フランスでは地下鉄内での性犯罪や痴漢を予防するために、さまざまな対策がとられている(写真:ロイター)

本連載の筆者、佐々木くみが自らの学生時代の痴漢体験を赤裸裸につづった『Tchikan(痴漢)』。世界ではその類をみない痴漢という犯罪についての本は、日本やフランスだけでなく、世界中のメディアで話題となった。前回はくみと共著者のフランス人男性、エマニュエルが、日本とフランス痴漢に対する考え方を語りあったが、今回はフランスでどんな性犯罪予防策がとられているのかを紹介したい。

地下鉄内で痴漢を逮捕する動画も

エマニュエル:前回の記事(フランス人から見ると痴漢はほぼ強姦行為だ)でフランスと日本での公共交通機関での性犯罪について話したけれど 、それに対する対策についてはまだ話していなかったよね。最近は#MeToo運動の影響もあってフランスではいろいろな対策が取られるようになってきたんだ。今回はその中でどんな対策が日本にも適用できそうか話し合ってみようか。


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最もベーシックな対策としては、地下鉄や電車などの駅構内と車内のいたるところに設置された防犯カメラ(パリ市内の路線だけでも5万台以上のカメラが設置されている)や、どんなタイプの性犯罪が公共交通機関内で起こるか、被害に遭った場合はどうするかなどを示したポスターを張って注意をよびかけている〔Harcèlement sexuel dans les transports(公共機関におけるセクシャルハラスメント)パリ交通公団公式ページ〕。

また、性犯罪に対処するための専門の警察が駅や車内を巡回もしている。2016年の法改正によって、警察はより簡単に痴漢を公共交通機関内で逮捕できるようになったんだ。地下鉄内での痴漢を実際にどのように警察が逮捕するかを撮った動画もあるんだよ。

くみ:すごい、この動画いいね! フランス人女性の100%が、何かしらの性被害に遭ったことがある、という言葉から始まって、実際の警察による痴漢捜査から逮捕までのシーンもある。被害者からすると、こういうのが定期的に行われていると知るだけで、すごく心強い。ここに出てくる、62歳で孫もいる人、確かにメトロに乗って、降りて、また反対方向に乗って、降りて……確かに怪しい。

エマニュエル:日本でもこのような対策は行われているの?

くみ : 山手線には、防犯カメラ設置車両が導入されてる。もちろん、対策を取らないよりずっといいと思うけど、『Tchikan』の中で、絵で説明してフランスで大きな反響を呼んだように、私が遭っていた被害の中には、外から見てもわからないものも多かった。


(左)外から見たら、私はここにいる(けれど外側からは見えていない)!(右)実際に何が起こっているかというと(イラスト:くみ)

混んでるから周りにぎっしり乗客がいて、目隠しになってるから。「1日の目標〇〇人」などとゲーム感覚になっていたり、「防犯カメラがついたからこそ、『ハードルが上がる』と燃えて、痴漢行為に邁進するタイプもいる」と、『男が痴漢になる理由』の斉藤章佳先生もコメントされている。

ただ、車内がすいていても行われる痴漢行為や、駅の通路で声をかけたりという行為もあるし、フランスの動画の加害者みたいに何度も同じ区間を往復したり、という例もあるから、こういう行為に対しては、効果はあるんじゃないかな。

アプリ経由で痴漢被害を通報

エマニュエルフランスは日本ほど満員電車になるわけじゃないけど、通勤時は混雑しているからカメラでは判断しにくいし、巡回する警察官だってそんなにたくさん配置できるわけでもなく、痴漢防止ポスターがあるからといってすべての痴漢を抑止できるわけでもない。

そこで新しく導入された対策として、「RATPアプリ」(RATPはパリの地下鉄の会社名)がある。以前は痴漢に遭った場合は駅の職員に直接、もしくは構内にある端末を使って伝えるしかなかったんだけど、痴漢被害者がもっとすばやく通報できるために2016年以降、3117の番号に電話やSMS(31177)で通報できることになったんだ。

スマホでアプリをダウンロードしておけば、番号を覚えておかなくても、簡単にすぐに電話やメールで通報できる仕組みになっている。この番号は痴漢被害だけでなく、盗難被害や暴行被害、そして容態が悪くなったときに助けを求めるときなどにも利用できるよ。

くみ:メールやテキストで手軽に通報できるのはいいね! 確かに電車内、それに降車後であっても、通報するのにわざわざ電話をかけないといけないとなると、ちょっとハードル高いと思う。日本だと、110番が「メール110番」というサービスも導入しているみたい。

くみ:最寄駅の警察などとつながっている痴漢通報専用アプリで、たとえば埼京線など電車の名前、車両番号、相手の特徴などをわかる範囲で、とにかくリアルタイムで迅速に通報できるシステムがあれば、被害者にはすごく心強いと思う。

一方、リアルタイムだと加害者が気づいて、余計に嫌がらせや攻撃をしてくる可能性もありそう。加害者がさっさと降りてしまったり、車両変えたら、一瞬でわからなくなってしまう可能性もあるね。

事態が流動的だからと何もしないのではなく、対策をどんどん増やして、改善していくことも重要だと思う。たとえ効果がそれほどでもなくても、孤立して1人で我慢している被害者は、社会が何かしら対策を考えてくれている、というだけで精神的に救われる部分もあると思うから。

目的地にたどり着くまで見守ってくれる

エマニュエル:民間企業が開発した「App-Elles」というアプリもあって、これはワンクリックで登録してある家族や友人に助けを求めるメッセージをGPSでの位置情報付きで自動的に送ることができるんだ。

メッセージを送った瞬間から録音機能が作動し、犯人とのやり取りを録音することで、後に裁判の証拠として利用することもできる。このアプリを作成したアソシエーションは同様の機能を搭載したブレスレットの販売も始めた。ブレスレットのボタンを4秒押すだけで作動するので、スマホをカバンから取り出す時間を省くことができるし、通報していると犯人バレにくいので、より安心して通報することができる。

「Mon chaperon」というアプリもある。これはウーバーの徒歩版といえるサービスなんだ。夜間などに1人での徒歩移動が心細いときなどに、付き添ってくれる人を有料(5ユーロ前後)で探すことができる。このサービスは路上での性犯罪を防ぐのに役立つと言えるね。

「Companion Safety」というアプリは、自分の電話番号と目的地を入力したうえで、家族や友人などの中から自分が目的地にたどり着くまでをリアルタイムで見守ってくれる人を選択すると、その人に移動中はGPSで位置情報を送ることができる。何か危険を感じたら、その人に電話したり、「何か心配」とメッセージを送ったり、警察に連絡することも可能だ。

エマニュエル:また、スマホが何か異常――たとえば急に駆け足になった、目的地にたどり着かない――とか異常を感知すると、15秒のカウントが始まり、利用者が解除しないと見守りの人物に自動でメッセージが送られる仕組みにもある。これも路上での性犯罪予防対策としてとても役に立つと思う。

電車での痴漢の対策としても使えるアプリとしては「HandsAway」がある。これは何か性犯罪の被害に遭った場合に、どんな被害に遭ったか、犯人の特徴などを被害に遭った位置情報とともに、周辺にいるこのアプリをダウンロードしている人すべてに通知することができる。通知を受け取った人は直接その被害者とコンタクトをとって、現場に駆け付けたり、どういう対処をすべきかなどの相談ができるので、1人で悩まなくてもいいので心強いんじゃないかな。

パリ内だと使っている人が少なくない

くみ : 日本にも、痴漢対策専用ではないけど、痴漢被害にも使える警視庁公認のアプリをはじめ、増えてきているみたい。

でも、フランスにもこんなにいろいろあるなんて知らなかった! でも、最後のHandsAwayはネットニュースで見て、私も試しに使ってみたことがある。1日に何度か開いてみても、パリのあちこちにつねにオンラインのユーザーがいるのがわかって、心強かった。

一度、女性ユーザーが助けを求めている最中に行き当たったので、そのユーザーのチャットを見に行った。すでに複数名が彼女とチャットしてて、「知らない男性から帰り道に声をかけられて怖かった」と数分前のできごとを報告する彼女に対し、「大丈夫?」「私は今、あなたのすぐ近くの〇〇という住所にいるから、5分以内に駆けつけられる。もしまたそいつが現れたらすぐ教えて!」などと言葉をかけていた。

近所にいて、味方になってくれる人とリアルタイムでつながって状況報告できているというだけで、すごく心強いと思った。

エマニュエル:こうやってアプリなどを使って、自ら性被害の警報や対策をできるようになったことに関連して、最近フランスで話題になった出来事があるんだけどくみは知ってるかな?

今年の10月にパリの地下鉄の人通りが多い駅構内で起きたことで、ある男が突然階段で前にいた女性のおしりを触ったんだ。しばらくしてその女性が振り向くと、その男も後ろを向いて反対方向に歩いていった。すると、その女性の少し後ろにいた、一部始終を見ていた別の女性が、「あの男あなたのことを触っていたわよ」 と女性に声をかけた。

ここまではよくある話なんだけど、被害者の女性は証言者がいたことで勇気づけられたのか、すぐにスマホを取り出してその男を動画で撮影しながら追跡することにした。男は撮影されていることに気づいて何度も振り返りながら歩き続けている。そしてしばらくして駅のホームに着いたところで立ち止まり、被害者の女性を数十秒ほどにらみつけた後で、どこかに去っていった。

ついに裁判にまで発展したが…

この様子を撮った動画はすぐにSNSで拡散され何百万人ものフランス人が閲覧した。そしてこの動画がアップされてからひと月もたたないうちに男は警察から尋問を受け裁判を受けることになった。有罪の判決が出た後、男は何かの間違いでただひじが少し当たっただけだと主張して控訴を申し出たため、新たな裁判の手続きが現在行われている。被害者の女性はこの一連の出来事に疲れていて、いくつかの記事で「毎日がこの裁判のことに追われてしんどい」と語っている。

この女性は、男がどんな反応をするかわからない状況で、とても勇気のある行動をとったといえるけど、男を有罪にするまでには忍耐力と大きな決意が必要になるということだね。日本にもこういった例はあるのかな?

くみ:私もその動画がSNSやニュースで話題になっているのを見た。私もまずは「動画を撮ってるスマホを落とされたり取られたり、殴るなどの暴力で応酬されたらどうするんだろう」と心配になった。

今の話を聞くと、加害者がすぐ逃げたことと、自分の近くに味方がいるってわかった安心感で、とっさに動画を撮ることを判断したのかも。一瞬の驚きの後で、事態を把握したときに急速にこみ上げてくる怒りや悔しさは、私も似たような経験があるからすごくわかる。

エマニュエル:もちろん痴漢やそのほかの性犯罪の問題は、現在ある対策で減らすことはできたとしても、完全になくすことなんて不可能だ。どうして痴漢がこんなにたくさん存在するのかをもう一度よく考える必要があるね。またこの話題についてはいつか話そう。