コスプレは「著作権侵害」になるの?「ルール整備」以前に押さえておきたい重要ポイント 福井健策弁護士が解説
アニメや漫画のキャラクターに扮する「コスプレ」をめぐり、未然に著作権トラブルを防ぐため、政府がルール整備に乗り出した――。そう報じられたところ、ネット上では「コスプレ文化が衰退する」といった不安が広がった。はたして現在、コスプレに関する著作権はどうなっているのだろうか。
●ネット上で「国はいらんことするな」の声
共同通信は、1月23日配信の記事で次のように伝えている。
「日本アニメは海外のファンが多く、コスプレイベントも増えてきた。コスプレが非営利目的なら著作権法に抵触しないが、写真をインスタグラムなど会員制交流サイト(SNS)に投稿したり、イベントで報酬を得たりすれば、著作権侵害に当たる可能性が出てくる。
井上信治クールジャパン戦略担当相は昨年末の記者会見で、こうした課題を指摘。『コスプレは文化として裾野が広がってきた。国の考えを示さないといけない』と指針策定を打ち出した」
(共同通信/2021年1月23日/コスプレ著作権ルール化へ 政府、海外展開を後押し)
このような報道を受けて、ネット上では「コスプレ文化が衰退する」「国はいらんことするな」といった懸念・不満が広がってしまったのだ。
●井上大臣「コスプレ文化をさらに盛り上げていくため」
そんな状況を受けて、井上クールジャパン戦略担当相は、1月29日の記者会見で、あらためて"真意"を説明することになった。
この中で、「コスプレ文化をさらに盛り上げていくためにも関係者が安心してコスプレを楽しむための環境が重要であるとの問題意識をもっている」として、あくまで「法的問題が生じないための方策」を整理すると強調した。
さらに、その方策を検討するにあたっては、コスプレイヤー(レイヤー)など、関係者からヒアリングして実態把握・課題整理をしながら、民間の二次利用ガイドラインを参考に年度内に方策を整備するとした。
しかし、いまだに「国による規制」という側面が強まってしまうのではないかという反発がくすぶっている。また、著作権の理解についても混乱が生じてしまっている。そもそも、コスプレは法律上どう扱われるのだろうか。福井健策弁護士に聞いた。
●現行法でも「コスプレ」が著作権侵害になる可能性はある
今回の反応の中には、「コスプレを規制するルールができる」というものもあったようですね。もっとも新たな規制以前に、実は、著作権法的に正面から問われれば、コスプレが「アウト」になる場合は現在もあります。
たとえば、人気キャラにかなりそっくりな着ぐるみ(顔も隠れる)を作って、着るような場合を考えてみましょう。
キャラクターのデザインは著作物ですので、著作権があります。着ぐるみにするのは立体的複製にあたります。そのため、理論上は、著作権侵害にあたる場合があるのです。法的には、複製権や翻案権に触れることになります。
ただし、著作権侵害は、「特徴的な表現」が相当似ていないと成立しませんので、「アンパンマンになりたかったのであろう、何か異形の生き物」程度の着ぐるみはまったく問題ありません。
――着ぐるみではないけれど、衣装やメイクはかなり似ていて「そのキャラ」と十分わかるような典型的なコスプレの場合はどうでしょうか?
単に「誰だかわかる」とか、また「ありふれた要素が似ている」というだけではなく、オリジナルキャラの「特徴的な表現」をどこまで再現しているかで、著作権侵害かどうか決まります。つまり、程度問題なのです。
以前、マリオカート訴訟で争点になったことがありますが、裁判所は判断を回避しましたね。あのケース程度はおそらく微妙なところでしょう。
参考:任天堂「マリカー」訴訟、知財高裁の中間判決が示したゲーム名・キャラクターの許されない使用とは?
https://www.businesslawyers.jp/articles/612
ただし、現在の著作権法には、私的複製・私的翻案という例外規定がありますので、あくまで個人が楽しむためにコスプレ衣装を自作するようなケースは、いくらそっくりでも法的にもセーフです。
マリオ(左)とマリオのコスプレ(マリカー訴訟・知財高裁中間判決より https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/735/088735_hanrei.pdf
●非営利でも著作権侵害になる可能性はある
――では、コスプレ姿の写真・動画をネット投稿することはどうでしょうか? あるいは撮影会などはどうでしょうか?
こちらは、写真や動画をネット投稿すれば「公衆送信」となります。私的複製は許されますが、「私的な公衆送信」などという例外はありません。また配信するためにサーバーに複製するのはそもそも私的複製とは言えません。
ですので、「特徴的な表現」が十分似ているコスプレであれば、理論上は著作権侵害と評価されそうです。
撮影会も同様です。そもそもイベントとして人に見せることが目的の場合、最初の制作そのものがおそらく私的複製ではないので、著作権侵害にあたりそうです。仮に、最初に制作した時点では私的複製であったとしても、公衆に提示した時点で侵害とみなすという規定もあります。
この点、当初の報道に「営利目的でないコスプレは著作権法に抵触しない」という記載がありましたが、この情報は不正確です。ネット投稿もイベントで見せる場合も、いずれも非営利というだけで適法には直結しません。
――え!? じゃあ、なぜこれまでコスプレできてきたんでしょうか?
一つには、最初に述べた通り、単純に似ていないからです。実写版『約束のネバーランド』の渡辺直美ですね。(スタッフ「私は支持派です」の声)
もう一つは、権利者が「見て見ぬふり」をしてきたからです。あるいは権利者とコスプレイヤーとの間の絶妙な間合いと言いますか。
著作権侵害は、刑事罰はありますが原則としては「親告罪」です(海賊版などは別)。つまり、権利者が悪質だと思って刑事告訴しなければ、起訴・処罰はされない。権利者が求めなければ損害賠償もありません。たとえば作家側が、コスプレはファン活動の延長なので、盛り上がりに水を差したくないと感じていれば、正式な許可がなくてもほぼ問題なくできてしまう。
こうなると、営利性の有無はそういう作家側の印象にも大いに関係してきて、「営利目的なら許可を取る」というレイヤーさんの姿勢も十分理解できますね。
コスプレだけでなく、コミケ(コミックマーケット)のパロディ同人誌もネット上のMAD動画も、日本が世界に誇る二次創作大国になった原動力は、基本的にはこの一次創作者と二次創作者の間の「あうんの呼吸」と言えるでしょう。
●福井弁護士「最低限の著作権の知識くらいは持って」
――最後にコスプレ文化に関するご意見をお聞かせください。
8年ほど前、文化庁がパロディを許容するような著作権の規定を設けるかどうかで検討チームを立ち上げました。その際、現場のヒアリングからは、必ずしも著作権法の改正を望む声は多くありませんでした。
参考:文化庁パロディワーキングチーム「報告書」P26以下
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hosei/parody/pdf/h25_03_parody_hokokusho.pdf
現に、一次創作者と二次創作者のエコシステムがうまくいっているのだから、このままにしてほしいという反応も小さくなかったのです。それを受けて、文化庁のワーキングチームも、むしろ現状の「温存療法」的な結論を出すという、文化庁としてはなかなか粋な計らいをしたことがありました。政府は、まずこの経緯は踏まえるべきでしょう。
ただ、一方で、「見て見ぬふり」に頼りすぎる存在は、いったん何か政治的な理由などで中止を求められたら消し飛んでしまうような脆弱性も持っています。ですから、常に現状を学び、議論すること自体は良いことです。その際に、現にうまくいっているものは、あえていじらないという大きな知恵も大切でしょう。
そして、特に自らコスプレをおこなう方たち、というか、表現や情報発信に関わる方たちは誰でも、最低限の著作権の知識くらいは持っておくのが望ましいですね。普段から「自分はルールとリアルの間のどの辺にいるのか」を考えておくと、おかしな萎縮や逆に危ない落とし穴を避けやすくなると思います。
【取材協力弁護士】
福井 健策(ふくい・けんさく)弁護士
弁護士・ニューヨーク州弁護士。日本大学芸術学部・神戸大学大学院 客員教授。専門はエンタテインメント法。文化審議会ほか委員。「18歳の著作権入門」(ちくま新書)、「改訂版 著作権とは何か」(集英社新書)、「インターネットビジネスの著作権とルール(第2版)」(編著・CRIC)など知的財産権・コンテンツビジネスに関する著書多数。Twitter:@fukuikensaku
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com