新型コロナの感染リスクについて、誤解されていることがある。国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長の西村秀一さんは「公共交通機関のうち、電車やバスは十分に換気される構造のため、私も怖いと思ったことはない。リスクが高いのは、パーテーションで区切ってあるタクシーに複数人が乗るケースだ」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、西村秀一『もうだまされない 新型コロナの大誤解』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

■「マスクの表面はウイルスで汚染されている」は間違い

世の中の「専門家」は、よく「マスクの表面はウイルスで汚染されている」ので「手で触れてはいけない」と、したり顔で説明をします。

それを聞くと、マスクは危険な物で扱いが難しく、ちょっと使ったらすぐ捨てなければならないように思ってしまいます。それではマスクがいくつあっても足りません。

また一度着けたら、着け外しは良くない、マスクに触れてはいけないという専門家も多いようです。でも、これは大きな間違いです。医療現場で患者さんから直接咳やくしゃみを顔に浴びた時はそうかもしれませんが、普通の生活の場では空気中には生きたウイルスはほとんどいません。

ウイルスは花粉症を起こす花粉のように、街中の空気の中に大量に漂っているわけではありません。ついでに言えば、その意味で、帰宅したら「着ていたコート」を云々というのもナンセンスの極みのような話です。

百歩譲って、ウイルスを含むエアロゾルの侵入をたまたまマスクで阻止したとします。でもマスクで捕らえたウイルスはいつまでも生きていませんし、ウイルスはマスクの表面にはないのです。マスクの内部の繊維の間にトラップされています。

そもそも「専門家」はマスクは汚染されているから慎重に扱えと言いますが、日常で普通に使用されたマスクの表面から生きたウイルスを、あるいはウイルスの遺伝子さえも検出されたというまともな報告は聞いたこともありません。

そんな頭の中だけで想像したような危険に、私達は脅されてはいけません。マスクに触らないことより、マスクの命である密着性を確保するためこまめに着け具合を調整することの方がよほど大事です。

■満員電車でクラスターが発生しない2つの理由

通勤電車でクラスターが発生したという報告は、いまだありません。意外かもしれませんが、私は感染伝搬の場にはなっていないと思っています。理由は二つあります。

一つは、クラスターが発生していたとしても分かるわけがないから。公共交通機関は、毎日、決まった車両に同じ顔ぶれだけが乗っているわけではありません。もし車両の中に感染した人がいたとしても、一人ひとりを探し出して感染経路を追うなどということはできません。もしかしたらあるかもしれないけれど、分からないのです。

もう一つの理由は、日本の通勤電車の乗客は皆きちんとマスクをしていて大きな声で話す人もおらず、中に感染者が紛れ込んでいたとしてもエアロゾルが広がるリスクが極めて低いからです。ユニバーサルマスキングの典型的な例とも言えます。

何もせずに咳やくしゃみをする人がいればリスクはありますが、喋らず呼吸をしているだけなら、ほんの少ししかウイルスは出していませんし、その人が不織布マスクをしていれば、出る量はその少ない量のさらに100分の1になります。

鉄道会社も、車両に換気装置を備えたり窓を開けたりするなど換気に力を入れています。また、東京の山手線などは1〜2分間隔で停車するので、頻繁(ひんぱん)にドアが開き、つねに換気されているのと同じ。

駅間が長い東海道線のような路線でも、皆がマスクをしてじっと乗っているだけなら、まず危険はありません。私は怖いと思ったことはありません。

■バスでもマスクをして大声で話さなければリスクはない

新幹線や飛行機は、長時間乗ったままでドアや窓も開きませんが、つねに換気されていますし、今時の航空機では座席ごとに個別の空気の流れが計算されています。かつて空調が故障した飛行機の中でインフルエンザ患者のクラスターが出たことはありますが、あくまでも例外的事例です。

新幹線はJRの説明によれば、かなりの換気がなされていて、その模式図まで公開されています。その図を読み込んでいくと、どうも座席配置の中では窓際の席が一番新鮮な空気環境が得られそうでおすすめです。

バスはどうでしょう? バスの中での集団感染の報告が中国からありましたが、結論から言うと近距離バスでは、窓を開けられれば換気は十分です。

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車中で皆が適切にマスクをして静かにしていればというのが大前提ですが、「通勤電車」のところでお話ししたのと同じく心配はありません。長距離バスでも基本的に同じです。私の勤務先の職員の話ですが、東北地方でも流行が大きくなっていた時期のこと、帰省時に地震が発生しました。

その影響で、新幹線は使えなくなり、仕方なく盛岡から仙台まで長距離バスを使って数時間かけて戻らなければならなくなりました。補助席を使うほど満席で心配に思っていたところ、乗客全員がしっかりマスクをして、乗車から降りるまでの間、誰一人として一言も喋らなかったそうです。

それなら問題はありません。皆が怖いと思っている時は大丈夫です。窓も開かない密な車内であっても、乗客同士がマスクをしないで大声で会話をするようなことがなければ危険はありません。行動次第で、リスクはかなり抑えられます。

■複数人で車移動する場合は工夫して換気するべき

自分一人なのに、運転している人が感染対策でマスクをしているのを見かけますが、あれは必要ないなと思います。ただし、絶対安全と思われる人達以外の複数名で車に乗る際は、気をつけなければいけません。

米国からの報告ですが、全長6mの大型バンでドライバーが感染者でマスクを着用せず最後部の乗客が感染した事例がありました。マスクは必須です。その上で、車内の換気が重要です。

カーエアコンには、内気循環と外気導入があります。これを外気導入にしておけば、つねに新鮮な空気が入ってくると同時に、車内の汚れた空気を追い出してくれます。

窓を開けて換気する場合は、右ハンドルの車なら運転席と左後部座席といったように、対角線上にある2カ所を開けると、空気の流れができます。全開ではなく、5cmほど開けるのがポイントです。介護施設を利用する、例えば認知症の症状を持った人達の送迎バスはどうでしょう。

中にはマスクを嫌がる人も少なくないと聞きます。それでもお手上げではいけません。何もしないより、できる限りのことはすべきです。乗車前に口ゆすぎしてもらうとか、緑茶を口ゆすぎを兼ねて飲んでもらうとか、別の方面から考える工夫も大事です。

■パーテーションで仕切るのはむしろ逆効果

マスクなしで後部座席に3人乗っているような場合は、信号待ちの間だけ窓を全開にする方法も組み合わせると効果的かもしれません。車内を、パーティションで仕切るタクシーをよく見かけます。

西村秀一『もうだまされない 新型コロナの大誤解』(幻冬舎)

あれは、狭い空間をさらに狭く使っていることになり、空気の流れを遮断しているので、換気を上手に組み合わせないとむしろ危険です。都市間バスなどで小さな下敷きのようなパーティションで、座席の顔の部分だけを分けたつもりのものをよく見かけますが、エアロゾル感染対策としてはほとんど意味がありません。

やっているふりのアリバイ的な対策であり、私はやめてもらいたいと思っています。

営業用、自家用に限らず、車内の空気をオゾンとか二酸化塩素ガスで殺菌していることになっている車もよく見かけます。しかし、オゾンや二酸化塩素ガスが有効に働くためには、ある一定の濃度と適切な湿度が必要であり、換気とはまったく相容れません。

換気しながら空間除菌を使うようでは、残念ながら、効果は最初から期待できないことになります。

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西村 秀一(にしむら・ひでかず)
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長
1955年生まれ。山形県出身。1984年山形大学医学部医学科卒業。医学博士。山形大学医学部細菌学教室助手を経て、1994年4月から米国National Research Councilのフェローとして、米国ジョージア州アトランタにあるCenters for Disease Control and Prevention(CDC)のインフルエンザ部門で研究に従事。1996年12月に帰国後、国立感染症研究所ウイルス一部主任研究官を経て、2000年4月より現職。専門は呼吸器系ウイルス感染症、とくにインフルエンザ。訳書に、A・W・クロスビー『史上最悪のインフルエンザ――忘れられたパンデミック〈新装版〉』(みすず書房)、R・E・ニュースタット、H・V・ファインバーグ『豚インフルエンザ事件と政策決断――1976起きなかった大流行』(時事通信出版局)、D・ゲッツ『感染爆発――見えざる敵=ウイルスに挑む〈改訂版〉』(金の星社)。また、内務省衛生局編『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録』(平凡社東洋文庫)の解説を務める。
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(国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長 西村 秀一)