KDDI Masahiro Sano

KDDIは2021年11月12日、東京都多摩市に新たに設けられたネットワーク運用拠点の中身を報道陣に公開しました。

ネットワーク運用拠点とは、KDDIでいえば「au」などの携帯電話サービスに用いる携帯電話網など、同社が持つネットワークを運用・監視し、機器の故障や災害などで障害が発生した時の対応をしたりする所。KDDIは携帯電話でいえば人口カバー率99%を超えるネットワークを持ちますが、それを24時間365日、安定して運用するためにはこうした運用拠点が必要な訳です。

同社のネットワーク運用拠点は元々東京都新宿区にあったのですが、それを多摩市に移設。さらに報道陣への公開がなされた2021年11月12日には、大阪府大阪市にも新たに運用拠点が設けられ、東西の2拠点で運用できる体制を整えたとのことです。

▲KDDIは全国12箇所にネットワークの保守・運用を手掛けるネットワークセンターを持つが、全体を監視する拠点となっているのは多摩と大阪の2箇所になるという

ネットワークの運用拠点を2箇所に設けるのには、やはり災害などで一方の拠点が使えなくなった場合のバックアップを設けることで、ネットワークの信頼性をより高めるためといえるでしょう。ではなぜ東京の拠点を多摩市に移したのかといえば、地震リスクが低く、海抜111mと都心より高台にあるため災害リスクが低いことが理由のようです。

運用拠点はネットワークを守る要となるだけに、都心に近い場所でリスクを可能な限り避ける上で、多摩市が適切と判断したと考えられます。もちろん建物自体にも災害の影響を抑えるための仕組みが施されており、床下には、地震による振動を抑える積層ゴムや、地震が収束した後の揺れを抑えるオイルダンパーなどを設置した、免振構造となっています。

▲多摩市のネットワーク運用拠点の地下。地震の揺れを抑える積層ゴム(黄色の部分)やオイルダンパー(オレンジ色の部分)などが設置されている

さらに同施設内には、長期の停電に備えて非常用発電機を用意するほか、それを動かすための燃料なども備蓄しているとのこと。大規模災害が発生した時も継続して業務対応できる体制が整えられているようです。

また建物内には、施設内にあるネットワーク設備を冷却するための空調設備も用意されているのですが、そのシステムも環境に配慮したものになっているそうです。具体的には建物の真ん中に「設備ボイド」と呼ばれる空洞を設け、外から冷たい空気を取り込んで冷却し、温まった空気を設備ボイドに排出することで、上昇気流により熱を外部に放出する仕組みを取っているとのこと。

▲ネットワーク機材を冷却する空調設備。環境に配慮し、冬場などは外気を取り込んで冷却する仕組みが備わっている

もちろん夏には外気が熱くなってしまうため、外気を活用した冷却というのは難しいことから通常の空調設備も備わっているそうですが、冬場などは電力消費を抑えられるのでメリットがあることは確かでしょう。

▲建物の中央にある空洞部分が、機器を冷却した外気を排出する「設備ボイド」。熱くなった空気を上昇気流で上に逃がす設計になっているとのこと

▲屋上には緊急用のヘリポートも用意されている

そしてもう1つ、今回披露されたネットワーク運用拠点は、いずれも運用の自動化がなされていることも大きな特徴だといいます。KDDIエンジニアリングの取締役執行役員 運用保守事業本部長である上口洋典氏によると、従来のネットワーク設備の運用は、ネットワーク機器やサーバーなどの設備に応じて、それぞれ担当する技術者が運用や保守などを手掛ける、人による運用が主体となっていたとのこと。

ですがネットワークが生活に密着し社会的重要性が大きく高まっている一方、5Gや仮想化などの新しい技術が登場してネットワークの高度化・複雑化も進んでいることから、今後人による運用では限界を迎えてしまうことが考えられます。そこで人の手に依存しないネットワーク設備の運用を目指すに至ったと、上口氏は話しています。

ですがその自動化を実現する上で、壁になったのが“匠の技”だったと上口氏は話しています。先にも触れた通り、ネットワークの運用はそれぞれの設備の担当技術者が担っているのですが、業務をこなす上では担当者が長年の経験から編み出した手法を用いることが一般的だったのだそうです。

実際従来のネットワーク運用では、機器に障害が起きるとアラームで通知がなされ、それを各担当者が確認して影響の範囲や箇所を調べ、ネットワーク全体の情報を管理する情報統制者に必要な情報を提供する……といった流れで対処が進められていました。ですがその原因を調べるには、どういった部分をどのような順番で調べるか、そのためにはどういったコマンドを入力していくか……といったノウハウが必要で、それが個々の担当者に蓄積されている状態だったといいます。

▲従来のネットワーク運用は担当技術者が持つ“匠の技”に依存する部分が大きかったというが、今後を見据え自動化するに至ったとのこと

KDDIが各担当者が持つ業務のノウハウを可視化する作業を進めた結果、そうした“匠の技”は2000業務に及んだとのこと。そこでKDDIでは、2016年からこれらの業務をシステムで自動化できるよう4万件のシステム要件を定義し、それを基に運用を自動化するシステムを構築することで、自動化の実現に至ったそうです。

▲KDDIでは“匠の技”を可視化して2000もの業務を抽出、それを4万のシステム要件に落とし込むことで、自動化の実現に至ったとのこと

そして自動化がなされたシステムでは、機器から送られてきた障害などの情報を自動的に調べて問題が発生した箇所を特定。その結果から障害の種別やサービスへの影響、それに加えて顧客からの申告件数やTwitterからの情報などをダッシュボードで一元的に確認できるようにし、復旧作業もワンタッチでできるようにしたとのこと。復旧にかかる時間も最大で40%短縮できたとのことです。

▲監視センターの様子。前面のディスプレイにはネットワークの運用状況だけでなく、迅速な対応のためTwitterのトレンドなども確認できるようになっている

また従来の人による運用が主体だった頃は、監視業務も監視センターに出勤する必要がありましたが、自動化の実現とともに今後はリモートで監視できる体制の実現も目指していくとのこと。高度なセキュリティが求められることから現在リモート化できているのはまだ一部の業務のみとのことですが、場所を選ばず監視できる体制の早期実現を目指したいと上口氏は話していました。

▲リモートで監視できる体制も整備を進めている最中とのこと。現在は一部業務にとどまっているが、全面的な監視業務のリモート化を早期実現したいとしている

生活におけるネットワークの重要性は今後も大いに高まっていく一方、最近では気候変動などによる災害の激甚化が一層進み、毎年多くの通信設備が被害を受けているのも事実です。また先日のNTTドコモの通信障害がIoTデバイスを起点として発生したように、システムの進化と複雑化によって、従来想定していなかったような出来事を起点として障害が発生する可能性も高まっています。

それだけに通信会社にとって、ネットワークの問題を素早く見つけて早期に復旧することの重要性は、従来以上に高まっていることは確かでしょう。今回KDDIが公表した一連の措置はそうした事態への備えであることは間違いないでしょうし、同社では他にも東日本大震災以降、可搬型の基地局や非常用の発電機を大幅に増やすなどして、さまざまな障害に向けた対応を積極的に進めているそうです。

そしてこうしたネットワークの改善や災害対策などにかかる費用は、当然のことながら我々が支払っている通信費からねん出されていることも、忘れてはならないでしょう。菅前政権の影響で携帯料金値下げや低価格プランの動向ばかりが注目される昨今ですが、携帯電話会社の収益が悪化したら、いざという時の備えにも影響が出てくる可能性があるということは、多くの人が肝に銘じておくべきではないでしょうか。