【BLOGOS対談】「光の道」めぐりソフトバンク・孫正義社長が大激論（後編） - BLOGOS編集部
※この記事は2010年06月21日にBLOGOSで公開されたものです
（前編の続き）池田：夏野さんからAT&Tのお話があったように、AT&Tの長距離網だけ作り出すようなことをして、まさに構造分離をしたわけですよね。その場合、AT&Tの新しい会社には経営陣がいて、取締役会があって、社長がいて、そこが仕切ってもらうわけです。その社長が誰になるかはわかりませんが、仮にNTTの人たちがかなりの部分を占めるとすると、いま孫さんの仰った試算を新しい会社の取締役会が実行するかどうか、疑問です。孫：分社化した新会社ができると、株主は現在のNTT株主ですが、その株主が役員を決める任命権を持っているわけです。役員に立候補する人は、必ずしもいままでのNTTのグループ内の人事ではなく、言ってみれば日本国民が筆頭株主ということです。だから公募したっていいわけです。ですから、たとえば夏野さんが新会社の社長になったっていい（笑）。誰かが立候補して、株主が決めるわけです。ただし新会社の取締役も、従来のNTTの経営陣の横滑りではダメなんだというガバナンスを、筆頭株主である政府が、声を大にするべきです。
夏野：そこは大事なお話だと思いますね。なぜNTTはこのアクセス会社を分離しないといけないのか、そして孫さんがなぜそこを主張されているか、というのを私なりに解釈すると、やっぱり「いまの経営陣だとちょっと難しいかな」と思っていて、それをずっと言っているように私には聞こえるんです。
孫：いえいえ。NTTグループの中にも何万人も社員がいますし、電電公社時代に入った方々もたくさんいるわけです。それがむしろ経営陣の大半だと思います。
夏野：実際、私以外の役員は全員、公社時代に入った方々でした。
孫：そうですよね。公社時代からの方というのは、むしろ日本国民に優れた通信サービス、通信回線を日本中に引きたいという高い志で入社しておられるんです。そういう志高い方が、絶対にNTTの組織の中にもいるはずです。さらにガバナンスとして、社外役員を筆頭株主である日本国家、つまりは日本国民が議論をすべきなんです。
夏野：じつはNTTの持株会社には著名な方が何人も社外役員に入っていて、形としては完全に民間会社になっていますし、アクセス回線の話も含め、いまは赤字を出していますけども、国のお金は使わないでやっています。そういうことで言うと、一番早いのは孫さんが仰っていた光回線への変換を、いまのNTTのままでやるというのは、解の半分くらいにはなるのではないかと思っています。
孫：でもそれをいまのNTTの構造の中でやると機能分離という形になります。そうすると利益がNTTグループの中でぐるぐる回るだけなので、競争会社としてはたまったものではない。あなた方の利益のために、我々がメタルから立ち退くんですか？という話になってしまいます。
夏野：ただ二つの議論があって、一つは「光の道」を実現するためにアクセス会社を分離すること。これはどちらかといえば、マネージメントをきちんと決断をもってやれるか、という話だと思います。もう一つは競争政策として、アクセス回線のところがみんなで共用する形にしないといけないのではないか。この二つの話をいまされたということですよね。
孫：仰る通り。あともう一つは、アクセス会社が新会社であれば、NTT株主は株主として、経営陣とは完全に切り離すべきだと思うんですね。社員はNTTの中からいっぱい募っていいんですよ。経営陣はNTTの役員あるいは社員の中から上がってきてもいいけども、経営陣の半分以上は社外役員で、しかもその中にKDDIの小野寺社長とか、私だって社外役員の一人に加わってもかまわないんです。要するに「公平さを担保する」という意味で、競争政策のためにフェアな形にするべきだということなんです。
池田：僕が質問したいのは、まず新しい会社の経営責任を誰が取るのか、ということ。それと赤字になっても税金は1円も入れないということでしたが、民間企業で赤字が出た場合、最悪のケースだと撤退するという判断もしなくてはいけないわけです。それって当然新会社の社長が判断なさるわけですよね。あと、もし取締役会なり社長なりが、孫さんのプロジェクトを評価して同意されなかった場合、この孫さんの計画自体が成り立たないわけですよね。そこはどういう風に考えられておられるんですか？
孫：分社化をする前に、大枠の基本的な考え方や数値がそもそも理にかなうものなのか、無茶苦茶なでっち上げなのか、というのを、NTTの経営陣の方々も、あるいは我々もKDDIさんも、その他の外部の方々も、議論に参加しながら数か月かけて検証すべきだと思うんですね。その結果、「おおむねそれで行く」となったら、筆頭株主である日本政府も議論に参加して、国家として国民として、何が一番いいのか株主価値も含めて議論した上で「それで行く」となったら決断すればいいわけです。そのためには、役員は株主総会でちゃんと公選されるべきだし、筆頭株主である国家も、ちゃんとものを言う筆頭株主でなければならないと思います。要は国民がものを言うことがカギで、開かれた議論にする必要があるのです。
夏野：ただ、郵政会社を例に挙げると、あんなことになっていますから。元次官になってしまっていますからねえ。
孫：だからここでは、元次官とかの天下りを絶対に入れてはいけないんです。
夏野：私から質問というか、ここはやはり孫さんに語ってもらった方がいいと思っている点が二つあります。一つは「光の道」の話。孫さんがお話されたことは素晴らしく理にかなっていると思いますが、本当に実行するには、池田さんの指摘のように「経営陣は誰が選ぶのか？」などが問題になります。いまでもNTTの経営陣は国家が選べるわけですが、実際はそれができてないんですね。みんな郵政の件を見てきているので、小泉さんの頃はよかったのに途中で終わって、結局は次官が来て元に戻ってしまうような話になってしまう。これをみんな心配してると思うんですね。これがまず一つ。それから光回線が来たとして、普及率を33％から70％まで上げるのに重要なことは、いま使っていない人がどれだけ使うかというところになると思います。そのために電子教科書とか電子カルテをやるのでしょうが、最大の抵抗勢力となりうる文部科学省や厚生労働省に対して網をかけていかないことには、5年で実現しないと思うんですよ。厚生労働省なんて、薬のネット販売まで規制しているような「愚策」…僕はそう思っていますが、そういうのを平然とやるようなところですから。たとえば「すべての自治体で、ネットで住民票を取れるようになる」ということもなかなかやってくれないし、選挙するにしても、「ホームページを変えてはいけない」、「ツイッター使ってはいけない」というのをいまだに言っているような状態です。こういうのを変えていくこととセットで語らないと、これ以上の説得力がでないと思うんですよ。
孫：仰る通り。そのために次のプレゼンがあるんです（一同笑）。その前にまず、今日の対談のそもそものきっかけは、池田さんが「『光の道』はナンセンスだ」と述べたことだった。その経営形態ということについて、私が一生懸命計算して、専門チームをいっぱい作って、膨大な時間をかけて調べたのがだいたい想像いただけると思います。この計算の根拠が正しいという前提であれば、池田さんは光の道に反対ですか、賛成ですか。
池田：本当にこれが100％正しいと仮定するなら、孫さんがご自身でおやりになってはどうですか？
孫：やれるものならやりたいですよ。だけどソフトバンクの経営というものがありますし、まだ借金も返し終わっていないから。それはそれで、私には別途の責務があります。ただ少なくとも、イコールフッティングで中立的なアクセス会社において、社外役員の一人として、しかもちゃんと責任を持った形で入るということなら、僕は全然逃げませんよ。もしその前提で、「お前はちゃんと役員会の中で発言して、言いっぱなしじゃなくて本当に実現させる自信はあるのか？」と言われるならば、僕は決してサイレントな社外役員ではないです。経営陣としての役員には「善管注意義務（善良な管理者の注意義務）」と「忠実義務」という二大義務があり、株主の価値に対して忠実でなければいけないんです。少なくとも日本国家が筆頭株主ですから、株主総会で「社外役員を半分以上は入れるべき。そのうち一人は、誰か民間の会社から立候補していいだろう」ということになれば、私は立候補するということをいまここで約束します。立候補して、社外役員に入ることができるのなら、私はやってみせます。中立な会社としてちゃんと言った通りのことを、役員会で机たたいて大騒ぎしますよ。
夏野：でも多数決で負けたら…。
孫：多数決で負けたって大声上げる。それが「国民に開かれた議論にしていきましょう」ということですから。僕はKDDIの小野寺さんも、イーアクセスの千本さんも（社外役員に）入るべきだと思うんです。あるいは電力会社の社長も入るべきだと思っています。
夏野：ただ、いまの孫さんの話は、中立的な競争を実現するためにはそれでいいと思うのですが、「アクセス部門を分離して公平競争しましょう」という論点と、「欧米型のガバナンスを実現しましょう」というのはセットにして議論しなければいけないと思うんです。
孫：仰る通り。現にいま、総務省がそっぽを向いているかというとそうでもなくて、今日も現職の（原口）大臣がUSTREAMでお話されるそうですが、そういう風にして大いにやる気を持っておられます。最近は総務省の幹部の方々も、「ひょっとしたら、やらないといかんかな」という気に多少なりともなっているように感じています。
夏野：ただ問題は、今回の組閣で原口大臣に残っていただいてよかったと思っていますが、今後また変わる可能性がありますよね、
孫：そりゃありますよ。だからこそ開かれた議論として、こういうのをやっていかなければならないんです。テレビで15分とか30分とかじゃなく。ナントカ委員会とかになると、すぐに15分ずつとか時間の制限をされて、「はい、じゃあ次」とかなってしまうので、思う存分語れないわけですよね。
夏野：あと、光回線を普及させることに関しては、NTTもかなり真面目に取り組んできた課題だと思うんですね。
孫：NTTさんも光を引きたいと思っているでしょう。でもメタル回線で赤字を出しているから引くに引けないというか、つまりお金がかかるわけですよ。2600億円もの赤字があるから、光回線のためにまたどんどん突っ込むという勇気もなかなか出ないでしょう。
夏野：それでも普及率90％まで持ってこられたのは、なかなか頑張ってやってきたと思ういます。とはいえ、最後の10％となると難しい問題がいろいろあります。そんな中で孫さんがこの試算をしていただいたのは、僕はむしろ応援だという風にとらえてもいいと思うんです。
孫：NTTの経営陣も社員の方々も、本当に高い志で、一生懸命光回線を引こうとしておられるんですよ。僕はそこは非常に高く評価しています。尊敬申し上げています。だけどいまのままだと、近所までは90％来ているけど家の中までは引き込まれていない、というところで止まっちゃうわけですよね。
夏野：だからこれをやるにあたって、最後はリーダーの話かなと思っています。これまでの日本の産業においては、調整型のリーダーだと、なかなか最後の10％の決断ができないと思うんです。その最後の後押しとして、この孫さんの提案は非常に面白い、素晴らしいと思っていますが。ただ、厚生労働省、文部科学省、それから税務署あるいは選挙管理委員会といった抵抗勢力をどうやって動かしていくのか？ これについてはどうしましょう。
池田：僕も先ほど申し上げたように、分割した新会社のガバナンスというのがこの問題の最大のカギだと思うんですね。夏野さんもAT&Tのことを仰いましたが、80年代に分化した頃は夢のような会社で、それこそ儲かる会社だと思われていたわけです。ところが、残念ながら結果的にはうまくいかなくて。つまり新しい会社を作るというのはいいけど、その会社の経営がおかしくなってくる可能性も当然あります。その場合、たとえば赤字になったときに誰がその資金を補填するのか。孫さんは「税金は一銭も入れない」と仰ったので、そうなると当然、一般株主あるいは企業が赤字を補填しなければならないわけです。そういった場合の意志決定は誰が行うのか…。
孫：いま現在2600億円の赤字になっている会社が、僕の試算ではとりあえず3600億円の黒字になるわけです。黒字になった後でまた赤字に舞い戻ってしまうリスクがどのくらいあるかといえば、僕はそこまでリスクはないと思っています。だって回線のところは競争によってどんどん付け替える状態ではありませんから。そんなに難しい経営じゃないと思うんですよ。
夏野：孫さんのプランにある「5年」の間に、どれだけ効率的に光回線に変えられるのかというポイントと、電子教科書を含めてどれだけアプリケーションが出てくるかというポイント、ここで経営が決まると思うんですね。最初の5年が10年かかってしまうと、（孫さんの）試算が全部崩れてしまうでしょう。
孫：仰る通り。だから5年でやるように、ちゃんと人員なども計算しています。我々もいろいろ引いた経験がありますから、僕はやれるという計算はあります。ただし、それに関してはいまから数か月かけて、ちゃんと検証して、精査して、「無茶だ。できない」ということであれば、そこでもう一回議論すればいいでしょう。私はできると思っていますが、とにかく精査していただきたいし、精査の結果、できないということであれば、その時点で「おまえは嘘つきだ」と言っていただきたいと思っています。
夏野：おそらくNTTのほうでは精査をしていると思うんですよ。孫さんの言っていることは本当かって。だって自分の手元にデータがありますからね。「ナントカ企画部」がいっぱいあるわけですから。
孫：その点で言えば、NTTさんが反論してくる中に無茶苦茶な反論や、「本当にできますかねえ」というような論調はあまりないと思いますね。反論の内容は、じつはさほど膨大なものではなくて、僕に言わせれば解決可能な十分な範囲に収まっています。しかも僕に言わせれば、その反論している内容は全部精査できるし、逆にいうと全部解決できる範囲だと思います。
池田：僕がむしろ疑問なのは、孫さんがそれほど自信をもってプロジェクトを評価なさっているんだったら、NTTを100％民営の会社にして、それを孫さんが買収して、まさにボーダフォンのようになさるのが一番明快で、誰も文句がつけようがないと思うんですよね。
孫：借金を返し終わったら買収してもいいですけどね。政府が売ると言うのであれば。でもまあ、あちらも上場会社ですから、うかつにそんなことは申し上げられませんが…。ただ、NTTをまるごと買収しなくても、アクセス会社のところを分社化して、社外役員の一員となってわいわいがやがや言いながら、日本国家のために責任をもってメタル回線を引き剥がし、光回線に置き換え、ちゃんと黒字化させて、その責任を問われる立場になっても構わないということです。逃げませんよ。ただし、もし選ばれたらですよ。
夏野：孫さんがそう仰っているけど、視聴者には「乗っ取りじゃないか」とか、あるいは「NTTが90％まで築いてきて、最後の10％のところで、みんなでそうやって乗るのか」という声が聞こえてくるのも事実だと思います。
孫：それはね、日本国家が筆頭株主の上場会社としてあって、そこから上がる利益はアクセス会社に来るわけです。我々には1円もこないんですよ。
夏野：ただ、株主構成としてはいまのNTTと変わらないので、そうするとアクセス会社に上がってきてもNTTに上がってきても同じじゃないかという見え方もしてしまいます。
孫：どちらの利益で上がっても、株主から見れば同じですよ。両方とも利益がでるわけですから、我々ソフトバンクの利益にはならない。
夏野：でもそうすると、競争政策の話を除けば、NTTが自分で一生懸命やってくれればそれでいいという話になってしまう。
孫：私が役員にならなくても全然いいんですよ。新しい経営陣が公平な立場で、一生懸命メタルから光に置き換えるようにやってくれればいいだけで、アンフェアなことさえしなければいいんです。私が役員に入る必要は全然ありません。
夏野：ここでユーザーから質問が。これは孫さんに聞いてもしょうがないんですけど。「この話でいつも思うけど、なんでNTTがこれをしないんでしょうか？」という質問です。
池田：僕が申し上げている通り、孫さんのプロジェクトが本当に100％正しいとすれば、NTTが当然やっていいわけですよね。つまりNTTの経営問題と、光100％にするという問題は、じつは論理的には別の問題です。半年くらい議論した結果、本当に孫さんの計算が100％正しいとなって、NTTの経営陣もその通りだと納得したら、NTTの経営陣はまさに株主価値を増やすわけだから、おやりになればいいわけです。だから構造分離という外科手術をしても実はないわけで。
孫：ただし外科手術をしないと、そこで上がる利益は、競争部門である通信のところに合わせて利益が使われる形になります。我々競争相手としてはものすごく不利になるから、結局メタル回線から立ち退かないんですよ。立ち退かないとずっと二重構造のままです。要するに地上げと一緒ですよ。
夏野：でも競争政策の議論で言うと、あそこで赤字出しているから助かっているということもありますね。
孫：そう。競争事業としてはね。だけどそういう小さな考えはよくないでしょう。天下国家のためにも、なおかつ公正な競争のためにも、それから国民ひとりひとりのためにも、みんなにとっていいんじゃないですかと。
夏野：天下国家のためになるには、やはりアプリケーションがついてこないと。せっかく光が整備されたのに、みんな電話だけのために使っていては、その先にいいことないですよね。
孫：ではアプリケーションの話に行きましょうか。「光の道」が生み出す世界ということで、まず基本的人権として「自由権」「社会権」「参政権」、それから21世紀の新しい権利として「情報アクセス権」があります。すべての国民が、等しく公正にアクセスできるという権利が必要だというわけです。都会の人も田舎の人も格差があってはならないと私は思っています。離島も田舎も含めて、税金を1円を使わずに光100％にして、なおかつ利益が増えるなら、すべての国民が平等に21世紀のメリットを得られる、そういう風にすべきだと思っているんです。
人々が豊かになるということ。それはお金だけではなくて、より健康になる、素晴らしい教育ができる、家族の絆が増える、友だちのこういうコミュニティの輪も、ツイッターだUSTREAMだも含めてよくなっていく、そういったことが豊かになっていくことだと思います。
先ほど夏野さんも仰っていたように、日本ではオンラインショッピングで薬も買えないという状況ですが、アメリカや中国、韓国などでは、オンラインショッピングは急激に伸びてきています。いま日本にはトラック便があるわけですから、これを大いに利用すべきでしょう。世界一のイーコマースビジネスのためのロジスティクス、決済、オンライン店舗、それからいろんな規制も緩和すべきだと思います。
もう一つ、なぜ光の道が必要なのかといえば、デジタル教育があります。高度なIT教育やプログラムの提供が必要だし、大学や専門学校など、いろんなところで使えるようにしていくべきです。たとえば教科書。紙の教科書で十分だという人がときどきいますが、「紙の教科書で正しい英語の発音できますか？」と聞きたい。僕も中学校で英語習いましたけど、アメリカに16歳で渡ってみて、英語の先生が喋っていた発音は何だったんだと思いましたよ。日本人が見よう見まねで喋る発音より、ネイティブの発音を喋ってくれる電子教科書のほうが、正しい発音を学べます。英語以外にも、化学記号だ、物理だというのも、感動や好奇心をもっと刺激してくれます。歴史だって、面白くなる。検索能力も大いに飛躍できる。
教科書は3600億円あればできます。iPad1台あたり約2万円です。iPadに限らずAndroidでも、これからこういうiPadのようなものが続々と出てきます。1800万人の学生全員にタダで教科書を配っても年間700億円で、これは八ッ場ダム1本分より安いんです。八ッ場ダムがなくても日本国家はなくならないけど、子供たちが情報武装しないと、日本の国家はやばいことになるでしょう。それと月13000円の子ども手当が出るようになりましたが、たとえばこの13000円の内数として、現金が12720円、プラス電子教科書を現物支給します。すなわち教科書代が月280円で済むんです。どういう計算かというと、電子教科書代は2万円、これを72か月で割ると、月あたり280円。割賦払い（笑）。つまり子ども手当の中のほんちょっとの額でできてしまうということですね。新たなお金が要るのではなく、いまの予算の範囲でできるということです。しかも電子教科書にはNHKの教育番組とかドラマといったアーカイブも全部タダで使えます。
ちょっと話に飽きた人のために、デモを用意いたしました。たとえば電子教科書のデモ。ここにちゃんと、我々が英語の教科書を作ってみました。（iPadに教科書が映し出され、ネイティブな発音が流れるのを確認しながら）こういうわけでですね。
他のだと、やっぱり理科が面白いね。ということで電子教科書の理科バージョン。（iPadに映し出された理科の教科書を確認しながら）こういう風に、理科の教科書もちゃっちゃっとめくれる。従来の教科書だとカマキリの写真は動きませんが、電子教科書だとカマキリがちゃんと気持ち悪く動いてくれます。子どもたちは目を丸くするでしょうね。カマキリって、最近の都会の子供だと見たことも触ったこともない子もいます。でもこうして、ちゃんと動くカマキリを見られると、感動もひとしおです。
こうやって理科とか算数とか、ひとつひとつ挙げればきりがないけど、紙の教科書で得られないような感動を、電子教科書では続々と提供できるということですね。
次の事例として、電子カルテ。これがクラウドに入って、すべてのお医者さん、看護師、介護のヘルパー、薬局、こういうところに全部無償で配るんです。すべての医療データがクラウドに入っていて、お医者さんなどが月280円で利用するか、あるいは280円くらいなら国が医療費を削減して払ってあげるか、ということであります。
病院の先生だけではなく、製薬会社も有料で医療クラウドを利用することで、クラウド費用は製薬会社の利用料などでタダで作れるようになります。国民は生まれたときから死ぬまでの自分の健康、自分の家族の健康をすべて把握できるようになります。お医者さんも研修医と専門医が相談したり、勉強したりできます。地域の離れたところの格差も埋められるでしょう。 A病院とB病院で、何回も同じ検査をしなくても、病歴とかレントゲンの結果とか見られるようにもなります。自宅で介護していて、旦那さんの状態が非常に心配になったら、奥さんとお医者さんとがWi-Fiで繋いで電子カルテを見て、お医者さんがそこで適切な指示を与えることもできます。医師不足の所にも、患者の情報やノウハウを提供できるようになります。iPhoneやiPadにも、いま続々と医療アプリが出てきております。
いま現在、年間30数兆円も医療費が掛かっていますが、一方で税収は40兆円を下回っているような状態ですよね。あと5年もすれば、税収以上に医療費がかかってしまうようになり、日本国家は医療費倒れしてしまいます。こういう状況で、医療の事務、医療の検査、医療のレセプト、こういうものをIT化することによって、僕は医療のコストを3割くらいは下げられると思っています。ざっと10兆円規模の削減ですよ。これができるなら、お医者さんをはじめ医療関係者全員に無償で電子カルテを配っても、9兆円以上お釣りが来ますよ、ということです。
(iPadによる電子カルテのデモを表示させながら)医療の電子カルテのデモも用意しました。CTスキャンだとかのさまざまな医療データをサーバー上のクラウド側に載せることで、効率アップさせることができるようになりました。(iPadを活用した手術の映像を見せながら）手術の最中でも、こうやってお医者さんがiPadを使うことで、正確性を保ちながらいろんな手術をやっていくことができるんです。
もうひとつ。なぜ光か？
クラウドです。教育とか医療とか行政などのさまざまなものをクラウド側にあげて、ネットワークを活用しながら、すべての日本国民が等しく使えるようにするんです。そのためには光回線が前提になるわけですが、日本の競争力は落ちましたね。30年前は電子立国、「JAPAN AS NO.1」とか言っていたわけですが、これからは情報立国にしていかなくてはいけません。競争のパラダイムも、安さや技術から、安心安全という面で日本は対抗しなければいけないと思います。すべての産業がクラウドにしていくべきで、クラウドの全体システムごと海外に打って出る、ということをしていかないといけないでしょう。
話は戻りますが、池田さんは「情報アクセス権は有害だ。都市が大事だけど田舎は切り捨てるべきだ」、「非効率的な労働人口を田舎に固定していいのか」、「地域ごとのコスト格差を無視して全国一律の…」と仰っていますが、それは言い過ぎだと僕は思うんですよ。
田舎の方では本当にコストがダダ漏れで、なおかつ公費を使ってということであれば問題ですけど、僕が先ほどから申し上げている通り、1円も税金を使わずにできるわけです。なおかつ赤字を減らして、いままでの光よりも、ADSLよりも安い値段で、使いたい人が田舎であれ都会であれ全部やれるということであれば、損する人はいないと思うんです。
だから最近になって原口大臣も総務省も言い始めている「光の道」は、ジャパンクラウドの前提となります。2000年には「e-Japan」という言葉が提唱され、当時は私も総理大臣を含めた各大臣の前で、e-Japan戦略の提唱者のひとりとして一生懸命発言しましたが、2010年、ここからは「c-Japan」つまりクラウドジャパン構想ということで、クラウドで日本をレベルアップしていくべきだと思っているわけです。その前提として、メタル回線をやめて光回線を使いたいのです。すべての人々に光を、夢を、と、こういうことを望んでいるわけです。
池田：ユニバーサルサービスの問題については、たぶん総務省の考え方と孫さんの考え方は少し近いと思います。僕を含めた多くの経済学者の意見は違いますが。なぜかといえば、たとえば料金を全国一律に1400円としましょうか、その値段でやるとしも、離島とかのいわゆる「条件不利地域」はどうでしょうか。今年の3月だったか、小笠原諸島に光ファイバーを全部引いたわけですね。八丈島からだいたい800kmくらい。小笠原諸島の人口は2500人しかいないのに、100億円かけて、そのうち60億円が政府が出しているんだけど、100億円を2500人にサービスしているから、1人当たり400万円の税金をつぎ込んでいるわけです。孫さんの仰る新会社は、この小笠原諸島にも例外なく引かれるわけだから、100億円かけて2500人にサービスするということが行われるわけですよね。この場合、一人当たり400万円のコストがかかってしまいます。
これを仮に1400円の料金で小笠原にサービスをするとすると、100億円のために「1400円×●年分」のコストを東京都民が負担してるわけですね。それは政府の税金じゃないけど、経済学でいう「隠れた課税」となります。つまりユニバーサルに同じ値段でサービスするということは、一番条件のいい人に課税する形となり、厳密な意味での法的な課税ではなくても、実質的には課税をすることになってしまいます。なぜそれがよくないかというと、それこそこれから新興国との競争は激しくなるというのに、東京の一番都心にある企業が結果的に小笠原のコストを負担することになると、競争としては劣位に置かれるんですね。よってグローバル競争の中で、日本の競争の一番エッジに立つ企業が、いわば、僻地のコストを負担することによって足を引っ張られてしまうおそれがあるということです。
孫：まあそれを公金を使ってやらないといけないというと、また議論が長くなるのですが。税金を1円も使わないで、上場会社としていままでに2600億円の赤字だった部分が、3500億円の黒字になって実現できるのであれば、損する人はいないわけですね。
池田：それでは東京都民が損をしてしまうんです。たとえば小笠原の100億円というのは東京都民が負担しているわけですね。それが国ではなくて民間のお金だとすると、このケースで言えばアクセス回線会社が小笠原諸島に100億円払って、それを他の都市の利用者に散らして負担してもらうわけですよね？
孫：池田さんの理屈で行くと、小笠原諸島とか田舎の人とかに住んでいる人たちは当然、１か月に10万円も100万円も通信代を払えないので、結局置いてけぼりになるわけですよね。
池田：でも小笠原諸島の場合、通信衛星も放送衛星も通じているわけですよね。
孫：僕が申し上げているのは、いまメタルサービスが1400円で引かれていて、そのメタルが大赤字を出しているわけですから、それよりは光に置き換えたほうが赤字は減りますね、ということ。料金体制をどうすべきは、少なくとも僕は別途に議論のあるところだと思っています。
なおかつ私の思想として、田舎に生まれてしまった、あるいは離島に生まれてしまった子供が、生まれながらにして光を前提としたクラウドサービス、教育が受けられない、医療のクラウドが受けられない、いうのはあまりに可哀想すぎるということです。だから僕は「基本的人権」だということを申し上げているんですね。そういう切り捨てられる人を出すのはあまりにも忍びないと。切り捨てずにちゃんとやれるのであれば、そのほうがベターで、いま現在はNTTがちゃんと議論をされた上で、法律でユニバーサルサービス義務ということで、メタル回線は1400円で全国、離島も含めて提供されているわけですから、そのメタルと同じ1400円で光に置き換えると、まず第一段階それをやるべきでしょうというわけです。
いまはメタル回線のユニバーサルサービス義務というNTT法があるのを、メタルがなくなって光になることで、光のユニバーサルサービス義務として1400円一律でいくべきか、それとも田舎は10万円にするべきか。それから、本当に離島とか田舎の子供たちやおじいちゃんおばあちゃんを切り捨てるべきか。これらは政治判断も含めて、もう一度国民をトータルを巻き込んで議論をやるべきでしょうね。私は田舎を切り捨てるべきじゃないと思います。
池田：仰ることはだんだん、わかってきました。
孫：せめて現在のメタルの赤字、とくに離島こそが赤字をいっぱい出しているので、それを早く止めようということですね。
池田：いま現在はメタルのもの、たとえばブロードバンドにするという場合、DSLでブロードバンドにするという可能性もありますよね。NTTが出した計算だと、光で全国の残りの地域を全部カバーしようとすると3兆円くらいかかるけれども、DSLだと600億円ですむと。そういうNTTが総務省に出した計算がありますよね。
孫：それは維持費のことを言ってはおらず、設備投資の話をされていらっしゃいます。アクセス部門は光とメタルの二重構造になっているがゆえに、維持費まで含めたトータルのコストで年間2600億円もの赤字を出しています。だからDSLのほうが安いんじゃなくて、DSLの方がトータルコストでは高いんですよ、光より。なぜならメタルが年間2600億円も赤字を出しているから。追加の設備投資としてのDSLのコストあるいは光のコストではなくて、トータルのコストで考えたとき、結局メタルを維持するほうが圧倒的に高く、それが2600億円の赤字の原因になっている。そこなんですよ。それをほとんどいままでの人々は議論してこなかったんですよ。
池田：実を言うと、維持費の大部分は人件費なんですよね。さっき仰ったように余剰人員の50代の人々が数万人いて、その人件費が保全費という形で乗っかっているもんだから…。
孫：でも、その人件費も遊んでいる人件費ではなくて、メタルは距離が長ければ長いほど、夏にメタルの被膜にセミが卵を産んだだけで故障するんです。そういう問題も含めて、メタルを引き剥がすということが維持費を減らすことになって、光の維持費はメタルよりはるかに安くなる、というのがポイントなんです。
夏野：孫さんの主張は、光に変えることで全体的なコスト、つまり投資と維持費を耐用年数でかけたとき、光のほうが安いというのが大前提になっています。その大前提を応用すれば、いまはどっちみちユニバーサルなので離島もカバーしなければいけない、というのは池田さんも同意されるポイントだと思いますが。
池田：結局、それだとさっきの話に戻ってしまうんですね。仮に孫さんの計算に、NTTの経営陣が「孫さんのおっしゃる通り」だと納得すれば、いまのNTTの経営形態で、機能分離して政府が監視して規制するというやり方でも、ある程度は可能だと思うんですよ。
孫：いや、機能分離しても、結局そこで得た利益が競争部門である通信部門に使われるわけですよ。いままでも、経営陣の人員はドコモの社長とNTT東西の社長と持株会社の社長がぐるぐるぐるぐるたらい回ししてるわけです。
夏野：ただ、それで孫さんは競争力において助かっている部分もありますよね。
孫：そうです。だから我々ソフトバンクから見れば、そういう形で分離して通信部門が一気に増益になるというのは、競争上はつらい話でもあるんです。そうすると必ずしも、我々は安穏としていられるわけではないのですから。
夏野：あと、先ほどの私の質問で、いまの教育の問題と医療、とくに医療は孫さんのプレゼンにあったように30兆とか40兆とかの規模ですけど、こういうことに関して厚生労働省はそんなに推進派ではないですね。教育の部分も、いまの教科書の検定プロセスなど、電子化したらたぶん検定委員がみんな嫌になってしまうのでは…ということを含めると、孫さんの言うような世界を実現するには、もっと大きな障害があるのではないか。つまりメタルが光に置き換わるだけでは何も解決しないところがたくさんあるのではないかと。
孫：だから私は「c-Japan（クラウドジャパン）」計画ということで、5年後、電子カルテのクラウドを作りましょう、教育用のクラウドを作りましょうと言っているんです。電子カルテと電子教科書は同じ端末、同じiPadでできます。同じ端末でできれば大量生産もできます。こういうようなものを5年をめどにやりましょうということです。ネットワーク側もメタルから光に置き換える、クラウド側も5年後を目標に作る、端末側も5年後を目標に作る、というように、どこかで目標ターゲットラインをきちっと決めて平行してやらなきゃいけないんです。
夏野：ただ、そうすると総務省だけの管轄にはなりませんので、原口さんが「光の道」と言うだけでは足りない。なおかつ首相が言って、他の省庁の方々も口をそろえて言わないといけないと思いますが。
孫：ジャパンビジョンが必要ということです。
池田：僕も夏野さんの意見にまったく賛成ですし、孫さんとまったく意見が同じで、要するに孫さんと僕のプレゼンは、IT産業が日本の成長経済の最大のエンジンなんだよという部分で端なく一致しています。それでなぜ日本がダメになってきたかというと、一番大きな原因は90年代以降の情報革命とグローバリゼーションに日本の古い産業構造が対応できていないこと。ITは悪くない。孫さんの活躍もあって、ITは着々とインフラができているけど、それを活用する側の企業が、大昔の製造業中心の非常に古い産業構造が残ったままです。だからいつまで経っても日本経済は離陸しないわけですね。そういう意味では、日本の産業構造を変えていかなくてはいけないという大きな意味を持っています。
孫：仰る通りですね。日本の産業構造を変えるためには、僕は三つの要因あると思っていまして、一つはインフラそのものが、たとえば5年後を目標にレベルアップしなくてはいけないということ。50年に１回のパラダイムシフトをしなくてはいけないんです。次に利活用としての、クラウドとか規制緩和のところをやっていかないといけない。端末を含めてね。3番目が一番大切ですが、それを使いこなせる人間は、子供の頃からやっておくのが一番早かいんです。日本はもう20年間も停滞していて、GDP横ばいも20年続いています。もし20年前、10歳の子供をIT教育に性根を入れてやっていたら、いまちょうど30歳、まさに働き盛りですよ。ネバートゥーレイト（never too late）ですが、IT義務教育の世界に変えて、電子教育100％にして、子供たちが見よう見まねで使っているうちに、それこそ普通の日常の言葉をしゃべるようにITのことが自然と身にしみこんでいく、そういう教育をしていかないといけないと思うんですね。
夏野：孫さんの言う3つのポイントは重要だと思います。でもよく見ていくと、インフラに関しては、光回線はとりあえず90％まで来ていますよね。あとは加入者が加入しないという問題なので。次に利活用ですが、ここは明らかに海外に比べて遅れています。もちろん、コンシューマ系のサービスは進んでいるけど、とくに産業系のサービスと、行政系のサービスのIT化は極めて遅れています。そういう意味では、ここは50％くらい。それから人間組織で言うと、もうお孫さんもお子さんもそうだと思いますけど、30くらいだと使えますよね。教育していないのに話せるんだから、教育すればもっと使いこなせると、ここは僕も同意しますが。ただ、これもわりと進んできているとすれば、2番目の産業の利活用と、3番目の人間組織の年齢層の高いほう、これをどうするかをくっつけて「光の道」を話した方がいいのではないか、という印象を持ったんですよ。
孫：今日僕が本当に思ったのは、いままで「パソコンなんて嫌だ」と言っていた89歳のおばあちゃんとかが、iPadを見て、突然「これなら私も使える」と触りまくっているわけですね。
夏野：うちも2歳の子どもがもうゲームをやっていますよ。返してくれないです。
孫：そうでしょ？ 教えていなくても使えるんです。機械のレベルがあがってきているし、ソフトのレベルが上がってきています。そういうものをどんどん広めていかなくてはいけないということだと思うんですよ。
夏野：ただ問題は、いまのiPadもやはりPC接続が原則になっているので。
孫：AndroidのiPad的なもので、PCを前提にしないようなものもこれから出てくるし、iPadでも、何年か先にはPCはもうほとんどいらなくなるでしょう。Wi-Fiが十分速度を持った、あるいは光100%になった、という時代がくれば、iPad自体がもうPCを超える能力を持つようになってくるわけです。
夏野：そうですね。いまはまだ実現していませんが。最初にやったのは携帯電話だと思うんですよ。携帯電話だと、PCの知識がなくてもインターネットへのアクセスを実現し、いま国内で約１兆円くらいのデジタルコンテンツがなっています。
これも総務省さんのビジネスモデルの介入で、日本から新しい携帯電話が出て来なくなってしまいましたね。こういうことを一方でやっていると、せっかく「光の道」で孫さんやあるいは原口大臣が仰っているようなことも、利活用と、人に優しいインターフェイスも国内もなかなか出てこなくなってしまいます。ここはどうしたらいいでしょうね。
孫：これは両方だと思うんですよ。たとえば5年後を目標にして、「規制もどんどん改善していきましょう。利活用のための障害になっているものは何ですか？」というのを全部因数分解して、事をなすために障害になっていることを全部リストアップして、一個一個つぶしていけばいいんです。5年後に「光の道」がメタルを全部引き剥がすなら、利活用の障害になるような規制も、少なくとも5年以上の議論は必要ないでしょう。それを目標に全部リストアップして、開かれた国民の議論をやっていく、端末もクラウドもやる、という風に、ネバーギブアップでやっていくんです。そういう気持ちでやれば絶対にできる、というのを僕は申し上げたいのです。
夏野：その具体的な解決策としては、孫さんを首相にしないとダメですね（一同笑）。ここで議論をしていると、意見の違いはあっても総論ではみんな賛成だと思うんですよ。問題はNTTの会社形態のあり方とか、メタルを光にしたところの試算とか。このあたりは具体的で非常にいいんですが、問題は利活用で具体的に何をやるのかというところが、やりたいことは分かるけど、どうするのかの部分がNTTの会社形態ほどの具体的になっていなくて、そこがいまひとつすっきりしないところですね。
孫：それについては、これまた「ネバーギブアップ」でして、いちおう電子教科書の検討の協議会というものを発足します。600人くらいの見込みで、議員の先生とか、教育関連の人とか入ってきそうです。医療のほうも、先日、医療のシンポジウムということで、医療関係の人がたくさん集まる中で、いま医療機器で世界ナンバーワンのGEグループのイメルト会長と、日本の医薬品でナンバーワンの武田薬品の長谷川社長と僕の3人で、パネルディスカッションをしました。そういった形で、僕は「ネバーギブアップ」でやっています。医療関係も、医療端末、医療クラウド、電子化というものについて議論する検討会のようなものを発足させるべきだと思うし、それには厚労省もどんどん巻き込んでいくべきだと思うし、教育関係にしたって、僕は文部科学大臣にも会いに行きましたが、文科省もやるべきだと思っているんです。そういう開かれた議論をみんなでやっていくべきだと思うんですね。どうせできないと諦めるのが一番よくないことです。
夏野：あと、できればNTTの分割をかけるのと同じくらいのレベルで、省庁の分割や、いまの制度の分割といったことも語っていかないと、そろわないと思うんですよね。
孫：そういう意味で僕は、日本の政府に一番必要なのは、30年とか50年で見て国家をどう再生させるかというビジョンを立てて、政府として検討委員会を作ることだと思うんですね。たとえば我々は今月25日の株主総会で、「ソフトバンクの30年ビジョン」というのを発表するんですが、そういうのが国家にも必要でしょう。議長は当然首相がやるべきだと思うんですが、5年10年先という短いスパンではなく、天下国家30年くらいのビジョンを堂々と語って議論し、国民、それこそマニフェストで「今年はこうする。来年はこうする」というちまちましたものじゃなくて、「30年後の日本をこうしたい」というような、骨太な長期ビジョンを掲げるべき。これこそが国民に対する約束だ、と思うんですね。
夏野：そうでもしないと日本は将来がないでしょう。人口が減っていく国なのに、将来がないと思うんですね。ちょっといままでの議論をまとめさせていただくと、やはりこの「光の道」っていう概念が出てきて、一番重要なポイントはこれをやることで国民的便益がたくさんあるんですよ、ということ。この国民的便益が上がる一つ手前に、お金を使わなくてもいま現在のメタル回線を維持する費用よりも安い費用で新しい回線が引けるので、そちらをまずやったほうがいいんじゃないか、というのがスターティングポイントになります。これをやるためには、重要な事はかなり短期間でやらないといけません。
孫：そう。だから5年目標です。
夏野：5年以内にやっていかなければいけないから、変えるのであれば、すぐやらなければいけないわけです。あと問題点を言うと、それをいまの経営形態でやるのか、あるいはアクセス会社として分離してやるのか、ということと、競争をどれだけやるのかということ。分離は必要だけど光に変えるだけだったら、ちょっと交代すればNTTでもいいわけですね。
孫：でもそれだと結局立ち退かないんですよ。公平な競争を担保できる形にならないと、メタルを活用しなければなりません。我々も400～500万人のお客様がADSLにいるわけです。だから立ち退かなければ二重構造はいつまでもなくならない、そういうことです。
夏野：条件がそろえば立ち退くことは考えられると。NTTがいるとしても、アクセス会社という分離されたものがあって、並の料金設定と公平さを持っていれば立ち退きもありうるということですね。
孫：いままでもメタル回線で公平にやるって言っていて、結局ダメだったんだよね。
夏野：付け加えると、孫さんはメタル回線でブロードバンドを成功させた方なので、光回線に言及していることにはものすごく大きな意味があります。形態上としては二つの議論があり、両方ともかなったほうがいいというのが孫さんの主張。一方、池田さんから出ていた、国としてユニバーサルサービスの問題をどうするのか、ということに関して、これは政治マターとして整理すべき話で、今回の議論が決まった後に調整していけばいいのでは、ということ。一番重要なポイントは、そこが一体化してないという孫さんの主張に池田さんも納得されているという事ですね。それから利活用のところは、光の道を整備するのと並行して、一緒にやらなければいけません。光の道単独では意味がないということです。
孫：そう。家電製品も電力線が各家庭にいくという前提がなければ、テレビメーカーはテレビを作らないでしょうし、テレビや冷蔵庫、洗濯機がなければ電力線は引く意味もなくなります。だから両方なんですね。でもじつは、どちらが先だったかという歴史を見ると、電力線がほとんどの家庭に行き渡ってから、20年くらい経ってからテレビが普及し始めました。結局、新しいインフラが隅々まで行くことを前提としたクラウドの設計が成り立つのです。
夏野：ただ、90％は行ってるので、あと33％を…。
孫：結局は家まで引き込むのが費用の大半なんです。
夏野：そこは利活用の問題だと思うんです。利活用がないと33％から上げるのは難しいだろうと。
孫：いま、ADSLまで含めると60数％がブロードバンドを使っています。だからADSLよりも少ない値段でブロードバンドができるなら、70％近い人が光のブロードバンドを即利用するという状況になります。最後の30％の人々が、光の恩恵をブロードバンドサービスとして使えるのかというところは、もう一段の利活用が必要だということではありますが。
夏野：60数％だとまだ足りないですよね。
孫：それはもう8割9割…10割が一番いいに決まっています、そうするには5年を目標に「光の道」も引く、5年を目標にクラウドも作る、5年を目標に規制緩和もする、端末も作る、コンテンツもつくる、というように並行していかなければなりません。
夏野：結局、ほぼ同時にいかないとダメ、ということですね。
孫：そうです。これを誰かがしないといけないんです。
池田：僕も孫さんの言うことの問題の整理はわかります。NTTの経営問題と、すべて光化するという問題は、論理的には独立ですね。さっき仰ったのは事実上リンクしている、というのはあるのでしょうが。もう少し現実的なことを申し上げると、僕は1985年にNTTが民営化されたとき、NHKのディレクターとして番組を作り、半年、真藤（恒）社長と一緒だったことがありますが、その頃から25年くらい、NTTのいわゆる経営問題にはずっと付き合ってきました。まあはっきり言って、ものすごい泥沼なわけですよね。政治的な問題で。いちおう論理的に、別の問題であるとすると、この問題はNTTの経営問題というものにはまり込んでしまうと、かえって難しくなってしまう可能性があると僕は思っています。
少し現実的なことを申し上げると、さっき話したオールIP化というのは、NTTも同意していたから、おそらくほとんど誰も問題なくすぐできる話。それはさっき申し上げた通り光化とはいちおう別の問題。IP化してから、それを光化するという段階を踏むことができますよね。僕はむしろ、まず一番大事なのは来月、かなり大きな期限がやって来る電波の割り当てを是正しなくてはいけないということ。絶対最優先です。その次に、優先でやるとすればIPにする。それは秋くらいにNTTが出してくるはずです。その次くらいにいまの光の問題が来ます。もう少し中長期でやったほうがいいと思うのですが、どうでしょうか。
孫：少なくとも現職の総務大臣が「光の道」というものをビジョンとして掲げ、この間それを専門委員会で、多くの先生方がすったもんだ議論して、NTTの経営問題も5年10年かけてではなく、年内には結論を出すと、しかも基本はやる方向で結論を出すことになっています。やる方向というのは、「なるほど、計算結果はこうですね」とかのいろいろな前提があり、それが納得行ったら、という話ですけどね。だから5年10年かけて経営のドロドロに巻き込まれるということとはちょっと違うかもしれません。少なくともメタル回線のコストを排除して、日本国家が再生の道に一歩でも近づける可能性があるのならば、そういう議論を精一杯、堂々とやるべきだと思うんです。
夏野：池田さんが仰っているポイントは、非常に現実的に、いまやらなければいけない政策課題をまとめていただいていると思うんですね。一方で大きく進展するためには、孫さんが仰っていることもやらなければいけないでしょう。大きく前進させるためには、おそらく利活用とかトータルパッケージで言わないといけない。これってNTTの経営問題だけにフォーカスしちゃうとまずいという話ですよね。
池田：外野の人がいっぱいいますからね。
孫：基本的にはトータルパッケージですけども。
夏野：トータルパッケージで、きちんと政府全体としてですね。マニフェストからは、あまりITの話が載っていなかったもりしますが…。
孫：それはけしからん。
池田：むしろそれを、みんなで声を大にして、「ITが成長のエンジンである。しかも絶対的に足りないのは周波数である」と、もう来月に迫った見直しに向けて、ぜひここで言っていただきたいと思います。
孫：電波の周波数はもう全員合意しているわけで、当然やらなければいけないんです。なおかつ利活用も含めたこともやらなければなりません。NTTの経営問題も含めて、メタルや光の問題については、いませっかく議論が盛り上がっているわけですし、しかも前提として、「年内に結論を出す。秋までに基本的な方向性を出して、来年、光の道3法案を通す」という方向で現職大臣が言っているわけですから。それを議論する前から、「どうせダメなんでしょう？」と諦めていたら、また日本が20年失うリスクがあるということです。
夏野：だから、ぜひそこで利活用まで進んで欲しいです。
池田：僕は議論することは非常にいいことだと思うし、孫さんが今度問題提起したことで、すごい盛り上がりを見せて、いまの政権ではやや見放されていたITの問題に関心が集まったというのはいいことだと思っていますよ。もう何度でも申し上げるけど、ITが経済成長のエンジンだってことを、ぜひ政治家のみなさんも知ってほしい。
孫：結局、議論を諦めると絶対に前に進まないと思うんですが、少なくとも私たちは一生懸命考えて、具体的に「こうすればできる」ということを提案したんですね。そして具体的な数字まで出したんです。もしその数字が間違っているということであるば、NTTさんは反対証明する義務があるし、反対する委員の先生や議員の先生がいれば、同じく反対証明すべきだと思うんですよ。ボールは相手のコートにあるんです。
夏野：できれば総務省の密室ではなく、ちゃんと公開で、見たい人が見られるようにやってほしい、というのが大きなポイントですね。
孫：そうです。少なくとも僕らは、ただ「できればいいなあ」という感じでアバウトに言っているわけではなくて、具体的に数値を挙げて言っているわけです。組織論にしても具体論を申し上げているわけです。だからそれに対して、具体的な理にかなった反対論証があるならば、堂々と言うべき。なんとはなしに「できないだろう」とか、「どうせ泥
