●「尊敬してる」と言う子供たち

フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00〜 ※関東ローカル)で、大阪の地下街で居酒屋を経営する大家族を追った『お父さんと13人の子ども』。きょう19日に放送される後編「新型コロナと大家族」では、一家の大黒柱である父が新型コロナウイルスに感染、重症化して入院するという状況に見舞われる。

密着対象の緊急事態に加え、コロナ禍で取材もできないという現実に直面した李憲彦ディレクター(クリエイティブBe代表取締役)は、その時何を思ったのか。話を聞いた――。

病床で家族にメッセージを送る澤井淳一郎さん (C)フジテレビ


○■テーマは“父と息子の物語”に

7男6女の13人の子供がいる澤井さん一家は、大阪駅前の地下街で営む居酒屋に、高校を卒業した8人のきょうだいが働き、まさに“家族経営”を実践。子供たちは空手の大会で活躍する有名なスポーツ一家でもある。

従来の“大家族モノ”のドキュメンタリーといえば、子供たちが小さく、その子育ての奮闘ぶりを描くものが多いが、澤井家については「みんな青年になっているので、進路などの悩みもあって、いろいろ語るところがあるんじゃないかという狙いで取材することにしました」という李氏。

澤井家の特徴を聞くと、「団結しているところですね。大家族の子供って、だいたい進路が違いますが、彼らはみな同じ店で働いていますから」というが、「逆に言うと、一般的には進路に悩んでいる方が描きやすいので、番組の構成を考えていく中で、最初は難しいなと思いながら撮影していました」と打ち明ける。

こうして狙いを定めず撮影を進める中で、「三男のタカ(秀宝鷹凪)くんの居酒屋での仕事に対する迷いが出てきたり、次男のトラ(虎ノ亮景慶)くんの存在も浮かび上がってきたり、そして家を出た長男・ハルクマ(信将遥熊)くんのこともあったので、これは父と息子の物語であると、途中から考えていきました」とテーマが見えてきた。

家族の食卓を撮影する李憲彦氏(後方中央/提供画像)=20年1月撮影


○■最初は「どうしてあんなに従うんだろう?」

澤井家の団結力の源は、なんと言っても父・淳一郎さんの絶対的な存在だ。かつては反抗期もあったそうだが、前編では、説教する父とそれを黙って聞く子供たちが、まるで体育会系の部活の監督と部員たちのような関係にも見えた。

李氏は「最初はどうしてあんなに従うんだろうと疑問で、本当は反発する気持ちや強制されているような部分もあるんだろうと思ったんですけど、それはないんですよ。子供たちに『お父さんのことをどう思う?』と聞くと、『尊敬してる』って答える子もたくさんいて。今、お父さんのことを『尊敬してる』と言う子供ってなかなかいないじゃないですか。でも、澤井家の子たちは本当に信頼しているんだと分かりましたね」と印象を語っている。

●“最終段階”の治療に賭けるまで容態悪化

居酒屋で客を盛り上げる澤井淳一郎さん(右)ら家族たち (C)フジテレビ


撮影を進める中で、新型コロナウイルスの感染が拡大し、東京から大阪まで取材に行くことができなくなったが、そのピンチを救ったのは、何を隠そう澤井家の人たちだった。普段から子供たちの出場する空手の試合など、家族の様々なシーンをビデオ撮影する習慣があったため、撮影していた家族の映像を、番組に提供してくれることになったのだ。

そんな中、父・淳一郎さんが新型コロナに感染し、重症化。人工呼吸器でも回復が見込めず、“最終段階”の治療に賭けるまで急激に容態が悪化してしまった。

居酒屋の営業自粛を余儀なくされるなど一家は大ピンチを迎えるが、家族が撮影していた映像には、大黒柱が不在の中でも逆境を乗り越えようと奮闘する子供たちの頼もしい姿が映し出されていた。メールや電話でやり取りするしかなかった李氏も「子供たちが、より自分たちの足で立つようになった印象でした」と感心する。

この期間心配したのは、やはり淳一郎さんの容態だ。撮影が進められないため、ディレクターとしては自宅待機であれば、それまで撮りためた映像素材のチェックや編集もしたいところだが、その作業に手を付けることが、しばらくできなかったという。

「非常に密着していた人が、もしかしたら亡くなってしまうかもしれないと思ったときに、元気な頃の姿を見ることができなかったんですよね…」

淳一郎さんは入院後、病室から家族に向けてスマートフォンの自撮り動画でメッセージを送っている。その素材も番組で使用しているが、息苦しそうにしながら懸命に言葉を発する姿には、胸が締め付けられる。

○■これからのドキュメンタリーの密着取材は…

30年以上にわたってドキュメンタリーを制作してきたベテランの李氏だが、コロナ禍で取材不可能という経験したことのない事態に、今後の密着取材の仕方も考えさせられたという。

今回のケースは、家族の記録映像に助けられたが、「澤井さんの家の中に入って、お風呂場でもインタビューしましたけど、ああいう取材はできなくなるでしょうね。カメラを立てて無人で撮影するとか、映像素材の集め方にいろいろバリエーションが出てくることになると思います」と予測する。

後編では、病と闘う淳一郎さんと家族の姿を中心に描かれるが、「大家族の結束が少し揺らぎ始めたときに、コロナが同時に起こってくる。そういうことって、我々の人生の中でもあると思うんですよね。今だったら、大雨の災害があって地震も頻発してくるとか、そういう複合的に人生の危機が襲いかかるときに、家族のつながりで乗り越えようとする姿が見られるので、そこが視聴者に向けてのメッセージになると思います」と語っている。

澤井さん一家 (C)フジテレビ


●李憲彦1962年生まれ、茨城県出身。東京都立大学大学院修了後、88年制作会社に入社し、『知ってるつもり?!』『ザ・ノンフィクション』などの教養・ドキュメンタリー番組、企業映像などを制作。06年に制作会社・クリエイティブBeを設立し、代表取締役を務める。