捕まえることです。これは独立国家が自国の領海内で主権を行使するだけのことで、それ以上でもそれ以下でもなく、誰かに配慮すべき問題ではないのです。
マスコミは大げさに報道していますが惑わされてはいけません。相手は物量に物を言わせ「中国にはかなわない」と思わせようとしているのです。我々が、少しでも妥協してしまえば相手の思う壺です。
相手は、国を挙げて侵略してきているのです。繰り返しになりますが、我々も国力を総動員しなければ領土領海をまもれないことを認識し、その覚悟を持たねばなりません。事態が大きくなれば、友好行事や輸出入の禁止、現地邦人の不当逮捕など中国からの不当な圧力が予想されます。その時に覚悟がなければ四年前と同じような惨めな結果に終わってしまいます。