入力デバイスとメタバースの未来について考えてみた!

Facebookは10月28日(現地時間)、同社の社名を「Meta(メタ)」へと変更することを発表しました。同社が掲げるメタバース事業を強調する目的があると見られています。

みなさんは、この「メタバース」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。おそらく先週のニュース番組などで初めて聞いたという人も少なくないと思います。

メタバースとは、簡単に言ってしまえば仮想現実空間(バーチャル空間)のことです。オンライン上に構築されたその空間に人々が集い、コミュニティを形成し、レクリエーションから会議、ディベート、商業活動など、さまざまな活動を行えるようにするものです。

メタバースという発想はとくに新しいものではなく、インターネット黎明期より存在していたものです。そしてその発想はオンラインゲームやその入力デバイスの歴史、そしてスマートフォン(スマホ)とも深い関わりを持ちます。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。前回のコラムではゲームの表現力の進化と入力デバイスの変遷について解説しました。今回は後編としてスマホがもたらしたゲームおよび入力デバイスの変革、そしてゲームとメタバースとの密接な関係について解説します。


メタバースとは何か。入力デバイスの未来とは何か


■スマホが変えたゲームの表現力
はじめに、前回のコラムを簡単におさらいしておきましょう。ゲームの歴史を紐解くと、そこには必ず入力デバイスの「革命」が存在しました。

・簡単なテニスゲーム程度しか表現できない時代にはパドルコントローラが登場
・キャラクターを上下左右に動かせるようになり、十字キーが登場
・ポリゴン演算による3Dゲームが主流になり、キャラクターを自由に操作可能なアナログスティックが登場
・オンラインゲームの登場によってパソコン(PC)のQWERTYキーボード(キーボード)の有用性が見直される
・ゲーム機の処理性能の向上や技術の進化がモーションコントロールデバイスを生み出す

このような流れでした。そして、時代はついにスマホ全盛の現在へと繋がります。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:コントロール・デバイス・ジェネレーションズ(前編)。ゲームが切り開いてきた表現方法と入力デバイスの歴史を紐解く【コラム】


必要は発明の母である。入力デバイスはゲームの表現力に求められて生み出されてきた


前回のコラムでも書きましたが、スマホは言わば「入力デバイスがゲームの表現方法を変えた最初のデバイス」です。

それまでの入力デバイスとは、ゲームの表現力をどのようにユーザーに面白い体験として感じてもらうのか、という点を「再現」するために用意されてきました。

画面内のキャラクターを自由に操作するために、十字キーやアナログスティックが発明されたのです。

ところがスマホのタッチ入力は違います。そもそもスマホはゲーム機としてではなくマルチメディア端末として生まれ、そのマルティメディアコンテンツの1つとしてゲームが存在するため、「入力デバイスにゲーム側が操作性や表現力を合わせる」という逆転現象が生まれたのです。


スマホには物理的な操作キーがない。だからこそUIをタッチ入力に最適化させる必要があった


端的な例は、家庭用ゲームのスマホ移植の難しさです。

十字キーやアナログスティックを採用するゲームパッドでの操作を前提としたゲームは移植が難しく、画面上にソフトウェア処理で擬似的に十字キーやABボタンを表示するという「苦肉の策」で対応しているものがほとんどです。

一方、スマホ専用で作られたゲームは家庭用ゲームとは操作がまるで違います。直感的にキャラクターを指先で弾いたり、画面をなぞるようにしてプレイしたりと自由自在です。項目の選択も階層型ではなくアイコン化され、ボタンを配置するのではなく画面上のアイコンそのものをタップしてプレイします。

PCも「キーボード+マウス」という入力デバイスに特化させたFPSというゲームが隆盛を誇っていますが、それ以外のゲームジャンルは比較的静かでキーボードなどに特化させているといった印象はありません。

スマホはその普及率や日用品としての利用頻度、ゲームアプリのジャンルの豊富さなどを含め、真の意味で人々のゲーム体験を変革してしまったデバイスだと言えます。


スマホに操作を最適化して大ヒットとなった「パズル&ドラゴンズ」


そしてスマホは、次の変革へと進みます。それはxR空間との邂逅でした。

スマホは前述の通り、マルティメディア端末です。現在ではその性能が成熟期に入りカメラ性能の強化が重点的に行われていますが、高いカメラ性能と基本性能、そして加速度センサーや距離センサーなどの各種デバイス類を備えていることから、VRやARといった仮想空間表現が容易になったのです。

多くの人々は、この「革命」にあまり気がついていません。私たちのほぼ全員が毎日何気なく持ち歩いている道具が、仮想空間へ簡単に入れるデバイスであることを認識していないのです。

Facebook改めMetaが、このスマホと仮想空間の親和性を重視し今後の最重要戦略と位置付けたことには理由があります。

スマホはそれ単体で映像出力(演算処理)から通信、コントロールまですべてをこなせるからこそ、新たな「世界」であるメタバースへアクセスするために最適なツールとなったのです。


ソニー製スマホ「Xperia」シリーズに装着してVR用HMDにする「Xperia View」


■オンラインゲーム温故知新
しかしながら前述のように、メタバースの発想や思想は新しいものではありません。むしろインターネットという仕組みや概念自体が、そもそもメタバースを目指して作られたものであったと言っても過言ではないでしょう。

古くはパソコン通信に始まり、人々はオンライン上に集うことで意見を交わし、お互いの知識やアイデアを高め合いました。それはかつて「集合知」という言葉で表され、インターネットは集合知によってどこまでも高尚な「場所」になれると信じられた時代すらありました。

実際はインターネットの大衆化によって、現実社会と変わらない「平凡な場所」となりましたが、それはある意味メタバースを形成するための「素地」としての成功でもあります。

メタバースとは、人々が現実世界と何も変わらない感覚で使うことができる「もう1つの世界」です。個人ホームページ、BBS、ブログ、そしてSNSへと進化していったコミュニケーションツールと、スマホという万能の道具によってメタバースの素地は着々と醸成されていました。


今や人々はさまざまなSNSを駆使して自分をインターネット上に表現している。それはメタバースの概念へとスムーズに繋がっていく


メタバースを考えるとき、絶対に外せない存在がオンラインゲームです。

とくにMMORPG(大規模オンライン・ロールプレイングゲーム)と呼ばれるジャンルのゲームは、そのゲーム内に巨大な仮想世界を持ち、人々(ゲームプレイヤー)はそこで自分のキャラクターを自身のアバターとして動かし、世界中の人々と会話をしてコミュニティを形成しています。

インターネットがメタバースの基本・基盤であり、ブログやSNSがメタバースの指示であるとするなら、オンラインゲームはメタバースの最初の完成形です。

コラム前編で解説したように、人々はその空間上でのコミュニケーションにキーボードを用いました。文字による会話が人々をつなげたのです。


オンラインゲームは単なるゲームツールではない。人々が集い、そこで現実世界のように「暮らしている」感覚が常にある
(「FINAL FANTASY XIV」Copyright (C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)



オンラインゲームが人々にメタバース(この場合は「もう1つの社会」)として浸透し始めると、入力デバイスにも変化が現れ始めます。ボイスチャットの定着です。

ゲームにおけるボイスチャットの普及は必然でした。ゲームパッドやキーボードでキャラクターを操作しながら、同時にキーボードでテキストチャットを行うことは至難の業です。とくにゲームのコンテンツをプレイしながらのテキストチャットなど、なかなかできるものではありませんでした。

しかし、ボイスチャットであれば隣に座る友人とゲームを遊んでいる感覚で自由に意思の疎通が可能です。ボイスチャットの普及によってオンラインゲームはキーボードでの文字入力という敷居を1つ取り払い、さらに身近で手軽なものへと昇華させたのです。


世界中のゲーマーから高い支持を得るボイスチャットツール「Discord」


そしてこのボイスチャットでもスマホは輝きます。そもそもスマホは音声通話が基本機能の1つです。普通のスマホゲームでも、VRゴーグルとして装着した状態でも、両手を使わずに自由に会話が可能です。

オンラインゲームやメタバースにおける入力デバイスとしての音声通話機能を標準で備えているという点は何よりも強力です。

ゲームに限らず、最近ではテレワークや遠隔会議においてもボイスチャットが基本となっています。自宅のPCではマイクもカメラもないので会社の人とのミーティングにスマホから参加した、という人も少なくないのではないでしょうか。

それほどに、スマホは人々のコミュニケーションの在り方や生活の様式を変革できる道具だったのです。


自分のアバターを作りいつでもどこからでも人々と交流する。カメラもマイクも備え、それを快適に処理できる性能を持ったスマホだからできたことだ


■メタバース時代の入力デバイス
メタバースを最も分かりやすく表現した映画があります。2018年に公開された映画「レディ・プレイヤー1」です。主人公たちは「オアシス」と呼ばれるVR世界でコミュニティを作り、そこでの生活を楽しんでいます。

オアシスはゲームでありつつも、もう1つの世界(メタバース)としての姿を強く持っています。人々は荒廃した現実世界から現実逃避するためにオアシスに入り浸りますが、その世界へのアクセスに利用されるのがVRゴーグルと着衣型のモーションコントロールデバイスでした。


主人公はオアシスで出会った仲間たちと壮大な宝探しゲームを始める(画像出典元)


そしてこのオアシスのような世界は、もはやSF映画の中だけの話ではありません。

前述のMMORPGは「VRではない」というだけで概念はほぼ同じであり、VRアプリの「VR Chat」やMinecraftなどでは、映画さながらにVRゴーグルとモーションコントロールデバイスによって交流が可能です。


Minecraftはゲームであり、教育ツールであり、そしてもう1つの「世界」である


前回のコラムを「ゲームの未来が、私たちの生活の未来と融合しようとしている」と締めくくったのは、こういった理由によるものです。

入出力デバイスの進化と連動・融合によって、ゲームと非ゲーム、そして現実と非現実(仮想現実)の境界線は曖昧になり、ゲームでありながら人々が生活するもう1つの世界、メタバースを形成しているのです。

逆に言えば、ゲーム性のないメタバースは成功しづらいという意味でもあります。VR空間上に現実の街をただ再現したところで人は集まりません。単なる商業目的だけの世界も人々の目には魅力的に映りません。

かつてセカンドライフが目指し、失敗した未来もまたメタバースの1つでした。セカンドライフは今もまだ運営されていますが、再びブームが来る予感はしません。その世界には何が足りなかったのでしょうか。筆者はそこに、ゲーム性と技術の2つが伴っていなかったと感じるところです。


セカンドライフはオアシスになれなかった


KDDIは10月16日から10月31日まで、オンラインにてVRイベント「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2021」を開催しました。

昨年はコロナ禍によって現実の街でのイベントが次々と中止される中で生まれた苦肉の策のようなイベントでしたが、今年は本格的なオンラインフェスとしてコンテンツの充実を図り、さらにスマホからも簡単にアバターを作成して参加できる手軽さを武器に、述べ55万人もの集客を達成しました。

KDDIは5G通信と対応スマホの普及に絡め、メタバースを活用したイベントやコンテンツの充実を図っていますが、今後こういった動きは通信会社やMetaのようなIT企業を中心に、より一層盛り上がっていくものと思われます。


現実世界ではなく、単なるゲームでもない。仮想空間による「お祭り」が当たり前の時代が来る


コンピュータやゲームの進化とともに歩んできた入力デバイスの歴史は、その処理性能および表現力の向上、新たな技術の実用化、そして何よりスマホというマルティメディアデバイスの普及によって、現実と仮想現実をシームレスに結合させるまでに到達しました。

VRやMRといった技術の先には、どのような世界が待っているのでしょうか。現実的には、VRですらまだまだ技術的な発展途上にあると感じています。

レディ・プレイヤー1のようにVR空間で自分を自由に表現するには、ボイスチャットや現在の簡易なモーションコントロールデバイスだけでは機能が足りません。3Dゲームのキャラクターを十字キーのみで操作していた1990年代のようなもどかしさがあります。

VRが本当に人々に普及し浸透していくには、さらなる入力デバイスの革命が必要です。それはグローブタイプでしょうか、スーツタイプでしょうか、はたまた体に装着するものではなくカメラによる動作認識技術のようなものでしょうか。

まだ見ぬ未来のメタバースに夢を馳せつつ、筆者は今夜もオンラインゲームの世界に降り立ち、マイクとゲームパッドとキーボードとマウスという「レガシーな入力デバイス」を駆使して、世界中の人々と「今楽しめるリアルなメタバース」を楽しみます。


メタバースは映像技術のみでは完成しない。入力デバイスの革命がその未来を切り開く


記事執筆:秋吉 健


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