企業分析のプロが教える「決算書」読み方のコツ
決算書を読む際のポイントとは? (写真:Getty Images)
決算書を企業分析のツールとして読みこなすうえで、どこに力点を置けばよいのだろうか。
5月30日発売の『週刊東洋経済』6月4日号では「決算書大解剖」を特集。テスラやアップル、ソニー、トヨタなど、国内外の注目企業の決算書を図表で解説することで、決算を読む力を高める。
企業分析のプロフェッショナルであり、『くらべる!決算書図鑑』で監修を務めた立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏に、決算書を読む際のポイントを聞いた。
財務3表は三位一体の視点に対応
――決算書を読んで企業分析を行う際、どんな点に留意すればよいでしょうか。
分析の本質は「比較」にある。比較は、競合他社など他企業と比較する「他社比較」と、自社の状況を時系列で比較する「自社比較」の2つに大別される。
そして意義ある分析=比較をするためには、成長性、収益性、安定性の3つの視点で比較する「三位一体」思考が求められる。企業分析とはすなわち企業価値(バリュエーション)分析だが、成長性、収益性、安定性は、企業価値を構成する3大要因でもある。
決算書の財務3表は、この三位一体の視点にそれぞれ対応している。現金の出入りを表すCS(キャッシュフロー〈CF〉計算書)は成長性、収益構造を表すPL(損益計算書)は収益性、事業構造を表すBS(バランスシート=貸借対照表)は安定性を、それぞれ反映したものである。
2022年1月、「米アップルの時価総額が3兆ドルを超えた」というニュースが世界を驚かせた。EV(電気自動車)分野などへの参入観測による成長性、iPhoneを中核とする圧倒的な収益性、そしてムーディーズから企業では唯一トリプルAの格付けを取得している安定性。3つの視点のすべてで突出しているからこそ、米国の国家予算並みの企業価値がはじき出されたこともうなずける。
――三位一体思考のそれぞれにおいて、具体的にどの指標をチェックしていますか。
収益性は売上高や利益率、ROA(総資産利益率)、ROE(自己資本利益率)。安定性は、自己資本比率や流動比率、固定比率、固定長期適合率を中心にチェックする。成長性は、財務、投資、営業の3つのCF項目に、企業の意思が反映されている。
注意すべきは、この3つの視点は互いにトレードオフの関係にあるということだ。
オフィスビル企業を例に取ると、成長性を重視するなら投資して新しいビルを建てようとする。しかしビルの完成には数年を要するので、その間収益性は一時的に下がる。また、投資をすれば安定性は損なわれるが、逆に投資をしなければ将来の成長性は見込まれない。この3つを同時に高めるのは、実は容易なことではない。アップルは極めて特殊なケースだといえる。
――ほかに企業分析において意識すべきポイントはありますか。
もう1つ挙げると、マクロ・ミクロ、長期・短期、定量・定性など、必ず物事の両面から分析する「両利き」思考が不可欠だ。とりわけ、定量分析と定性分析は、セットで行う必要がある。
――定性分析は具体的にどのように行うのでしょうか。
定性分析は企業の戦略分析が中心となる。財務諸表だけで読み取るのは不可能で、その企業が公表しているさまざまなリポートも加味しながら分析する。
定性分析にも三位一体思考が欠かせない
定性分析においても成長性、収益性、安定性の三位一体思考が欠かせない。
成長性は、その企業のビジョンや3年ごとの中期経営計画を見ながら成長戦略を把握する。収益性は、その企業の競合状況、製品・サービスの差別化ポイント、価格競争力などをチェックする。近年ではエコシステムやプラットフォームが形成できているかどうかも重要だ。
安定性は、一義的にはBSの定量分析になるが、どれだけマーケットシェアが獲得できているか、ビジネスがステーブル(安定的)なのかを定性情報からも見ることで分析に深みが増す。
――「決算書の数字を追っても、企業の特徴や課題が見えてこない」と言う人は多いです。
そのとおりで、数字というものは図表やグラフなど「目で見てわかるようにする」ことで、初めて重要なポイントが見えてくる。
私が活用しているものに「ROAマップ」がある。縦軸が売上高営業利益率、横軸が総資産回転率の2軸のマップに数値をプロットしたもので、企業や業界の事業構造と収益構造の両方を一目で見ることができる。ちなみに純利益でなく営業利益を用いているのは、本業による利益のほうが企業の実態を把握しやすいからだ。
このROAマップは、業界ごとに異なる特徴が表れる。小売業や“口銭商売”がメインだった頃の商社は、利益率が低いぶん高い総資産回転率で稼ぐビジネスなので、マップの右下にプロットされる。
対して、重厚長大型のメーカーは設備投資に多額の資金を要するので総資産回転率は低くなるが、利益率は高くなるので左上にプロットされる。1つのマップ上で同業他社同士を比較してみると、各企業の特徴や課題が視覚的に浮かび上がってくる。
――株式投資ではROEが重視されますが、ROEでなくROAを使う理由は?
ROEは、ROAと自己資本比率に分解できる。つまり、自己資本比率を下げれば上げることができるので、その意味では財務に依存した指標でもある。企業の真の実力を測るには、ROEの一歩手前のROAを見たほうがよい。
営業報告で消費動向観測
――「決算書をじっくり読み込む時間がない」と言う人もいます。
私が実践しているのが、「決算短信」「Yahoo!ファイナンス」など主要なリポートから短時間で情報を把握する「クイックチェック」だ。
決算短信を見るときは、まず、1ページ目の「連結経営成績」の売り上げや利益に関する数字の推移をざっと眺める。それから「連結財政状態」の項目に移り、資産や自己資本比率の推移を見てから、当期の「連結業績予想」を見る。
そこまでを見わたしたうえで、どの指標を深掘りすべきかを決め、2ページ目以降に移る。
田中道昭(たなか・みちあき)/立教大学ビジネススクール教授。テレビ東京「WBS」コメンテーター。米シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、ミッション・マネジメント&リーダーシップ。著書に『GAFA×BATH』など多数 (写真:本人提供)
――多くのビジネスパーソンにとって、決算短信にはとっつきにくいイメージがあります。
確かに、短信を眺めてどこを深掘りすればいいかすぐわかる人は、よほどの財務分析のプロだろう。
ただ、そうでない人でも心がけてほしいのが、定点観測。自社の競合でも興味のある企業でもいいので、特定の企業を決めて定点観測を続けることで、ポイントにいち早く気づけるようになる。
全国展開している大手小売企業の月次営業報告などを定点観測すると、国内消費のトレンドが見えてくる。とくにお勧めしたいのがファーストリテイリング(FR)と三越伊勢丹ホールディングスの売り上げ状況。
FRはかなり早いタイミングで前月の売上高や客数、客単価などの数字を公表している。三越伊勢丹の旗艦3店舗(新宿伊勢丹、日本橋三越、銀座三越)は、百貨店のみならず“小売業界の旗艦店舗”といえるほど、消費動向が鮮明に表れる。月の中旬に確報値が出るので、まず旗艦3店舗のカテゴリー別の前月および累計の売り上げに着目。三越伊勢丹は全国に支店があるので、都市部と地方のギャップ分析にも活用できる。
(宇都宮 徹 : 東洋経済 記者)
(堀尾 大悟 : ライター)