iPhoneのOSである「iOS」の次期ヴァージョンは、今後数週間でパブリックベータ版が公開される予定で、アップルは相変わらず世界最高のソフトウェア体験を提供すると約束している。ただし、アップルの世界で暮らしたければ、「Apple Watch」「Apple TV 4K」「iPad」、最新の「MacBook」、そしてクレジットカードが必要になることだけは心得ておかねばならない──。

「アップルが築く「壁に囲まれた庭園」、その全体像が見えてきた」の写真・リンク付きの記事はこちら

というのは言い過ぎかもしれないが、事実からそれほどかけ離れているわけでもない。アップルの開発者向けカンファレンス「WWDC 2021」の基調講演では、アップル製のデヴァイスとソフトウェア、そして増える一方であるアップルのサブスクリプションサーヴィス間の緊密な相互運用性が何よりも強調されていたのだ。

友達とオンラインで映画などの“鑑賞会”を開くとき、同じ画面を共有したいとしよう。その場合は「FaceTime」を使い、ストリーミング端末「Apple TV」を起動する必要がある。サブスクリプションサーヴィスの「Apple TV+」を契約する必要もあるかもしれない。

友達から送られてきた写真や楽曲をすべてチェックしたければ「メッセージ」や「写真」を使い、「Apple Music」の契約も済ませておきたいものだ。アップルがApple TV+とApple Musicで展開しているすべての高度なオーディオ機能の恩恵を受けたければ、「AirPods Pro」を用意しておこう。

ソフトウェア開発者向けの今回の基調講演は、アップル製品をより効率的に連携させるための話でほぼ占められていた。これは少しも珍しいことではない。WWDCの基調講演は、このテクニカルなカンファレンスのなかで最も消費者を意識した芝居がかったものになることが多く、開発者は週の残りの時間で自分たちの生業に直結したオンラインのコーディングセッションに参加することになる。

とはいえアップルは、アプリ開発者や消費者のテック体験全体に及ぼすその強大なパワーと影響力が精査されている最中であるにもかかわらず、統合されたソフトウェア体験のほうが優れていて安全だという立場を強く打ち出している。それに企業講演に登壇したアップルの幹部は、「App Store」の“税金問題”に触れようとしなかった。これに対してフェイスブックやマイクロソフトなどの競合他社は、アプリの売上に対してより金銭的に見合う利益配分の方針を打ち出して開発者を引きつけている。

「アップルはすべてをエコシステムの中に囲い込んでいることを示しました」と、テクノロジーに特化した分析企業Techsponentialの創業者で主席アナリストのアヴィ・グリーンガートは指摘する。「こうしてアップルは“1+1”が3になるようにしているのです。アップル製品をひとつ買えば、もうひとつアップル製品を買いたくなります。アップル製品をたくさんもっていればいるほど、快適な体験ができるように設計されているからです」

すべての道はアップル製品へ続く

アップルのテクノロジーのエコシステムにそれほど詳しくない人にとっては、今回の基調講演は製品名と統合機能の目がくらむような羅列に感じられたかもしれない。それでも、アップルのプレゼンターが次々に新機能を紹介していく様子を見ているうちに、「iOS 15」の多くの機能強化によってiPhoneがほかのアップル製品の司令塔のようなものになっており、目玉はサブスクリプションサーヴィスであることに気づいたかもしれない。

例えば、コンテンツの共有機能である「SharePlay」を使えば、楽曲や映画、自分の画面といったものを、FaceTimeで会話している相手と共有できる。だが、共有できる音楽はApple Musicの楽曲だ。Apple TV+の人気ドラマ「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」を友達と一緒に観たければ、Apple TV+を契約している必要がある。

ユーザーが撮った写真で感動的なサウンドトラック付きのスライドショーを作成するという写真アプリの新機能でさえ、Apple Musicの契約が必要になる。「Apple Fitness+」の新しいフィットネスクラスを視聴して大画面に映すには、Fitness+の契約に加えてApple Watch、Apple TVが必要だ。

Mac用のOSとして秋にも正式リリース予定の「macOS Monterey」では、「ユニバーサル​コントロール」という新機能を使ってMacとiPadをワイヤレスで同期させ、双方にまたがってキーボードやマウスを利用できる。またiPhoneユーザーは、「AirPlay」経由でMacの画面にコンテンツを表示できるようになる。

さらに、FaceTime体験の向上やSharePlay機能など、iOS 15と同様のソフトウェアのアップデートがmacOS Montereyでも数多く実現している。ほとんどすべての道が別のアップル製品につながっているのだ。

アップル以外のユーザーも利用できるが……

今回発表されたソフトウェア機能のすべてがアップル製品に限定されているわけではない。SharePlayにはAPIが用意されており、これを利用することでほかのアプリにもコンテンツの共有機能を組み込めるようになる。すでに動画のストリーミングを提供する大手数社が、自社のアプリで提供されているヴィデオのSharePlayへの対応を許可する契約を結んでいる。これにはHuluやDisney+、ESPN+、Twitch、TikTokなどが含まれる。

また、FaceTimeにはウェブ版が提供されることになる。これにより、FaceTimeから締め出されてきたAndroidスマートフォンやWindows PCのユーザーも、ようやく通話に参加できるようになる。音声アシスタントの「Siri」は原則としてアップル製品でのみ動作していたが、アップルが承認したサードパーティのハードウェアでも利用できるようになる。Siriはいまだに頼りない存在ではあるが、今後は「ecobee」のようなスマートサーモスタットなどにも対応することになる。

それでも細かな部分でアップルは差異化することになる。アップルのソフトウェアをさまざまなアプリやデヴァイスで使えるからといって、iPadやiPhoneで利用する場合と同じように最適化されるとは限らないのだ。

例えばウェブ版のFaceTimeは、アップルの最新機能であるSharePlayに対応しない。また、Android端末でFaceTime通話をする人は、自分のヴィデオにエフェクトをかけることができない。さらに、Siriをecobeeのサーモスタットで動作させるには大きな問題がある。Siriがアップル以外のハードウェアで動くようにするには、アップルが「Amazon Echo」に対抗して売り出した「HomePod mini」を買わなければならないのだ。

バラ色の世界

テクノロジーに詳しい人たちや消費者のなかには、「こうした完全に統合された体験こそがアップル製品をほかと比べて優れたものにしている」と主張する人々もいる。実際にその主張が妥当な場合もある。

ひとつには、セキュリティ上の利点が挙げられる。今年後半にリリース予定の「iCloud+」には、アップルのメールクライアントのセキュリティ強化、「HomeKit」対応のセキュリティカメラで撮影した映像の無制限の保存容量、「Safari」でのインターネットブラウジングを隠してくれるVPNのような機能などが用意される。これらの機能が可能になる理由の一端は、緊密な統合にあるのだ。

アップルのApp Store問題を鋭く批判している業界アナリストで、人気ニュースレター「Stratechery」を発行するベン・トンプソンは自らのニュースレターにおいて、自身でさえ「個々のデヴァイスでもエコシステム全体においても、アップルが深いレヴェルで統合していることによる利点」を享受することがあると指摘している。

トンプソンは、彼の日常業務において「AirDrop」を利用していることを具体例として挙げている。アップル製品でメモをとる際にエコシステム全体で利用できる「クイックメモ」という新機能を見て、アップル純正アプリの「メモ」に乗り換えたくなったという。そして彼は、次のように書いている。

「確かにイノヴェイションとは、オープンであることとたくさんの花を咲かせようとする哲学から生まれるものだ。しかし、コントロールすることや、明確ではないインターフェイスを横断的に統合する能力から生まれることもある」

Techsponentialのグリーンガートも、自社のソフトウェアシステムとアプリを優先するアップルの姿勢を、やや楽観的に見ている。緊密に統合されたソフトウェアにアップルが注力すると、通常はしばらくするとアップルのハードウェアで動作するセンサーやAPIに対する開発者のアクセス制限が緩和され、結果としてよりよいアプリが消費者に提供されることになるのだと、グリーンガートは指摘する。「iOSのエコシステムを強化するためのものは、いずれは開発者もそのエコシステムにおいて活用できるようになると期待しています」

これはアップルの手法に対する“バラ色”の見方と言えるかもしれない。壁に囲まれた庭園にふさわしい表現である。

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