おしゃれな音楽やナビゲーター(DJ)の軽快なトークなど、都会的で若々しいイメージが人気のFMラジオ局「J-WAVE」(81.3MHz、コールサインはJOAV-FM)。秒刻みでプログラムが進行し、わずかなミスも許されない生放送のスタジオや制作現場にアップルのiPadを導入してペーパーレス化を図り、紙の台本を用いていた時代には戻れないほどの効果を上げていました。J-WAVEへのiPad導入を先導して進めた“仕掛け人”は、意外にも人気ナビゲーターのサッシャさんでした。

紙の台本をなくし、iPadに置き換えたJ-WAVEのスタジオ。ペーパーレス化の立役者が人気ナビゲーターのサッシャさん(右)だ


iPadを用いた台本のペーパーレス化を3年前に実行

東京・六本木の六本木ヒルズにスタジオやオフィスを構えるJ-WAVE。月曜日から木曜日の午前9時から生放送をしているのが「STEP ONE」。サッシャさんとノイハウス萌菜さんによる軽快なトークと音楽で、平日の午前中を彩っています。

平日午前の人気番組「STEP ONE」のナビゲーターを務めるサッシャさん(左)とノイハウス萌菜さん(右)


サッシャさんがスタジオでiPadを使い始めたのは、2020年2月に放送したSDGsの特番。もともと個人でiPad Proを愛用していたサッシャさん、SDGsという内容に合わせて「台本を紙じゃなくしたい」と提案。「放送局は紙を大量に使うので、ペーパーレス化は環境問題以前に予算面でもメリットがあります。地球にもお財布にも優しいとあらば、やらない手はないでしょう」と語り、J-WAVE側で用意したスタッフ用のiPadと合わせ、3台のiPadを使ってペーパーレスでの放送を実行しました。

特番でiPadのお試し導入が成功したことで、サッシャさんがナビゲーターを務めるSTEP ONEの番組でiPadを用いたペーパーレス化を本格的に進めることに。お試し導入では、PDF化した台本をそれぞれのiPadで表示していたものの、閲覧のみでリアルタイムでの更新ができないことに物足りなさを感じたことから、クラウドサービスを用いて台本を連携させる方針にしました。

「僕はアップル製品を使っているけど、スタッフにはWindowsを使っている人もいるので、デバイスで制約されるのは避けたい。有料のアプリやサービスも使わずに済ませたい。僕自身がいろいろなクラウドサービスを試して試行錯誤した結果、台本のひな形をPagesで作り、それをiCloud経由で共演者やスタッフと共有する形にしたんです」とサッシャさんは語ります。

iCloudでPagesの台本を共有、手書きで指示をやり取り

そして2020年3月、STEP ONEの番組でペーパーレス化が始まりました。サッシャさんとノイハウス萌菜さんはそれぞれのiPadで、プロデューサーやスタッフはiPadやパソコンで、iCloudで連携させた台本のPagesファイルを開く仕組みです。

STEP ONE生放送中のスタジオ。台本のPagesファイルをナビゲーターやスタッフがiCloud経由で共有している


もちろん、単純に台本を閲覧するだけではありません。Apple Pencilを用い、本番中に指示や連絡事項などを手書きしてリアルタイムで伝達できるようにしています。「手書きで伝えられるのがiPadを使う最大の強みだと感じています。文字で打ち込むより断然ラクですし、何より分かりやすく伝えられますから」(サッシャさん)

サッシャさんがルール化したのが、人によってペンの描画色を変えたこと。「色が違えば、誰からの指示なのかが直感的に分かりますよね。この×印はディレクターからの指示なんだな、これは彼女の個人的なメモなんだな、と」。

その日の番組の台本が表示されているサッシャさん私物のiPad Pro。生放送中も必要に応じて手書きのメモが加えられていく。人によって手書きメモの色が違っているのが分かる。充電ケーブルを奥から引っ張っているため、180度回転した状態で設置しているが、まったく問題はない


こちらはノイハウス萌菜さんのiPad。サッシャさんの画面にあった手書きメモがしっかり反映され、共有されているのが分かる


ディレクターの目の前にもiPadとApple Pencilが置かれている


デバイスがインターネットにさえつながっていれば連携できるので、プロデューサーがリモートワークで自宅にいても、放送作家が体調を崩して現場に来られなくても、支障なく生放送が進行できます。サッシャさんも「距離の制約がなくなるのが何より素晴らしいと感じますね」と語ります。STEP ONEでペーパーレス化を開始したのは、新型コロナウイルスが日本で広まり始める直前のタイミングですが、結果的にリモートでの業務が求められることもあるコロナ時代にマッチした取り組みとなっています。

サッシャさんは「iPadの導入は、スタッフにとって便利になるだけではありません。事故を防ぎ、リスナーのみなさんが不快に感じることもなくせるんです」と語ります。紙を用いていた時は、ディレクターがわざわざナビゲーターの台本にペンで指示を書き込みをしに来ていました。しかし、全員に伝え損ねていて事故につながることがあったそう。紙の台本は最後の1枚を見逃して大事なことを読み損ねることもありましたが、その心配もありません。台本をめくる際のペーパーノイズに悩まされることもなくなりました。

ペーパーレス化はリスナーにもメリットをもたらすと語るサッシャさん


STEP ONEがペーパーレス化したあとにナビゲーターに加わったノイハウス萌菜さんは、「私は紙の台本の時代を知らないので、スタッフがスタジオに駆け込んで伝達事項を書き込みに来る、というのは信じられないですね。大学時代もデジタル環境が当たり前だったので、iPadとApple Pencilを用いるスタイルに違和感はありません」と、ごく自然に使いこなしている様子でした。

台本には追加の情報がよく入るがスマートに対応できる、と語るノイハウス萌菜さん


唯一、デジタル化していないものがあるといいます。リスナーからのメールです。「個人情報保護の観点から、いただいたメールだけは紙で出してもらっています。番組でしゃべりたい内容は、必要な部分だけMacBookでまとめて入力するようにしています」(サッシャさん)。

2人のナビゲーターの手元にはMacBookも置いてあり、調べ物などに活用している


ペーパーレス化の動画マニュアルもサッシャさんが作成

とある日、STEP ONEのペーパーレス化の効果を聞きつけたJ-WAVEの幹部が「どうやっているんですか?」とヒアリングしに来たそう。全番組でペーパーレス化したい、という意向に賛同したサッシャさんは、手持ちのiPadやiPhoneを使ってオリジナルの動画マニュアルを作成。これをJ-WAVE社内で共有してもらい、各番組でペーパーレス化が進められたそうです。

サッシャさんは「ペーパーレス化にあたって、何より『これを使うのはいやだな、面倒だな』と感じる人がいないようにしたかった。導入のハードルを下げる利便性の高いサービスに加え、iPadやApple Pencilといった優れたハードがあったからこそ、ペーパーレス化が達成できたと思っています」と振り返ります。

「かつては、ゲストの方とのトークが弾んじゃって時間が押した時、プロデューサーがおもむろにスタジオに入ってきて、もう締めてくださいと言わんばかりにデスクをトントン…と叩きに来てましたね(笑)」と生放送の裏話を笑顔で語るサッシャさん。iPadの導入でそういった微笑ましい光景はなくなりましたが、サッシャさんが進めたペーパーレス化がスタッフやリスナーに大きなメリットをもたらしたのは間違いありません。