2015年3月に「トモダチ チャリティベースボールゲーム」が開催―松井秀喜氏が語る被災地への思い― - BLOGOS編集部
※この記事は2014年12月17日にBLOGOSで公開されたものです
東日本大震災のチャリティイベントとして、来春3月21日に「トモダチチャリティベースボールゲーム」が行われる。同イベントは、各国の大使館などが協力 し、海外へのホームステイなどを通じて、将来の復興を担う子供たちの自立を後押しする被災児童自立支援プロジェクト「Support Our Kid's」の趣旨に元ニューヨークヤンキースの松井秀喜氏と、かつての同僚であるデレク・ジーター氏が賛同したことがきっかけで開催されることとなっ た。野球を通じて日米両国の子供たちの親睦を目指すという目的で野球教室や松井氏とジーターによるホームラン競争なども行われる。同イベントの趣旨を 説明するべく、松井秀喜氏と読売巨人軍の原監督、同イベントの特別協賛企業、森永製菓の新井社長が外国特派員協会で会見を行った。質疑応答では、巨人軍監督への興味を尋ねる質問に対し、松井氏が苦笑する場面も見られた。
原監督「子どもたちに少しでも希望を持ってもらいたい」
原辰徳氏:(以下、原)読売巨人軍監督の原と申します。私は、この外国人特派員協会で、一度会見がしたいなと常々思っておりました(笑)。今日はこういった形の東北復興支援、「Support Our Kid's」という中で会見ができるということは大変光栄なことだと思っております。
2011 年、皆さんご存知の通り東北で大変な震災が起き、大変な被害に見舞われました。その時に、なんとか我々が出来ることがないだろうかということで、とにかく子供たちに「あなたたちは一人じゃない」と。いろいろな境遇の子供たちがいます。そういう中で、少しでも子供たちがリーダーとなり、社会に旅立っていくと いうことに支援ができないであろうかと。そこからスタートしました。
もう4年近くになりますが、その復興支援も輪もだんだん広がって、こ のような形になっております。この度は、メジャーリーグを代表するデレク・ジーター、そして私も同僚として一緒に野球をやっていた松井秀喜くん。この2人 がですね、この趣旨に大いに賛同してくれて、今回素晴らしいイベントとして、大きな意義ある時間を作ってくれるということに対して大変感謝しております。
森永製菓さんに至ってはですね、「我々がやるよ」ということで手を挙げてくださったことにも大変感謝をしておりますし、もし仮にこの会見を見てですね、「よ し私たちも支援しよう」というような会社あるいは個人の方がたくさんいらっしゃることは、今後大きく子供たちにプラスになると思っています。
私 は今回ジャイアンツの監督という立場ではありますが、野球教室みたいなことも含めて我々のプロ野球人としていいチームをつくって、とにかく子供たちに野球の素晴らしさ、そして我々と接することによって、少しでも「我々でもできるんだ」というような希望というものが芽生えてくれたいいなということで汗を流す覚悟であります。
どうかこのイベントが大成功に終わることを祈願いたしまして、私の挨拶に代えさせていただきます。どうもありがとうございました。
松井秀喜氏「少しでも手助け出来たら」
松井秀喜氏(以下、松井):こんにちわ、松井秀喜です。私もアメリカで12年生活しておりますが、原監督同様英語はあまり得意ではありません。日本語でスピーチさせていただきます。東日本大震災からまもなく4年が経とうしている中、私もアメリカで生活している時間が長く、なかなか被災された方々をサポートする活動というものはできな かったのですが、この度「Support Our Kid's」という活動を知り、この活動に参加したいという気持ちになりました。
ヤンキースで長年のチームメートであったデレク・ジーターもこのイベントに賛同し、このイベントのために来日してくれるということで、僕も大変うれしく思って いますし、また日本で開催できることを大変楽しみにしております。今回のイベントには「トモダチ」という名前がついております。私自身、ジャイアンツ、そ してメジャーリーグでもたくさんの素晴らしいチームメート、友人が出来ました。
また、アメリカで生活していく中で、日本とはまた違った文化・習慣、もちろん言語も違います。それを経験していく中で、一人の人間として少しは成長していけたかなと思いますし、子どもたちも海外で生活することを経験して、そういう中で成長していってくれたら大変うれしく思っております。
そして、この「Support Our Kid's」がこれからも年々活動として大きくなっていって、充実していくことを願っております。また自分としても3月のイベントで、一人でもたくさんの子供たちに来ていただいて、皆さんに笑顔でまた被災地に戻っていただけるように、少しでも手助け出来たらと思っております。
来年3月21日、東京ドームでお会いできることを心から楽しみにしております。ありがとうございました。
<デレク・ジーターよりビデオメッセージ>
長年の友人である松井秀喜さんに誘われて、「Support Our Kid's」のチャリティイベントのボールゲームのために日本に行けることを楽しみにしております。
今回の記者会見を企画してくださった原さんに心より御礼を申し上げます。また、スポンサーを引き受けてくださった森永製菓株式会社様、協力していただきます読売新聞社様に感謝を申し上げたいと思います。皆様で素晴らしいイベントに盛り上げていきましょう。お会いすることを楽しみにしております。
「メジャーでも『ハイチュウ』が人気」ということでサポートを決めた
森永製菓・新井社長:ご紹介いただきました森永製菓の新井でございます。今日は、この素晴らしい「Support Our Kid's」の活動に協賛することができまして、大変光栄に思っております。
私どもがこのイベントを協賛させていただく背景には大きく二つ理由があります。
一つ目は当然のことながら、このイベントの趣旨に深く感銘を受けたからであります。この悲惨な震災から復興するにあたって、子どもたちを勇気づける。それをスポーツで以って勇気づけるということが如何に素晴らしいことかということを感じているわけです。
同時に私どもも微力ではありますけれども、復興に際してお菓子をお配りしたり、そういう活動を続けてまいりました。このお菓子に出会った時の子どもたちの笑顔。これは正にスポーツを通じて、みんなが笑顔になるのと質が同じようで、我々も子供たちをサポートするという趣旨に大きく感動して、お菓子もスポーツも一緒に勇気づけられるということで、ここに賛同させていただいたわけでございます。
もう一つは、私ども製品であります「ハイチュウ」のつながりであります。今回のイベントのきっかけは、ここにいらっしゃる偉大な大リーガーである松井さんとジーターさんの友情だとうかがっております。お聞き及びかもしれませんが、大リーガーの間で私どもの「ハイチュウ」が、今たくさん活躍されていますが日本人選手が外国人選手と仲良くなるための挨拶のグッズとして非常に人気で、メジャーリーガーの間でも「ハイチュウ」を愛用してくださっている方が増えていると聞き及んでおります。
ということで、この偉大な二人の大リーガーが出てくださるイベントをサポートさせていただくのは、私どもをおいて他にないぐらいの気持ちで応援させていただきます。したがって、このイベントが成功裏に終わることを祈念しつつ、今日お忙しい中、ここに来ていただいた総合プロデュースをしてくださる原監督にも感謝を申し上げて私の挨拶とさせていただきます。
記者「松井氏は巨人の監督になるのか?」原監督「私も聞きたい」
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松井:イベントとは全く関係ない質問ですね(笑)。来年のことについてはまだ白紙でございます。ですから、わからないんですけど、もしやるとしたら、もちろん言語の壁はなくさなけちゃいけないと思っています。それは自分の努力でなくさなければいけないでしょう。今言えることはそれぐらいです。
―一番最近、被災地に行ったのはいつか?また、その際の印象は?
原:私は、11月終わり頃に巨人阪神OB戦ということで仙台に行ってまいりました。一番最初に2011年3月11日という、その年の交流戦の時に酷いと言われている地区にタクシーを飛ばしまして、実際に見てまいりました。その光景たるや、数か月しかたっていないという状況だったのですが、自分の目を疑うものでありました。
その中で毎年1回は、必ず交流戦、日本シリーズ、そういうものありますけれども年々街はきれいになっております。しかし、まだまだ我々も長い目でしっかりと支援をするという気持ちがないといつでも思っております。それが現状です。
松井:私も原監督同様、先月のOB戦で仙台に足を運びました。私は残念ながら被災地いわれるような場所には、まだ足を運んだことがなくて、肌で実感できていないのが正直なところです。報道などで知るところによると、まだやはり復興が進んでいないところもまだまだあると認識しております。
今そういう報道を知っていく中で、やはり自身の心も痛みますし、早くそこに住む方々の普段の生活を取り戻していってほしいなという気持ちです。今はそれだけですね。
―震災後、数年経ち次々と違うニュースが流れ、風化しつつある部分もあると思うが、今回松井選手のようなビッグネームも支援することで注目度が上がるだろう。大きな影響力を持つ松井さんは、被災地復興以外に何らかの支援活動を今後もしていく予定はあるのか?
松井:確かに時間が経つにつれて、こういう震災というのは風化されていきやすいものであると思っています。やはり日本中の方々がそのことを忘れずにいてほしいと僕自身が願っていますし、またその力に僕がなれるのであれば、少しでもなりたいと思っています。
今回のイベント以外のことでもですね、今後もし本当に東北の方々の力になれることがあれば積極的に参加したいと思っていますし、大事なのはやはりその場所にいる方々に笑顔が戻ることだと思っています。その力になれるのであれば、力になりたいと思っています。
―秋の日米野球の際にもこうしたイベントを行うという話があったが流れてしまった。その時はジーターのギャラが折り合わなかったという噂も耳にしたことがあるが?
※「この場では言いにくいと思うので、後でオフレコで話をされたらどうか」と司会からフォローが入る。
―ジーターとはチームメートだったと思うが、彼はどういう人間だったのか?また、今回のイベントにジーターはどんな貢献ができると思うか?
松井:彼はやはり存在しているだけ、クラブハウスにいるだけで、グランドに立っているだけで、常にいい影響、風をチームに送り込んでくれる存在だったと思います。もちろん、人間としても素晴らしいものを持っていますし、素晴らしいチームメートでした。
また、彼が今回このイベントに参加するということは、今の野球の好きな子供たちも「ジーター」と聞けば、おそらく名前は知っているだろうし、実際に彼と触れ合って、彼の発する空気というか、話すことや行動すべてが子供たちにいい影響があると僕は確信しています。それぐらい大きな人間、選手だと思っています。
―ジーターは競争意識の強い人間だと聞いているが、今回のイベントではホームランダービーも用意されている。どちらが勝つと思うか?
松井:(苦笑)。彼は今年まで現役でしたからね。だいぶちょっとハンデがあると思うのですが。どうですかね、ホームアドバンテージで何とか勝ちたいと思っています。
―松井氏に率直に聞きたい。原監督の後継者として巨人軍の監督のオファーが来たら引き受ける意志はあるのか?
松井:困りましたね(苦笑)
原:僕も聞きたいね(笑)
※記者からも笑いが起きる。
松井:これは先ほどと同じで、違うところで話した方がいいかもしれませんね(笑)。
原監督「ジャイアンツにはガムを噛んでいる選手はいません」
―プロ野球選手は、チャリティに積極的な方も多いと思うが、「Support Our Kid's」の活動は今後巨人軍、球界全体に広げていくつもりはあるのか?
原:「Support Our Kid's」という団体は、多方面にわたって多種多様なメンバーがいらっしゃいます。数多く集まれば、もちろんいいことですが、しかし、何か支援するということは、それぞれが自分自身の様々な考えの中でやっていけばいいものであると思っています。
しかし、この東日本大震災においての傷跡というのは非常に深いわけですから、その点に関してはご理解を持っていただきたいと思います。
―森永製菓の社長を前に申し訳ないのですが、巨人の選手がガムをかんでいることを見たことがありません。巨人にはそういう内規みたいなものがあるんでしょうか?松井さんもガムを噛みながらプレーしているところを見たことがないのですが。
原:まず森永製菓の出している「ハイチュウ」はガムではないということを申し上げたい(笑)。
そして、ジャイアンツはガムを噛んでいる選手はいません。これは2014年度、全面的に我がチーム内での規則ということでガムは一切噛んでいません。しかし、私はベンチではどうしても口の中が、余計なこと言ってしまうような時がありますので、そういう時には「ハイチュウ」あるいはあめ玉をしゃぶっております。
松井:私もジャイアンツで育って人間ですので、試合中にガムを噛むという習慣はまったくありませんでした。一度メジャーリーグに移籍してから他の選手の真似をして一回噛んでみたんですけど、残念ながら「ハイチュウ」より美味しくないんですよね(笑)。なんかつばばっかり出て、全然おいしくなかったんです。なんで、僕は噛みながらやることには慣れなかったですね。
―今日は記者会見ということで大人向けの話ばかりだが、当日はたくさんの子供たちが参加すると思う。そうした子供たちに向けてのメッセージをお願いしたい。
原:今回、野球選手、野球少年がたくさん来ると思います。野球少年の勝利者というのはプロ野球選手になること。これは、そうではないと思っています。
「自分たちでもできる」。そういう気持ちを少しでも持ってもらえたらなと。我々も小さいころに、「プロ野球選手になりたいな」と。プロ野球選手を見たら、「ああいう人になりたいな」と思いました。そういう気持ちに子どもたちが少しでもなって、そして自分が今後前に進んでいく上において何かの力になってくれたらなと思っています。
松井:原監督と重複する部分もあるのですが、自分が子供の時のことを考えると、プロ野球選手と接するという機会は、僕は石川で育ちましたので、そんな機会はまったくなくて。おそらくそんなことがあったら、本当に夢のまた夢みたいな状況に自分がいたので。
なので、今回たくさんの野球少年、少女たちに会えると思うので、そういう非日常的な時間を過ごすことが出来るんじゃないかなと思っています。そして、その一つ一つの思い出が将来の大きなエネルギー、日々の活力に変わってくれるんじゃないかなと期待しています。