関連画像

写真拡大

東京都立川市のホテルで6月1日、デリヘルのキャストとスタッフが客の19歳少年に殺傷された立川事件は、見ず知らずの相手とも密室で1対1にならざるを得ない風俗業界の危険性を改めてつきつけた。

報道によると、逮捕された少年は女性を盗撮しようとしていたようだ。女性は勤務先に電話して盗撮被害を訴えたあと、刺されたという。

風俗で働く人の生活・法律相談を弁護士やソーシャルワーカーらで行っている「風テラス」には事件後、キャストの女性からの悲痛な声も複数届いているという。

三上早紀弁護士と坪内清久弁護士に、相談者の事件への反応や日常のトラブルにどう対処するべきかを法律家の目線で語ってもらった。(ライター・谷トモヒコ)

●立川事件で働けなくなったキャストも…

三上「立川の事件があってから、思うように出勤ができない、事件を思い出して怖くなり、肉体的にも精神的にもつらくて仕事に行けない等の相談は複数件ありました。

彼女たちはその日その日で生計を立てているので、出勤できないとダイレクトに借金が返せないとか食費が工面できないとかにつながってしまいます。立川事件が原因の一つとなった生活の困窮に対する相談も複数件あります」

殺されてしまうのは特殊な例だとはわかっていても、どこか他人事と割り切れないのは同じ種類の危険と日々隣り合っているから。デリヘルのキャストにとって、客から本番を強要されたり、盗撮の被害に遭ったりすることは一般の人が考えているよりも、日常茶飯事なのだ。

●卑劣な盗撮にどう対抗するか

風テラスへの相談も、事件以前から盗撮や本番強要に関することへの相談は多い。では、実際にそういうトラブルに遭ってしまった場合にはどう対処したらいいのだろうか。

三上「盗撮は迷惑防止条例や軽犯罪法違反に当たる可能性があります。盗撮が発覚して客が認めた場合は、まずお店に通報してお店と客が話し合って示談にするケースが一番多いと思います。

警察は客観的な証拠がないと動かないことが多いので、データが残っていて本人も犯行を認めている場合にのみ捜査してくれるかどうか、というところです」

坪内「せめて盗撮行為を示す証拠が残っていないと厳しいイメージがあります。本人が認めていなくて証拠も残っていないとなると警察を呼んだところでまず動いてくれない。

認めていなくてもはっきりと証拠が残っていれば動いてくれる場合はあります。警察を呼ぶ呼ばない以前にまずその場で証拠を押さえないと」

だが、実際には証拠を押さえるのは大変だ。キャストは客の態度が「怪しいな」とは感じても、100%盗撮されているという確信に至るケースは少ない。

坪内「怪しい動きをしていることに対して『盗撮しているの?』と聞くことはできます。そう言われればたいてい止めるでしょう。だからといってデータを見せろとまで要求できるかというと、話が変わってきます」

三上「女の子たちはそこで逆上されるのが恐いので、怪しい動きをしている人に対しては、荷物に布をかけさせてもらうとか、スマホの位置を移動してもらうなど、問い詰めることなしに穏便に盗撮されない方向に持って行くことが多いようです。風テラスでもそのようにすることを推奨しています。

風テラスへの相談で多いのは、『お店とお客の間で話し合ってお金で解決したみたいだけど私は一切もらえない』とか『私が独自に被害届を出すことはできないんですか』といったものですね。加害者との間というよりはお店との間のトラブルが多いかなという印象です」

●「本番強要」店に任せると穏便に済まされてしまいがち

本番強要についてはどうだろう。本番を持ちかけられただけでお店に連絡するべきなのだろうか。

坪内「そこまではないんじゃないですか。女性たちの話を聞くとほとんどの男性が一度は本番を求めてくるそうです。それに対して『ダメだよ』と言って終わるのがある種のコミュニケーションのような面はあると思います。事件になるのは強引にやろうとするケースで、それは普通に犯罪行為ですからね」

では、強引に本番を強要されるという明らかな犯罪の被害に遭って、そのことを通報した場合、警察はどれだけ動いてくれるものなのだろうか。

坪内「相談にくるのは後日になってからやっぱり通報したい、という例が多いんです。しかし犯罪を立証するのには男性の精液が残っているとか、服の繊維が手についているとか、その場で押さえなくてはならない証拠が必要です。一度穏便に済ませてしまって何日か後に警察に行っても立件するのは難しい。そのあたりが警察がなかなか動いてくれない理由だと思います。

やはりすぐにその場でお店の人や警察を呼んで証拠を押さえないと。立件できないとまでは言い切れませんが、その後の動きは難しくなってしまいます」

三上「私たちとしては本人が被害届を出したい、警察沙汰にしたいということであれば、その場で自分の携帯で警察を呼んだほうがいいよ、という話をします。お店に任せるとその場で穏便に済ませてしまうことも多いですから」

●匿名ゆえの心地よさとリスク

また、キャストが自分の身を守るために心がけておいたほうが良いことは、トラブルが起きたときに対処できるよう、客の個人情報を押さえることだという。相手の名前も連絡先もわからなくて、いざというときに手も足もでないケースが多いからだ。

予約のときに客が自分の携帯からかけていれば、店に携帯番号が残っている可能性はある。だが、キャストが自力で客の個人情報を手にすることは難しい。

三上「立川のような事件を防ぐには、本当はお店が事前に客の身元確認を厳密にやるのが一番早い。でもそれをやると客が減ります。そうすると結局キャストの収入が減ってしまうんですね。それは女の子側も望むところではない。匿名性を心地良しとしてお客も女の子も集まってくる世界なので、匿名がはらむリスクはある程度引き受けなければならない面はあります」

過去の例では事件が起こったデリヘルで客の身元確認を徹底したところ、身分証確認は要らないという業者が乗り込んできて客を持って行かれ、経営が苦しくなってしまった、という例もあったという。

●「立川」を引き合いに脅すクズ客

また、立川事件の悪しき影響として、事件をネタにキャストを脅して本番しようとする客が少なからずいるという。その場合、どんな罪に問うことができるのだろうか。「冗談だった」で済まされてしまうのか。

三上「立川事件を引き合いに出して本番行為を迫った場合、その態様やシチュエーションによっては、強制性交や同未遂罪が成立する可能性があると思います。

例えば、『このまま本番を拒否したら、立川事件と同じように刃物を持ち出されて殺されてしまうかもしれない』という恐怖を与える等、キャスト側が抵抗できなくなるほどの脅迫をしたうえで本番に持ち込んだ場合、強制性交罪(刑法177条)が成立する可能性があります。

実際には本番行為に至らなかった場合でも、キャスト側が抵抗できなくなるほどの脅迫をすれば、強制性交未遂が成立する可能性があります」

客は事件をネタにした言動でキャストを怖がらせるような行いは慎んだほうが良いだろう。いくら後から「冗談だった」と言い張っても、済まなくなることもありそうだ。

女性1人で見ず知らずの男性客を接客しなければいけない派遣型風俗ではキャストは常に危険にさらされている。そのことを「その仕事を選んだんだからしょうがないだろう」といったような、女性の自己責任に収れんさせたくない、と三上弁護士は言う。「その仕事をやっている人たちの背景にも思いをはせて欲しい」。そしてキャストには孤立を選ばずに助けを求めて欲しいという。

三上「キャストの人は社会的な縁や人間関係のつながりが全然なくて孤立している人が多い。一人で頑張って一人で抱え込んで一人で苦しくなって――。風テラスでは『ただ話を聞いてほしいんです』といった相談も受け付けているので、そういう場所があるってことだけでも伝わってくれればと思います」

<風テラスWebサイト>https://futeras.org/