ロシア軍がウクライナ軍との戦闘において、いわゆる燃料気化爆弾を使用したとの報道がありました。「燃料気化爆弾」にも様々な種類があり、地上兵器のTOS-1と見られます。その根拠と兵器特性、そこから見える現状などを解説します。

ロシア軍が使用した「燃料気化爆弾」と見られる兵器とは?

 2022年2月24日、ロシア軍が突如、大挙してウクライナに侵攻した時には、旧ソ連軍式の「全縦深同時打撃」作戦で短期間に決着が着くと予想する向きもありましたが、同3月2日現在、ウクライナの頑強な抵抗により事態はまだ予断を許しません。

 ロシアが得意とされていた情報戦、ハイブリッド戦の効果も分かりません。戦い方は古典的にさえ見えます。地上戦ではウクライナ発の情報発信でロシア軍苦戦の様子が多数ネット上に投稿される一方、ロシア側からの情報発信、投稿が少なすぎるのも気になります。情報戦では逆にロシアが遅れをとっているような印象です。


ロシア陸軍のTOS-1A。車体はT-72戦車のもの(画像:ロシア国防省)。

 そうしたなか、ロシア軍が燃料気化爆弾と思われる兵器を使用したとSNS上で話題になっています。投稿された動画を観ると、爆炎がキノコ雲状に吹き上がり特徴的ですが、通常爆弾でも条件によりキノコ雲状の爆炎が上がりますので、これだけで断定することはできません。

 燃料気化爆弾が使用されたとすれば、航空機から投下する燃料気化爆弾か、地上から発射するロケット弾方式のTOS-1Aという兵器と思われます。筆者(月刊PANZER編集部)は後者の可能性が高いと思っています。


TOS-1Aを背後から見たもので、ランチャーに1発装填されているのが分かる(画像:ロシア国防省)。

 実は開戦前の2月19日に、TOS-1Aを鉄道輸送する様子がSNS上に投稿されていました。場所はベラルーシのホメリという街で、少なくとも7両が数えられました。ホメリ駅はベラルーシの首都ミンスクおよびウクライナの首都キエフと鉄道で繋がっており、ロシアとウクライナ方面への分岐にもなっています。このとき撮影されたTOS-1Aは、直前までベラルーシで実施されていたロシア軍との合同演習「ユニオン・リゾルブ2022」に参加していたようです。


射撃位置に移動するTOS-1Aで、ランチャーには2発装填されている(画像:ロシア国防省)。

 そのままロシアに帰ってくれればよかったのですが、列車はウクライナ方面に向かったようで、行き先は不明ですが、ロシア軍のウクライナ侵攻部隊にTOS-1Aも加わっていることはほぼ確実です。

 なお、本記事にて使用しているTOS-1AおよびTZM-T(予備ロケット弾運搬車)の写真はすべて、過去の演習などで撮影されたものです。

「TOS-1A」とはどんな兵器?

 TOS-1Aの「TOS」というのは、ロシア語の「重火力投射システム」の頭文字を取ったもので、字面を見ても大火力の強力そうな兵器です。ロシア軍の保有量は不明ですが、少数しか配備されていないと見られています。しかも火力支援を任務とする砲兵部隊ではなく、CBRN(化学・生物・放射性物質・核)防護部隊に配備されているのも特徴で、扱いには専門の知識と技術が必要な特殊兵器であることがうかがえます。


TOS-1Aからのロケット弾発射の瞬間(画像:ロシア国防省)。

 TOS-1Aは、220mmの燃料気化爆薬(サーモバリック)弾頭ロケット弾を最大24発連射できるランチャーを、T-72戦車の車体に載せたものです。サーモバリック弾頭は固体の化合物を気化させることで、粉塵と強燃ガスの混合気体を作り出し爆発させる気体爆薬で、構造が簡単で小型にでき威力が大きいという特徴があります。核兵器と混同する向きもあるようですが、全くの別物です。


TOS-1Aに装填された燃料気化爆薬(サーモバリック)弾頭ロケット弾の頭部(画像:ロシア国防省)。

 ロシア/ソ連軍が保有するようになったきっかけは、対ゲリラ戦に悩まされたアフガニスタンでの戦訓です。1980年代に開発されましたが、秘密兵器であり、存在が明らかになったのは1999(平成11)年のことです。


TOS-1Aに装填されたロケット弾の尾部(画像:ロシア国防省)。

 比較的、近距離から人員や軽装甲目標、陣地や建物を大火力で一気に制圧しようというもので、破壊力は気圧差による爆風で発揮するので、戦車や装甲車内で防護された人員には被害を及ぼしにくく、対機甲戦闘には向きません。

TOS-1Aの用途から見るウクライナの現状

 TOS-1Aは砲兵が扱う多連装ロケット砲に似ていますが、使い方が違います。多連装ロケット砲は、前線から距離をとった後方において射撃し、前線の味方歩兵や戦車を支援する間接射撃火器です。


専用のTZM-T予備ロケット弾運搬車でTOS-1Aにロケット弾の装填準備中の様子。まだ弾頭に信管は取り付けられていない状態(画像:ロシア国防省)。

 TOS-1Aは、前線で味方歩兵や戦車に同行し、直接見える敵を攻撃する直接射撃火器で、第2次世界大戦期ドイツ軍の突撃砲のような使い方です。敵の反撃を受けやすい近距離で使われるため、防御力の高いT-72戦車の車体が使われているのはそのためです。


TZM-T予備ロケット弾運搬車のクレーンを使ってロケット弾の装填作業中。フル装填24発を最短6秒で撃ち尽くすが、再装填には手間がかかる(画像:ロシア国防省)。

 その射程も500mから6000mと、多連装ロケット砲よりも短く、防御陣地の強行突破、市街戦での建造物の破壊や拠点制圧など使い方が限定されており、チェチェン紛争やイラクで実戦に使われています。


TOS-1A専用のTZM-T予備ロケット弾運搬車で24発のロケット弾を運搬、装填支援する(画像:ロシア国防省)。

 TOS-1Aが本当に使われたとなれば、ロシア軍はかなり市街地に近接しているようですが、ウクライナ軍の頑強な抵抗を受けていることが想像できます。こうした特殊兵器まで持ち出さなければならないようなゲリラ戦や市街戦の困難さ、悲惨さは、ロシア軍自身が一番よく知っているはずです。


※一部修正しました(3月4日10時45分)。