甲子園で大合唱される日を夢見て、“野球好き歌手”河野万里奈「誰かの人生のかけがえのないテーマ曲に」
写真=河野万里奈
プロ野球の試合をスタジアムやテレビで見たことがある人なら、バッターが打席に向かう時やピッチャーがマウンドに向かう時、スタジアムBGMとして流れる音楽を聴いたことがあるはずだが、その曲は基本的に選手自身がセレクトした曲で、自身が打席やマウンドに向かう際に気分を高揚させたり、スタジアムのファンが一体となるムードを演出している。
例えば野球に興味がない人でも、2013年の東北楽天イーグルスが日本一に輝くこととなった試合で、田中将大投手が9回のマウンドに上がる際、スタジアム全体でFUNKY MONKEY BABYSの『あとひとつ』を大合唱し、選手たちの背中を押したシーンや、昨年引退した“火の玉ストレート”でタイガースファンだけでなく野球ファンをも魅了した藤川球児投手がマウンドに上がる時、甲子園球場全体で大合唱されたLINDBERGの『every little thing every precious thing』など、数々の名シーンと共に音楽の記憶も残っていることだろう。
その阪神タイガース・藤川球児投手の引退後、タイガースのセットアッパーとして活躍する岩崎優投手が、現在甲子園球場での登場曲として使用している曲が、河野万里奈(かわのまりな)の『アイキャントライ』という曲で、タイガースのユニフォームを想起させる「泥だらけの縦縞こそが世界一美しい」というフレーズと共にマウンドに上がる姿から、ファンの間では、「藤川投手のような曲になる」という声も上がっている。
この『アイキャントライ』を歌う河野万里奈は、“野球好き歌手”として野球中継のゲスト解説を務めるなど野球ファンからも知られた存在となっているが、この楽曲が作られた経緯や、自身の歌がタイガース岩崎投手の登場曲として球場で流れていること。そして、岩崎投手が“侍ジャパン”のメンバーとしてオリンピックに挑むことへの思いなどを聞いた。
「夢をありがとう」という気持ちでいっぱい――河野さんが作詞作曲を手掛け、自らが歌う楽曲「アイキャントライ」を登場曲として使用している阪神タイガースの岩崎投手が、今シーズン大きな期待を受けて背番号も変わり、開幕からのタイガース躍進を支える中継ぎ、抑えとして活躍されています。そして、自身初のオールスター選出、さらには侍ジャパンのメンバーにも選ばれました。まずは、今シーズン前半の岩崎投手をご覧になっていかがですか?
今シーズンの前半戦は苦しむ姿もありましたが、唯一無二の投球スタイルを貫き、多くを語らずに勝ちパターンの重責を背にマウンドに向かう岩崎投手は、やっぱりいつみても美しいです。そういった活躍が評価されてのオールスターに日本代表。私にとってオールスターは、夏の風物詩で、まさに夢の球宴なので、そこで『アイキャントライ』とともに岩崎投手が登場される姿を見たときは、本当に胸がいっぱいになりました。さらには侍ジャパンでの縦縞姿も見ることが出来るということに、野球好き歌手としては「夢をありがとう」という気持ちでいっぱいです。
――コロナ禍で、なかなか球場に行くことが出来ないかと思われますが、今年実際に自身の曲が流れる瞬間を体感することは出来ましたか?
自粛生活で球場に行く回数も100分の1ほどに激減しているのですが、7月12日に甲子園に行くことが出来ました。その日は、岩崎投手の登板は無かったので聞くことはできませんでした。(先発ではない)リリーフ投手は、いつ投げるか分からないので狙って見に行けないのが難しいですよね。でも、初めて甲子園で体感できた日のことは、昨日のことのように思い出せます。それは、2019年9月18日に父と観に行った日のことでした。1点ビハインドの7回に岩崎投手が登板し、好投から流れを変えて逆転を呼び込み、なんと岩崎投手が勝ち投手になりました。まさに歌詞通り「勝ち星がキラリ☆」で、今思い出しても涙が出ます。
――その岩崎投手がマウンドに上がる際の登場曲として使用されているのが、河野さんが歌う『アイキャントライ』という曲ですが、この曲はどのような経緯で制作されたのですか?
「アイキャントライ」を最初に作ったのは2018年でした。自分の力不足で新曲をリリースすることが定期的に出来ない中、歌手としてなにか生み出したいと思い試行錯誤していました。そんなある日、プライベートで鳴尾浜球場(阪神タイガース二軍本拠地)に行ったとき、ものすごくインスピレーションが働いたんです。当初はファームで奮闘する選手をテーマに、ワンコーラスだけ作詞作曲をしてSNSに投稿しました。その後、2019年に再メジャーデビューをさせていただくことになり、カップリングに「自作曲を入れたい」と提案したのがその曲でした。それまで自作曲をCDに収録したことがなかったので、かなり勇気を振り絞りましたが、晴れて首脳陣(※注 スタッフのこと。野球用語を用いてスタッフのことを首脳陣と呼んでいます)にOKをいただき歌詞を書き加えました。ファームで一軍を目指す選手と、歌手として活動休止中に再浮上を目指していた自分。そして、厳しい社会で生き抜く人達と歌詞の主人公となる世界観を広げていき、今の『アイキャントライ』になりました。私の歌手人生を賭けて作った曲なのは間違いないです。
――なぜ、岩崎投手はこの曲を使用されているのですか?これまで河野さんとの接点はあったのですか?
接点は特にありませんでした。野球ファンとしてスポーツ紙を読んだだけの情報なのですが、「2軍にいるとき励みになった曲なので」とおっしゃっていました。野球選手の登場曲に選ばれることが歌手としての夢だとこれまで語ってきましたが、選手の方が良いと思って選んでいただけたということが、オリックスのラオウこと杉本選手ではありませんが、まさに「わが歌手人生に一片の悔いなし!」というような思いです。
――初めて岩崎投手が甲子園でこの曲を使用したことを知った時、どのような状況だったのですか?
初めて甲子園で流れた日は、忘れもしない2019年7月23日です。その日、いつものようにスマホで野球中継を観ていたのですが、そこから自分の歌声が流れてきたので「バックグラウンド再生がバグった!」と思って一度アプリを落としたりしてみました(笑)。その後、本当に甲子園球場で『アイキャントライ』が鳴り響いていると認識したのはSNSで、現地勢や冷静なスマホ観戦勢が教えてくれてからです。親族一同阪神ファンで、特に兄は熱烈な岩崎投手のファンでしたので、とにかく喜びと驚きでひっくり返りました。亡くなってしまった祖母とは、物心がついたときからいつも甲子園(阪神と高校野球)の話をしていたので、「天国で聞いているかな?孫の歌が大好きな阪神の選手の登場曲で流れてるで!」なんてことも思いました。
――すでに、この曲が岩崎投手の登場曲として球場に流れてから3シーズン目となっていますが、今後この曲がどのようになって欲しいと願っていますか?
現在、阪神ファンの方々をはじめ、野球ファンの方が岩崎投手とともに『アイキャントライ』のことを知っていただき、そして愛してくださっている方が増えていることが本当に嬉しいです。よく野球選手の言葉にもありますが「結果はついてくるもの」だと思うので、岩崎投手を含むリスナーさんの心に響いた結果、LINDBERGさんの「every little thing every precious thing」のように誰かの人生のかけがえのないテーマ曲になれたらと思っています。LINDBERGさんの曲と藤川球児さんは、我々ファンの中でも一緒に記憶に残る存在となっています。私は、野球選手として尊敬する岩崎投手に選んでいただいた楽曲の歌手として、胸を張れる生き様でいられるように、これからも頑張り続けます!
――河野さんは「12球団箱推し」とおっしゃられていますが、岩崎投手が所属するタイガースは、尊敬する鳥谷敬選手も長年所属していたチームですので、今シーズンのタイガースの躍進は嬉しいのではないでしょうか?河野さんの目線で、今シーズンのタイガース躍進のポイントは何だと思いますか?
野球評論家ではないのでただのオタクの感想になりますが、岩崎投手や前半戦防御率セ・リーグトップの青柳投手、セーブ王スアレス投手をはじめとした投手陣。マルテ選手やサンズ選手、ガンケル大先生など個性豊かで愛すべき要素たっぷりの助っ人外国人選手たち。そこに怪物ルーキー佐藤輝明選手に“ポジショニングの鬼”中野拓夢選手らのルーキーが加わり、躍進不可避状態になっていると思いますが、すべてのポイントを繋ぐ要であり虎の背骨となっている“梅ちゃん”こと梅野隆太郎選手が攻守にわたり引っ張っていることが大きいと思います。
アスリートの真骨頂を観られるのが楽しみ
河野万里奈 甲子園にて
――さて、河野さんの『アイキャントライ』を登場曲として使用する岩崎投手が、いよいよ侍ジャパンのメンバーとして金メダルを目指す戦いが始まりました。貴重な中継ぎ左腕として緊張感のある場面での起用もあると思います。国際試合ではもちろん登場曲は流れませんが、どのような気持ちで試合をご覧になりますか?
あの球持ちのよさと伸びのあるストレートを生み出す、長い手足を活かした重心の低い芸術的なピッチングフォームを見た対戦相手が、どんな反応をするのか楽しみです。そして五輪に向けての岩崎投手のコメントを拝見すると、「全部見返してやろう」というもので、やはり前半戦での悔しさがあったように感じました。「挑む」という書もしたためておられ、恐縮ながら『アイキャントライ』の歌詞とリンクして感じましたので、歌詞と同様に「あなたにはあなただけの輝きがある」「挑み続けるあなたに栄冠を」という気持ちで応援します!
――河野さんはテレビの野球解説でも活躍されていますが、しばしば中継でのコメントがファンの方も驚くようなマニアックな情報や、鋭い視点での解説がネット上でも反響となっています。今回の東京五輪・野球では、どのようなポイントで試合をご覧になりますか?
とにかく野球が大好きで、自分ではマニアックな見方をしているつもりはないのですが、、、クローザー候補の栗林良吏投手と山崎康晃投手、そして四番候補の村上宗隆選手と鈴木誠也選手など、初選出の選手を侍経験者がバックアップするであろう姿が楽しみです。どの選手もそうですが、大会中にもグングン成長されるのではないでしょうか。ただでさえ一流なのに、もしかしたら大化けする選手がいるかもしれません。NPBには素晴らしい選手が多すぎるがゆえに「なぜこの選手?」「自分なら〇〇選手を選ぶ」などの意見もあったと思いますが、試合で結果を出して周囲を納得させるアスリートの真骨頂を観られるのが楽しみです。
――最後に、河野さん同様多くの野球ファンが侍ジャパンの試合を楽しみにしていると思います。岩崎投手をはじめ、侍ジャパンへのメッセージをお願いいたします。
憧れの選手の皆様にメッセージだなんて大変恐縮ですが、一人の野球ファンであり、野球好き歌手として私はどんなときも岩崎投手をはじめ皆様の味方です。そして、侍ジャパンを誇りに思っています。テレビの前で侍ジャパンのユニフォームを着て応援します!