関連画像

写真拡大

夫婦同姓を定めた民法などの規定は、憲法に違反しないと判断した6月23日の最高裁大法廷決定。違憲だとした裁判官は2015年の判断時よりも1人減って4人だった(宮崎裕子、宇賀克也、三浦守、草野耕一の各裁判官)。

今年1月に千人以上の賛同者を得て発表された「法学者・法曹による選択的夫婦別姓早期実現共同声明 」の呼びかけ人の1人で、慶應義塾大学名誉教授(民法・家族法)の犬伏由子さんは、「全くの期待外れ。ただ、少数意見は予想以上に踏み込んだ判断を示してくれた」と話す。決定をどう受け止めたか聞いた。(ライター・山口栄二)

●「ハードルが高い」とは思っていたが…

――今回の最高裁決定について、事前に、どのような内容になると予想されていましたか。

「合憲と判断した2015年の大法廷判決の判例変更ができるかと言えば、解釈の誤りや事情の変更が必要だったかと考えるとなかなかハードルが高いとは思っていました。

また、裁判長の大谷直人長官が、2015年大法廷判決の際に合憲の多数意見に加わっていたこともあります。

その意味で前回同様、合憲という判断になるかもしれないと予想しないわけではなかったのですが、違憲判断を示す裁判官がもっと多いことを期待はしていました」

――今回の最高裁決定を読んで、どのような印象をお持ちになりましたか。

「2015年大法廷判決と同様、全くの期待外れに終わったと思いました。ただ、少数意見では、宮崎裕子・宇賀克也裁判官の反対意見や三浦守裁判官の意見などは予想以上に踏み込んだ判断を示してくれたと思いました」

●動かない国会、判断しない最高裁

――2015年大法廷判決と同様、この種の制度のあり方は、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」と述べていますが、これをどのように評価されますか。

「2015年判決で、ボールを国会に投げたにもかかわらず、国会はこの問題に関して実質的に審議に入りませんでした。それにもかかわらず、もう一度国会に投げるのはなぜか。本当に国会での議論を期待しているとは思えませんね。

今回の決定では、夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と、夫婦同姓を定める現行法の規定が憲法に違反するかどうかという司法審査の問題は別次元の問題だと述べています。

しかし、自分たちが厳しい司法判断を示さない限り国会が動かないことは、過去の非嫡出子相続差別規定や女性の再婚禁止期間規定の違憲判決の事例を見て十分わかっているではないでしょうか」

――この点については、草野耕一裁判官が反対意見の中で、「もはや国会の立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いている」とも指摘していましたね。   「草野裁判官は、選択的夫婦別氏制度の導入によって向上する国民の福利とそれによって減少する国民の福利の比較衡量という、極めて具体的な判断枠組みを設定した上、『選択的夫婦別氏制を導入しないことは、あまりにも個人の尊厳をないがしろにする所為』と、強い調子で憲法24条違反と述べた事は心強く響きました」

●「通称の広まり」の意味、宮崎・宇賀意見の読み方

――2015年大法廷判決では、妻となる女性が姓を改めることによって受ける不利益は、姓の通称使用が広まることにより一定程度は緩和されうる、ということを合憲とする根拠の一つとしてあげていますが、旧姓の通称使用は、本当に不利益の緩和になっているのでしょうか。

「2015年大法廷判決では、夫婦同姓制度の合理性の根拠として、氏には家族を構成する一員であることを対外的に示す識別機能があることを挙げています。

しかし、旧姓の通称使用が拡大していけば、その識別機能が次第に空疎化していきます。つまり、夫婦同姓制度を守ろうとして編み出された旧姓の通称使用によって結果的に夫婦同姓の自己否定になってしまっているのです。何を守ろうとしているのかわからなくなってしまうのです。

この点を指摘した宮崎裕子・宇賀克也裁判官の反対意見は卓見と言うべきでしょうね」

●「夫婦別姓は女性だけの問題ではない」三浦意見の読み方

――2015年当時と現在では、女性の最高裁判事が3人から2人に減っています。夫婦別姓問題など、ジェンダーに関連した法的課題を審議する上で、現在の最高裁判事の構成は適正でしょうか。

「一般論としては、人口のほぼ半分が女性である以上は、現在の最高裁判事の構成は極端に偏っていると言えます。裁判所、弁護士、官僚など最高裁判事の出身母体でも女性の活躍、進出が進んでいるので、『女性の人材が不足している』といった言い訳は成り立たないと思います。

ただし、今回のような夫婦同姓制度の問題に関しては、男性の判事が大多数であったことが問題と単純に言うことはできません。確かに実際に結婚に際して姓を変えているのは、約96%の場合が女性であることから民法750条といえば女性の問題と思われがちです。

しかし、民法750条によれば、結婚の際に、男性あるいは女性のいずれかが姓を変えなければならないわけですから、男性も当事者であり、当事者意識を持つ必要があるわけです。男性だろうが女性だろうが結婚に際して姓を変えざるを得ない人の不利益や痛みに対する想像力がどれくらいあるのかが大切です。

その意味では、例えば、今回の三浦守裁判官の意見は、『婚姻の際に氏を改めることは、(…)重大な不利益を生じさせ得ることは明らか』と述べるなど、姓を変えざるを得ない人の痛みに寄り添っている点で優れていると思いました」

●主要政党で反対は「自民だけ」

――選択的夫婦別姓の問題は、次の衆院選の争点の一つとなりそうですが、選挙を経た後の国会での議論のポイントはどこになるでしょうか。

「これは自民党の問題でしかないと思いますね。法学者・法曹による選択的夫婦別姓早期実現共同声明を持って主要な政党を回ったのですが、公明、立憲民主、国民民主、共産、維新、社民の各党はいずれも賛成の姿勢を示しました。

自民党は野田聖子副幹事長が対応してくれましたが、党としてのこの問題に関する態度は未定のままで、先日の都議選でも、メディアによる候補者アンケートには、自民党候補は『回答せず』でした。

本当は、より自分の問題として捉えやすい若い世代の有権者に近い若い候補者は選択的夫婦別姓にも賛成の人が一定数いるはずですが、なかなか声を上げにくい空気もあるようです。

この問題のように多様性の尊重や人権に関係する問題については、党議拘束をはずすといった形で自由に議論できればいいと思います」

▼プロフィール:犬伏由子(いぬぶし・ゆきこ)慶應義塾大学名誉教授

1996〜99年山形大学教授。1999〜2018年慶應義塾大学教授。2020年〜日本女性法律家協会副会長。専門は民法・家族法。共編著に「現代家族法講座第2巻 婚姻と離婚」など。