新興企業熱視線「次に売られるJリーグチーム」
■新興企業が熱視線「次に売られるJリーグチーム」
2019年7月、フリマアプリ大手のメルカリが、Jリーグの鹿島アントラーズの経営権を取得したニュースは、サッカー界のみならず広く衝撃を与えた。メルカリはそれまで鹿島を運営してきた日本製鉄から株式61.6%を約16億円で譲渡され、実質的なオーナー企業となる。
押し寄せるグローバル化の波と、スポーツの分野に続々と参入するIT企業。1992年の創設以来、長く護送船団方式で歩んできたJリーグは大きく変わり、新たな局面に入ろうとしている。
飛躍的な発展を目指し、世界に打って出るためには、鹿島のように最先端の企業とタッグを組むのが時勢の主流を占める。今後、Jクラブを取り巻く環境はどのような変化が予測されるのだろうか。そして、次なる買収候補の条件は。プロスポーツの経営に詳しく、スポーツマネジメントを専門とする筑波大学の高橋義雄准教授に聞いた。
■サッカークラブはビジネスプラットフォーム
「メルカリが鹿島の経営権を取得したことに関しては、それ以前からクラブをスポンサードしていた信頼関係があったからこそ実現したケースだと思います。Jリーグの根本は、企業スポーツの外部バージョンだといえます。福利厚生費を広告宣伝費という形で外部化したものなんです。
鹿島を運営してきた旧住友金属、現在の日本製鉄にとっては、長年鹿島という土地に根ざし、従業員や地域の方々の幸福度が上がった状態において、新しい経営者が入ってみんながより豊かに、楽しい町にしてくれたほうがいいと判断したのでしょう」
と高橋氏は言う。
往々にして、企業買収には手放す側にマイナスイメージが生じるものだが、今回、日本製鉄は次代の経営者にうまくバトンタッチした格好だ。
「もともと、鹿島を保有することが日本製鉄の負担になっていたわけではないですから。発表の仕方もよかったですね。これから鹿島は国内のドメスティックなレベルから、アジアのリージョナルなレベルに打って出ようとしています。それと親和性が高いのがメルカリのようなIT企業。最先端の企業が登場し、両者が手を組むのは時代の必然と言えます」
JクラブとIT企業のタッグ。この先鞭をつけたのは、2004年、ヴィッセル神戸の経営権を神戸市から譲り受けた楽天である。当時、神戸は累積赤字に苦しみ、クラブ運営が立ち行かなくなっている状態だった。
ホワイトナイトとして現れた楽天は神戸の環境整備、チーム強化に資金を投下し、アグレッシブな戦略を次々に仕掛けていった。近年は元ドイツ代表のルーカス・ポドルスキ、元スペイン代表のアンドレス・イニエスタといった世界的なプレーヤーを獲得し、ファン層を拡大するとともにリーグ全体を活性化させている。
惜しみなく強化費をつぎ込み戦力を増大させる一方、タイトル獲得には届かず、中位に甘んじているところがサッカーの奥深さだ。
「楽天の三木谷(浩史)会長兼社長と同じく、18年、J2のFC町田ゼルビアの経営権を取得したサイバーエージェントの藤田(晋)社長もまさしくいまの時流の人。スポーツの持つ価値の高さにいち早く気づいた人のひとりです。サッカークラブは、ビジネスプラットフォームの役割を果たすんですよ。2週間に1度、ホームゲームのたびに関係者がスタジアムに集まり、情報交換ができる。また、サッカーは世界とつながるうえで非常に有用なコンテンツです。クラブを保有しているだけで、面倒な手続きを省略して会える人が大量に増えます。各国の王族とも接点を持てるのは、サッカーならではのメリットです」
■「お買い得」なJクラブの条件は
では、将来的に買収候補となりうるクラブの条件とは。どのような要素が企業から魅力に映るのだろうか。
「資本金が低く、買いやすいからといって現時点のカテゴリーが下すぎるのはきついですね。ステージを上げていく数年が機会ロスになる。タイム・イズ・マネーですから。要は、クラブの価値をどのように位置づけるか。収益そのものはプラマイゼロでいいんです。サッカーで利益を得ようという発想ではありません。クラブの本質的な価値は、人を集める求心力にあります。大事なのは、そこで出会う人の輪を活用してビジネスができるかということ。サッカーはそのコアになってくれればいい」
となれば、都心からのホームスタジアムへの近さや交通アクセスは重要なポイントになる。
「投資してプラットフォームを築いたところで、利便性に欠けるとなれば序列的には下がるでしょう。異業種の人たちが試合に集まり、サッカーを楽しみながら交流できる空間を提供するにはどうしても限界が出てきますから。その点、都心にスタジアムを持つクラブが有利なのはたしかです。旧時代のスタジアムは客人をもてなすホスピタリティエリアが十分ではないため、機能性に優れた新しいスタジアムをパッケージに盛り込めるなら、なお価値が見込めます」
■リニア開業でクラブの価値が急騰?
交通手段の変革が、クラブの市場価値を劇的に高める可能性もある。高橋氏が着目するのは、27年の開業を目標に計画が進められているリニア中央新幹線だ。
「予定される所要時間は、品川‐橋本間が約10分、甲府まで約25分、名古屋まで約40分です。これが実現すれば、与えるインパクトはかなり大きい。人の移動する範囲が大きく変わります」
現在、J3のSC相模原は新スタジアム建設の運動も始まっており、仮に最新鋭の拠点と交通の利便性の2つを手にすれば、飛躍的にクラブ価値が向上するに違いない。リニアのルートである、山梨県、長野県、岐阜県のJクラブも同様に、買収の新たなターゲットに浮上するだろう。
かつては日本サッカーの基層を成す丸の内御三家(三菱=浦和レッズ、日立=柏レイソル、古河=ジェフユナイテッド千葉)が強い影響力を持っていたが、時代は変わり、旧来の親会社に頼るシステムでは成長が頭打ちなのは明らか。世界の競争に後れを取らないためにはJクラブも競争力をつけていかなければならない。
「ガンバ大阪を持つパナソニックは他のJクラブから有能な経営人材をヘッドハンティングして、変化を起こそうとしている。この動きは非常に面白いと思いますね。また日本を代表するトヨタが名古屋グランパスを他社に売却するなどの、ドラスティックな変革をするとは考えにくいですが、こちらも他のJクラブから有能な経営人材が入社したことで徐々にクラブのビジネスにイノベーションが起きるかもしれません」
自他ともに認める名門であるがゆえに、輝かしい伝統は足かせになりうるケースもある。
これまで日本サッカー界を牽引してきたクラブが時勢に乗り損ね、新興クラブが新時代の経営者の手腕によって躍進し、逆転現象が起こる可能性は否定できない。条件さえ整えば、浦和を追い越すビッグクラブの将来像を描けるということだ。
事実、19年7月にJリーグから発表されたクラブ経営情報開示資料によると、18年度はヴィッセル神戸がJリーグ史上最高営業収益の96.6億円を計上し、事業規模の大きさでは他の追随を許さなかった浦和(18年度は75.4億円)を軽々と抜き去っている。
高橋氏は言う。
「結局、重要なのは『人』なんですよ。サッカーの価値を使い、グローバルな営業を仕掛け、経営力のあるビジネスマンがその企業にいるかどうか。スポーツをマネジメントできる人材の育成が急務だと考えます。また、現在東京五輪の組織委員会に集結している優秀な人たちが、大会後、それぞれのスポーツの分野に散り、どんな仕事ぶりを見せるかということにも注目していますね」
世界の潮流に乗り、いかに成長を遂げていくか。10年後のJリーグは勢力図が大幅に塗り替えられているかもしれない。
(スポーツライター 海江田 哲朗)