コロナ後もJRは恒常的な赤字を続けるおそれがある(写真:尾形 文繁)

昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第40回。

JR各社が赤字に転落

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛や在宅勤務の浸透、出張の手控えなどの影響を受けた乗客数の落ち込みで、JR各社が赤字に転落した。


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企業は、出張を見直してテレビ会議などに切り替えている。これによって減少した出張費は、コロナが収束しても、元に戻らないだろう。

仮に企業の出張費が7割以上削減されると、JR東日本の営業利益は、恒常的に赤字になる。鉄道会社は、事業の抜本的な見直しを迫られている。

新型コロナの影響で、 鉄道各社の業績が大幅に悪化した。なかでも新幹線を抱えるJR各社は深刻な状況だ。

2020年度(2020年4月〜2021年3月)の決算予想で、売上高(営業収益)が大幅に減少し 、これまで黒字だった営業利益が巨額の赤字になった。

JR東日本(単体)の場合について見ると、図表1のとおりだ。


(外部配信先では図表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

売上高は2019年度の2兆0610億円から1兆1720億円となり、本業の儲けを示す営業損益は2019年度の2940億円の営業黒字から5080億円の営業赤字になった。

利益が急減したのは、言うまでもなく、コロナの影響で乗客が激減したからだ。ただし、それだけではなく、鉄道会社は、売上高の急変動に柔軟に対応しにくい事業構造を持っていることにもよる。

法人企業統計で日本の全企業の状況をみると、2020年に売上高が3.5%減少し、費用(売上高原価+販売費および一般管理費)が3.7%減少した。つまり、売上高とほぼ同率だけ費用を圧縮した。

それに対して、JR東日本の場合には、2020年度の売上高が8890億円(対前年度比43.1%)減少したにもかかわらず、営業費は870億円(4.9%)しか削減できなかった。

これは、鉄道事業は巨大な装置産業であり、固定費の占める割合が大きいからだ。

減少率が2ケタになっている費用は、人件費と動力費だけだ(図表2参照)。


動力費は、運行便数の削減などによるものだろう。それでも、11.6%減でしかない。

最も減少率が高い人件費は12.2%の減だが、一時帰休等を実施し、雇用調整助成金に頼った面が大きいと考えられる。

雇用調整助成金の特例措置がなくなれば、このような人件費削減効果はなくなる。

減価償却は、営業費の19.0%と、きわめて大きな比重を占めている(全産業では2.6%)。そして、設備の増加に伴って増加している。

では、JR東日本の場合、今後の売上高の変動に対して、利益はどのように変動するだろうか?

上記のように、雇用調整助成金の特例措置がなくなれば、人件費の削減は難しくなるだろう。そこで、売上高が減少しても、2019年度の値がそのまま続くとした。

減価償却は、設備が増加すれば増加する。今後どうなるかは、時点にもよるので想定が難しい。ここでは2020年度の値がそのまま続くとした。

さらに、つぎのように仮定した。

(1)動力費は、売上高減少率の4分の1の率で減少する。
(2)修繕費、その他営業費、機構借損料、租税公課は、売上高にかかわらず、2019年度の値から不変とする。

この仮定のもとで営業損益を計算すると、図表3のようになる。


2019年度に対する売上高減少率が13.8%で営業利益がゼロになり、減少率が20%だと、1200億円を超える赤字となる(注)。

(注)営業収益は、運輸収入とその他からなる。これらは別の要因によって変動するのであろうが、ここでは、両者を区別せず、同率で変動するものとした。なお、2019年度では、運輸収入は、営業収益の87.0%。

「出張からリモートへ」の移行は、コロナ後も残る

JRの売上高の減少は、コロナ禍の特殊事情にもよるが、構造的な変化に起因するものもある。企業がコロナ禍の状況をきっかけに、「出張」のあり方を見直し始めているからだ。

これまで出張で行ってきたことを、テレビ会議などのリモート手段で代替できることがわかった。それによって多大な経費を節減できることも明らかになった。つまり、これまでは、深く検討することなく、無駄な出張を惰性的に続けてきたという側面も見えたのだ。

こと遠距離出張について、そのことが言える。

出張という名目で、実態は観光旅行という場合も少なくなかったと思われる。

経営者向けにさまざまな団体が主催の「視察ツアー」などは、その典型だ。

その反面で、オンライン商談には、コストの削減というだけでなく、いくつかの積極的なメリットがあることもわかった。

営業エリアを拡大できるし、商談数を増やすこともできる。悪天候や事故などのトラブルも回避できる、さらに、録画記録によって、組織内での情報共有もできる。

だから、企業の出張は、大きく変わる可能性がある。

マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツ氏は、2020年11月中旬に行われたニューヨーク・タイムズ主催のイベントで、「出張需要の50%は未来永劫、戻らない」と予測した。そして、「今後は、会議や商談のために出張することは<非常に高いハードル>になる」ともした。

したがって、コロナが収束しても、出張の需要は元どおりにならない可能性が高い。

これは、JRも認識していることだ。

収入とコストの構造変革が必要

2020年7月30日、JR東日本の深澤祐二社長は、「乗客はコロナの前には戻らない」から、「収入とコストの構造変革が必要」だとした。

同氏は9月3日の会見においても、「鉄道の輸送需要は完全には元に戻らない」との認識を強調した。

以上のように、コロナ後のJRの収入は、企業の出張費がどうなるかに大きく依存する。

日本政策投資銀行の資料(『出張市場の規模と今後』、2017年12月)によると、2016年において国内の出張市場のうち、移動関連は約1.8兆円、そのうち鉄道は1.0兆円を占める。

出張旅費は2016年以降も増加していたため、2019年には鉄道だけでおそらく1.3兆円程度になっていたと考えられる。

このうち、JR東は、30%程度を占めると考えられる(注1)。

したがって、JR東日本の売上高中、出張旅費にかかわるものは、1.3兆円の30%である約4000億円と試算できる(注2)。

これは、JR東日本の2019年度の売上高2.1兆円の19.4%だ。

(注1)売上高で、鉄道大手10社に占めるJR東日本の規模は、鉄道会社単体ベースで見て4分の1だ。

(注2)つぎのように考えても、ほぼ同じ結果となる。鉄道会社は大手10社以外にもあるが、規模は小さい。また、出張の多くは新幹線であることを考えると、JR東日本の比重は、4分の1より大きいと考えられる。以上を考慮して、30%とした。

これが半減すると、JR東日本の売上高は8.7%減少する。

この場合には黒字を維持できるが、営業利益はきわめて少なくなる。

仮に出張旅費が71.1%以上削減されると、JR東日本の売上高は13.8%以上減少し、赤字に陥る。

なお、以上で示した数字は、いくつかの仮定に基づくものであり、それらを変えれば結果も変わる。ただし、可能性としては、十分ありうることだ。

そして、重要なのは、これが一時的な現象ではなく、恒常的に継続する変化であることだ。つまり、構造的な赤字が発生する可能性がある。

なお、以上では出張旅費のみを考えたが、これ以外の旅行が減ることも考えられる。

また、コロナ後において在宅勤務が定着し、さらに広がれば、定期券の収入も減少する可能性がある。

JR東日本の2019年度で、新幹線定期外5397億円のうち半分である2700億円が業務出張。在来線定期外7436億円のうち4分の1である1859億円が業務出張、と考えると、合計で4559億円。

事業体制の抜本的見直しが必要

以上で指摘した問題は、JR東日本に限ったものではない。程度の差はあれ、JR各社に共通する問題だ。

また私鉄についても、同様のことが言える。

輸送人キロで見て、鉄道は国内旅客輸送の4分の3を占める重要な産業だ。それがこのような大きな危機に直面している。

間引き運転や終電繰り上げなどの措置では、とても対応できない危機だ。

事業の基幹にかかわる大規模なリストラが必要とされるだろう。リニア中央新幹線のような大規模な投資計画は、基本から見直す必要が生じるかもしれない。

1970年代から80年代前半にかけて、旧国鉄は、巨額の赤字に悩まされ続けた。分割・民営化と並行して、巨額の赤字をJRから切り離すという大手術が行われた。

これから、再び大きな試練の時代がくる。