「本田圭佑だけじゃない」J選手が起業する深い訳
サッカー選手であり、ワイン事業も手がける都倉賢(写真:本人提供)
元サッカー日本代表の本田圭佑が9月にリトアニア1部・スドゥバへ新天地を見出す傍らで、彼と同い年の現役日本代表・長友佑都が11年ぶりに古巣・FC東京に復帰するなど、この秋は30代プロサッカー選手の動きが慌ただしい。彼らはもちろん本業を最優先に考えているが、実業家としての顔も持っている。
本田であれば、2012年に自身がプロデュースした「ソルティーロ・ファミリア・サッカースクール」の運営を開始したのを皮切りに、国内外のクラブ経営、教育サービス、ファンドビジネスなど幅広い事業を手がけている。長友にしても、2016年にはヘルスケアやアスリートサポートを中心としたビジネスを展開する「Cuore」を設立。自らCEOとして食と健康の重要性を発信し続けている。
ワイン事業を手がける理由
本業に近いキャリアを構築するサッカー選手は何人かいるが、まったくの異業種に身を投じる者もいる。その筆頭がJ2・V・ファーレン長崎に所属する都倉賢。奇しくも本田、長友と同じ1986年生まれの彼は、川崎フロンターレを皮切りに、ザスパ草津(現ザスパクサツ群馬)、ヴィッセル神戸、コンサドーレ札幌、セレッソ大阪、長崎と6クラブを渡り歩いてきた。
慶応大学出身のインテリでもある35歳のベテランFWが手がけているのは、北海道仁木町でのワイン事業。2018年9月に「株式会社都倉ワイナリー」を設立。今年から本格的に販売をスタートさせたという。
「ワインづくりに興味を持ったのは、札幌に在籍していた2017年。たまたま神戸で食事をしていたお店にアンドレス・イニエスタ選手(神戸)の故郷のワイナリーでつくられたワインが置いてあり、飲んでみたところ、非常においしかった。サッカー選手でもワインで自分自身を表現できるんだと知り、『サッカーではイニエスタには勝てないけど、ワインづくりならワンチャンあるかも』とツイッターの投稿したところ、大変な反響をいただいた。その記事がヤフーニュースのトピックスに掲載されるまでになったんです。これを機に本気で起業の道を模索し、かつてサッカー選手を目指していた国内最年少ワイン醸造家の金田浩明さんと出会い、協業することになりました」
2018年には仁木町に1ヘクタールの土地を購入。ブドウ畑を作って栽培を始めたが、その前段階として一般農業法人設立という関門があった。伯父に作曲家の都倉俊一氏を持つ東京都渋谷区出身の都倉にとって、農業はまったくの門外漢。法人設立も行政書士の力を借りながら1つ1つクリアしていった。
土地を購入して森を開墾、農地へ転用するところから開始(写真:本人提供)
「仁木町には『ワイン特区』が設けられ、新たな農業法人であれば大規模農園でなくても補助金が出る制度があった。それを活用しようと書類をそろえ、手続きを進めました。そのうえで約200万円を投じて土地を入手し、農地への転用作業を進めたのですが、森だった場所をイチから開墾する形だったので想像以上に大変だった。費用も400万円ほどかかりましたね。
大掛かりな作業を経てようやくブドウを植えるところまでこぎつけた。僕自身も練習・試合の傍ら、時間を見つけて足を運びましたけど、すべてが勉強の連続でした」
2019年末にはクラウドファンディングで事業資金集めを実施。783人の支援者から合計576万1942円が集まった。目標金額は200万円の設定だったから、3倍近い資金を確保できたことになる。その後、ワイン醸造に本腰を入れたが、自身の畑のブドウをワインにするには最低3年かかるため、外部からブドウを仕入れ、今年には「KAERIZAKI2020」というブランド名で商品化。5月に自らオンラインストアを立ち上げ、販売をスタートさせた。
「これまで6クラブでプレーしてきた自分はたくさんの応援をいただいてきました。都倉賢という1選手を継続的に支持してくれたファンもいれば、各クラブのサポーターもいた。その中に『チャレンジし続けている都倉賢を応援したい』と考える人がどのくらいいるかをクラファンを通して改めて可視化できたのは大きかったと思っています」
引退後を見据えたビジネス戦略
もともとSNSでの発信に積極的だった都倉は現在、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムの合計フォロワー数が約11万人に達している。それはJリーガーの中でず抜けた数字。「自分は大きな財産を持っている」と再認識できたことも、今後への自信になったようだ。
「肉体を使って稼ぐサッカー選手はいつか限界が来ますけど、人的資源は先々の人生やビジネスで大きな財産になる。実際、僕自身もワイン販売で初めて2万円の事業所得を得られたときの喜びは本当に大きかった。それが月10万、20万と増えていけば、引退後の人生を見据えての安心材料が増えますよね。今はまだ自己資金を回収するフェーズには入っていませんが、自分のブドウ畑で取れるブドウから作ったワインを売れるようになるまでに、会社の基盤をより強固にする必要がありますね。
そのためにワインの価値を高め、単価を上げられるようにすることが肝心です。それと同時に購入者数・リピート回数を増やすことも考えています。その一歩となるのが、10月からスタートした『都倉ワイナリークラブ』。毎月1万5000円の会費で3本のワインが届き、オンラインワイン会やメンバー限定のオープンチャットに参加できるなどの特典もついてきます。そうやって楽しんでくださるメンバーの方を増やせれば将来の見通しも明るいと感じています」
さらに、都倉は所属するV・ファーレン長崎とも「ウィン・ウィン」の関係を構築できれば理想的だと考えている。
「両者がいい関係を築ければ、お互いにとって新たなビジネスチャンスも生まれます。アスリートも今までは『組織に属している』という意識が強かったと思いますけど、SNSが普及した今は1人1人がよりフォーカスされる時代。だからこそ、個別の発信を強化していく必要があるんです。
地道な取り組みを重ねてより多くの人の信頼を得られれば、選手自身もセカンドキャリア構築の布石を打てますし、クラブも新規ファン獲得につながる。今の時代はサッカーやスポーツ以外の競合が多くて、1人1人の可処分時間に限りがありますから、選手側もそれを自覚しながら、自主的にアクションを起こしていくべき。僕はそう考えます」
「レンタルJリーガー」派遣事業もする浅川隼人
都倉が言うように、「選手とクラブがウィンウィンの関係」が数多く成立すれば、コロナ禍で経営的苦境に直面するサッカー界にとっては朗報だ。そういった取り組みにいち早く着手しているのが、J3・ロアッソ熊本に所属する浅川隼人である。
桐蔭横浜大学を卒業後、2018年に加入したJ3・Y.S.C.C.横浜では「年俸0円」でプレーしていた彼は、生活費を稼ぐためにプロ1年目からサッカー教室をスタート。クラファンで支援金を集めてセブ島でもサッカー教室開催にも乗り出した。
さらに「レンタルJリーガー」と銘打って、Jリーガーの企業PR協力やカフェでの人生相談に派遣するような事業も展開。2020年7月には自身の会社「resolist」も設立した猛者なのである。
「熊本には今年、プロ契約で移籍してきたのですが、クラブには『選手営業』を自ら申し出て、年俸を越える営業成績を叩き出すべく活動しています。練習後にはスポンサー回りに出向いて支援を取り付けるのは当たり前。もともと3000円の席にファンとの交流や地元農家生産品を使ったアスリート弁当などの付加価値をつけた『浅川シート』も11席限定・1万1000円で販売。いろんな角度からアプローチして、すでに年俸越えの売り上げを達成しました」と浅川は笑顔を見せる。
サッカーをするだけではない「付加価値」
彼のアクションはこれだけにとどまらない。今年8月末には「一般社団法人Ultras」を発足。選手・メーカー・ファンがプラスの関係性を保てるような構図を具現化したのである。
スパイクを手にする浅川隼人(写真:本人提供)
「サッカー選手にとってスパイクは必須アイテムですが、プロの世界だとメーカーとの契約で提供されるケースが多い。でもその提供に見合った価値を選手側は還元できていないのが現実です。
そこでファンにスパイクを2足買ってもらい、1カ月間その選手が試合・練習で履いて、1足はサイン入りでファンに戻すという形を取れば、メーカーは確実な販売に直結し、選手も世界に1つしかないスパイクを大事にし、ファンも目に見える応援ができるという三位一体の関係が築ける。そう考えてスタートさせました」
現時点では元日本代表の橋本英郎(FC今治)ら10人の選手が参加。JFLや海外所属選手のほうが引き合いが強いという。都倉も言うように、これからのアスリートは「ビッグクラブ所属」「サッカーだけに邁進している」だけでは支援者は増えないのかもしれない。
本田や長友のような日本代表や海外強豪クラブ経験者というトップ・オブ・トップはほんの一握り。1600人超のJリーガーは積極的に自己発信を行ったり、ビジネスを起こしてクラブやサッカー界に還元するような「付加価値」を見出していかなければ、生き残っていけない可能性もある。
都倉や浅川のように、空いた時間を有効活用して、セカンドキャリアを視野に入れた活動をしていく選手はどんどん増えていきそうだ。彼らがピッチ上で培ったフィジカル・メンタル的な力は確実に別のフィールドでも生かせるはず。そういう前向きな面々をぜひとも応援したいものだ。