日本のテレビ界は彼らの脅威に気づいているでしょうか?(撮影:長瀧 菜摘)

新型コロナウイルスが広まっているにもかかわらず株式市場が好調なことに私は一抹の不安を感じています。日銀が買い支えしているから株価が上がっているだけで、いつか急落するのではないかという心配から、最近の私はアメリカ株に意識をシフトしています。

アメリカでもなぜか株価が上がっているのですが、その中でもDX(デジタルトランスフォーメーション)で成長している企業の株式は比較的安心できると私は感じています。

具体的にはアマゾンやウォルマートがDXの有望株ということですが、もう1つ注目したいのがネットフリックス(Netflix)。新型コロナが広まる前の今年2月1日と、足元の12月1日の株価を比べるとダウ平均が5%上昇しているのに対して、ネットフリックスの株価は42%も上昇しています。

個人的にも新型コロナ以降、家にこもる時間が増えてきて、その中で地上波のテレビがだんだんつまらなく思えてきてそれでネットフリックスばかり見ているというのが私の最近の状況です。しかしなぜネットフリックスはこんなに面白いのでしょうか。

『NETFLIX 世界征服の野望』を見てみた

12月11日から全国公開された『NETFLIX 世界征服の野望』というドキュメンタリー映画があります。今回の記事では映画からわかる「ネットフリックスがなぜ面白いのか」についてその秘密を紹介したいと思います。

ネットフリックスを観ている人がネットフリックスにどうはまるのか? 人気アニメ『鬼滅の刃』を例にお話ししましょう。今大人気の劇場版『鬼滅の刃』無限列車編はこれまで放送した2クール分のアニメのエピソードの続編です。そこで劇場に行く前に『鬼滅の刃』のアニメを見てから行こうという方も少なくなかったと思います。

ではどうやって『鬼滅の刃』26話分を見るか?

1 地上波の再放送を観る
2 アマゾンプライム(月額500円税込)の特典であるプライムビデオで観る
3 ネットフリックス(月額税込で880円から)で観る

ということですが、それぞれの選択でそれがどのような観方になるのでしょうか。

1の地上波だと途中にCMが入ります。録画してCMをスキップするという手がありますが、その場合は2のアマゾンプライムと同じ視聴感覚になります。スマホやパソコンを使って動画ストリーミングで『鬼滅の刃』を観ると番宣が最初に15秒ほど入る以外は、CMなしにさくさくとアニメを視聴でき、地上波よりも快適になります。

さてここで3のネットフリックスだとどうなるかですが、番宣すら入らずそのままアニメが始まります。そこまでは当然だと思うのですが興味深いことにエンディングの音楽が始まると数秒で自動的に次のエピソードにスキップしてしまうのです。

「いやいや、俺はエンドロールまできちんと見て余韻にひたりたいんだ」

という人はリモコンを操作すればきちんとエンディングテーマも聴くことができるのですが、ただ見ているとすぐに次のエピソードに移ります。

さらに便利(?)なことに第2話が始まってLiSAが歌う主題歌の「紅蓮華」が流れだすと「イントロをスキップ」という表示が現れて、それをタップすると歌い終わりまで自動的に飛んでくれます。

「いやいや、そこは「紅蓮華」を聴きながら体を上下させて楽しむとこじゃないのか?」
という意見もわかるのですが、とにかくネットフリックスでは主題歌がスキップできます。

作品による違いはあるがスキップは簡単

作品によってスキップの設定は多少違うのですが、典型的なコンテンツの場合、1つのエピソードを観終わると、つぎのエピソードの前回のおさらいとオープニングテーマをスキップしてすぐに話の続きに飛ぶことができるのです。

一見ささいな違いですが、エピソードを連続して観ているとこれが意外と心地いいのです。アニメの1話は地上波だと30分、普通のストリーミング視聴だと約24分ですが、ネットフリックス方式の視聴だと20分弱で1話を観ることができます。ざっくりですが、26話だと地上波なら13時間かかるところをネットフリックスだと8時間40分で観ることができるという計算です。

極端な視聴方法だと思いますか? しかしこれは実は視聴者をネットフリックスから引き放さないために考え抜かれた方法なのです。テレビを見ていてチャンネルを変えたくなったり、スマホを見ていて他のサイトに移ってしまったり。そんなユーザー行動をとらせないためにどうしたらいいかを考え抜いているのがネットフリックスです。

『NETFLIX 世界征服の野望』の映画を観ると、ネットフリックスという会社は創業時から「消費者を離さないビジネスモデルを考える」ことに力を入れていたことがわかります。

ご存じでない方も多いかもしれませんが、ネットフリックスは創業時、レンタルDVDのネットベンチャーでした。創業は1997年、まさにネットバブルの全盛期です。

当時、アメリカにはブロックバスターという店舗型のレンタルDVDチェーンが広まっていました。日本でいえばTSUTAYAやGEOと同じです。創業者のリード・ヘイスティングスはうっかりビデオを返し忘れてブロックバスターに延滞料40ドルを払ったことからネットフリックスの起業を思いつきます。

「顧客に対するペナルティが収益源になっている企業は長続きしないのではないか?」

というのが創業当時の考えにあって、ネットフリックスの創業後はいかに顧客に楽しんでもらうかに頭をひねり続けます。

とはいえ当時のレンタルDVD事業の悩みはどこでも同じで「顧客が期日にきちんと返品してくれない」ことでした。ではネットフリックスはレンタルDVDの延滞料をとらないでどうやってビジネスを成功させたのでしょうか?

顧客を切らさない緻密な仕掛け

ここでネットフリックスが発見した解決策でありかつビジネスチャンスだったのがサブスクリプション制でした。顧客があらかじめ観たい映画のリストを作っておいて、週末に観たDVDを返却すれば次の週末には次に観たい別の映画が郵便で届くようにしたのです。

この仕組みだと顧客が返却することにプラスのインセンティブが働くのでちゃんとDVDを返してくれるようになる。しかもそれだけではありません。ブロックバスターのような店舗型のDVDレンタルだとお店に返しに来てくれた顧客がそのまま帰ってしまったらそこで途切れてしまいます。それがネットフリックスのモデルなら途切れないわけです。

顧客を切らさないという意味でネットフリックスは常に先を行きます。映画の中で紹介されたエピソードなのですが、後追いでブロックバスターがネットレンタルを開始する際に「なぜネットフリックスの品ぞろえがそうなっているのか? ロジックがよくわからない」とライバルについて頭をひねったそうです。

実は物理的な在庫の位置とレコメンデーションを対応させて、顧客に届けやすい作品を上位に表示させていた。在庫がなくて送付が途切れるということも極力ないように仕組みを作る。こういった顧客との関係を切らさない工夫でネットフリックスはブロックバスターの追撃を切り抜けます。

2020年時点で考えるとそれでも利用者の関心はすぐにほかの何かに向いてしまいます。ドラマを観ていて何かの情報が出てきたらすぐにそれを検索する。おいしそうなスイーツだったらその口コミのチェックに気が移ってしまう。これはテレビが解決できていない問題です。視聴者はテレビを観ながら気づくとスマホに意識をうつし、誰も観ていない番組はひとりで先に進んでしまいます。

ネットフリックスは視聴が中断したら、戻ってきたときにそこからまた始めることができる。これも視聴者を逃がさない工夫です。スタンダード契約だとスマホとテレビと両方で観ることができますが、片方の端末で途中まで観たら、別の端末で見てもその続きから始めることができる。帰宅の電車が駅に到着していったん離脱した視聴者が、自宅のリビングで続きを観るために戻ってきてくれる。地上波のテレビはこんな単純なサービスが提供できていないから差をつけられるのです。

それでも既存大手の脅威を感じている

ただドキュメンタリー映画を観ていて気づく非常に興味深い点は「それでもネットフリックスはブロックバスターやアマゾン、ハリウッドなど既存の大手に負ける恐怖をずっと感じていた」という点です。

新型コロナで世界が引きこもりになった2020年の7〜9月期、ネットフリックスの有料課金ユーザーがいちばん増えた市場が日本と韓国を中心としたアジア市場だったといいます。いよいよネットフリックスの脅威が日本のテレビマーケットを襲い始めているわけですが、実はネットフリックスの側も地上波や他の配信事業者の脅威をしっかりと感じていて、その対策を計算しているというところが面白い。

そう考えると日本の地上波各局は、ネットフリックスに勝てるかもしれない未来が目の前にあるのに、その対応が生ぬるいというのが実情ではないでしょうか。

日本のテレビ局の場合「いかにウィズコロナのガイドラインに沿って放送を続けられるか」「コンプラを重視した番組を制作できるか」に力点が置かれていますが、ネットフリックスの力点は「いかに利用者をネットフリックス中毒にさせるか」の1点にあるように思えます。ここが日本の放送事業者に決定的に欠けている視点です。

日本の番組は引きを作ってCM後につなげ、引きを作って次週につなげます。バラエティ番組で面白そうなところでモザイクがかかって「正解はCMの後」にする。それで視聴者は同じ場面をもう1回繰り返しながら観なければいけない。

ネットフリックスの社内ではおそらく誰かがその習慣を壊しにいくはずです。たぶんこのやり方は2000年頃のバラエティ番組のディレクターが編み出したサプライヤーロジックでの成功体験が定着したものだと思われます。

社内にはルールがなくなんでもやれる

その成功が逆に視聴者のテレビ離れを起こしていることに気づかないか、気づいていても変えられない地上波という競争相手が目の前にある。だったらそれを壊したら自分たちの勝ちじゃないかと考えるのがネットフリックスという組織です。

ネットフリックスについては創業者のリード・ヘイスティングスの著書『NO RULES』もベストセラーになっています。そこではネットフリックスの社内にはルールがなく、社員ひとりひとりが自分の考えでなんでもやることができるという仕組みが事細かに描かれています。

自由だから作り手が本来大切にするエンドロールをスキップする。スキップしてみると視聴者はそのコンテンツに費やす時間がその分増える。視聴体験として快適だから徐々に視聴者はネットフリックス中毒になっていく。彼らの脅威に気づいて対応できる今だけが、日本のテレビ界にとっては最後の変われるチャンスなのではないでしょうか。