※この記事は2010年06月24日にBLOGOSで公開されたものです

　内容が「反日的」であり、日本国内で上映するべきではないとして、上映予定の映画館や、配給会社に拡声器をもった連中が押しかけている事で話題の映画、『ザ・コーヴ』(*1)の無料全編上映を「ニコニコ生放送」で観る事ができた。

　映画そのものの内容としては、前評判通り「自画自賛のプロパガンダ映画」であると私には感じられた。
　作中の1/3ほどは、撮影者たちにカメラが向けられており、「いかにイルカ漁の残酷さを暴き立てるか」というミッションを遂行していく姿が映されている。
　特に、夜の入り江に侵入し、隠しカメラなどを仕掛けていく様を暗視カメラで撮影した映像は、まるで3Dのアクションシューティングゲームのようであり、彼らが環境保護運動を「存分に楽しんでいる」様子が映し出されている。
　相手にカメラを向けたとしても、それは漁場への立ち入りや撮影を阻止される映像で占められており、いかにこのミッションが困難であり、それをやり遂げようとする自分たちが素晴らしい存在であるかの前フリになっている。
　特に、隠しカメラを仕掛けるために、岩にカモフラージュする小道具を「日本に持ち込めるかどうか」などとしゃべり、さも「日本政府全体がイルカ漁の秘密を守ろうとしている」「自分たちは日本政府からマークされている」かのように見せようとする演出は、あざといとしか言いようがない。もちろん、その機材はあっさりと日本に持ち込む事ができている。
　そうしたあざとさは、イルカ漁を行う地域に対する不誠実さにも現れている。
　撮影禁止の箇所に立ち入り撮影しながら、翌日それを町の人間に追求されると「０時には寝ていた」「私は関係ない」という嘘を付く。それを映画で見せているのは正直だという見方もできるが、どちらかと言えば「自分たちは正義をなしているのだから、悪人に嘘をつくのは当然だ」という傲慢さが垣間見える。
　彼らのイルカ漁に反対する理由は、「イルカが人懐っこいから」「かわいいから」というのが主な理由であり、そうした主観的な理由に賛同はできないが、唯一「水銀」の問題については、多少なりとも科学的根拠がありそうではある。
　確かに、魚介類には自然界に発生するメチル水銀が体積しており、食物連鎖の上に立つイルカには、他の魚介類より多くの水銀が体積している。厚生労働省も妊婦に対して、バンドウイルカの摂取を「1回約80gとして妊婦は2ヶ月に1回まで」とするように求めている。(*2)
　映画では水銀の害を、かつて日本で起きた「水俣病」の映像と重ねて紹介しているのだが、確かに水俣病の原因も工場から垂れ流された水銀であり、イルカに残留するメチル水銀との違いはないのだが、通常の環境で育ったイルカを食べて摂取するメチル水銀の量と、有機水銀が垂れ流される環境で育った魚介類を食べて摂取するメチル水銀の量がまったく違うのはあたりまえである。
　それ一緒くたにして語ってしまうのでは、水銀被害も自分たちの主張のために利用しているにすぎないと見られてもしかたがないだろう。
　そして、最後のイルカ漁によって入り江が真っ赤に染まる、制作側の意図としては「イルカ漁の真実！残酷なイルカの虐殺！！」というシーンも、魚の血が赤い以上、当たり前の光景であって「ああ、追い込み漁って、こういうものなんだなぁ」という感想以外は抱かなかった。
　結局、この映画は「反イルカ漁」を掲げる人たちが、自分たちの主張を通すために作ったプロパガンダ映画である事は明白であり、こうした環境保護を主張する人たちの傲慢さや、科学的根拠の軽視が如実に表れた映画であったと言えよう。

　では、だからこそ、このような内容の映画を上映することに対して、反対するべきだろうか？
　私は「だからこそ、上映に反対などするべきではない」と考える。
　なぜなら、この映画は一方的なプロパガンダ映画であると同時に、環境保護運動の傲慢さや科学的根拠の軽視が如実に表れており、「イルカが可哀想」などという幼稚な感情でしか動く事のできない、環境保護運動のお寒い現実を我々に知らせてくれる、作品でもあるからである。
　ドキュメンタリーであろうと、フィクションであろうと、すべての「作品」というものは、何らかの意図によって制作される。ドキュメンタリーが映し出すものは現実ではあるが、現実を映す側の存在もまた現実である。ザ・コーヴにおいては、撮影者たちが多くカメラに映ることによって、制作側の「反イルカ漁」という意図が明確になっている。
　意図が明確になっているからこそ、我々は「この映画はプロパガンダだ！」と、単純に批判できるのであって、これがもし「イルカと人間が、イルカや人間を虐殺する宇宙人を倒して、世界を救うアニメーション作品」ならば、これをプロパガンダと指摘することすら、かなり厄介な仕事となってしまう。
　今回、ザ・コーヴで批判されているのは、現実の漁師であり、現実の日本のイルカ漁に対する姿勢である。ならば、批判される側は純粋に「反論の権利を得ている」のである。

　映画上映に反対する人たちは、欧米の人たちのみんながみんな、こうした映画の主旨に賛同し、日本人を攻撃しようとしていると考えているのかも知れない。
　しかし、日本においても多くのことがそうであるように、欧米おいても一部の環境保護団体の声が大きすぎるために、そうした偏った情報しか知らされないのが現状ではないだろうか。
　また、環境保護団体の活動に異議を唱えようにも、異議をしっかり増幅して社会に伝えるような装置が存在しないのではないか。
　ならば、ザ・コーヴに反対する人が行うべきは、映画そのものを日本で上映させないという目隠しをするのではなく、こうした環境保護団体の横暴を、広く世界に訴え、自らの正当性を訴え、環境保護運動に対する反発をまとめ上げていくことである。
　それこそイルカ漁を行う側の利益を代弁できる人間がお金を集めて、映画を作るなり、youtubeで流すなり、書籍を書くなりして、自らの主張を、ザ・コーヴと同じ土俵で喧伝し、増幅していくべきなのである。

　もし、こうした映画が、日本で上映されず、その存在すら知らされないのであれば、日本のイルカ漁は一方的に批判されたままになってしまう。もし、存在を知ったとしても、内容を把握しなければ反論をする事もできない。
　内容さえ知ってしまえば、ザ・コーヴという映画は、非常に我々にとって都合のいいツッコミどころに溢れている。この映画がアカデミー長編ドキュメンタリー賞を取ったという話題性も利用して、環境保護団体の暴力性を社会に告発する機会とすることができれば、イルカ漁はもちろん、鯨やマグロの問題などについても、有効な反論の気運を産み出す事ができるはずである。

*1：映画「ザ・コーヴ」オフィシャルサイト http://thecove-2010.com/
*2：水銀と健康（国立水俣病総合研究センター）http://www.nimd.go.jp/kenko/kenko_14.html