ジェフ・ベゾスへ「地球に帰ってこないで」嘆願書に約20万人が署名
ジェフ・ベゾス氏とリチャード・ブロンソン氏が立て続けに宇宙旅行の試運転を成功させ注目を浴びる中、イーロン・マスク氏やZOZO創設者の前澤友作氏など、世界の著名経営者や大富豪が競うように宇宙への旅を目指している。
しかし、地上では貧富格差やAmazonの従業員の待遇問題など解決されていない課題が多く、大衆の生活とは接点のない宇宙という空間に莫大なお金を投資していることに対し、違和感をもつ人が多い。
■宇宙ベンチャーに乗り出す世界の大富豪
ベゾス氏とブランソン氏、マスク氏は、宇宙に馳せる夢に長い年月と巨額の資金を投じている三大宇宙ベンチャー大富豪だ。
マスク氏は2002年にSpace Xを設立して以来、軌道到達に成功した民間初の液体推進ロケット「Falcon 1」、高高度の打ち上げおよび着陸に成功した「Starship」など、高度なロケットおよび宇宙船の設計者・メーカーとしての地位を確立してきた。
一方、2000年にBlue Originを設立したベゾス氏と、2004年にVirgin Galacticを設立したブランソン氏は2021年7月、自社の宇宙船による宇宙小旅行に初参加した。
■著名経営者・富豪なぜは宇宙を目指すのか?
これらの超富裕層のモチベーションが、「宇宙」という未知の空間への憧れであることは間違いない。実際、『ジェフ・ベゾス果てしなき野望(ブラッド・ストーン著・初版2013年)』によると、ベゾス氏は卒業生代表のスピーチで宇宙ステーションに人類のコロニーを建設する夢について語ったという。
また、夢やロマンに大金を投じる財力を築き上げたことも確かである。しかし、貴重な時間と莫大な資金を費やしている背後には、憧れや夢以上の理由があるはずだ。
大成功を収めた経営者である彼らにとって、宇宙開発は新たなビジネスと利益創出の機会である。しかも、まだ初期開拓段階にある、未知の可能性を大いに秘めた巨大ビジネスだ。競合者も限定されている、となれば、このチャンスを生かさない手はない。
プロモーション開始直後に、1枚25万ドルのチケットを600枚=1億5,000万ドル(約165億5,958万円)を売り上げたVirgin Galacticの例を見ても、宇宙旅行に対する世界の関心の高さがうかがわれる。
ちなみに、購入者にはトム・ハンクスやレオナルド・ディカプリオ、ジャスティン・ビーバー、レディ・ガガなどの有名人が名を連ねている。富裕層のみを顧客ターゲットに絞った「富裕層ビジネス」だ。
もう1つは、自らの趣味の追求である。「超富裕層は人とは違う体験を好む」といわれているが、「フェラーリやランボルギーニではありきたりで独創性に欠ける」といったところなのかもしれない。2018年に史上最高額の7,000万ドル(約77億2,841万円)で落札されたフェラーリ1963 年式250 GTOですら、宇宙船と比べると霞んで見える。
超富裕層にとって、宇宙船は次元を卓越した「究極の乗り物」なのだ。宇宙旅行のチケットを購入する富裕層にとっては、「既存のリゾート地とはまったく違う体験が楽しめる」点が魅力なのだろう。
■ベゾス氏の「地球帰還禁止嘆願書」に約20万人が署名
しかし、超富裕層の野望は時として大衆の反感の的となる。コロナ禍で未だかつてないほど貧富格差が深刻化している現在、一部の人々は宇宙旅行を「お金持ちのエゴ」と受けとめている。
特にやり玉に挙がっているのは、長年にわたり非正規雇用者に対して過酷な労働環境を強いてきたことが問題視されているAmazonの創設者ベゾス氏だ。署名サイト「Change.Org」ではベゾス氏の地球帰還を禁じるための嘆願書への署名キャンペーンが立ち上げられ、8月12日現在、19万6,778人が参加している。また、ベゾス氏の地球再突入を禁じるための嘆願書には、23万人以上が署名した。
この二つの嘆願書はジョークで立ち上げられたのだろうが、数十万人もの署名が集まった背景には、「億万長者は地球にも宇宙にも存在すべきではない」というメッセージや怒りにも似た大衆の感情が反映されているのではないだろうか。
それに加え、環境への悪影響も指摘されている。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン自然地理学部のエロイーズ・マレー准教授いわく、通常の飛行機の場合、1回の長距離飛行で排出される二酸化炭素量は乗客1人につき1〜3トンだが、宇宙船は乗客がわずか数人であるにも関わらず1回の打ち上げで200〜300トンを排出する。
現時点においては、宇宙船が排出する二酸化炭素量は航空機産業より少ないが、それは単純に考えて宇宙船の数が少ないためだ。実際、宇宙開発の加速と共に、宇宙船による二酸化炭素量は年間約5.6%のペースで増加しているという。
■宇宙開発市場が約50兆円規模に成長
世間の批判や懸念とは裏腹に、宇宙開発は今後もさらなる発展を遂げると予想されている。
非営利団体Space Foundationの調査によると、世界の宇宙産業の市場規模は過去5年にわたり断続的な成長を遂げ、2020年には10年前から55%増の4,470億ドル(約49兆2,986億円)に達した。そのうち、全体のほぼ80%を占めているのは商業宇宙分野で、その規模は3,570億ドル(約39兆3,721億円)だ。
このような市場の追い風を受け、Space Xは「Starship」をさらに進化させ、NASAの次なる月面着陸船として月に送り込む野望に燃えている。Virgin GalacticとBlue Originは、宇宙旅行を含む宇宙産業を本格化させていくだろう。
■コロナ禍で深刻な打撃を受けた世界が目指すべき社会とは?
「すべてのAmazonの従業員と顧客に心から非常に感謝する。(宇宙船開発に)お金を出したのはあなた達だったのだから」嘆願書の訴えも虚しく(?)宇宙旅行から帰還したベゾス氏は、こう言った。批判を嘲笑うかのような何とも皮肉な発言である。
自ら築き上げた財力とたぐいまれなる野心で宇宙開発を成功させ、科学の発展に大いに貢献している著名経営者の功績は賞賛に値するが、科学と共に発展しているのはほんの一握りの層の生活だけで、大半は取り残されているのが現状だ。「急速に宇宙旅行が身近なものとなりつつある」というのは、多くの人にとって所詮幻想でしかない。
環境という莫大なコストを伴うことも問題だ。そのような視点に立って見ると、「科学と共にすべての人々の生活が発展していける社会こそが、コロナ禍で深刻な打撃を受けた世界が目指すべきものではないだろうか」という疑問を抱かずにはいられない。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)